ひざ小僧をくすくす愛でる

ある日、今日も1日。

先週と同じ線をなぞりながら、たったひとつの今日を過ごした。
毎日が積み重なっている感じがしなくて1日1日が表れては消えていくような感覚。
とびきりな困難があるわけでもなくあらゆるところに蔓延る不穏に足を絡めとられながら、毎週聞いている芸人のラジオの声を頼りに平衡感覚を整える。毎週おもしろくてすごい。



起きる、ベッドの中。
札幌行きの航空券と宿を抑えた。
3日間の一人旅。
3歳まで暮らしていた場所。10年ぶりぐらいに帰ることを決めた。
帰る家があるわけではないけれど、札幌には帰るという表現が正しい気がする。
ずっと会っていなかった父方の祖父に会うのがメインイベント。
祖父は90歳を超えても毎朝5時に散歩をし、麻雀を嗜みステーキを平らげるらしい。楽しみだ。人見知りしないようにしたいな。
こうしてちょっと先の約束をつくっていくことは、ちょっと先の未来を保証してるみたいで安心する。自分が安心できる約束事をたくさん作りたい。


家を出る。
ポストを覗く。
中には一通お中元カタログの案内が入っていた。
祖母の名前に当てられたものだった。
北海道からやってきたらしい。
自分の記憶以外のところから祖母の存在を認識するのが久しぶりで思わず静止した。
ウニが表紙の何気ないカタログをみつめる。
私はそのカタログをもって家に戻り、右往左往して結局祖母の写真の隣に飾った。
祖母が亡くなって半年以上が経っている。
祖母の痕跡はどんどんなくなっている。思い出や記憶は減ることはあっても増えることはない。かなしさやさみしさは膝かっくんをされたみたいに突然こみあがる。
祖母に宛てられたカタログは、祖母が生きている日常と変わらない軸から現れたものでとても嬉しかった。


歯医者に行く。
おなじみの先生と助手さん。
口を開き、謎の器具をあれやこれやして治療してもらう。
どうして私はこの人たちを無条件に信頼しているのだろうかと思う。
「今からこの器具をつかってこのように治療します」と、治療内容の詳細を説明されたことはない。
口の中にどんな器具が入っているかわからない。時折顔に水しぶきが浴びせられることもある。
そんな中
・口を大きくかばさんの口で開いてください
・痛いときは左手をあげてください
この2点のみを了承してすべてを預ける。
どんな鈍いドリルの音がしても「そういうもん」として治療を受け入れる。そして今日はとうとう眠ってしまった。
その間何が行われていたかは定かではない。


アルバイトに出勤する。
働き始めてしばらくたって油断しているのか業務が難しくなっているからか、ミスをする。アルバイトをするたびミスをして、ミスをするたびにアルバイトをしている。反省。
ミスをしすぎて落ち込んだので休憩中コンビニで冷やし中華とプリンとミルクティーを買う。合計金額はだいたい時給1時間分にはなるが、好きなものを食べ、心のV字回復を狙う。自分を自分で懸命に支えることに努める。


アルバイトを退勤する。
退勤間際にお客様よりやや理不尽な怒られ方をして泣いてしまう。
私は大人だから涙を流してはならないと涙を流してはいなかったが、それはただ涙が流れていない状態が続いているだけで誰がどう見ても涙目で休憩室に呆然と立ち尽くしていた。
しばらく。アルバイトの先輩がスッとチョコを一粒差し出してくれた。甘くておいしかった。
甘くておいしいは、幸せだ。言葉より先にチョコを差し出せる優しさを手に入れたいと思った。


家に帰る。
祖母がいなくなってから家はあまり「家」という感じがしない。もちろん家なのだけれど祖母の生活音や声がしない家は私が暮らしてきた「家」ではない気がする。まだ慣れないだけかもしれない、ずっと慣れないでいたいとも思う。またいつか家に帰って大きな声で「ただいま」と「おかえり」の交換をして祖母の手に触れたいと思う。


眠る、ベッドの中。
頭を整理して明日の私に引き継ぎを残す。
今日も1日頑張りました。
お疲れ様でした。
明日も是非とも頑張りすぎず頑張ってください。
五月雨式に失礼します。
年金の書類ポストに出しておいてください、
ローチケ払ってください、
アルバイトのシフト変更の調整もお願いします。TVerでドラマチェックお願いします。
今のところランチはタイ料理が食べたいです。タイスキのやつ。おなかの調子が悪かったらやめてください。メールを見てください。あとなんか忘れてないかな。思い出したらメンションします。
それでは明日も生きててね~、また会いましょう、
おやすみ
おやすみ
良い夢を見てね
良い夢が見れなかったら、
明日は益々良い一日になりますように

考えたり
祈ったり
ラジバンダリ。

明日もまた明日を一日。

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