これくらいで歌う第三十二章〜三進二退〜

 喘息の疑いがあるかもしれない。昼間全く問題なく過ごしているのだが
夜になり、あと二秒もあれば眠りに入ることができる状態でも横になると咳が止まらないのである。最初は布団を疑い、全て洗い灼熱の太陽で干しても変わらなかった。次にエアコンを疑った。フィルターを掃除したが変わらなかった。

 どうしたものかとベランダに行き室外機をみるとなるほどと思った。室外機から垂れる水で地面にコケが生えていた。このコケから出る有毒ななにかを室外機が吸い込み僕の部屋に送っているのだろうと。ははぁん。僕は一週間ほどエアコンを使わなかった。それでも咳は止まらなかった。部屋の壁や先日開いた天井からのハウスダスト的なやつかなと思ったが先日話したとおり家賃未払いの僕は大家に連絡ができなかった。

 とりあえずなんの考えもなしに漢方薬を飲んだ。治った。ぴたりと治った。漢方は偉大だと改めて思った。

 数日後やっと未払いだった家賃を支払った。その後大家に連絡をとるとすごく優しい声でありがとうと言われた。ありがとうと言われる覚えはないがとりあえずどういたしましてと答え、ここぞとばかりにガスが壊れたことと天井が壊れたことを話した。明日天井を直しに行かせるからと優しい声で答え電話を切った。

 家賃を滞納しそれを払っただけでお礼を言われる。これに疑問を感じながらも相変わらず少し寒い秋の中水シャワーを浴び床に就いた。

 翌朝チャイムで目が覚め、壊れた天井を直してくれる人がきた!と歓喜しながらドアを開けると大家さんが工具一式片手に立っていた。あんたが直すんかいと心で突っ込み中へ招いた。
「じゃぁケンヤさん、がんばりましょう!!!」と満面の笑顔で脚立を押さえるように促していた。一緒に直すのか…僕はてっきり専門の人を呼んでしばらく近所を散歩して戻ると治っているというコースだと思っていた。

「これは…どないしよ」
おでこに大きな汗の粒を8つ程浮かべた大家がつぶやいた。天井が壊れるといってもただ穴が開いただけではなく電気の取り付け口の部分に穴が開くという少々やっかいな壊れ方をしているのである。ただ穴が開いているだけなら僕一人でもどうにかできそうだが手に負えないから連絡したのである。そしてこの大家の手にも負えていない。僕は立ちくらみそうだった。

 そしてどうにかこうにか要領も悪かったが大家のアイディアで治った。
説明がめんどくさいくらいいろいろした。とりあえず電気もつけることができなんちゃって工事も終わりに近づくにつれ大家との会話もはずんだ。
「それじゃ!」
と一仕事終えた大家は来たときより若返ったかのような身のこなしで帰っていった。僕も着実と前へ進んでいるような毎日に充実感を覚え今日一日が無駄ではなかったことへの感謝をし床に就いた。

翌朝目が覚めると天井に穴が開いていた。

 作り話のようだが穴が開いていた。昨日の工事がまるで無駄だったように一昨日となにひとつ変わらなかった。流石に大家に連絡するのは気が引けた。せめて一ヶ月は間をおこう。そして先にガスを直してもらおう。

 前に進んでいるようで進まない。
まさに三歩進んで二歩下がる日々を送っている。

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