これくらいで歌う第二十五章〜マナー違反〜


 サウナに入っているとシワシワのおじいちゃんが入ってきた。
僕は「よし、このおじいちゃんが出るまで入っていよう」と決めた。
この時すでに入って五分は経っていたため結構しんどかった。ねばるおじいちゃんをみながらサウナの中のテレビに目を向け、もう次CMにはいったら出ようかなと標的を変えかけた。ふぃーと情けない声を出しておじいちゃんが立ち上がった。頭がクラクラしながら僕も後を追った。

 サウナの後の水風呂というのはセンター試験の後の自己採点のようなものである。しなければいけない行為である。シャワーで汗をしっかり落としていざ水風呂に入ろうとしたとき僕は目を疑った。先ほどのおじいちゃんがサウナから水風呂へ直行しダイブしたのである。汗ビッショリの状態で。さぞ気持ちいいだろうが明らかにマナー違反である。
僕はげんなりした。
水風呂からあがり二十歳くらい若返った笑顔を見せるおじいちゃんの横で
ぼくはこの水風呂に入るのを躊躇った。おじいちゃんの汗が確実に含まれる水風呂である。この水風呂のエキスは少なからず僕の体内に浸透する。その中に見ず知らずのシワシワのおじいちゃんの汗が入っているのである。

 僕は躊躇いながらも入水した。センター試験の後美女に告白されたからって自己採点しないわけにもいかない。体を引き締めながらそのおじいちゃんにサウナの後は汗を流してから水風呂に入るように話そうか迷ったがやめた。この人は何十年も汗を流さず水風呂に入ってきたのだろう。その間に誰かに正されたかもしれない。しかしやめなかった。今ここで若い金髪の僕が正したところで治るわけもないであろう。しかし、明らかにマナー違反だ。僕がすごく嫌な想いをしたのは事実だ。

モンモンとしながら銭湯を後にした。

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