範宙遊泳『うまれてないからまだしねない』Actors' Profiles No.03 伊東沙保


 最新作『うまれてないからまだしねない』(2014年4月19日~27日 東京芸術劇場シアターイースト)に出演する10人の俳優たち全員に、ひとりひとり、話を聞いていくインタビューシリーズ。

インタビュー&構成=藤原ちから&落 雅季子(BricolaQ)



(ロロ『ミーツ』より 撮影:三上ナツコ)


伊東沙保 Saho Ito

1980年生まれ。千葉県出身。ギフト所属。

出演作に、チェルフィッチュ「現在地」、「ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶」、「フリータイム」(作・演出:岡田利規)、柿喰う客「失禁リア王」(脚色・演出:中屋敷法仁)、ロロ「ミーツ」(作・演出:三浦直之)、五反田団「迷子になるわ」(作・演出:前田司郎)、文(かきことば)「夢十夜」(演出:岸井大輔)、ひょっとこ乱舞(現アマヤドリ)作品(作・演出:広田淳一)などがある。

 ギフト http://gift-co.net


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 個性あふれる顔ぶれが揃う『うまれてないからまだしねない』の俳優陣の中でも、抜群の経験値と実力を持っている女優・伊東沙保。現代演劇の作り手や観客たちの想像力を喚起し、多大なるインスピレーションをもたらしている。彼女の参加は、範宙遊泳にとって大きな節目ともなりうるこの作品を、より遠くへ、そしてより深い場所へと連れていってくれそうだ。


▼過渡期に関わるということ

——(藤原)沙保さんのことはずっと前からとても気になっていて、『〈建築〉としてのブックガイド』(明月堂書店)にご寄稿いただいたり、『演劇最強論』(飛鳥新社)でも大事なところで言及させていただいたりしたんですけれども、実はゆっくりお話したことってほとんどないですよね。

「そうですねーほんと」

——ということでスルッと本題に入りますけど、範宙遊泳には初出演ですね。イメージは?

「はい、『20年安泰。』が初見で、その後ずっと観てなかったんですけど、恥ずかしながら月日は経ち、この春のTPAMで『幼女X』を観て、ハッ、となって。こんな急激な変化……っていうのは私が観てなかっただけなんですけど、わあ、こんな大変ことになってる、と驚いて。『さよなら日本』の噂は聞いてたから、蠢いてるぞって感じはありました」

——『幼女X』に衝撃を受けた?

「スグル君が剥かれた、っていうか剥き出されていて。大変なところにタッチをして、切にコンタクト取りながら、その芯に手を伸ばそうとしてるんだなって。(観てなかった)空白の期間を後悔しましたね」

——ここ数作で「化けたな……!」っていう恐ろしさが出てきたんです。

「今一緒にやってても、遠く深く生きてるんだなって。何かを掴んで、あとはどうするか、っていう過渡期というか。えっと、トランスフォーマー?」

——トランスフォーマー?(笑)

「や、全然知らないんですけどトランスフォーマー(笑)。でもなんだか過渡期に関わることが多いんですよね」

——ロロの『ミーツ』もそうだったかもしれませんね。失った夫への想いを缶コーヒーに込める女の人を演じてましたけど。若い作り手たちがここぞという時に呼びたいと思う女優なのかもしれない。

「年齢……ですかね。役割っていうか、今まで同世代とやってた人が、幅をひろげてみようっていう時にちょうど私がいるのかな。そんなに歳は離れてもいないと思ってるんですけど」

——そういう場所に俳優としていたいという気持ちはありますか?

「わ、そんなこと考えたことなかったなー。もっとひろがってないといけないなって思います、自分が。むしろラッキーです。そういうタイミングで出会えるのは」


▼迷うことに腹をくくる

——沙保さんが出演されたチェルフィッチュ『フリータイム』(2008年)は、我々にとってもそれぞれ節目となるような重要な作品で、単に若者の閉塞感を描くだけでなく、抜けていくものを感じて、演劇との関わり方を大きく変えてくれたようにも思います。迷える女の人を演じた前田司郎作・演出の『迷子になるわ』(2010年)も不思議な作品でした。

「そういうのが多いですね。女性が迷う、モヤモヤ、形にならない何か、みたいな」

——抽象性があるからかも。佇まいに。

「私自身が迷ってるからじゃないですか(笑)。芯がないなあ、と思います」

——ままごとの象の鼻テラスの発表(2013年)でも、海と船をバックにして、引っ越しする人のモノローグを語ってましたけど、たぶん御自身の話なんだろうなと思いつつ、別の誰かのようでもあって、そういう意味での抽象性を感じました。確かに迷ってはいる……でも、芯のようなものも同時に感じるんです。

「迷うことに腹をくくるというか……。そう思えたのは、それこそ象の鼻テラスの頃ですかね。そこで引っ越して、生活つくろうって。日々を着実に生きれば、あとはブラブラしてもいいか、って」

——生活?

「どう生きていこう、っていう。すごく小さなことです。今までは為すがままにしていたけど、他の人にはどうーーーでもいい自分の中の組み立てを、きちんとすること。もともとがすごくいい加減なので。俳優としてはグラグラする部分を使わないわけにはいかないから、そこ以外は積み重ねたいなと」

——グラグラしないわけにいかないっていうのは?

「人が聞いたらどん引きするような、これはタブーだろう、という材料をエンジンにして演じてるんです。後ろめたさとか、後悔とか……。なので、それ以外は地盤が欲しい」

——(藤原)ちょっとまだピンと来ないんですけど……

——(落)悩んでぐちゃぐちゃになっちゃうから、お味噌汁作る、洗濯物はたたむ、みたいなバランスをってことですよね?

「ああ、それに近いですね。普通に生活をするという」

——(藤原)や、それはわかるんですよ。ただ腑に落ちないのは、例えば作家であれば、自分の体験や妄想をいわば「ネタ」にして書くこともありますよね、良くも悪くも。でも他人のテクストを喋る俳優にはそれはできないじゃないですか。いったいどうやってそれをエンジンにするんです?

「それは、俳優の秘密みたいなものだと思うんですけど、作家がペロンって剥き出しちゃったことをバーンと出してくるとしたら、これに対決するには、その本を、文字を、凌駕しないといけなくて、そのためには、それくらいのことをしないと私はできないんです。例えば、頭の中で誰かを殺すとか……。もっとひどいことをするとか。これは俳優としては超普通のことなんでしょうけど、私にとってはしんどいことで。でもこれくらいやらないと太刀打ちできない、ってことを日々……」

——え、俳優さんってそんなことしてるんですか?

「わかんないです。私が知りたいです(笑)。ダメな俳優のパターンでもあると思うんですけど。危険じゃないですか。自分だけになりがちだから」

——それはとても意外です。白鳥が水面下で必死に足で漕いでるようなものかしら。沙保さんはむしろ感情を宙吊りにしているように見えてたし、チェルフィッチュでのイメージからすると程遠い感じも。

「と、思ってたんですけど、『現在地』で痛感して。そんくらいやらないと……。やってたつもりになってたなと。特に再演(2013年)で岡田(利規)さんに「熱演して」って言われて……え、熱演? チェルフィッチュで熱演ってあるの? みたいな感じもありつつ、要は表面はどういうものであろうとちゃんと届くにはもっとやらないとダメなんだと。本当にそうだ、って思いました。」

——なるほど、『現在地』の話を聞くと腑に落ちます。再演の時は相当追い込まれてるように見えたし、実際、鮮烈な衝撃を受けました。……チェルフィッチュでのご活躍もそうですが、最初はひょっとこ乱舞からやってきて、いろいろされてきて、どうですか、俳優業は。ざっくりした問いですけども。

「俳優業……?」

(しばらく考えて)

「果てしないですよね……果てしないですね…………果てしないですねえ…………」

——果てしないですか。

「何かを習ってきたわけじゃないので、芯がなくて、これを軸に考えよう、というベースもないまま、現場ごとに考えて対応してるから、とっても薄っぺらいなー、っていう感じは常々してて、それを今、なんとかしようって思ってるんですけど」

——どこかのカンパニーに所属するつもりは?

「縁があればそりゃあね。両想いになれれば、ね。そんなタイミングがあれば、それが軸になるのかなあという気もするし、でも、そもそもないんだろうっていう気もしてて。軸なんてないんだな、っていうのはさっきも言ったとおりです」

——それはイバラの道でもありますよね。明確な軸とか所属先があるほうが、わかりやすいから。今のところはそっちを選んでないんですね。

「選んでないわけではなく、ご縁がないだけなんですけど。でもどこにいても、やることは一緒というか。千本ノックじゃないけど、あっち行ったりこっち行ったりしながら、中心の部分をこう、強くしていきたい。さっき言った、大事なものを常に使うっていうのが、とっても、私にとっては難しいことなんだけれども、それを毎日やんなきゃいけないなって……」

——稽古や本番がない時も?

「あ、ううん。お芝居じゃない時は……まあ、いいんじゃないかなっ」

——(笑)

「うふふ(笑)」


▼移動すること、積み重なる時間

——ツアー公演で海外にもよく行かれてますね。海外と日本でやる時の違いは感じますか?

「こっちの作業は一緒ですね、ベースの部分は。でも反応が全然……や、違うってこともないか。いちばんまわったのは『ホットペッパー』なんですけど、北米でやった時は、あれ、コントやりに来たんだっけっていう、初め登場しただけで笑う、みたいな(笑)。おやおや……っていう。日本人のカラダが面白いんでしょうかね。」

——単純に、移動してますよね。ツアーだから。その感覚が気になるんですけど。

「移動? うーん、そうですね……。単純に、移動距離と共に、時間が生まれますよね。それは影響してる気はします。ひとつの作品が、東京公演だけだったら3ヶ月で終わっちゃうものが、間を置いたり、他のやったりで、なんだかんだ1年とか、3年とか5年とか、距離とともに時間を経るっていうのが、うまくいけば薄い層がちょっとずつ増えて、ファファファファッと膨らむようなことになってるんじゃないかな。強くなってたらいいですね。距離については考えたこともなかったですけど、晒されますよね、人目に。その晒される感覚の経験が増えていくのは、作品にとっては良いことだなって思います。違うものがどんどん浴びせられる感じ。だからその笑う/笑わないみたいなことも表面的なことに思えるし、図太くなりますよね。だからどうした、みたいな」

——その浴びていく感覚はわかるんですけど、図太くなっていった時に、ある意味では目の前の反応に対しての……

「鈍さ、みたいな?」

——そう、麻痺とか虚無的なことを招きかねないという。そうなった時のモチベーションの変化を知りたいんです。

「ああ……。でも、図太くなるがゆえに見えるところもあって。刺激はすごく受け取れるし。声が聞こえる、音が聞こえるというか。そこは時間と距離に助けられてる気はする」

——声が聞こえる……。それはすごくいい……いいことを聞いた気がします。ちょっと自分の人生相談を混ぜた感じになってしまいましたね(笑)。

「旅してるんですか?」

——旅? どうなんでしょうね。でも、心が死んでいく、みたいなことはないですか?

「わかる気もします。何も聞こえなくなる時期もあるから。もう聞かない! 聞きたくなーい! みたいな時もあるから。でもそれもサイクルなんじゃないですか? そんな日もある」

——でもそのサイクルって、ただの反復ではなくて、ちょっとずつ強くなってる気もしますね。

「ね。気がしますね。同じようだけど、あれ、ちょっと増えてる?、みたいな、ねー。……ねー、とか言っちゃった(笑)」

——(落)(か、可愛い……!♥)


▼生きるべきか死ぬべきか

——今回の『うまれてないからまだしねない』では、どんな役を?

「スグル君が、決意とか覚悟をガンッと出したな、って気がしてるので、とりあえず今それに対抗、じゃないけど、対峙しようとする段階なので、まだよくわかんないけど、ふーむ……。強いなあって思いますね、作品が。(役は)すごく普通の女性なんですけど、でもねえ、やっぱり迷ってるの」

——やっぱり(笑)。

「迷ってる人なの。で、何にもないの。って私は思うんです。流されて、周りに決めさせてきたんだろうな……っていう。女性と恋人同士なんです。でも目立った行動をとるわけでもないし、特徴があるわけでもないし、まっとうな、市井の人というか」

——役との距離感はどうですか? これは私だ、と思いますか。

「共感はしてみようと努力はしてますね。私だとは思わないけど、私を使わないとできないから」

——余談ですけど、レズビアンが「普通」と表現されうる時代になってよかったと思います。

「そうですねえー(笑)。でも可能性って多分あるから。まだ出会ってないけど、すっごい好きな子ができるかもしれないと思ってるし、女子校だったからか、そんなに遠くない。この人も、尖っているわけでもなく、ただ自分は受け入れられると思っていたのに受け入れられない役なんですけど」

——今回は終末を描く物語ですよね。その中にあって「普通」とは何なんでしょうね?

「ねーえ! それ、すごい考える。いろいろ許しちゃうんじゃないかな。違和感があるものに慣れていく。境界が溶けていく。異物だったことが、一日を過ごすためには受け入れなきゃいけない。そういうことの積み重ね。それに対して違うって言えないのが普通、みたいなことなのかしら……」

(しばらく考えて)

「……いや、「普通」って言葉も違いますね。慣れようとする。とりあえず生きるために。ほんとは放射能とかあったら、いやいや、ってやってかなきゃいけないんだけれども、ごはん食べなきゃいけないし、野菜買うし、100円と1000円の野菜があったら、100円の野菜しか買えないよー、って受け入れざるをえなかったり」

——そこはアンビバレントなところですよね。生きるために順応したはずが、滅びを受け入れてしまうことにもなるから。

「そう。近づいてるな、っていう」

——それは果たして、生物として生きていこうとしてるのか、死に向かっているのか?

「そうなの。だから、大きい幸せと小さい幸せ、どっち取るか、って時に、私の役は、小さい幸せを取ってる人かもしれない。目の前のことしか、できない」

——その姿を、ちょっと醒めた俳優・伊東沙保としてはどう見てるんですか?

「んんんー…………ふふふ(笑)。今、それに近づこうとしてるってのもあるけど、あたしもたぶん、そうしてしまうから、善し悪しもわかんないけど、たぶんそうなる、そのズルさに共感してますね。俗物だな、と思いますけど。うん」

——最後に、今作の見所を教えてください。

「群像劇なので、ひとりひとりがいて、それが立体的になっていったらなあ、と思います。コンセプトが大きいから頭でっかちにもなりうると思うんですけどね、スグル君がこうしたい、ってことが言葉にしやすいから。それを超えた時に初めて面白くなる気はするし、きっと、そう、なる(笑)。すごくぶよぶよしたものになったらいいなと。増幅していくっていうか。立体、どころか、何次元だよ? みたいなものにしたいです」


(五反田団『迷子になるわ』より 撮影:鈴木康郎)


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次回は熊川ふみです。お楽しみに。

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