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備忘録

仕事中に、安倍元総理心肺停止というニュースが飛び込み衝撃を受けた7月8日。
このニュースをみて、無念だ、とか誠に残念だという言葉と報道、日本は平和ボケしすぎている、警察はどうなっているんだなどなど。

そのニュースを目の当たりにして、私は、安倍元総理は血が止まらず意識が遠のいてく中一体どんな想いだったのか。
残された奥さんはこの現実をどんな想いでいるのだろうか
という事ばかり考えてしまった。

と同時に看護学生の時に出会ったDさんのことをふと思い出した。

私が、大学3年生、21歳の成人期の実習の時だ。
進行が早すぎるガンで、Dさんは今の私と同じ29歳。
すでに余命宣告されていた。

Dさんはいつも一人で、筋力が落ちるから歩かなきゃと中庭をグルグル回っていた。
私と話すときは、「先生達ってさ、俺にさ、余命のことも嘘ついてないよね?」とかで、学生の私には、どう言葉を返していいかわからない質問がくることもあった。

当時の私には、Dさんは自分が死ぬなんて有り得ない、死なないんだよ俺は。という気迫にも溢れているように見えた。

一番話してて楽しかったのは、
結婚を考えていた彼女のこと。恥ずかしそうに話してくれた。でも時々、涙がこぼれないように必死だったのも私にはすぐわかった。

実習自体は話すことばかりしかできなかったが
最後、自宅療養に向けたパンフレットを渡すような形で終了。

その時、私が渡したパンフレットを見てDさんが言った言葉は今でも覚えている。

「ハンネちゃんは、絶対にいい看護師さんになるね。俺には分かるよ。本当ありがとう」と

その目ら、ずっと私を見ていて、本当に優しい目だった。だから今でも覚えているのだと思う。

実習終わり提出物やテスト期間が終了した後、私はなぜかまたDさんの存在が気になり出した。

そこですぐに検索。すると、1週間前にDさんは亡くなっていた。(沖縄はお悔やみ情報として新聞に名前を載せる風習がある)実習からは3ヶ月後だった。

あー死んだんだ。と思った。あの実習は、あれだけ元気に見えても人は必ず死ぬんだということを初めて身に染みさせるようなものであった。

だから今回の安倍元総理の死も、いつか人は死ぬんだけど。死ぬんだけど。死に方を選びたかっただろうし。
最後に自分の大事な人に何か伝えたかっただろうし。
と、、無念でならない。


と同時に、何が明日起こるかわからないなら
自分の大切な人に感謝や愛を伝えれる時に
伝えたり、
小さなことで怒って傷つけたりするのは
気をつけようっておもった。

1日1日を大切にすごしたいし、小さな幸せが沢山周りにあって、当たり前じゃないこと

自分もいまDさんと同い年。
健康で生きてる、それだけで素晴らしいのだと
また改めて感じた

安倍元総理
日本のために沢山ありがとうございました。。


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