回春中出し老人  花園悦雄 (1)

回春中出し老人 

花園悦雄


第一章 独居老人の惨めなオナニー生活 セクシー動画編

 同じ悩みに苛まれている男子諸君が世の中にどれくらいいるものか、私にははかり難い。
私の悩みというのは、オナニーのし過ぎで、自分の手による刺激でしか射精しなくなったことなのだ。
そもそも齢六十五歳にして、毎日オナニーで射精するというのは、精力絶倫の部類なのかもしれない。
しかし、膣圧で射精しなくなってからもう十年になる。
それなのに、性欲を催すとまずは射精して落ち着いてからでなければ、他の用事が手につかない。
困った老人とはまさしく私のことであろう。
 妻とはわけあって離婚し、子どもたちは独立している。
私はマンションでひとり暮らしである。
年金生活を送りながら、手すさびに小説を書いている。
しかし、名も知れない地方文学賞以外にはたいした成果は見られない。
どのみち年金は、公的なものに、私的に掛け金をしていたものを合わせれば、ひとり暮らしには十分である。
だから、私には文学で名を成さなければならぬというプレッシャーは殆どない。
名声欲がないといえば嘘になる。
その方がもっと女性にもてるだろうという思いもある。
しかし、そんな動機で文学を志す老人など、ゴミのようなものではないか。
経済的には特に困っていないのだから、勢い、執筆などは後回しになる。
 執筆を後回しにして、一人暮らしのマンションでどのようにして一日を始めるのか。
オナニーである。
セクシー動画は、ビデオ時代から、DVD時代へ、そして今ではネット上で月額動画サイトを契約して観るのが常識になった。
月額動画サイトを選んで、M男のオナニーサポートというキーワードを選び、検索する。
この分野にはたくさんの動画がラインアップされる。
需要があるのだ。
毎日オナニーばかりしているM男が多い日本になり果ててしまっているのであろう。
ほかならぬ私もその一人である。
人気女優の動画を選んで画面を立ち上げる。
まもなく動画がスタートした。
アップになったあこがれの女優、Hさんの顔。
美しい。
私は一度だけ彼女に会ったことがあるのだ。
フアンの集いの写真展、サイン会が、私の住む大阪に回ってきたときに。
その時、生身のHさん、世界のHさんと呼ばれる彼女を前にして、私は会場のホールで勃起しっぱなしだった。
一回千円のガチャガチャを三回やってやっとツーショット写真の権利が当たった。
並んで一緒に写真を撮ってもらった。
今でも私の宝物である。
そのHさんの顔が今、目の前のパソコン画面で大映しになっている。
「あら、あなた。また動画を見て、ぶっこいているの?」と赤い口紅の厚ぼったい唇が動く。
「それしかすることがないんでしょ? 本当にしょうがないわね」という台詞が、私をゾクゾクさせる。
まるで私の姿を見透かしているようではないか。
「はい。すみません。それしかすることがないんです」
私はわざと声に出して言う。
「さあ、今日も私の動画見て、思い切りぶっこきなさい」
こちらの心理を見透かした興奮する台詞である。
私は一物に大好物のベビーオイルを垂らす。
シコシコシコシコ。
シコシコシコシコ。
ベビーオイルにまみれた右手をHさんのおまんこに見立てて上下する。
亀頭を中心にじわじわと快感が下腹部に広がる。
 しかし、セクシー動画で射精するまで、私には二時間はかかる。
昨日も射精した六十五歳の老人である私の身体には実は次のようなことが起こっているのだと思う。
私が勃起したものをこすっている間、私の睾丸内では工場フル回転で新しい精子を作っている。
製造にはある程度の時間を要する。
出荷したいむずむず感はあるのだが、まだ出荷できませんという知らせが何度も入る。
まだ製品が完成していないのだ。
私はオナニーしながら、精子を作り、またオナニーしながら精子を作るマッチポンプだ。
惨めなオナニストの鑑のようなものだろう。
 それでもどうしてもセクシー動画では射精できない日もある。
これはどうも今日は無理かなと思う瞬間が来る。
そうであればオナニーをやめて食事や買い物、散歩や読書、家事や執筆を始めたらどうなのだ?と頭では考える。
しかし、いったんモクモクと腹の中で巣くいはじめた射精衝動は、射精してしまわないと収拾がつかないのだ。
射精能力に欠けるというのに射精したいというこの惨めな状況。
そんなときに私が目先を変えるために利用するのがライブチャットサイトである。
パソコン上でブックマークのワンクリックでそっちに飛べるようにしてある。

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