唯一無二の報酬【ヴァサラ戦記2周年記念ファンノベル】

カムイ復活前、ヴァサラ軍はラミア軍と呼ばれるとある軍団との戦による疲れを癒やすため、つかの間の休息をしていた。

もっとも、今この場で何か大きなことが起こっている町や村があれば行かなければならないが、どうやら今日は本当に平和らしい。

十二神将達もこの平和を噛み締めていた。

「先の戦い、ご苦労じゃった!今日はゆっくりと体を休めるが良い」

「今回の戦はほんとに苦労したよな、旦那。」

ヴァサラの声にいち早く反応したのは当時の二番隊隊長のアサヒ。

これは数年前のヴァサラ軍の話。

「うむ、街そのものを巻き込む巨大な戦であった…」

「軍にも市民にも誰一人犠牲者が居なかったのは奇跡アル」

ラミア軍はとある街の悪しき風習が産んだ軍で、なぜか仲間は全員極みを使うのだ。

彼らは一大軍隊になり、市民がラミア軍に対してあきらめかけていたところをヴァサラ軍が救った形になる。
ファンファンの言う通り犠牲者が出なかったのが奇跡なレベルの大戦だ。
エイザンが自らの隊員に市民の保護を頼んだこと、ロポポとマルルが別働隊としていち早く街の外れにキャンプ場を作ったのもいい判断だったのかもしれない。

「いや〜、しかし危なかった…僕たちは命からがらって感じだったねぇ…ハズキちゃん」

「あたしはまだまだ戦えたけどね、あんたがだらしないんじゃない?イブキ」

まだアサヒ隊の隊員だった頃のイブキとハズキが話し合っている。
関係性は今も昔も変わらないようだ。
そこへほろ酔いのアサヒが割って入る。

「馬鹿言ってんじゃねえよ、お前らいの一番につっこみやがって、フォローしなきゃ死んでたんだからな!ヒムロを見ろ!極みがうまく使えるにも関わらず冷静に戦局を見てたぞ」

「あはは…返す言葉が無いねぇ…」

「何よ!ヒムロばっかり褒めて!ちょっとヒムロ、いつまでもスカしてないで会話に加わりなさいよ!」

アサヒにたしなめられたハズキがヒムロに絡み始める。

「ヒムロ殿、同期で話してきたら良い、私に気を遣わず水入らずでな」

それを見たエイザンが優しい笑みを浮かべヒムロに話しかけた。
しかし、ヒムロはそれを素っ気なく跳ね除ける。

「いえ、私はここで」

「左様であるか…積もる話もあるのではないか?」

「特には…あのハズキと絡むのはやめておきます」

「ふむう…しかしハズキ殿は治癒や治療に長けているのだから後方支援の方が向いているのではないか?」

エイザンのアドバイスを受け入れられるほどまだ落ち着いていないこの頃のハズキは、その言葉で更にヒートアップする。

その様子は酒を飲んでいないのにまるで酒乱だ。

「治療術が使えたら前に出ちゃいけないの!アサヒ隊長の役に立とうとしたんでしょ!」

「まぁまぁ、ハズキちゃん」

なだめるイブキをよそにハズキは更に燃え上がる。

「だいたい、おじいちゃん!なんでこんなやつがいきなり隊長なのよ!」

この場で一番騒がしいだろうハズキよりもうるさい男と、ファンファンと二人で会話を交わしている男を交互に指差してハズキの咆哮が飛ぶ。

その声を聞いたヴァサラは「そうじゃった」と前置きすると、二人の男にねぎらいの言葉をかけ始める。

「翠蘭、七福(しちふく)、お主らもよく戦ってくれた。いきなり隊長を任せてすまんかったのう」

翠蘭は黒い短髪の異国訛りのある男、七福はパーマがかった明るい水色と左目に傷のある男。
その二人が今回の戦でいきなり隊長を任されたというのだから驚きだ。

「俺は戦に興味はなイ。ファンファンといつか決着をつけるために参戦したまでダ」

翠蘭は興味がなさそうにヴァサラに背を向ける。
この協調性のない男をうまく扱い、九番隊隊長にまで一時的に据え置いたヴァサラの手腕には驚かされるばかりだ。

「つれないやつじゃ…お主も、十番隊隊長としての働き、感謝するぞ七福。」

七福はヴァサラの言葉で大きなため息をつく。

「たまたま運が良かっただけだよ…言っとくけど、二度とごめんだかんな、こんな重労働。俺は自由に生きたいんよ。」

「これ!この態度!それに歳もあたしと変わらないし!何なのあんた!翠蘭はまだファンファン隊長と互角だから許すとしても!あんただけは認められないわよ!」

ハズキがズンズンと七福に詰め寄る。

「んあ?落ち着け落ち着け、シワが増えんぞ。かわいい顔してんだかんよー怒るなよなー」

七福の煽りとも取れる発言にハズキはとうとう剣を抜く。

「あんたねぇ…女にモテるだがなんだか知らないけど…随分デリカシーないこと言うじゃない」

「落ち着くのじゃハズキ!」

青筋がピクピクしているのがわかるほど怒り狂うハズキをヴァサラが落ち着けようとする。

しかし、ほぼ同時に違うテーブルからも諍いが起こる。

「翠蘭、ここで決着をつけてもいいアル」

「望むところダ、戦場の敵では微温いと思っていタ」

二人の武のぶつかり合いで、周辺の机や酒瓶が吹き飛ぶ。
近くに座っていたエイザンも、部下をかばいその場から退却するほどに。

「ホッホッホッ、賑やか賑やか」

ヒジリだけは変わらず微笑んでいるままだ。

「うるさーい!!」

ヴァサラの怒号が響き渡る。

そこにいた全員が驚きヴァサラを見る。

「これから復興に尽力している市民全員が来るのじゃ!お前らがそんな醜い争いをしていてどうする、この馬鹿どもが!」

どうやらこれから悪政から開放された人々が来るらしく、さすがに暴れられないと察したのか全員が沈黙する。

「ふぅ、まったく…」

「総督、私は市民を呼ぶことは反対です」

ヴァサラの言葉が終わるなりヒムロが冷たく言い放つ。

「何故じゃ?」

「ここに残党が来たらまた我々が守るのですか?それでは埒が明かない…」

「当然じゃ」

「私も反対ダ、うるさすぎル…」

翠蘭もヒムロに同意する。

「今日くらい良いではないか、せっかくの宴じゃ…」

「俺は群れるのは苦手ダ、ファンファンまた会おウ」

「アイヤ!この後は参加しないアルカ?

そう言うと翠蘭は一人その場を後にする。

「全く、協調性のないやつよ…」

ヴァサラはもう一度深いため息をつくと、市民を迎える準備を始める。

「私も先に戻ります…」

「ちょっとヒムロ!アシュラもなんとか言いなさいよ!」

「・・・・・」

「まぁまぁ、ただでたくさん食べれるんだからいいとしようよぉ…」

「フン…」

同期組のいつものやり取りを諌めようとアサヒが動こうとするが、目の端で既に七福が市民をこっそり招き入れ、自分のテーブルで談笑しているのに気付く。

「へー!お前らこんな贈り物まで持ってきてくれたんかー!」

「いや、もう始めてんのかよオオオ!!」

思わずアサヒは白目でツッコむ。

「いいじゃんよ、誰も死んじゃいねえ、それだけでコイツらが主役なんじゃん?命が助かったラッキーなコイツらが主役…だろ?」

七福の言い分にツッコんだばかりのアサヒも同意する。

「そりゃ間違いねぇな、酒飲むか、酒!」

「い、いえ、そんな、ヴァサラ軍の皆様の前でお酒など」

「固いこと言うなよ、ほら」

戸惑う市民達にアサヒは酒を注いで回る。

「今夜は遠慮するでない、食事もたくさん用意しておるぞ!」

エイザンとファンファンも全員に食べ物を配る。

「あたし、腕によりをかけたわ〜」

「ママンの料理は美味しいよ〜」

マルルとロポポは相変わらずイチャイチャしていたが、自分の料理を自慢してすぐに厨房へ消えてしまう。

もっと料理を増やすつもりだ。

ヒジリも配ろうとしていたのだが、重たいものを持とうとした際にどうやら腰を痛めたらしく蹲っている。

「ボーっとしてんな、お前らも席に誘導したりしろよ」

座って見ている同期組をアサヒが一括して動かす。
その一喝でヒムロすらせかせかと動く。

ヴァサラも動こうとしていたが、一人の男に声をかけられ動きを止める。

助けた町の町長だ。

「あの、ヴァサラ総督…」

「どうした?浮かない顔をしているが…」

「その…」

「報酬のことか?なに、気にするな、報酬のためにやったわけではない」

「いえ…その…」

町長は口ごもる。
あの大戦後に町長が変わったらしくこれが初仕事、緊張するのは当然だが、その態度は緊張とは違っていた

「何かあるのか?」

「ラミア軍の下っ端が置いていったものなのですが…これ…」

町長が差し出したのは開ける部分がない中身が剥き出しになった宝箱。

そこには赤ん坊が眠っていた。

「な!赤ん坊じゃと!?」

これにはさすがのヴァサラも動揺を隠せない。

「ハズキ、マルル!こっちへ来てくれ!」

「どうしたのおじいちゃん!」

「なにかあったの?」

ヴァサラの大声に反応した二人はすぐに近くへやって来る。

そしてヴァサラが持っている宝箱の中身に絶句する。

「え…」

「赤ん坊…?」

「ラミア軍の下っ端が置いていった宝箱の中にいたらしい…この寒空の中、赤ん坊を捨てて行くとは…どこまでもふざけたやつじゃ…」

ヴァサラは怒りをにじませる。

「ラミア軍に大打撃を受けた我々の町や村では子どもを満足に育てることもできません…だから…」

町長はまた口ごもる。

「わかってるわよ、気にしないで、この子はあたし達が助けるわ!ね、ハズキちゃん」

「当たり前よ!ヴァサラ軍の名にかけて絶対死なせないわ」

「頼もしくなったね、ハズキ…ママン、やっぱり君は素敵だよ♡」

「パパン…♡」

「とはいえマイハニー、色々準備がいるよねぇ?」

ロポポは困っている様子のマルルとハズキに助け舟を出す。
さすが父親と言ったところか。

「んあ?どうしたんさ、集まって?なぁヴァサラ、これどうすりゃいいかな?喋ってた市民のやつから『アサヒ隊長やエイザン隊長やファンファン隊長はお子さんがいる年齢だから』って子育てセットみたいなのもらったんよ」

「それ全部こっちに持ってきて!今すぐ!!!」

七福の言葉にハズキは反射的に大声で叫ぶ。

「う、おお…いや、持ってくるけど…」

「おいおい、大声出すなよハズキ」

「ハズキ殿、どうなされた?」

「食事中アルヨ」

「女王様がお怒りだねぇ…」

「フン、またケンカか」

「・・・・・」

ハズキの叫び声に各隊長、同期組がその場に一斉に集まる。
そして、同じように宝箱に置かれた赤ん坊に絶句する。
その場には小さな人だかりができていた。

「ああもう、アンタたち知識ないからそんな集まらないで!七福、セットは持ってきた?」

「お、おう…ここに…」

「マルル隊長!準備しましょう!七福、今回ばかりは礼を言うわ、あんたが垂れ流してる極み、こういうときにホントに役立つ」

ハズキは感謝の意を表すと、マルルと共に赤ん坊に適切な治療と栄養を与え、温めるために毛布にくるむ。

その温かさでかはわからないが、赤ん坊が目を覚まして泣き始める。

「む…どうすればよいのじゃ?」

「抱きかかえると良いですよ、若様」

腰の痛みが落ち着いたのか、ヒジリがやってきて赤ん坊をヴァサラに渡す。

「そ、そうか…」

赤ん坊はヴァサラが気に入ったらしく、無邪気に笑う。

「この子、殿が気に入ったようですぞ…きっと大木のように優しく大きく育つでしょうな…」

エイザンが優しい微笑みを浮かべて赤ん坊を眺める。
その瞬間、写真を撮られた音が聞こえ、二人はそちらに目をやる。

「七福、その写真機をどこで?」

「性能いいよな、これ。服の色もそのままだ。白黒じゃないんよ。なんか写真やら娯楽やらに力を注ぐ街にするんだと。」

出てきた写真をヴァサラ達に見せると全員が驚く。
この時代にフルカラーとは恐れ入る。
それに撮影後の現像も恐ろしく早かった。

「いい写真ですね…殿もよく映ってますよ、まるでこの子の父親のようです…」

「そうじゃのう、良い写真じゃ…この写真機も素晴らしいものじゃ…これならすぐにあの街も復興するじゃろう」

「ところで名前はどうするアルか?」

ファンファンが疑問を口にする。
確かに、名前は必要だ。

しかし、ヴァサラは心配ないとばかりに口を開く。

「この子の名はー」


二年後

エイザンはヴァサラの元を訪れていた。
この二年で随分と変わった。そのことを話しに来たのだ。

一番変わったのはアサヒの隊の同期組の大きな成長だろう。

まさに隊長達の世代が変わろうとしていた。

「エイザンか…」

「殿、この二年で随分と変わりましたね…」

「そうじゃな」

エイザンは空を見上げ物思いに耽る。

「時代や人々は次々と育ってくれますね…まるで新芽が芽吹くように…」

「そうじゃの…イブキやハズキを始めとする同期組ももう副隊長レベルにはなれそうじゃ…」

「そうですね…」

ヴァサラは二年前に撮った写真を取り出して眺める。
エイザンはそれを嬉しそうに見つめ、路上に咲いている花に触れて微笑む。

「その写真からもう二年ですか…」

「早いものじゃな…いつか写真のこの子も大きく成長し、儂らを助けるときが来る…」

「そうですね…」

「他にもまだまだ新しい芽は生まれている…そ奴らが芽吹いたときが…『新時代』じゃ」

「その子達を殿が正しい道へ導くこともまた、『ヴァサラ戦記』…ですな」

エイザンの言葉にヴァサラは微笑むと、隊舎の奥へ入っていった。

ー『ヴァサラ戦記』はまだまだ続いていくことを実感しながらー


【現実あるある】社会現象並みの大人気作品を各媒体が盛り上げる雰囲気。

ここは現代の日本。
今日は少年達がコンビニへ全力で走る姿をよく見る。

ここにも二人、コンビニへ駆け込んでいる。
後ろに仲間を引き連れて。

眉間にしわを寄せ、いかにも不良といった出で立ちの男は、自分の持てる力を振り絞ってコンビニへ走る。

男の名前は朝倉源。つい最近不良のオリンピックのような学校、鐘連高校に転校し、『皇帝』と呼ばれる竜崎を倒した男。

「チャコの野郎!あいつがステップ5冊も買うからどこのコンビニにも無ぇんじゃねえのか!?」

今日の週刊少年ステップはまさに神回。ヴァサラ戦記は最新話と二周年描き下ろし漫画がついてくるという。
RANGER✕RANGERの連載も再開しているらしい。

朝倉の舎弟であるチャコは、昨日のうちに知り合いの本屋に頼んで先に購入して読んでいたという。
しかも五冊も買ったというのだから腹が立つ。
売り切れが続出し、一冊も見つからない今では余計だ。

朝倉は遠目のコンビニにあわてて入店し、残り一冊のステップに手を伸ばす。

同時に手を伸ばす人がもう一人。

「「あ?」」

いかにもスポーツ少年といった出で立ちの少年は大和タケル。

つい最近バスケの全国大会で破竹の勢いで勝ち進む西新宿東高校の一年生エースだ。

「「俺が先だ!」」

二人の間に火花が散る。

普段は怖い不良だがこればかりは譲れない。

「俺のほうが早かったから俺のだ!」

朝倉はひったくるように最後の一冊を取り上げる。
が、その手にステップはない。

「あ?」

「…」

ステップは大和の手にあった。
バスケのスティールというやつだろう。
全く気づかなかった。

「お、お、おい、大和!こ、こ、この方に譲って差し上げたほうが…」

「トビオさん、みんなで読むって約束したでしょ…」

ビビり散らす先輩、トビオの方に目を向けた大和の様子はいつもと違っていた。

大和はゾーンに入っている。

「無駄なとこでゾーン使うな!謝れ!」

「なんだか知らねぇが上等だ…」

朝倉が戦闘モードの表情をするが後ろから体格のいい男が止めに入る。

キングゴジラこと金山剛だ

「落ち着け朝倉!」

「「俺が先だ!」」

「「いい加減にしなさ〜い!」」

女性の声が二人の喧嘩を止める。

朝倉の近くの学校に桃美凛に通う京子と、大和たちバスケ部ののマネージャー有紗だ。

「き、京子さん!」

KG(キングゴジラ)の顔が強ばる。

「あ、有紗姉さん…す、すみませんっす…」

大和も平謝りだ。

「アンタ達がどうせ騒ぐだろうから、ステップは買ってます!まったく…」

「金山くんとお友達と、一緒に読もうと思ってたくさん買ってきたよ、ステップ。」

『天使だ…京子さんは…有紗さんもかわいい…』

KGは今にも気絶寸前だ。

有紗と京子は二人で金を出し合って買ってくれたらしい10冊ものステップを重たそうに持っている。

「京子さん!有紗さん、あとは俺が持ちー」

「いただき!」

KGが二人のステップを持とうとした瞬間

走ってきた男達にステップを盗まれる。

「バーカ!高く売れんだよこれ!頂いたぜ!」

「あっ!」

女性陣二人が追おうとしているのを朝倉が制する。
その目はこれでもかとブチギレている。

「殺す…」

「待ってください、えーと…」

「朝倉源だ」

「朝倉さん、追うのは俺たちに任せてもらえませんか?もちろんステップは取り返します」

大和の目は二度目のゾーンだ。

「この人混みの中追えんのか?」

「敵を躱してドリブルするのもバスケ部っすから」

大和は一目散に走り出す。

「お、おい!大和!」

トビオもその後に着いていく。

しかし人混みはあまりに狭く、人を転倒させてもなんとも思わないひったくりと違い、気遣いながら走る大和達とどんどん差が開いていく。

そこへ

「俺(わん)に任せるさー」

「え?」

特徴的なモジャモジャ頭の男は人をかわしながら独特のステップでどんどん加速していく。

沖縄のダークホース沖縄金城高校の比嘉万紀弥だ。
ワンマンだった彼が、大和との試合中に大きく変わり、昔のような熱い男になっていた。

「比嘉さん!」

「なんくるないさー、その代わり、ステップを一冊譲って欲しいさー」

「一冊くらいなら…」

大和は約束し、吹っ切れたようにひったくりと距離を詰める。

「な、なんだコイツら速ええ!」

少し離れた公園でひったくりを捕まえると、諦めたのか大和たちの方へ振り返る。

どこに隠れていたのか人数が20人くらいになっている。

「ひ、比嘉さんこれやばいんじゃ…」

「怖いねー(ウルトゥサヤー)」

「よく追いついたなスポーツマン!でもよ、テメェらなんか出場停止、もしくは大怪我させてやるよ!」

ひったくりは開き直ったように二人に襲いかかる。

「あとは任せろ」

ひったくりの拳を片手で受け止め、逆に朝倉の拳が顔面を捉える。

ひったくりは数メートル吹き飛び白目を剥いて倒れる。

「京子さんと有紗さんはひったくりの連中が怪我させた人を病院に運んでる。お前らも部活があんだろ。離れとけ。大事な青春無駄にすんなよ」

KGも朝倉のあとに続く。

その後ろから更に仲間が二人…

ひったくりはその四人を見て震えあがる。

「あ、あ、あ、あ、あ、朝倉源!!」

「あ、朝倉って、あの竜崎倒した朝倉かよ!?」

「う、後ろにゃキングゴジラ、狂犬のケンボー!そ、それに…」

最後の一人を指差して男は後退る。

「ち、チャコだ…鐘連の裏番長チャコ…」

「裏番長!?」

「十人以上の武器持った相手を一人残らず無傷でボコボコにしたっていうあのチャコか!?」

「で?ステップ返すのか?」

朝倉が凄む。

「か、返します!返します!」

ひったくりの男はステップを置こうとするが、リーダー格の男だけは違う様子だ。

「朝倉といえど人間だ!この人数には勝てねえ!やっちまえ!」

「そ、そうだよな、相手は四人ー」

「俺たちも混ぜろよ。部活に燃えてる奴らをいたぶろうとしたのは許せねぇな」

「竜崎!」

皇帝と呼ばれた男、竜崎が姿を表す。

その後ろには二人。

「り、竜崎だ…皇帝竜崎だ…う、後ろはタイガージョーにネビル!?む、無理ですよこんなの!」

「大丈夫だ、やれ!」

大掛かりな喧嘩が始まったのを遠くのベンチで眺めている二人がいる。

闇金、シャークローンの社長、鮫島と部下の江藤だ。

「いや〜こんな大事になるなんてやっぱすごいっすね、ヴァサラ戦記。」

「ああ」

相変わらず鮫島の返答はそっけない。

「今日の取り立ても漫画家でしたっけ?売れるやつと売れないやつの違いってなんすかね?」

「自分の人生で学んだことや覚えたことを筆に乗せられねえと途端に薄くなる。読者はそういうの気付いてんだろ。気づいてねえのは作者だけだ。」

「そういうもんすかね…あ、社長もヴァサラ戦記好きっすか?」

江藤はフレンドリーに尋ねる。

「まぁ」

「今週の読みました?書き下ろしもっすけど、裏切り者誰だと思います?」

「知らね、シンラとかじゃねぇの?」

鮫島は相変わらずそっけない。

「シンラって軍師のシンラさんっすか?なんでそう思うんすか?」

「行くぞ江藤」

「うす」

江藤の質問には答えず鮫島は江藤を引き連れ、その場を後にする。

二人の会話が終わる頃には喧嘩は終わっていた。

「つ、つええ…ありがとうございました!スゲーな!朝倉さんたち!」

大和は感動したのか全員に近づく。
その目は輝いていた。

変な方向に進まなければいいが…

「ステップは?」

「そればっかりだな朝倉」

KGはそう言って朝倉にステップを渡す。

「あ、あの~みんな」

ステップの回し読みをしようとしているところに水を差すようにチャコが話しかける。

「袋とじの遊戯帝カードだけ貰えない?ヴァサラコラボの」

チャコの言葉に全員が一瞬ポカンとする。

「お前まだ遊戯帝やってんのか?」

朝倉が呆れたように言うが、チャコはいつものチャコとは思えないような反論を始める。

「遊戯帝はいまが一番面白いんすよ、環境も変わったし…それにヴァサラコラボ目玉カードは恐ろしく強いんすから!」

「そ、そうか…ならやるよ」

とてつもない早口で解説したチャコの謎の迫力に気圧されて朝倉はカードを渡す

「ありがとうございます!五神柱カードは全部当てたけど…肝心のヴァサラが当たってなくて…」

チャコはルンルン気分で同梱カードを開ける。
チャコが五冊も買ったのは同梱カードをフルコンプするためだったらしい。
イラストは描き下ろしらしく美麗だ。

「やった!当たった!『光の覇王ヴァサラ』のカード!みんな協力ありがとな!最高の気分だ!」


カード解説:光の覇王ヴァサラ
覇王族・効果
・このカードは魔法・罠・モンスターの効果を受けない。

・このカードが手札にあり、墓地に五神柱:火、水、風、雷、土
のカードが揃った場合、勝利が確定する

・手札に五神柱カードが一枚でもある場合、五神柱カードを墓地に捨てることで追加ターンを行うことができる。
追加ターンで勝利しきれなかった場合、自分はデュエルに敗北する。

攻撃力:3700
守備力:3200
★9

五神柱:火、水、風、雷、土
魔法カード

五神柱のあとに書かれているカードの属性(土の場合は地属性)のモンスターを二枚まで手札に加える。


チャコにカードを渡した後、KGはふと気になっている事を口に出す。

「京子さんは?」

「あー、あの人なんかテレビ見るからって帰りました。なんか有名な小説家の来日インタビューらしいです…」

「・・・・・」

KGは口をあんぐりと開けて無言で動揺し、その後うわの空になった。

あまりにもショックだったのだろう。現実に戻れそうにない様子だ。

「ま、まぁまぁ、一緒に読みましょうよ!」

「みんなで読むのもいいさー」

「お、おう!俺も読むから来いよ」

大和と比嘉とトビオがステップを読むことを提案したことで、KGは現実に戻る。

「あ、ありがとなお前ら…よーし読むぞ!京子さんと読みたかった…」

大和が適当にページを開く

「あたしにも見せてよ、あ!パンテラ出てる!」

パンテラ推しらしい有紗が嬉しそうに盛り上がる。

「やっべ、これ1ページ目じゃねえ!」

「バカ大和!いきなり適当に開くんじゃねえよ!」

どうやら適当に開いたページがヴァサラ戦記のものだったようだ。

トビオから激しいツッコミが入る。

ネタバレは避けたいと全員が思っている。
誰が出るのかすらまっさらな状態で読みたかったのがここにいる皆の相違だろう。
それなのに大和はそれを引き当ててしまったのだ。

「本編にパンテラ出るのはわかっちまったよ、ったく…」

気を取り直して全員がヴァサラ戦記を読み始める。

ちゃっかり竜崎たちもステップを受け取って読んでいる。

それどころかいつの間に来たのか大和の先輩、甲斐もいる。

きっと今日は全国のバスケ部員もヤンキーもステップを一日中読み耽るのだろう。

「「「「「「「「おおお〜こんな素晴らしい話が!!!」」」」」」」」

この人数でハモってしまうほど神回だったようで、読み終える頃には全員無言になっていた。
ジンの決意。
タイトル回収。
過去のヴァサラ軍の描写。
そして裏切り者発覚か?というところで次回に引っ張る上手さ。

全てにおいて神回だった。

全員話すことなく続けて記念書き下ろし漫画へと手をつける。


「ヴァサラ戦記もいいけど、こっちも見たかったのよね!金山くんには悪い子としちゃったけど…次埋め合わせてあげよう」

一人家に戻った京子は、人気TV番組『王子様のブランチュール』をつける。

今日は小説特集があり、その目玉としてリポーターがインタビューする男の名はハリー・ワイルド
グロテスクな描写が妙にリアルで生々しいが、それを差し置いても彼の小説は一級品に面白い。

「ハリーさん、来日ありがとうございます」

「いえいえ、今日はヴァサラ戦記二周年記念の週刊少年ステップ発売日ですよね?私なんか観てくれますかね?」

ハリーの言葉にリポーターは目を丸くする。
どうやら海外でも爆発的人気らしい。

「ヴァサラ戦記知ってるんですか?」

「ええ、もちろん。同じ物書きとして意識しちゃいますよ、あれだけ売れたら」

「では、ハリーさんも読んでいる?」

「ええ、もちろん。ただ、恐怖やスプラッター描写は私の方が上ですかね?ハハハハ」

ハリーは気さくに笑い飛ばし、ユーモアを交えて、淡々とインタビューをこなす。

「残酷描写すごいですからね、ハリーさん」

「まぁ、そうですね…そこが売りですから。少年漫画じゃ、人を食べたりバラバラにしたり、そんなことはできない…だから私はこの小説という文字だけの世界で戦うと決めたんです」

「なるほど、ハリーさんの独特の世界観に少し関われた気がします!ハリーさん、視聴者プレゼントにサインいいですか?」

「ええ、もちろん。」

ハリーがサインをしてにこやかに画面の向こうの視聴者に微笑みかけるところで、テレビは次のコーナーに移る。

京子は急いで紙とペンを用意し、応募用の宛先を記入する。


とある国のとある夫婦。

その夫婦は仲睦まじく、二人で母国語に翻訳されたヴァサラ戦記を読む。

男の方の名前はスティーブ・ウェイド、かつて凄腕の暗殺者として、世界各国から恐れられた男だ。

そんな危険な男は妻のエマと出会い、暗殺者を引退し、今では平穏な暮らしをしている。

「今週のヴァサラ戦記、ホントに面白いわね」

「ああ、そうだな。」

「スティーブって鬼神ラショウに似てるわよね」

エマはラショウの絵を見せて微笑む。

「ラショウに?どこが?」

「戦場のあなたはまるで鬼だったもの、その中に微かな優しさが見えたの、今の私にしてくれるみたいな優しさが…ね?似てるでしょ?」

スティーブは幸せを噛み締めながら笑顔を向ける。

「でも彼はまだ戦っている、いつが俺みたいに引退するのかな?」

「どうかしらね、でも私はあなたに戦場に戻ってほしくないわ、もう鬼にならないで」

エマの瞳が少し悲しく揺らいだのを見て、スティーブはエマを抱きしめ、鬼に戻らないと誓う。

愛する妻が殺害され、修羅の道を再び歩むことになるのはもう少し先の話…


※ここだけカイジ風に読んでください※

大塚は悩んでいた…

日本の不況…

この状況で地下労働施設の給料、つまり、ゼニーの収入も減退っ…

一日外出のためのギャンブルをしようにも
参加者、脅威のゼロ!!

大塚、窮地!

『なにか資金源を探らねば…こないだの映画鑑賞会…いや…あれは支出が多すぎる』

「おい!ヴァサラ戦記の二周年記念ステップが地上で売られてるんだと!読みてぇなぁ」

朗報っ…!

金に困窮の大塚にとって、天より降り注ぐ僥倖っ…

大塚、なけなしのゼニーで一日外出っ…

購入するはもちろんステップ…

大塚、怒涛の爆買い!!

『クク…これでまた儲かるぞ〜』

大塚、歓喜!

記念の散財…豪華、ホテルビュッフェ!

『うまい、うまい…おお!ハンバーガーもある!次はチーズケーキを…おお!ラズベリーソース!』

『ピクルスは食べとこう、ヴァサラ記念だ。』

ビュッフェには皿を持たずに一周し、取りたいものを探すものもいるが、食べたい物を手当たり次第が大塚流…暴飲暴食!

大塚、歓喜のダンス!
美味しいヤミー感謝…感謝…

食後、あと少しで地下へ戻る時間…空いた時間にステップ購読…

大塚、実は屈指の漫画ファンっ!

『RANGER✕RANGER連載再開されてる…おお!会長!え…新会長…コイツ…?』

そしてヴァサラ戦記購読…っ

驚嘆…

『アシュラとビャクエンが…え?過去にネムロいたような…おお…神回…』

大塚、ニコニコで地下へ帰還…

地下でヴァサラ戦記、爆売れ!

大塚、感涙っ…

ありがとう、ヴァサラ戦記…

ありがとう、ステップ…

ありがとう、たろちゃん組先生…

おめでとう…二周年!

これからも応援しています!

灰になるまで…!


ここはフランス、その男はいつもの黄色いパーカーを羽織り、視聴者のスパチャに答えていく。

『え〜、おざゆきさんこんばんは。ヴァサラ戦記が2周年を迎えました、「おめでとうございます!」今回のステップはまさに神回でした!「へ〜」今後もヴァサラ戦記が売れ続けるために守るべきことはなんですか?』

「あ、ヴァサラ戦記ってまだ2年しかやってないんだ!話の内容が濃すぎてもう5年くらいやってると思ってた。」

おざゆきは酒を一口飲むと、返答を続ける。

「あの〜、なんだろう…ステップに限らず人気連載って、編集から引き伸ばし求められるんですよ!『今終わったら売り上が下がるから〜の敵出させてもう少し伸ばしましょう、そしたらまだ数年は安泰だよね〜』みたいな。そういうのに縛られずに綺麗に終わらせたら人気のままなんじゃないかな〜と思いま〜す、以上で〜す」

おざゆきはパソコンを閉じてステップを読み始める。

みんな大好きヴァサラ戦記!

二周年本当におめでとうございます!

二周年記念ファンノベル
〜完〜





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