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【劇場版ヴァサラ戦記】FILM:SWORD 妖刀と呪いの始祖【劇場版第四弾】


劇場版扉絵。
イラスト:スレッジ稚内さん。


仄暗い研究室。白衣にメガネの男は奇妙な笑い声を上げながら、鎌とも刀とも取れる取っ手に瞳の模様が描かれたひどく錆びたそれを目の前にある石版にはめ込む。

石版は眩く輝き、研究室のベッドに眠らされていた(明らかに死んでいた)数人がゆっくりと目を覚ます。

「ニョッニョッニョッ…お目覚めだネ。先代の『妖刀の持ち主』さん。僕はDr.デオジオ。」

白衣の男、デオジオは彼らの中心に立つ。
この男は何者なのかという疑問が湧くが、男は淡々と話を続ける。

「話は最後まで聞くものだヨ。文献通り、『時が戻った』ようだネ。妖刀ももちろんある。さて、本題ダ…『あの方』の復活まで時間がほしいからネ。時間稼ぎとして彼女を蘇らせたいんだヨ」

「妖刀…女性…まさか?」

「そう。『全ての時を操る呪いの祖、罪姫(ざいき)』をネ」

デオジオは目の前の石版に目覚めた者たちの血液を数滴垂らすと、死に体で血色の悪かった彼らの肌は『時が逆行した』かのように血色を取り戻していく。

石版は血涙のように垂らされた血を地面にこぼし、五つぶん刀型に開いていた石版の穴が鈍い赤色に輝く。
そして、一際大きく象られた刀の形を模した石版に大きなヒビが入り、心臓の音を響かせる。
目覚めた六人の体には石版と同じ刀の紋様が呪いのように刻まれ、激痛が襲う。

「ニョッニョッニョッ。紋様が刀に反応するみたいだネ。目覚めてすらいないのに凄まじい呪いだヨ。あらかじめ君等の誰かが襲ってきた時に石版ごと爆破できる装置を取り付けておいて正解だっタ…」

紋様のついた石版には、見たこともない爆弾が大量に巻かれ、カチカチと体内で鳴っていることから彼らの体にも同じようなものが取り付けられていることがわかる。

激痛を堪え、一人の男が息も絶え絶えにデオジオに忠告した。

「罪姫の…呪いを…甘く…見るな…妖刀の…力を…ヤツは…過去、未来、現在を…操る…」

デオジオは男の忠告を一蹴し、石版を奥の研究室へ運ぶと、不敵な笑みを浮かべた。

『ニョッニョッニョッ…全て調査済みだヨ。『世界』の混乱に耐えられるかナ。ヴァサラ軍』

ーその日、ゆっくりと、しかし、確実にこの国の時間は乱れていった。過去、未来、現在は居場所を無くし、民は入り乱れ、混乱の一途を辿るー

ーしかし、時間の乱れに気づいた者は数名いたー

過去:王都

「おやおや?はぐれてしまいましたか」

茶髪に今は亡き国王軍の制服を着こなした男は団子を食べながら周囲を見渡す。

未来:ベニバナ

「おかしい…どれもこれも父上と母上から聞いた景色だ…僕らのベニバナにこんなものはなかった。なんか気になるね。色々調べてみようか?」

「大事なのは情報じゃない?お兄ちゃん、情報なら取ってくんよ。」

絶世の美青年と形容するのが正しいであろう頭頂部は真赤な髪、長髪を青いリボンで結び上げたそれは、末端にかけて水色になっていく。
右目には蝶の眼帯をした彼は風景が両親から聞いたものだと焦る。

対してその男とは真逆の髪色をした、水色のパーマヘアに、人差し指、中指、薬指に777とタトゥーを入れ、耳には薔薇のピアス。ひどく際どいミニスカートから出る足には男と同じ青いリボンをしている。

彼女が「お兄ちゃん」と発言したことから二人が兄弟だとわかるだろう。

現代:とある隊舎

ただならぬ雰囲気を醸し出す数名の男女は、必然ととある場所に集まっていく。


「みんな、こんな時に悪いわね。今日みんなを集めたのはあたしとシンラよ」

「すみません、隊長達が少ないこの状況でこのような場を作っていただき…」

シンラと呼ばれた口髭の男は、並んでいる数人に頭を下げる。

「気にするな。それよりも、ハズキが会議を開くとは珍しいな、何かあったのか?」

「そうね、話は簡潔に進めましょ。これに見覚えある?」

ハズキと呼ばれた桃色髪にくわえタバコの女性はボロボロの藁半紙に書かれた建物と、周辺の街並みの写真と、明らかに今の時代に建っていないようなレンガ造りの洋風の城のようなものの写真を取り出す。

「ホッホッホ…懐かしいのう。これは儂が良く通っていた甘味屋じゃ。30年ほど前に移転してしまったが…」

「30年!?ボクがここで団子を食べたのは2時間前だよ!?ヒジリの大じいちゃん、どこか違う店と勘違いしてない?」

藁半紙に書かれた建物に目を細めて笑う腰の曲がった老人、ヒジリに驚きの声を上げる帽子を被った中性的な少女。

「二人共な〜にボケちゃってんの?この道にはこの写真の城が建ってたんだよ?ボクちゃん昨日この目で見たからね〜」

「昨日!?そんな急に建物変わらないでしょ?」

「みんな、落ち着いて。パンテラもルトもヒジリのおじいちゃんも全員正解で全員間違いよ」

帽子を被った少女、ルトと派手な服をしたチャラそうな男、パンテラ、そしてヒジリの前に一枚の写真を出す。

露出度の高い派手な服に水色の髪の女性が映るその写真は三人の、いや、そこにいた人物全員の目を丸くさせる。

「これって…神話の」

「そう。魔女姫・罪姫(ざいき)よ。そして…「彼女は『時を操る錬金術師』…「万象の母であり母じゃない、ですよね?この頃から鍵変えてないんですね。『僕のいる時代』まで」

「いつからいたのかしら?」

「最初からなんよね。お父さんが言うより全然美人じゃ〜ん。ハズキ隊長〜。あ!こっちはイブキ!?な〜にゲロ吐こうとしてるんよ〜。」

ハズキの話に割り込んだ端正な顔の男は古ぼけた童話を大量に机に出し、会議を進めようとすっかりくっついてしまったページを破れないように丁寧に、かつ手早くバリバリと剥がしていくが、指にタトゥーをあしらった女性は、馴れ馴れしくハズキと酒を持ち、帽子を被った男、イブキに肩を組んでだる絡みをする。

「はぁ…そっちの男の見た目とアンタのうざ絡みで『誰の子ども』かすぐわかるわ…」

「懐かしいねぇ…『ゼラニウム街の戦い』。君らの名前は…「待ちやがれ侵入者!!」

「おい!お前ら!ラショ兄には指一本触れさせねえぞ!」

血気盛んな少年とアフロにサングラスの男が勢いよく扉を開けて刀を二人に向ける。

ハズキはそれを「落ち着きなさい」と一喝し、順番に二人を椅子に座らせ、兄妹に自己紹介を促す。

「はじめましての人ははじめまして。僕はオルフェ。職は…う〜ん。しがない洋服屋です。」

「洋服屋!?お兄ちゃんはヴァ…いっっっった!!マジ、いっっっった!」

妹が何かを言いかける前に美しい男性、オルフェは彼女の腕にある肩こりのツボを見えないように思い切り足で押し込む。

肩こりに悩まされているらしい妹は激痛で思わず言葉を止める。
オルフェはからかうような笑みを浮かべて、涙目の妹に自己紹介するように催促する。

「ほら、イザベラ。みんな待っているよ?不審者のまま捕らえられるわけにもいかないだろ?」

「ちょっと待って!あのツボはひどいよお兄ちゃん…うう…痛い…あ、あたしはイザベラ…便利屋やってるんよ。お金次第で何でもやるから依頼ヨロシクネ。で?あたし達を捕らえようとしたクソガキと暗黒綿菓子はなんて名前なん?てかみんなの名前知りたいんだけど?」

「オイ!暗黒綿菓子ってのは俺様の事か!」

「誰がクソガキだ誰が!」

タトゥーとピアスが特徴的な女性、イザベラは『ま、知ってるけどね』と小さく呟いたが、血気盛んな少年とアフロの男の大声でかき消された。
話を進めなければならないこの状況で今にも三人の喧嘩が始まりそうな中、ヒジリは隊舎のドア付近にいる男を視界に入れ、ゆっくりと席を立つ。

「すまんのう…ちと、体調が悪い。こんな時に申し訳ないんじゃが、ワシは薬を飲んで休むとするかの。ハズキくん。ベッドを借りるぞ〜」

「おい、ヒジリの大じいちゃん!大丈…「好きに使っていいわ。『会えない』ものね。あなたは」

「?」

血気盛んな少年の言葉を遮り、ハズキはドアの近くの男を隠すように移動し、別の出口からヒジリが出られるように誘導する。

「おやおや、どこかでお見かけしたことがある…ん"ん"っ"!どっかで見たようなジジイだな。それにお前ら、鍵くらいかけとけよ。俺のようなやつを不用心に入れるのは感心しねえ」

礼儀正しくドアを開け、丁寧な言葉で話そうとした茶髪に着物を着た男は大きく咳払いし、チンピラのような態度でヒジリが座っていた椅子に乱暴に腰掛けた。

「自己紹介がまだだったか?俺の名は…虎丸とでも呼んでくれ。呆けてねえでお前らも名乗れよ」

「おい、何なんだお前!そこは大じいちゃんの席だぞ!」

茶髪の男、虎丸は少年の一喝に少し申し訳無さそうに頭を掻くと、大きなな態度に戻り、シンラに自己紹介を促す。

「は、はい!では、私から。私はヴァサラ軍軍師のシンラ。今回は有事のため虎丸さんとオルフェさんとイザベラさんは私が呼びました。あと数名呼ぶ必要があるのですが…とりあえず作戦会議はこのメンバーでお願いします。では…」

シンラは、マスクをした金髪の男に話を委ねる。

「ヴァサラ軍一番隊隊長:ラショウだ」

マスクをした男、ラショウは酔い潰れて座り込んでしまったイブキを乱暴に叩き起こす。

「僕はイブキ。よろしくね〜さっき名前呼ばれちゃったけど…」

「ハズキよ、今回はあたしも主導で話をするわ」

『じゃあ、詳しい話はまた後で』と一言断りを入れ、虎丸をあらゆる角度から不思議そうに眺めるルトの肩を優しく叩く。

「あ、ごめんね!僕はルト、十番隊隊長だよ!ヨロシクね!それにしても…うーん。この人どこかで見たことあるようなないような…?うーん…?どこで見たのかな…?「ルト隊長………………………でしたよね?一度次の方にお話をお渡ししましょう。」

「あ、そうだね。でも、君もなぁ…明らかに僕のほうが年下なのにそんなにスッとなんの質問もせず、『隊長』なんて呼べるかな?しかも敬語だし。」

「まあまあ、その方が『慣れ親しんでる』だけですので。」

「?」

オルフェの含みのある言葉に大きく首を傾げながらも、自己紹介をパンテラに譲る。

「ボクちゃんはパンテラ。な〜んか面白そうな敵さんなんだってね〜ワクワクしちゃうな〜★」

刀をブラブラさせ、楽しそうにはしゃぐパンテラにラショウは小さく舌打ちをするが、その音はアフロの男の声に紛れて聞こえなかった。

「俺様はラショ兄の一番弟子!ヒルヒル様だ!」

「へっ、そして俺の名はジン、この国の覇王になる男だ!」

アフロの男、ヒルヒルよりも倍の声で、更に机の上に乗り、大きな声で高らかに宣言をするのは血気盛んな少年、ジン。

「へー、覇王に…絶対…な、なんでもない」

慌てて自身の口を塞ぐイザベラを不思議そうに眺めるジンだったが、ハズキの『これを見て』の注意に視線を机に戻す。

「おい、オルフェとかいうやつ。子ども向けの童話なんか持って何してんだよ。ってシンラさんも王国の年表なんか出してきてるし」

「ゴホッゴホッ!凄いホコリだわこれ…」

オルフェは絵本を、シンラは国の歴史年表を、ハズキは『錬金術今昔』と書かれた古ぼけた本を机に置き、とあるページをめくる。

「一見全く関係のない三冊だけど、この行を見て。」

ハズキが指差す行には全て『魔女姫は時を支配し、あらゆる物に干渉する。その呪力をもって森羅万象の始祖となり母親となるのだ』と書かれていた。

ジンとヒルヒルは頭に大量の『?』が浮かび、グルグルと目を回して、脳から煙が噴き出して見えるほど混乱する。

「だ、大丈夫か二人共!り、理解できたか?」

シンラは二人を心配そうに交互に見つめると、軽く咳払いをし、続ける。

「要は今この世界は『現代、過去、未来』の三つの時間がぐちゃぐちゃというわけだ。それは建物も、通行人も、そして時代とともに変わりゆく地盤や海抜もだ。ルト隊長やヒジリ隊長、そしてパンテラ隊長が言っていたことは『全て正解で全て間違い』といったところだな…」

シンラの説明により二人は、『なるほど』と大きく頷く。

「そ。だから過去や未来から来た『協力者』が必要なのよ。『罪姫』はその三つの時に同時に居座る事ができると仮定してる。」

「幸い、ハズキ隊長が事前にコンタクトを取っていた過去と未来の豪傑がここにいますので」

「ま、見た目がよ~く知ってる人と似てたからね。一目見ただけでわかったわよ。『あの時代の隊長』と絡んでて良かったわ。」

オルフェとイザベラ、そして虎丸に笑いかけ、シンラに話を譲ると『ここから先は…』とオルフェに進行役を変わる。

オルフェは無言で自身の愛刀を机の上に置く。
その刀は柄の部分に薔薇の装飾が施され、程よく薄いピンク色の美しい刀だった。
そしてイザベラもその横にボロボロに錆びたシャムシール(トルコの刀剣のようなもの)を置く。

「この二本の刀は妖刀、僕が持っているのが極楽蝶花、イザベラが持っているのがルフ・タダンラシュ。これらは五大妖刀と呼ばれ世界に一本ずつしか無い…『昨日までは』ね。」

「刀は他に三本、そしてもう一本、『絶大な力を持つ刀』…」

イザベラは特徴的なタトゥーを見せびらかすように手を裏向けにし、三のポーズを作る。

「それぞれ名前は『骸』『初代村正』『吸血白百合』…聞いた話によると個々の隊員さんが全員持ってるらしいじゃん?」

「『絶大な力』の方は?」

「それこそハズキお…ねえさん。がよ~く知ってるんじゃん?アンタの先輩だし。」

とあるワードを言われそうになったことを察し、ハズキは片眉をピクッと上げ、イザベラを威嚇することですぐにそれを訂正させた。

「あー…エンキね。確かに彼のダンザイは『妖刀』って言われても『使ったら死ぬ』って言われても納得するわ。そしてもう一人…『村正』の持ち主もあたしの隊に居るわ。すぐ呼んで…「伝令です!」

ハズキがタバコに火を点け、妖刀の持ち主を呼びに行こうと隊舎を後にしようとしたタイミングで、伝令係が全員に何かを伝える。

「各地でカムイ軍ともテロリストとも違う謎の『鎧集団』が襲撃!国中に甚大な被害が出ている模様!」

シンラは無精髭をなぞり、少し黙り込むと隊長達に指示を出す。

「では、私とハズキ隊長意外は各地の加勢に!オルフェさんとイザベラさんと虎丸さんはこちらに残って話を続けてください。」

隊長達は各々の隊舎に戻り出撃準備を整え、あらゆる街や村に向かう。

「あ〜皆、助けなくても大丈夫な街はちゃんとあるからね〜、ヴァサラ軍には助っ人もいるんだから。」

イブキはゆるく全員に言うと、真剣な目に変わり、小さな村の方へと駆け出していく。

「さて、話を戻すわね…っていうか、ちょっと妖刀使いを呼ばないと。」

「心配ねえよ。ちゃんとここにいる。」

燃えるような真紅の髪に、身の丈以上の大刀を構えた男は、黒猫を片手で抱きかかえ、監獄から連れ出したらしい白髪に顔半分がひどい火傷の男をもう一つの腕で引っ張り、四人の眼前で男の拘束具を外す。

「あら、エンキ。ずいぶん『調子良さそう』じゃない?まるで昔に戻ったみたいに」

「あ〜、まぁそれは多分『呪い』のおかげかもな。その話は後で。この猫がソラ。骸の持ち主。…ってなんかお前ら二人知り合いっぽいな…ずいぶん慣れてるというか…」

身の丈以上の大刀を持つ男、エンキは黒猫のソラに慣れた手つきで鰹節を渡すオルフェを見て、明らかに顔馴染みであることを悟る。
そして、厄介なのはもう一人の男かと考えながら、柄が心臓の形になり、刀身に白百合の絵、刃がノコギリのようになっている人を殺すことに特化した刀で自身を斬り裂こうとする火傷の男を素手で制した。

「落ち着けよ、シロツメ。今の相手は俺じゃねえだろ?」

「黙れ。監獄から勝手に人を引きずり出し、見たくもない故郷で拾った古刀を持ち出したお前の言う事など聞くか。」

「久々に監獄から出してやったんだ。感謝して欲しいくらいだぜ。それに、一緒に戦った仲だろ?」

「ちっ」

シロツメと呼ばれた顔半分がひどい火傷の男は『一緒に戦った』という言葉に反応したのか、小さく舌打ちをして黙り込む。

「はぁ…あんたら二人ホントに変わんないわね。そこの猫も。私は色々知ってるんだから喋りなさいよ。せっかくこうして集まったんだから」

「あら、ラディカ。来てくれたのね」

「伝令係が呼びに来たのよ。要件は分かるわ。私の刀は『三代』村正。初代より呪いは小さいけど、立派な妖刀よ」

女性にしては大柄な身長、血の色のような真っ赤な瞳をもつ女性、ラディカは、禍々しいオーラを放つ自身の刀を机に置く。

妖刀使いが揃ったのを確認すると、シンラとハズキは顔を見合わせ、先程持っていた絵本と年表を開いた。 
先程まで綺麗だったそれは、まるで雨に濡れたかのように文字が滲み、じわじわと違う文字が形成されていく。

✕✕年:魔女姫罪姫の血肉により、妖刀が誕生する

✕✕年:それらは五本の兄妹と一本の波動を喰らう親として生成される。

✕✕年:世界を滅ぼさんとする龍が魔女姫の錬金術により産まれる

✕✕年(現代):世界は滅亡す。

魔女姫の黙示録

「魔女姫の黙示録?コイツはただの年表だったじゃんよ」

「ニャ?」

「絵本も変わってる。」

それから、せかいをほろぼすりゅうは
まじょひめにしたがい
ゆっくりせかいをこわしていきましたとさ

龍と魔女姫

「あたしの仮説は当たりね。ここまで早いとは思わなかったけど。」

「いや…今朝から違和感はあった。ハズキに呼ばれた直後くらいか?なんだか体の調子がいいんだ。俺は片足をとある大戦で失ったんだが、その足もある。動きまで全盛期の俺だ…精神は今の俺。中途半端に若返っちまってる…ダンザイの本質は『持ち主の波動を喰う』だ。無限にな。もしも罪姫の呪いが俺の刀にも埋め込まれたなら…罪姫の力と俺の波動が混じってこうなってもおかしくない。」

ハズキよりも『先輩』のはずのエンキが、見た目を気にしているハズキ…どころか明らかに20代前半の肌艶をしているオルフェやイザベラやラディカに匹敵するほど若々しくなっているその姿で、妖刀に罪姫の記憶が介入したのだと悟る。

「フン、だが悪くないんじゃないのか?俺を片手で叩き潰す馬鹿力が身に付いたんだからな。」

「いや、良いことばかりじゃないだろうね。時が戻ってるんだろ?って事は妖刀の初代の持ち主が生き返った可能性もある。それに…」

オルフェは極楽蝶花に優しく触れ、ゆっくりと目を閉じる。

「『もう一人の自分』がいる感覚があるんだってさ。ということは…「よ、妖刀が二本同じ時代にあるということになります!足取りがつかめていない刀は初代村正だけでしたが、これは早急に対応しなければ…なぜなら妖刀は…」

シンラが今にも指示を出そうというところで、ソラの首輪がガチャンと大きな音を立てて落ちる。

みるみるうちに柄に髑髏の飾りがある刀に変わったそれは、大きな声で喋り出す。

「黙って聞いてりゃ持ち主連中だけでごちゃごちゃごちゃごちゃとうるせえな!こういうのは俺達妖刀が話せばいいんだよ。ったく、お前ら。先輩様が来てやったのに挨拶もなしか?」

「コラ、骸!そういうのはやめるって約束したでしょ?…あっ。」

思わず声を出してしまったソラは慌てて口をふさぐ。

「気にしなくていいわよ。別にここにいる人みんな知ってるんだから。」

「うう…だけど…」

ラディカのフォローも虚しく、ソラはしょんぼりと項垂れた。

「ソラ、お前には悪いが、だんまりしている後輩共に喋らせなきゃならないんでな。」

「骸に同意ね。本人に聞くのが一番いいわ。話せるなら話してちょうだい」

タバコの紫煙をくゆらせながら聞く姿勢を取ったハズキの前に、髑髏の仮面をすっぽりと覆った饒舌な男が現れる。

「おら、お前らも出てこいよ!」

「喚くな、騒ぐな。貴様の馬鹿声が妾の美しい刀身に響く。それに兄妹などではない。生まれも何もかもが違う。ただ近い時期に妖刀になっただけだ」

次いで顔に美しい花が飾られた綺麗な女性と海外の王族のような派手な男が姿を現す。

「フッ、極楽蝶花。相変わらず美に執心のようだな。美しいだけで我は扱えん、だからお前は大したことがないのだ」

「ほう、ルフ・タダンラシュ。貴様は今やただの小娘の下僕のようだが?没落貴族は見苦しいぞ」

「下僕じゃないんよ。相棒なんよね。ね?フランス料理屋」

「我をその名で呼ぶな。」

「フランス料理屋はフランス料理屋じゃ〜ん。」

美しい花が飾られた女性、極楽蝶花はそのやり取りを見て鼻で笑う。
ルフ・タダンラシュと呼ばれた貴族の男はなにか反論しようと口を開くが、首に当てられた刃をとっさに弾き飛ばしたことで、注意がそちらに向く。

「久しぶりだなぁ!お兄ちゃん!お姉ちゃん!死に顔を見せてくれよ?」

「吸血白百合…相変わらずくだらない奴だ…」

「くだらない?何言われてもいいよ。俺は殺せりゃいいから」

ホームレスのようなきたならしい黒ずんた血のシミだらけの汚い服と血まみれの白髪、白百合のツタがグルグルと巻かれた男、吸血白百合は猟奇的な目つきで具現化した妖刀達に斬りかかる。
大好物が目の前にあるかのようによだれを垂らし、全員を刺し貫こうと暴れまわるのだ。

しかし白百合の暴走は死神のような二メートルほどの長身で青白い痩せこけた男が机を叩く音で止まる。
男はネチネチブツブツと嫌味を全快に妖刀達を罵り始めた。

「上下関係上下関係うるせえな、お前人間かよ。いちいち先輩先輩後輩後輩言いやがって。お前を立てる俺達の身にもなれようざったい。でさ、美しいものしか見えないとかただの盲目じゃん。それを一生探してるお前が一番醜くて気持ち悪いわ。気付けよ。早く消えてくんないかな。あとお前、没落貴族は没落貴族じゃん。言い訳すんなよ。昔ならああやって言われた時点で斬りかかったよな?牙抜かれたのかよ。図星だから言えないんだろ?あと白百合、お前は何も変わらないな。まだそんなこと言ってんの?いくつだよ。」

「「「「黙って聞いてれば三代村正!!」」」」

ブツブツと文句を言う青白い顔の男、三代村正に全員の怒号が飛ぶ。

「クククッ…いい顔いい顔。沸点が低い兄姉がいると俺も楽しいよ」

三代村正は突然恍惚の表情でケタケタと笑い出す。
彼は人や自身と近い妖刀達の『負の感情』が大好きらしい。

「みんな〜!!久しぶり〜!わあ~!嬉しいなあ!遊んで!遊んで!」

年端もいかぬ少年が、手を大きく振り回し、大量の熱波を繰り出して妖刀達を吹き飛ばす。
少年はエンキに『ダンザイ、落ち着け』と服を掴まれたことでしゅんとして黙り込んでしまった。

「ダンザイまで呼ぶとは、いよいよ収集がつかぬぞ。どうするのだ骸?」

「あぁ?生き残ったやつが喋るでいいだろ?」

「前から決着をつけたいと思っていた」とばかりに罵り合う妖刀達は背筋に寒気を覚え、冷や汗をかいて背後を振り返った。

「おい…俺達に話しをするんじゃねぇのかよ?」

口調こそ生意気な若々しいチンピラのようなものだったが、その言葉とともに虎丸から放たれた冷静かつ刺すようなオーラは妖刀達を一瞬で硬直させる。

『な、何なのだこの男の異常なまでの威圧感は…呪うことはできるかもしれないが…そんな簡単な話ではない…いったいどれ程の手練れだというのだ…』

こだわりや各々の思想や特徴があれど、妖刀とは文字通り刀だ。
いや、刀だからこそ優れた剣士の力を人間以上に敏感に感じ取ってしまうのかもしれない。
妖刀達は喉元に刃を突きつけられたようなその感覚に、ゆっくりとその場に座り込んだ。

「おいおい、喋るのは自由だぜ、教えてくれよ。お前らの話を」

虎丸はフランクな様子に戻り、骸の肩を軽くポンポンと叩く。

「けっ。作ったようなキャラしやがって。ムカつく野郎だ。何も知らないとでも思ってやがんのか?」

骸は苛立ったように机を乱暴に蹴飛ばすと、ダルそうに頰杖をついて話し出す。

「元来、俺達には『固有の呪い』ってのがあんだよ。それは妖刀の性格由来であり、作られた頃からそのままだ。呪いと意志を持つ刀は引かれ合う。生まれも違うが互いが互いに腹違いの兄妹のような感覚が…「そんなものはない」

「先輩後輩ってことでいいんじゃないかな?それほどこだわる話でもないだろ?」

骸が乱暴に蹴ったことで地面に落ち、無惨にも割れてしまったティーカップを綺麗に掃除しながら極楽蝶花を諭し、骸に続きを促した。

「スカした野郎だ。嫌いなタイプだぜ。『固有の呪い』ってのは、極楽蝶花なら『最も美しい者』しか持てない。三代村正、いや村正は『負の感情が異常に強い者』しか持てない。ルフ・タダンラシュは『自分に従順な者』しか持てない。吸血白百合は『人を大量に虐殺している人間』しか持てない。俺は『人間以外にしか持てない』。って感じだ」

「ダンザイは?」

「あいつは強いて言えば『波動が強い者』だが…」

ラディカの質問にエンキは黙って床においてあるダンザイを『どうぞ?』とばかりに手を差し出し、持ってみるように催促する。
ヴァサラ軍の鍛錬は生半可なものでは無い。普通の女性よりも自然と筋肉はついてしまうし、何より自分はそれなりに力持ちだという自覚もある。
それでもダンザイはピクリとも動かなかった。
持ち上げる事はおろか、床から数センチすら動かすこともできないのだ。

「物理的に持てないってこったな」

エンキは、まるで床に落ちた鉛筆でも拾うかのように軽々とダンザイを拾い上げると、エンキに懐いている少年姿のダンザイの頭を優しく撫でる。

「呪いの次は妖刀の力。俺は『何にでも変身できる』。極楽蝶花は『何の変哲も無い刀だが、最も斬れ味がある』。ルフ・タダンラシュは『持ち主に寄生し、身体能力を増幅させる』、村正は『負の感情を力に変える』、吸血白百合は『殺せば殺すほど、その破壊力を上げる』、ダンザイはさっきも言ったが『波動を無限に喰う』だ。魔女姫の部下達は俺達の特性をもって罪姫を復活させた」

ソラは懐に隠していた石版の写真を小さな肉球で器用に差し出す。

「本来妖刀の力なんてこんな簡単に操れるもんじゃねえ。ソラと俺が潜入したところ『時を超える罪姫の力』で、二本目の妖刀をこの世界に持ち込んで俺達のことを事細かに分析しやがったらしい。隅々まで見られてるようで気持ち悪い。個人的にムカつくのももちろんあるが、もう一つの妖刀を破壊すりゃ罪姫のヤローは再び眠るはずだ。俺は当然だがお前らもあの女に協力する気なんかねえだろ?」

「珍しく意見が合うな。あの女など妾が最も愛した女の美貌に遠く及ばん。」

「我が協力するのは下僕と認めたものだけだ」

「あの手のタイプの負の感情嫌いなんだよ」

「世界が終わっちゃったら誰も殺せないじゃん。なんのために妊婦さん避けてると思ってるの?」

「ヤダ!僕やだよ!絶対協力しない!エンキがいい!」

妖刀達は意見がまとまったことで、元の刀に戻っていった。

シンラは、骸の話の記録を取っていたようで、凄まじいスピードでその議事録をまとめていく。
妖刀と持ち主が二本以上現存していること、もう一つの妖刀を媒介に罪姫が復活すること、罪姫が時を超えたことでこの世界の時空が歪んだこと。
その全てを一枚の紙に書き出し、今後の作戦を練るため、一度解散するように命ずる。

「じゃ、俺は『鎧』とやらに会いに行きますかね」

「あたしは…「ともあれ僕らはジャスと合流しよう。」

虎丸とオルフェは隊舎を出て、何処かへ向かっていった。


ヴァサラ軍が到着するまでの間、国は未曾有のパニックに陥っていた。

人間には潜在的に火、水、風、雷、土の『五神柱』と呼ばれるものが宿っていると言われており、それは特殊な訓練を受け、心技体を極めることでヴァサラ軍のように『極み』を使うことができるようになる。
罪姫が書き換えた歴史書にあるゴクガタという折れた傘のような歪な形状の鎧は、極みなど使うこともない市民の微弱な五神柱や生命エネルギーたる波動を強引に吸収し、取り込むことで人々を死に追いやるのだ。

その市民狩りといったような光景が今、国中で起こっているのだ。

ーヴァサラ軍、隊舎ー

一人残ったハズキはゴクガタの集団による襲撃を受けていた。

「才神ハズキ!お前の波動を…うわっ!」

ブービートラップのように敷かれた一本のテグス糸を一人の男が切った瞬間、毒煙を噴射する兵器が作動する。

ゴクガタの集団は全身が痺れ、ハズキに頭を垂れるように倒れ込み、痙攣を起こす。

「く…この女!」

「毒の極み『強酸果実(アシッドブラックチェリー)』」

残ったゴクガタの男はハズキに刀を振り下ろすが、強い酸性の猛毒を浴び、同じように倒れ込む。

「痺れてきた?あと、感謝するわ。時代をいじってくれてありがとう。」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ、こっちにもメリットがあるってこと」



ーツクシ村ー

パンテラ達はいつかの任務で来た貧民街のような街を歩いていた。
ボロボロの民家に貧しい市民。
ゴクガタに『いつでも吸収してください』と言わんばかりのその場所に転がっているのは市民の遺体…ではなくボロボロのゴクガタ達。

荒くれ者の11番隊はこれを好機とばかりに周囲に遠慮することなく大暴れする。

「ヒャヒャヒャ!20!ボクちゃんがダントツ1位だね〜★」

「おやおや、また横取りされてしまいました。ズルいお頭ですねえ。」

小洒落た髭を蓄えた男が、目の前のゴクガタを斬り伏せながら呟く。

「早いもん勝ちでしょ〜こういうのは?イくよ…ピエトロ…」

パンテラの攻撃はどんどん素早く、どんどん強くなり、ゴクガタを次々と斬り裂いていく。

「『傷だらけの人形(スカーズ・パペット)』」

「ふっ、パンテラ。技を出し終えたか…次は俺の番だな」

静観するようにタバコを吸っていた男は、ゆっくりと立ち上がり、目の前のゴクガタを貫いて乱暴に捨てる。

「うおおお!!よし、まだまだ行ける!」

「ホラホラ、ジンちゃん。頑張って〜★ダントツビリだよ?ぼんやりしてたらボクちゃんが喰べちゃうよ?ぱっくんちょ☆」

「くそっ!俺も強くなったんだ!見てろよ!」

ジンは刀を振り上げてゴクガタの群れに飛び込んでいった。

ーゼラニウム街ー

かつては奇妙な振興と異常な差別により、史上最悪の街として悪名高かったこの街も『とある戦』によりすっかりと様変わりし、今では『行ってみたい観光地』に数えられる有数の温泉地となった。

東西南北で特色があり、そばやとろろご飯、黒まんじゅうなどは名産品だ。
そして『美味しいソフトクリーム。モウモウルルギャバン』『黒曜石くらい黒いかと言われればそうでもないが、他の饅頭よりは黒いし、黒と呼んで差し支えない黒饅頭』『自然薯を掘ること三年。ようやく独立した遅咲き星人が営むとろろご飯店』など、明らかにセンスのない看板が数点あることも有名である。

いつもは大勢の人で賑わうこの街が、今日はがらんとまるでゴーストタウンのようになっている。

ゴクガタ達は東西南北に分かれ、波動を吸収する準備をしていた。
彼らが集めた情報によると北は別荘地と、小さな診療所が点在している。
リーダー格らしい男は、『湯治用足湯』と書かれた場所に眼鏡の女性がいるのを発見し、刀を抜いて近付いていく。

「足湯あったかいねぇ」

独り言のようにつぶやくその女性は、ゴクガタの集団をちらりと見やると、お盆に乗せたとろろご飯をちびちびと食べる。

「おい、他の奴らはどこにいる?」

「この辺には居ないかな。わたしの家はホーンテッドマンション扱いで誰も…「そんな事を聞いてるんじゃねえ。どこに行ったかって聞いてるんだよ。」

「ん」

眼鏡の女性は『定期検診のお知らせ』と書かれた紙を渡す。

「へぇ…あそこか。」

北の小さな診療所に数人の男を派遣し、残った者達は女性に斬りかかる。
同時にうじゃうじゃと湧いた小さな人形が、ゴクガタ達の肉体をザクザクと抉り取った。

「こ、この女…「な、なんだお前らは!助けてくれ!うわああああ!」

診療所中から響き渡る叫び声に、男達は笑みをこぼし、女性を置き去りに一番近い診療所の前で波動を吸い取る。

「あ~あ。やっちゃったねぇ。その診りょ…ッッ!ゴホッゴホッ!!待っ…ゴホッゴホッ!とろろが…喉に…詰まっ…ゴホッ…!ゴホッ!」

口内にまだ残っていたらしいとろろご飯にむせこみ、女性は片腕で『待って』のポーズを取る。

当然敵はそれを待つことなく、診療所の扉を開ける。
そこには干からびた鎧の男達の遺体が転がっていた。
先に拘束されていた自身の仲間から波動を吸ってしまったらしい。

「憑の極み『音真似傀儡(パロッティング・パペット)』」

誰かの録音だろうか『な、なんだお前らは!助けてくれ!うわああああ!』と延々に叫び続ける強烈な見た目の小さな人形が診療所中に置かれている。
ゴクガタ達は、自身が罠にはめられた事に気づき、憤慨するが、落ち着きを取り戻し、『他の方角に健診で並んでいる人々がいる』と未知の力で伝達するのだった。

「話は終わりかな?ようこそ、わたしの北へ」

ひどくむせ込み、涙目になってしまった目を拭い、女性は人形を操る糸のようなものを取り出し、薄く笑う。

東にあるのは一枚の張り紙。
『清掃日。販売を禁ず』と無機質に書かれたそれは蕎麦屋や温泉饅頭やかまぼこ屋が立ち並ぶ店に一層の寂しさを与える。

大柄な金髪に紫のメッシュ、白目の部分が黒目の男性は箒を抱え、一生懸命に店中を掃いていくのだ。

「あら?看板見えなかったかしら?今日はどの店もやってないわよ。健診やイベントでみんな南や西じゃない?」

大柄の男性はオネエ言葉でゴクガタ達に事務的に言うと観光案内のパンフレットを手渡し、『せっかく来たんだし』と割烹着姿で蕎麦湯の器を目の前に置く。

「蕎麦湯でもいかが?ここのは美味しいわよ」

「フザケてんのか?空容器じゃねえか。バカにして…あれ?何だこの赤色?さっきまで…」

大柄の男性はナイフで男を切り裂き、その血は蕎麦湯の容器にドボドボと落ちていく。

「あら、ごめんなさい。蕎麦湯注ぐの忘れてたわ。でも…」

男性はその血をグイッと飲み干し。舌で味を確かめる。

「五神柱が混ざったような味…波動を吸うって本当みたいね。」

西には巨大で派手な装飾が施された船が数隻湖に停まっている。
それは海賊船と呼ばれ、度々大きなイベントで使用される事で観光客にも大人気だ。

「イベントって…そんな勝手に…」

ズカズカと海賊船に乗り込んでくるゴクガタを迎え撃つのは年よりも遥かに若く見えるメイド服の女性。
巨大な鎌を携えた彼女は、10人もの攻撃を鎌一本で受け止め、ギリギリと押し返す。

「ば、バカな!こっちは大人の男10人だぞ!!こんなガキに片手で…」

メイド服の女性の背後から一人の兵が斬りかかるが、女性は空いている方の腕でその刀の柄を掴み、投げ飛ばす。

「こ、この女…人間か?」

「くすっ。わたくしは死神ですよ」

これを演劇系のイベントだと思ったらしい観光客達が、女性のセリフに盛り上がる。
女性は少し恥ずかしそうにペコリと頭を下げ、再びゴクガタに向き合う。
ゴクガタの兵達は『波動を吸収する』という考えが何故かすっぽり抜けてしまっていた。

南はいつも以上に混雑していた。
温泉目当ての観光客はもちろん、健診の紙を持ち、点在する診療所の前でブツブツと文句を言う人や、同業者の人と話している人で溢れかえっていた。

そんな事には興味を示さずコクコクと居眠りをするファーコートの男。
ゴクガタ達が『得体の知れない幻影』に次々と襲われ、ゼラニウム街の離れで死体の山を築いている事すら気にもとめずに彼は大きなあくびをする。

「ふああああ〜。たしかに作戦通りこうすればうまくいくけどさ…めんどくさ…眠…」

ファーコートの男は幻影に命令するように指を動かし、攻撃の手を早めながら再び居眠りをし始めた。

ーハーデンベルギアの樹海ー

ヴァサラが育ったこの場所でもゴクガタの侵攻は始まる。
人間以外にももちろん生命エネルギーが流れている。
そのため、沢山の動物がいるこの場所は波動の吸収にはもってこいなのだ。

またも未知の力であらゆる場所のゴクガタと通信する兵は、しくじったことを知り、大きく舌打ちをする。

「チッ。やられやがって、動物ならいくらブッ倒してもタダだ!根絶やしにしろ!」

「炎疋躯(えんそく)!!」

軍服をきちんと着こなした青髪の男は刀にマグマのような火を纏い、桜が舞い散るように周囲に炎の花弁を飛ばす。

「ハァ…ハァ…こいつら国中にいるのか?これで三つの村を回ったが、全く数が減らん。」

「おっそーい!!!!どこでサボってたん?青カビ!」

「イザベラからの伝言を見なかったのかい?ジャス。」

青髪の男は後頭部を軽くぺしっと小突くイザベラに青筋を立てる。

「イザベラ、俺にはジャスティという名前がある。その名前で呼ぶなと言っただろう。それに…」

ジャスティと名乗った青髪の男はなにかの裏紙らしいくしゃくしゃの和紙を取り出し、イザベラの眼前に突き出す。そこには『過去に来てネ!じゃ!』とでかでかと書かれているだけだった。

「こんなメモでわかるわけ無いだろう!過去!?そこからわからん。そして待ち合わせは具体的な場所、時間、人数を書くべきだ!!!」

「でも来てんじゃんよ。」

「黙れ!人は本来過去には行けない!」

「まあまあ、合流できたんだからいいじゃないか」

「オルフェ!コイツに伝言を任せたのはお前だろう!」

からかうようにケラケラと笑うイザベラと煽っているのかなだめているのかわからないオルフェに、ジャスティは顔を真っ赤にして怒る。

オルフェは「そんなことより」と、ジャスティの額から流れる血を見て、不思議そうな表情を浮かべた。

「額の傷は浅くても沢山血が出る事はとりあえず置いといて…やられたのか?君はあんなのに傷をつけられるほど弱くないだろう?」

「修行が足らんのじゃん?青カビ〜。」

「いや、これは…」

額の血を拭い口ごもる。

「刀傷…じゃないね。打撃がかすって切れたような傷だ」

「イザヨイ島の市民を助けたらやられたんだ。この時代はまだまだ荒くれ者だらけらしいな。『人の波動が吸われるなんてエンタメになるのに邪魔すんな』だと。とんだ島だ。だが…これで分かった、本当に話で聞いていた治安の悪いイザヨイ島。過去そのものだ。罪姫が時を操るとは本当だったようだな。擦り切れるまで呼んだ隊舎の文献も、尽く文体が変わっている。」

ジャスティは重たそうに抱えていた歴史書が沢山入ったバッグから数冊取り出し、栞を挟んだページを開きながら解説していく。

「ああ、それと、他の村のことは心配ない。ツバキに分隊を任せている。優秀な同期だ。奴なら鎧ごときに遅れは取らないだろう。…聞いているのか?」

いつもなら何かしら口を挟むイザベラや、あらゆる案を提案してくれるオルフェが二人共黙ったまま自分を見つめていることにジャスティは怪訝な顔をする。
敵の力量は充分分析した。采配に関しては何一つ間違っていないはずだ。

「いや〜!大成功だねお兄ちゃん。」

「みたいだね」

「……………………………………は?」

たっぷりと間を空けて自分でも予想していなかったほどの間抜けな声が出る。

「あー、キャベツがね。『過去も未来も、もちろん現在も、世界は沢山分岐して幾つもの並行世界があるんだよ』ってさ」

「キャベツじゃない、ラミアさんだ。」

ラミアという男はオルフェとイザベラの知り合いの男で、ありとあらゆる並行世界を行き来できる不思議な力を持っている。
その男に『仲間を過去から呼ぶ際の注意事項』を言われたのだとイザベラは語る。

「そのキャベツがね…「目上の人に対しその言い方はよせと言っただろう。たった今」

「もう!進まない!」

「お前がそういう言い方をするからだ!」

「まあまあ、簡単に言うと。君が僕らに馴染みのあるジャスティじゃないかもしれなかったってことさ。例えば…『正義をこじらせて世界を壊そうとする』とか『元々敵だ』とかね。母上が昔話で敵になった自分自身と戦ったって言ってたしね」

「なるほどな。俺が過去に来れたのは文字通り『運が良かった』ということか。」

「そうなるね」

「そもそもの話、あたし達が『違う未来』かもしれんしね〜。ツバキがお兄ちゃん達の同期じゃない世界があるかもよ?あたしが優秀な世界があるかもよ?いや、それはないか。撤回撤回。あたしが死んでる世界もあったりね〜」

「お前な…」

「それを言うならイザベラだけじゃないだろう?僕やジャスが死んでる世界もあるはずだ。ジャス、それで他に報告は?」

「ああ…」

ジャスティからの報告によると近隣の村を鎮圧する事はあらかた出来たらしく、三人は一度隊舎へ戻っていった。

「なるほど、ここにいたか『もう一つ』の極楽蝶花」

三人を遠巻きに眺める騎士団風の男が持つのはもう一本の極楽蝶花。


ー娯楽都市ルピナスー

「テメェら!今日の目玉イベントだ!!!謎の鎧vsこの都市の総支配人!さぁ賭けた賭けた!」

賭場を仕切る男の盛り上げるような大声に、豪雨と見紛うほどの金の雨と怒声が飛び交う。
ここは都市一帯が賭場の娯楽都市、ルピナス。

「大穴だろ!鎧に20万」

「支配人負けろ!俺も鎧だ!」

「俺もだ!鎧が勝たなきゃ俺の人生終わりなんだよ!」

「ここは順当に総支配人で…」

勝負は一瞬だった。

総支配人らしい豪華な指輪をした男は金の雨から『何か』を吸い取り、肉体を強化することでゴクガタの首を素手で野菜でも収穫するかのように次々ともぎ取っていく。

「おら、こいつが結果だ。」

その首を賭場に投げ込み、支配人の椅子に座った男は、債務者達を何処かへ連行する手はずを整える。

「ま、待ってくれ!もう一勝負!頼むよ」

「俺も…金は用意するから!」

「返すから!絶対返すから!」

「黙れ。お前らは人生を時間を戻してやり直せるのか?人生の大勝負に二度目はあるか?考えろ。お前らは垂らされた蜘蛛の糸を掴めなかった。それだけだ。連れてけ」

総支配人の演説に、債務者達は無言で連行されていった。

ーとある里ー

「ニョッニョッニョッ、計画通りだネ。」 

周辺住民の波動を根こそぎ吸い取ったゴクガタの前にいるのは真紅の長髪をなびかせる男と、数人の男女。

「趣味が悪いわね、敢えて魔女姫と手を組んでゴクガタをカムイ様の養分にしようなんて」

「ニョッニョッニョッ、手を貸すとしか言ってないからネ、どうしようと自由なのサ」

「しかし、これだけの量があればかなり力が増す
でしょう。間違いありません」

「・・・・・・・・」

「バカが。てめぇらで餌ばら撒きやがって…」

「これはこれは、極上のフルコースのようですねぇ」

「この世は弱肉強食…無情でごぜぇやす。」

「まだまだ呪力が強くなるなんて最高やないか」

「かまうこたぁねぇ!!根こそぎ吸っちまえばいい!」

長髪の男が手を添えたゴクガタから、まるで植物が枯れていくようにしおしおと萎んでいく。

「行くぞ」

ガシャガシャと中身がなくなったゴクガタをそのままに、男達は去っていった。

ーハボタン山ー

「ちょっと!今日は非番なんだけどッ!なになに!!何が起こってるのよ!聖地巡礼してたのに!」

スケッチブックを片手に抱えたピンク髪の少女は、エイザンが育った山で暴れまわるゴクガタの進行を防ぎながら脳に浮かんだ不満を手当たり次第に口に出していく。
彼女の言う通り八番隊は今日は非番。エイザンを慕う者達で亡くなった彼を偲ぶためにやってきた山でまさかの襲撃、不満を言うなという方が不可能だ。

ハボタン山は凶暴な野生動物が溢れ、それなりの武装をしている事が不幸中の幸いだろうか、とはいえ予定が合った隊員達数人で来ているだけ、副隊長もいない八番隊員達は数の差でどんどんと圧されていく。

「波動はいただいていく!!」

「素晴らしい戦いだ。皆、強くなったな」

優しい声とともに首に数珠を巻いた大柄な男が身を呈してゴクガタの刃から隊員を守る。

「エ、エイザン隊長おおおお!!」

隊員達は堰を切ったように泣きじゃくり、大柄な男、エイザンの元へ走っていく。

「なんの因果か『戻った』のだ。私だけではないぞ…いや、その話はまた後にしよう…待たせてすまない。私も共に戦おう。見よ、きれいな湖が後ろにあるではないか。小鳥達がそれを飲んでいる…生きとし生けるもの、すべてを守るため共に救おうぞ」

エイザンの頼れる背中に、隊員達は落ち着きを取り戻し、ゴクガタと再び相まみえる。


ロウバイ山の山頂付近は夏でも季節が冬だ。それはこの山の頂上が遭難者続出の雪山であることからもわかる。

貿易や飛脚のために歩く麓付近にこそ四季はあるが、山頂は魔境。基本的に『近づいてはいけない』とされているのだ。
その『魔境』とされている山頂に、クレバスのような形状で掘られた奇妙な祭壇。

「お呼びですか、ベーゼ様」

顔面におびただしい入れ墨を掘った男を『アヌビス』と優しく呼ぶメイド服の女性、ベーゼは、目隠しをした痩せ型の女性と、対照的にふくよかな女性を両脇に据え、美しい旋律で笛を吹くと、デオジオの元にあった石版が祭壇に転送される。

「私の身体の一部を石板に埋めておいて良かった…おかえりなさい。罪姫様…」

恋人との再会を喜ぶかのような表情を浮かべ、今にも泣きそうな表情で微笑むと、ゆっくりアヌビスの顔の入れ墨に触れる。

「罪姫様は死す前に、ヒミコの力…記憶に介入する力を解き明かした…鬼道というものだ…そしてその使い方を我々が行っている錬金術に回帰した…そのやり方は…アヌビス、貴方の入れ墨に封印されている。」

アヌビスの顔に凄まじい激痛が走り、同時に目隠しをした女性の身体から心臓の一部が零れ落ちた。

「感謝しますヴァサラ軍。貴方がたが倒したゴクガタは壊されても波動を石版に放出する!」

各地から集まった波動、アヌビスの顔に掘られた術式、ベーゼの『体の一部』、傍らにいる二人の女性の心臓の一部。それらは石板に吸い込まれ、ビキビキとヒビが入る。

「あと数時間もすれば復活する。妖刀の力を罪姫様に上書きさせれば更に強く…だが…その前に…」

「僕を作り出した人のような禍々しい気配があると思ったら…宗教の集まり…?」

「貴方は?」

一見女性のような見た目、長い青髪、少年のような話し方。
中性とも取れる少年(?)は敵陣を恐れずにひたひたとベーゼの前へ歩いていく。

「貴方は?だって?それは僕のセリフだよ。確かに死んだはずなのにまさか生き返るなんてね。しかも、『この体で』。この波動…君たちが奇怪な儀式で何かしたんじゃないの?」

「ベーゼ様、この者の波動は凄まじい。罪姫様の餌には最適かと」

「私達二人にお任せを。」

「下がりなさい、キュラ、キュロ。アヌビス、貴方は別の街で妖刀の探索を。我々はまだ一名しか持ち主を見つけていない。」

「「「はっ」」」

目隠しをした痩せ型の女性がキュラ、ふくよかな女性がキュロ。ベーゼはその二人を制するように優しく肩を叩き、アヌビスに各地の探索を命じる。

「妖刀?なんのことかわからないけど、別に僕にとっては関係のない話だからね。ただちょっと禍々しい気配と波動が気になっただけ…」

中性的な少年は行く手を阻むように横に差し出されたベーゼの笛をチラリと見て大きなため息をつく。

「何のつもり?君に用は無いんだけど。」

「貴方の波動に用があるので…私達が。『捕縛音叉(アッテネーター)』」

指揮者のように指を振ると、ビリビリとした音の振動の壁が少年の周囲に張り巡らされ、逃げ場を失う。

「はぁ…僕は無駄な殺生はしたくないんだけどな…氷の超神術『修羅雪姫』」

「!」

音の壁はどんどんと氷に覆われていき、美しいドームへと形を変える。

「僕は元カムイ七剣『氷剣』のネムロ。悪いけど、戦うつもりならこっちも黙ってないよ」

中性的な少年、ネムロの予想以上の力を見たベーゼは、薄く笑うと笛を口に当て、戦闘態勢を取った。

「吻(くちびる)の極み『指揮浄奏曲(しきじょうそうきょく)』:灘葬々(なだそうそう)」

笛から出た音は空気と振動し、右からは猛烈な熱の塊を、左からは酸の雨を降らせる。

「立花盾!!」

巨大な氷の盾は、双方から来る技の波状攻撃を防ぎ、儚く砕け散った。
次は自分の番だと、超神術を発動するポーズを取ったネムロは激しい火傷の痛みを感じ、思わず顔を歪める。

『おかしい…攻撃は完全に防いだはず』

「『死朽接吻(しきゅうせっぷん)』!」

指先を唇に当て、投げキスのように放つと、強烈な蛍光色の波動がネムロに乱射される。

「くっ!!」

致命傷になる波動は刀でどうにか薙ぎ払うことができたが、躱しきれない程に撃ち込まれたそれはネムロの足を撃ち抜き機動力を奪う。

「『風花』」

「吻の極み『指揮浄奏曲』:狂乱愛」

掌から出された冷気を桃色の音波が分散する。追撃を加えようと笛を咥えたベーゼの眼前にネムロはいない。
氷で視界を塞がれ、間合いを詰められたと考えた瞬間にはもう遅く、強烈な足払いを受けて、手から笛を落とす。

「なかなかやる…だがその体勢では、剣は振るえない。」

「油断しちゃだめだよ、宗教家さん。『玉屑槍』」

ネムロの刀は氷の槍へと変形し、ベーゼの肺部分に深々と刺さる。
ベーゼは大量の血を吐き出し、自身の身を守るために慌てて笛に手を伸ばすが、それはネムロに踏み折られてしまった。

「笛が君の武器だもんね。さぁ、どうするの?宗教家さん。僕は無益な殺生はしたくないんだよ。もっと反撃してもらわないと…斑雪」

氷の突きの連打がベーゼを何度も刺し貫く。
ついにとどめの一撃が彼女の髪で隠れている方の目を撃ち抜いた。

「つまんないなぁ…おやす…「『恋金(れんきん)』」

砕かれたはずの笛は土とともに元の形状に戻り、ベーゼの手に収まる。
しかし、ネムロが驚愕しているのはそこではない。
目を突き刺されたはずの彼女はなぜか平然と、まるで何事もなかったかのように刀を掴んで蹴りを見舞ってきたのだ。

「君、痛みを感じない人?」

「いえ、痛みは相応に。ですが…」

ベーゼが髪をめくり上げた姿にネムロは言葉を詰まらせる。
本来目があるところに綺麗に何も無いのだ。骨が見えてしまうかもしれないほどの空洞。

「私の目は罪姫様の供物として捧げました…だから貴方の攻撃は効かなかった…さぁ、続けましょう。吻の極み『指揮浄奏曲』:剥麗哥(はくりうた)」

可視化できるほどの音符がネムロにぶつかる。

「ゔああああ!!」

絶叫しなければ堪えきれないほどの激痛が襲うとともに、直撃した皮膚が糊付けされたポスターを剥がすようにベリベリと剥がれていく。

「『閑女吹(しずめふき)』!」

五線の斬撃がネムロの体に深い傷を作る。
流れ落ちる血とひどい深手の影響で脚が震え、立つことも困難な状況だ。

「『遊楽戯曲(ヤングスキニー)』」

ネムロが突き刺した腹部の傷が音とともに癒え、そのダメージを蓄積した玉が凄まじいスピードでネムロの体内に侵入する。

「う…ゲホッ!こ、これは僕の技と同じ威力の…」

「さようなら、貴方は生贄になるのです。」

「悪いけど、僕は生贄になるつもりはないよ。終雪・修羅雪の舞」

ロウバイ山の山頂付近は不可侵の雪山だ。それでもネムロが出す凄まじい凍てつく波動には及ばない。
その強大な冷気は数体の分身を作り出し、ベーゼを取り囲んだ。

「なんという力、なんという波動…素晴らしい!素晴らしいぞ氷剣のネムロ!!これほどの力ならば罪姫様はすぐに蘇る!」

先程までと同一人物とは思えないほどに高揚したベーゼは、調律が狂ったかのように乱暴に笛を吹き始める。

「あ~あ。うるさいなぁ…僕はこっちだよ。」

「!!」

興奮しているせいもあるにはあるが、実態を捉えることができぬほどの数多の分身。
その一体一体から繰り出される凄まじい波状攻撃。
治癒すらも間に合わないそれは、ベーゼの身体に深い傷を負わせていく。

「悪いね、宗教家さん。僕は生贄…に…」

圧しているのは自分だ。明らかに彼女は自分を追えていなかった。
なのになぜ全身が切られているのか、なぜ自分が倒れているのか。
カムイに貰ったはずの再生能力を上回るほど強い相手なのはわかっている。
それでも勝っていたはずだ。

「なん…で…」

「吻の極み『指揮浄奏曲』:幾縁露紐結(いくえにしつゆひもむすび)」

不可視の音と音がぶつかり、交錯した場所に凄まじい破壊が起こる。
自身の身体を切り裂いたのはこれかとネムロは死を感じながらゆっくりと目を閉じる。
しかし、自身の魂は何かに掴まれた。

「素晴らしい…なんという魂!罪姫様にお渡しするのに汚れた状態では気が滅入る…」

笛から出てきたのは死者の魂を掴み取る腕。ベーゼは、ネムロの身体を綺麗に治癒し、魂だけを抜き取り、抜け殻を山に捨てた。

その指がピクリと動いたことにベーゼは気づかない。

「罪姫様…ようやくです…」

ベーゼはネムロの魂を石版に埋め込むと、それは砕け、歴史書に書かれていた青髪の女性が目覚める。
ベーゼは罪姫が昔着ていた露出度の高い民族衣装を持ち出し、お世話係のような手つきでそれを着せた。

「ヴァサラ軍よ…この人の理想の世界に変えさせてもらうぞ!!吻の極み『指揮浄奏曲』:五線譜籠(ごせんふろう)」

笛から巨大な五線譜が現れ、ゴクガタの残骸を捕捉した地点はヴァサラ軍の本拠地意外全て囲われてしまった。

ーツクシ村ー

「パンテラ隊長!みんな!」

村はずれの敵を倒していたジン意外の十一番隊は全員五線譜に閉じ込められてしまった。
凄まじい敵の数、斬っても斬っても増える鎧。いくらパンテラといえど絶望的なのではないかとジンは考える。

しかし、それを吹き飛ばすかのように彼らは大きく笑ってみせた。

「は〜いジンちゃんの負け〜☆」

「え。」

「どれだけ斬ってもいい敵なんて最高だよねぇ~?」

そうだ、こういう奴らだとジンは思い出して苦笑いを浮かべ、どうにか五線譜を解除しようと突っ込んでいくのをパンテラに制される。

「行ってこいよ、ジンちゃん。幹部倒して武功上げるチャンスだぜ。」

「…はい!!」

ジンはくるりと方向を変え、隊舎へ駆け出していく。

ーハボタン山ー

「え、エイザン隊長…」

「何、安心しろ…誰一人傷つけはせぬ…」

ぞろぞろと群がるゴクガタを次々と倒しながらエイザンは優しく微笑んだ。

ーホオズキ村ー

計られたとラショウは思う。
目の前にいるのは大量のゴクガタ。
自身が回った街や村にはあまり敵がいなかったのだ。
ホオズキ村に行ったイブキの帰りが遅いため、寄ってはみた結果まさか閉ざされるとは。

どうやら自分とイブキは警戒されていたらしく、ここに誘導されていたと気づいたときには遅かった。

「作戦は筒抜けてないはずなんだけどねぇ…」

「魔女姫の力で鎧を補足できるのかもな。」

「そうだねぇ…とにかく。早く終わらせよう」

ヘラヘラと笑っていたイブキの表情が変わり、帽子を被り直して刀を構える。

「五線譜を消すのは後だ。行くぞ。」

ラショウの全身から禍々しいオーラが発生する。

ーゼラニウム街ー

「予想通りあちこち囲われてるねぇ。」

肉眼でもハッキリと見える五線譜の檻を見ながら眼鏡の女性は壊れてしまったゴクガタの後始末をせっせと行う。

「ま、うちは『ここに来た記憶』や『鎧』すら認識から消えているだろうからねぇ。」

檻が発生していないゼラニウム街の空を眺めて女性は、掃除で切れた息を整える。

ーとある里ー

「くだらん」

五線譜を軽々と両断した男はどこかへと去っていく。



ー千年前ー

ヴァサラが、いや、ヒジリが誕生するよりも遥か昔。
女王ヒミコよりも過去の話。

この国は錬金術の研究が盛んだった。

罪姫は今とは違う丸眼鏡の図書館司書のような格好で錬金術の勉学に勤しんでいた。
彼女は非常に優秀な術師であり、紛い物の錬金術を使いこなす者が現れる中、その力を現代の極みに匹敵するほどまでに磨き上げていた。

「ちっ、貧民の生まれが…」

彼女が新たな術式を使いまわしたボロボロの紙に書き込んでいるのを少量の水で邪魔をする女性の術師達。
罪姫はペコリと頭を下げそそくさとその場を去っていく。

女性の術師達はその姿を見て、ケラケラと笑い出す。

「ゔ〜」

しかし、彼女が気にしているのは嫌がらせではないらしい。
水に濡れて整えた髪が汚くなってしまったのを気にしているのだ。

『国王様にお目見えするのにこれは…』

新たな術式などいつでもアウトプットできる。それよりも、自身が恋焦がれている国王に会う時にこの髪型はいただけない。

「キュラ、キュロ。」

指を噛み、血を一滴地面に垂らすと、分身である二人が現れる。

「罪姫様!また嫌がらせを?」

「消しましょうか?」

「いや、いいです。気にしないで。それより…」

チョイチョイと前髪を指差し、キュラの骨をコームのような形に変形させ、整える。

「う〜ん…水でよかったと思うべきですかね…服も濡れてしまった…」

「ベーゼに頼…「ベーゼ様。です。あなた達は私の分身体でしかない…彼女に何かを命令するのは不躾でしょう」

ベーゼを軽んじる発言をピシャリと制し、二人を身体の中に戻すと、国王の元へと謁見に向かう。
正しくは謁見…ではない。
王宮の正門へ行くなり、ベーゼは罪姫の身体を隠すように布を被せ、裏口へと案内した。

「罪姫ではないか。何用だ?」

見目麗しい青髪の国王は、凛々しい声で罪姫に語りかける。

「用…ですか?」

二人は合せ鏡のようにキョロキョロと周囲を見回すと、誰もいないことを確認し、国王を近くの壁に押し付け、身動きの取れない状態にするとキスをした。

国王はキスに応えたまま、罪姫の前髪から滴り落ちる水滴に触れる。

「また嫌がらせか?」

「そうだね。くだらない連中だよ。私達がこういう関係の時点で勝てるわけないのにさ。」

キャラクターを作っていたのか、先程までのオドオドとした様子とは口調すら違う罪姫は蔑むように女性の術師達が描いた術式を破り捨て、踏みつける。

錬金術士だけにとどまらずこの時代の殆の地位や役職は世襲制だ。
叩き上げで素晴らしい地位に昇るものもいるにはいるが、基本的にどこかで挫折し、やめていく。

それは能力の優劣ではなく、当時の時代背景になぞらえた貧民への過剰な嫌がらせによる精神的ストレスが原因だ。

術師としての力もなく、靴磨きの一族に生まれた罪姫もご多分に漏れずその嫌がらせの餌食になっていた。

先代国王は階級の差を意識させるため、貧民に『罪』の名を付けて呼ぶ事を命じていたため、入団当初から罪姫は文字通り貧民の生まれであることが知れ渡っていたのだ。

彼女は非常に飲み込みが早く、天才だった。
そもそもの入団経緯が父親の持っていたボロボロの錬金術の書物(才能がなかったため数年読んでいなかったためホコリを被っていた)を一読し、見事なまでの黄金色の銃を創り出したのを国の高名な錬金術師に買われたからである。

罪姫は莫大な入団金を貰い、親を安住させたことで、これからは真面目に、自分のために技術を磨いていこうと思っていた。

世襲術師から物を隠される、殴られるといったいじめすら気にしている暇もないほどに彼女は術式開発に没頭していた。なるべく目立たず、なるべく波風を立てず、自身のやりたい事だけやれればいい。そう考えていた。

今の国王が現れるまでは…

きっかけはある日の騒ぎ。
禁忌の書物庫に忍び込んだ術士がいた。

「ベーゼ!!!何たる醜態ですか!!貴女が居ながら!!」

「も、申し訳ございません!」

乱暴にベーゼをバシバシと叩くのは王妃。
普段はふわりとした様子の彼女だが、一度スイッチが入ると使用人に当たり散らし、自身の気が済むまで家具や壁を破壊する。

禁忌の書物に鍵をつけっぱなしにしていたのは当の王妃である事を棚に上げてのひどい仕打ちだ。

「お、王妃様!本日の書庫の番は私です!処罰ならこのアヌビスがかわりに…「うるさい!!ただの先代国王の腹違い息子の分際で!!使用人として雇っているだけありがたいと思え!」

凄まじい剣幕、凄まじい怒声。
他の術師たちもぞろぞろと集まってくる。

ベーゼは杖の当たりどころが悪かったらしく、額から出血していたため、罪姫は物陰に引っ張り、治癒の錬金術を行う。
彼女は治癒術…いや、回帰術に優れていた。
傷口に手を当て、時間を回帰させ戻す。
最初に読んだ書物に書かれていた力だ。

「ざ、罪姫…さん?でしたっけ?この力は禁忌の…」

「父の書物から得た力です…どうかご内密に。」

実は罪姫も余りある知識欲を抑えきれずに何度も禁忌の書庫には入り込んでいた。
鍵を壊し、錬金術で戻す。
普通の術者では今回のようにすぐにバレてしまうが、罪姫は違う。
彼女ほどの術者なら痕跡を残さないなど造作もない、そこで父の残した書物は禁忌のものであることがわかった。彼は才能がなかったのではない、禁忌の本を盗み出して没落したのだと。

「やめろ。本を取られたのはお前が原因だ。」

王妃と目すら合わせずに冷たく言い放つ国王。
愛に飢えた目、愛したはずの女性が映らないその瞳に罪姫は一瞬で心を奪われた。

一目惚れだった。

「おい、今回は目をつぶってやる。次はないぞ」

罪姫の方向へ身体を向け、ベーゼの治癒に禁忌の力を使ったことに釘を差し、王は靴音を立てて去っていく。

その日から罪姫の行動理念は変わった。
彼女は国王に認められるために、彼が着手していた『力を吸い取る鎧』の開発に没頭する。

『単純に兵を鍛えるだけでは限界がある。』それが国王の出した答えだった。

ベーゼやアヌビスのように王妃の身の回りの世話も凄まじい戦闘力も併せ持つことができるような人間は少ない。
特に世襲制の甘い環境で育てられた罪姫の世代には戦場慣れしている人が少ないのだ。

貧民の強者を迎え入れることは父親の意思に反する。
そう頭を悩ませた結果が鎧の開発だったのだ。

三年が経過した頃、罪姫の尽力もあり、ゴクガタは完成した。

「よくやった。」

「国王さま…二人で…話がしたい…です」

「?」

罪姫は薄く笑う。
開発を見に来る度にベーゼやアヌビス、そして自分が王妃の不満を話すようにしていた。

今の国王はもはや王妃に不満しかない。奪うなら今だと確信していた。

そして現代。罪姫は国王と不倫関係にあった。

それを知らないで騒ぐバカな女達がいるものだと自信がみなぎり、喋り方すら変わっていった。

「ところで、罪姫。」

「なんだい?」

「魔女姫の地位が欲しくないか」

魔女姫とはこの国で一番の女性錬金術師に与えられる地位。
世襲の流れでそれは罪姫に嫌がらせをしたあの女になる予定だった。

「あの女は?」

「フッ。お前が昔作った銃…立派な銃だ。俺は試し撃ちがしたい」

国王は罪姫を傍らに抱きかかえ、女の写真に銃を向ける。

「…いいのかい?」

「俺は国王。罪状はどうとでも「そうじゃないよ、『錬金術師は世襲制』だろ?」

「愛とは恐ろしいものだな…罪姫。」

国王は罪姫の眼鏡をゆっくりと外し、軽いキスをすると先代国王の書いていた法律に火をつけ、火種として暖炉に投げ込んだ。

「数百年続いた法は私で終わりだ。気付かされたよ。世の中には優秀なものがいる…君のようにね。それに…」

従者に吠えながら自室へ戻る王妃を蔑むような目で眺め、軽く舌打ちをし、続ける。

「ああいうヒステリックでみすぼらしい貴族もいる…ありがとう。君のおかげで気付かされた。」

「へぇ…嬉しいこと言ってくれるじゃないか…」

二人は愛を確かめるように強く抱きしめ合った。

翌日、罪姫に絡んでいた女が捕縛された。
罪状は違法な錬金術の行使。
彼女にそのようなことができるほどの力がないのは罪姫と国王が一番知っている。
国王は罪姫と約束したように、捏造して死刑を執行するのだ。

「こ、国王様!なぜ私が!!お待ち下さい!」

「黙れ。お前は国益のためではなく、自身の利益のために武器を製造し、他国に密輸した。死罪は免れん」

「そのようなことは決して…「証拠もある。この武器からお前の波動の痕跡が見られたのだ…殺れ」

女は磔にされ、滂沱の涙を流しながら額を撃たれ絶命する。
国王は軽く咳払いをすると、死刑を見ていた観衆に向けて演説を始めた。

「この女は、魔女姫の地位に就くほどの才覚が有った。悲しいものだ…人は才覚よりも目先の欲を優先してしまう。この国への忠誠は世代が下がるごとに減っていると私は思う。我が王妃はここ数日ひどく荒れているが、こういった国の背景を憂いているのではないか…?私は今、この国を変えなければならない岐路に立っているのだという自覚がある。だからこそ『世襲』は撤廃し…」

国王は罪姫を手招く。

「『魔女姫』は身分に関係なく優秀な才覚ある者…罪姫になってもらおうと思う。皆の者!これからは実力の時代だ!!存分にその力を振るうがいい!」

国王の演説に貧民達からの歓声が上がる。
政治の支持率も国民の心も全て王と罪姫が掴んだ瞬間だった。

「貧民の血など納得できるか!!魔女姫になるのは私達だ!」

「水の極み『水魔神』:濁流槍!!」

処刑に反対し、武器を持って国王を討とうと立ち上がった錬金術師達を『水の波動を使った錬金術』で処刑場に近づけぬように、かつ反逆の狼煙が上る前にアヌビスが秘密裏に殲滅していく。
この処刑をもって、国は罪姫派が掌握したのだ。

そこから数年。

罪姫は王妃に見せつけるように髪を国王と同じ色に染め、国王のブレスレットと揃いの形状をした髪留めで髪をくくる。

今までのようなかちっとした私服ではなく、魔女姫の制服に身を包んだ彼女は王と愛を育みながら、禁断の術に手を染めていく。

その術は不死術。
文字通り若々しき体を保ち、力を保ったまま何年も暮らすことができる力だ。

しかし、どの術式を使えど、魂をこの世に封印する力の先へたどり着くことができないのだ。

罪姫は何度目かの実験を行うため、ベーゼとアヌビスを呼び出す。

「不死術…おそらく今の時代では不完全な魂を留める程度の力しか蓄えられないだろう…もっと強烈な…『なにか別の桁外れの呪い』を依り代にしなければ…」

「その為に我々は『力を共有』したのではありませんか…このように。」

アヌビスの顔の皮膚は数か所削られ、ベーゼは右目と右耳がなく、そして罪姫の指は両手小指がない。
これは罪姫の『時をかける秘術』を共有するために行ったものだ。
体の一部を分け与えることで力を共有する。もちろんこれも禁忌である。

愛しい男と永遠に生きるための術。彼女はあと一歩届かないことに焦りすら覚えていた。

時を回帰させる力は過去の歴史の一部に触れ、多少なりとも改竄するほどに成長していた。
その応用でゴクガタなどの鎧や物を媒介に『過去の強い兵士の魂』を用いたゾンビ兵を作ることにも成功した。

それでも不死にはなれない。
愛しい国王のために繰り返した禁忌。
そして、ある日、彼女の運命を壊す事件が起こる。

王妃は鎧兵団に自分が殺されるのではないかという妄想に取り憑かれ、ついに罪姫に刃を向けた。

正当防衛、これ好機と罪姫は自身の力を王妃に奮ってみせる。

「惑(まどい)の極み『蠱惑色』:愛欲因果律(あいよくいんがりつ)」

罪姫は剣術も達人クラスだ。波動を纏った罪姫の体は蜃気楼のように歪む。
いや、『恋は盲目』とも言うように視界が眩んだのは王妃の方だ。

王妃の視界は眩み、膝をつくと同時に視力は消える。
罪姫は小さな鎌のような、独特の形状をした刀で王妃の喉を抉り取り命を奪う。

これを国王は『狂ってしまった妻を討ってくれた』と褒め、褒美を与えた。
表向きは。

彼は罪姫の凄まじい力に恐れをなし、『実権を握られたら追放される』と考えるようになっていた。
そして、他国へ戦争に行く晩。事件は起こる。

異国との戦争は罪姫の作った不死兵やベーゼ、アヌビス、キュラとキュロの力で圧勝していた。

その時に見つけた放浪者が腰に携えていた刀は、人間のその男を貫き、獣のように変貌し、喰らい、また髑髏の形状の刀に戻る。
最古の妖刀、骸と出会った瞬間だった。

骸を拾い上げた罪姫は、その強い呪いで脇腹を食い千切られ重傷を負った事で、戦線離脱を余儀なくされた。
彼女は凄まじい呪力の妖刀に目をつけ、研究に没頭した。
その日は少し夜更かしをしてしまったのだ。側近もおらず、看病を買って出たのは国王。彼を愛する罪姫は安心したようにすやすやと眠っている。

国王は王妃と同じ様に罪姫の喉を貫き、時間回帰で回復することができぬようにそのまま銃を額に突きつける。

罪姫は愛するものからの裏切り、王妃を選んだのかという勘違いによる恨みから、ボタボタと涙を流す。

「おのれ…私を…裏切る…など…私は死なん…不死術の根源を見つけたのだ…貴様の…一族…全て…滅ぼしてやる…いや…貴様の精液に生まれ変わり…内部…か」

罪姫の恨み節をかき消すように額に銃弾が撃ち込まれる。

国王は言った。『罪姫は怪我を負い、療養中に間者に暗殺されたのだ』と。

その不審死を疑うのはベーゼとアヌビス。そして、遠征に行けぬ自身の代わりに切り離したキュラとキュロ。
忠誠心が凄まじい彼女らは武装蜂起をしようと息巻くが、罪姫の棺からテレパシーのような声が聞こえたことで、その手を止める。

ベーゼが覗き込むと、母のお腹の中にいる形成されきっていない小さな小さな胎児のようなものがモゾモゾと蠢き、声を発していたのだ。

「未完成の不死術…まだまだこんなもの…だが…数年だ…数年先の未来だ…そこで歴史…を」

体力も胎児のようになっているのか罪姫はそのまますやすやと眠ってしまった。

ベーゼは罪姫の指を取り出し、数年先の未来へ飛ぶ。
未来とは不確定なもの。
術をうまく扱いきれない彼女は何年後に飛んだか分からなかった。

そして、棺に胎児の罪姫はもういない。
どうやら数十年飛んだらしい事が分かるのは罪姫だけらしく、彼女はすっかり風変わりした王の執務室へ行き、子宝に恵まれた王の写真を見て、小さな小さな体をワナワナと震わせ、歴史書を書く王の身体に寄生虫のように入り込む。

「手が…勝手に…」

「私がわかるかい?…ねぇ?」

次々と文字通り『自身の手で歴史を書き換え』る罪姫は国王に悲しげな声で尋ねる。

「お前など知らん。死んだ昔の女など…」

「そうかい…」

体に入り込んだ罪姫はバリバリと真っ二つに国王を裂き、『体の一部』を食べると5歳くらいの少女に成長し、過去へ飛んだ。

ー それから、罪姫は何度も何度も過去へ戻り、国王と愛を育むために歴史の改変を繰り返した。しかし、何度戻れど『同じように』国王は罪姫を見捨てる。そして、彼女は一つの結論に至った ー

「何度歴史を繰り返せど、愛は…あの男は私に靡かない。そして…忌々しい…あの男は必ず子宝に恵まれる…その子どもは別の場所であの男の血を繋げ…未来に未来に…未来に…一体何人殺せばいい?何人殺せばあの男の血を絶やせる…?私に吐き出した愛を奪ったあの男の血を…。いや、簡単なことではないか…世界を滅亡させてしまえばいい…私の部下以外の者を消せばヤツの血は絶やせる。そのためにはこの身体では貧弱すぎる…任せたよ」

幼児の体型と体力程度の自分では到底遂行できないと考えた罪姫は、体の一部を部下達に喰わせ、力を分け与えると、自害するように喉に刀を突き刺し、再び棺で眠る。

そしてベーゼを筆頭とした一団はあらゆる時をかけ始めた。

しかし、彼女らには数点の問題点と数点の発見があった。

まず、問題点。
持ち主のいない妖刀を持ち帰ろうと手に取った私兵達は尽く呪い殺された。
そして、初代の使い手。これが凄まじい猛者ばかりだったこと。彼らの死を待つことで妖刀を手に入れようとするも、次なる使い手も強者ばかりなのだ。

もう一つにして最大の問題点。
『ある時代』を境に未来へ行けなくなったのだ。
国を太陽のように照らし、史上最強の存在となった覇王ヴァサラの出現による影響だ。
彼の存在が、彼の強さが、未来を眩しい光で包みこんでしまうのだ。

だが、素晴らしい発見もあった。

ヴァサラ軍が戦ったゼラニウム街との大戦。そこにいた男が操るのは並行世界。
わずかに、しかし確実に。
『この世界意外の世界』が存在していることがわかったのだ。
どうにかそこへ介入できれば、妖刀に変わる呪具を持ち出せるかもしれないという希望。

そして、デオジオとの出会いと妖刀の特性の発見。

灯台下暗し。罪姫の残した文献によると、妖刀はあまりにもその呪力が強く、同じ時代に二本以上存在すれば、『どちらかが壊れるまで』打ち合ってしまうこと。
時を回帰させる力を行使すれば、妖刀を持っていた頃の綺麗なままの彼らを現代に呼び出せば、壊れた妖刀、いや、敗北した刀に癌細胞のように罪姫の一部を埋め込めば、不死の力は完成するだろうと踏んだ。

不完全な借り物の力といえど、魂は呼び出せる。
問題は身体。
その所有者の『一部』がなければ呼び出すことはできない。

「ニョッニョッニョッ。お困りのようだネ」

全てを察したかのように不気味に笑うデオジオはどうやら実験していたらしいゾンビのような醜い容姿の男達に初代の持ち主の遺灰を運ばせる。

「骨も体の一部だろウ?借り物の力でも上手く『生身』引き寄せられる。あとは彼女の力で上書きすればいいだろ?ニョッニョッニョッ…彼らは気付くのかな?歴史に名高い魔女姫の力で生き返らされたことにネ」

「待て。」

話をしながら『この時代の』罪姫の刀を棺に書かれた石版のような窪みにはめようとするデオジオの手を、乱暴に掴み、アヌビスは舌打ちをする。

「ダンザイは妖刀じゃない。『所有者の波動を無限に吸う』意志のある刀だ…五本の妖刀…一本足りないだろう?

「話はまだ終わっていないヨ。妖刀の持ち主最後の一人はカムイ様によってすでに生き返っているのサ。僕らの軍にいるヨ」

ー 現代 ー

「長い夢を見ていたようだよ…あの頃の忌まわしい記憶をね。」

「罪姫様…おかえりなさいませ…ベーゼは待っていました」

罪姫はベーゼの頭を優しく撫でると、石版から自身の刀を引き抜き、鞘に収め、『行くよ』と声をかける。

「どちらへ?」

「凄まじい波動を持った餌のニオイがするのさ。南にね。ベーゼは自分の仕事を頼んだよ。私はちょっと肩慣らしに戯れてくるからね」

罪姫は、南へとゆっくり歩き出した。

「ヴァサラ軍…いや、並行世界の者もだ。罪姫様のために消えてもらうぞ」

ベーゼは笛で『何か』を命令する。



サルビアの街

自警団が優秀なこの街は、なぜか相手が見えない曇天空の戦いに慣れていた。
ゴクガタ相手にもとある男を筆頭に次々と倒していき、街の平和は保たれたかに思われた。

ベーゼの牢は町外れの住民の家と戦場を見事に分断してしまったのだ。
自警団の部下達はパニック状態になっていたが、仕切っている男はどこか冷静…ではなく嬉しそうに、町外れに現れた緑髪の男を見つめていた。

「こりゃ外は心配ねぇな。お前らは自分の仕事に専念しろよ。へっ…立派になりやがって」

「チッ。めんどくせぇな…」

「誰だ?我々の邪魔をするな!!!」

「ああ?わざわざ自己紹介してやるほど時間はねぇんだよ!」

「そうだそうだ!この男はヴァサラ軍九番隊隊長の『風神』セトだぜ!」

「なんでお前が言うんだよ!」

あえて名乗らなかった緑髪の男、セトに割り込むように太ったマスクの男が彼を紹介する。
敵をそっちのけで漫才のようなやり取りが始まった。

「ったく…台無しだろ、さっきのセリフが。めんどくせぇな。」

「ソイツはヤベェな!」

「スキだらけ…だ?あれ?さっきまでここに?」

刀を振り下ろした男はキョロキョロとセトの行方を探る。

「オメーが遅すぎんだよ。『葉風牙刺(ようふうがし)』!!」

疾風のような刺突が、一瞬にしてゴクガタを葬り去る。
セトはどうやら遠近どちらにも対応できるらしく、距離を取れば風の斬撃。近付けば凄まじい連撃。
乱戦に向いている彼は、一瞬にして敵を蹴散らしていく。

「ここが落ち着いたら久しぶりに隊舎に行くか。弟の顔も見てえしな。」



カルミアの里

この場所は波動を吸いたい放題だ。
ヴァサラ軍の助けが手薄なこの場所に牢など必要ない。
ベーゼもそれをわかっていた。
しかし、市民を救ったのはまばゆいくらいの赤い炎。

「さあ!!かかってこい!この里の者の命は私が守る!私は燃える男『炎神』ビャクエンだ!」

グッと力強く拳を握る熱い男、ビャクエン。
彼は、その心と同じように熱く燃える刀で次々とゴクガタを斬り倒して行く。

「炎神、全開!」

「調子に乗るなよ!この街の波動は我々のものだ!」

「そうはさせない!この里も、他の街も、私が守ってみせる!!うおおお!」


ベーゼの元へ命からがら戻ってきた兵士は、ハズキに言われたことを全て話す。
罪姫のおかげで、死んだ十二神将が数人蘇ったのだと。

『おかしい…罪姫様はそんな改変していない…確かに現代、過去、未来は繋げた。妖刀の持ち主は確かに呼んだ。蘇らせたのは数名…先程のネムロという少年すらあの人は呼んでいないはず…』

笛を血が滲むほど強く握り、無言で考え込む。
誰かが罪姫の力を使うなど言語道断。あってはならないのだ。
もう一つ、誰か内部にいる裏切り者の存在。

「いや、どちらも違うのか…?なぜ自慢するかのようにわざわざ不利になることを告げた…?」

「ベーゼ様…すみません、余計な事を」

「いえ、よく話してくれました。それに…」

罪姫が入っていた棺を優しくなぞり、報告した男に薄く笑いかけ、コソッと耳打ちする。

「もう妖刀の初代は動き出している。特にあの制御できぬ嗜虐心を持つ女、ヒートヘイズはね。」

首に一度斬首されたような傷を持つ女性の写真を見せると、兵士は恐怖に生唾を飲み込む。

「!!」

「それに『彼ら』も蘇っています。おまけ付きでね。何も恐れることはありません。もう少しゆっくり…アヌビスやキュラとキュロに任せましょう…」

ベーゼは『お疲れ様でした』と声をかけると、近くに置いてあったハープを弾き、兵士を労うように優しく眠らせた。

『とはいえ未来にも過去にも介入者がいる…なぜだ?罪姫様の力が及ばぬ者がいるのか…あるいは。』


ーハナタバの村ー

『ようこそハナタバ。全てのはじまりの村』と、大きく書かれた花のアーチの看板。
冒険者の村として知られるここにゴクガタはいない。
いるのはたった一人の女性。
首の傷からそれがヒートヘイズだとわかる。
その手にしっかりと握られているのは初代村正。

ヴァサラ軍だろうか。息も絶え絶えにヒートヘイズにただ一人応戦する勇者のような服装の少年。

「ゴクガタにお留守させてよかった〜。ラディカちゃんのお仲間さんをこうして痛めつけられるんだも〜ん。キャハハハッ☆やっぱりカムイ様の波動探知力って最っ高!!大当たり!ガリュウく〜ん。知ってるよぉ?君の波動量は桁外れに多いんだよね〜?でもでもぉ?実力が伴ってないんじゃ…「我流海剣(がりゅうかいけん)『荒波桜(あらなみざくら)』
!」

濁流が押し寄せるかのような突きがヒートヘイズに放たれるが、村正に自身の負の力を食わせた炎はそれを蒸発させる。

「女のコの話を最後まで聞かないのはマジサイテー。モテない男のやることだし。じゃアタシの番ね」

「水の極み…「アタシの番だつってるでしょ!頭きた!行くわよ!村正!」

「ククク…欲望に忠実な我が姫君よ。好きにお使いなされ。」

公家の男のような村正の声が聞こえると同時に、ヒートヘイズの力が増幅する。

「少しはタフみたいだけど、さすがにこれは防げないでしょ?火の超神術『鳳炎禍(ほうえんか)』:煉日煉夜(れんじつれんや)」

「うう!うわああああ!」

刀から繰り出された炎は周囲を爆熱で焼き払い、ガリュウの皮膚を燃やし続ける。

「ネ?だからちゃんと殺してあげるって言ったでしょ?え?え?炎解除してほしいって?ヤーダ。ラディカちゃんトラウマだろうなあ…友達が死んじゃうんだもん。さ、あの子も殺しに行こ〜」

「なんで…ラディカを狙う…」

まだ息があることに少し驚きながらも、ヒートヘイズはケラケラと笑い転げ、ガリュウの顔を蹴り上げて勝ち誇ったように話を続けた。

「魔女姫罪姫が蘇ったからね〜。妖刀の持ち主は一人じゃなきゃいけなくなりました〜。ラディカちゃんの故郷焼いた時は気まぐれであの子を残したけど仕方ないね〜。カムイ軍の特別任務〜?なんちゃって?」

「罪…姫?」

「キャハハハ!教えたげる。罪姫はねー。妖刀の呪力を鍵に蘇ったんだよ〜。えー?どうやるのかって〜?じゃあ、せ〜のっ?」

ヒートヘイズはわざとらしく耳に手を当て、ガリュウの返答を待つ。

「お返事がないな〜。特別だよ。こ〜して。」

取り出した写真には五大妖刀とダンザイがはめ込まれ、輝いている石版があった。

見覚えのある石版、ハズキの言っていた言葉、ラディカが妖刀について何か話していたことを思い出す。

「ネ?今は妖刀と罪姫が密接なの!二本目の刀をぜ~んぶ折らないとぉ、死なないの♡あれぇ?これも知ってる感じぃ?で・も」

村正に負の感情を食わせ、増幅する炎でハナタバのアーチを焼く。

「初代はみーんな強いの。どう?ラディカちゃんに見せてあげたいなあ…この光景♡」

とどめとばかりに燃え盛る刀でガリュウの胸を刺し貫こうとケラケラ笑いながら炎を増幅させる。

「閃花一刀流『皐月躑躅(さつきつつじ)』!!」

「!!!」

「喋り過ぎ…戦いには残心っていうのがいるって師匠も言ってた…」

ガリュウの放った突きの先端から花弁が開くかのように水の波動が分散し、ヒートヘイズの全身に襲いかかる。
咄嗟に炎を解除し、防御に徹するが、右肩を貫かれ、ギリッと歯ぎしりを一度すると特注品のショッキングピンクにラメまみれの趣味が悪い船に乗り込んだ。

ガリュウは気が抜けたように膝をつき、ひどい火傷の体を這わせて歩き出す。

「う…み、皆に伝えなきゃ…ラディカを…逃さなきゃ。」

水圧の強い水道のように常におかしな量の波動を垂れ流しているガリュウは、ヒートヘイズの攻撃でもどうにか生き延びたのだ。

「凄まじい波動量を感じる。私の餌の匂いだね」

「!!」

資料で見た通りの容姿。なぜ罪姫がここに居るのかと絶望する。
圧倒的な戦力差、それでも市民を守らなければならないとガリュウは剣を取る。

加勢するかのように輝く雷鳴。

「大丈夫!?」

「る、ルト隊長…」

「ほう、『雷神』ルト…素晴らしい、生き餌がこんなにも来てくれるとはね。世界は私を愛してくれている。惑の極み『蠱惑色』:錠膜恋歌(じょうまくれんか)」

禍々しい色の斬撃は、フワフワとゆっくりしたオーラに変わり、ルトの波動に反応すると一瞬で溶け、重力の塊のような力で動きを止める。

「まだ不完全な体でも若い隊長くらいなら抑えられるみたいだね。さ、波動をいただこうか…」

「このくらい…なんともない…!雷の極み『閃光万雷』:雷牙の太刀!!」

『疾い!』

電光石火の刃を指が取れるような勢いで掴み、滴り落ちる血が矢のようにルトの利き腕を貫く。

「うあっ!!血が武器に!?」

「『姫剃(キス)』!」

刀から波動をまとった鋭利な斬撃が飛ぶ。
ルトがそれを防ぐと同時に、瀕死のガリュウが最後の力を振り絞り、上空から斬撃を加えようと大きく刀を振りかぶった。

「上か…わかりやすいね。」

そのスタイルからは想像もつかない素早い動きでガリュウの後頭部に回し蹴りを入れ、弾いた斬撃に糸がついているかのようにぐいと思い切り引っ張ることで、ルトの背後から不意打ちのように攻撃を浴びせた。

「では…まずは弱い男の方から…」

「『異(ディメンション)』!!」

異次元空間のような扉が二人を包み、手を伸ばした罪姫を阻むように閉じる。
片側を三つ編みにしたオッドアイの男は完全に二人の姿を異空間に閉じ込めると、何事もなかったかのように立ち去ろうと罪姫に背を向けた。

「何者だ?」

「僕?僕はゼラニウム街の『筆頭極師』ラミア。悪いけど話してる時間はないんだ。色々な世界に放ったんだろ?君の部下。『ある人からの依頼』でね、僕もそっちに行かなきゃならない。君のせいだ、わかるよね?ガリュウ君は友達だから助けに来ただけ。だから正直これ以上突っかからないでもらえると助かる」

ラミアと名乗った男は眉間にシワを寄せ、年齢不相応な文句をつらつらと垂れ流し、スッキリした顔で去っていく。

罪姫は反射的に刀で彼の動きを止めようと振り下ろすが、異空間の壁のようなものに阻まれその腕を弾かれてしまった。

「待て。アンタからは波動を感じない、本当に生きてるのかい?人には潜在的に五神柱いずれかの波動…あるいは特殊格が「僕は今生きてるよ。『今が一番』生きてる。それじゃあね」

ラミアはたった一言だけ残し、異空間に消えていく。


???

「ここは…?ボクはさっき罪姫と戦ってたはず…」

ルトは見知らぬ街に転送され、周囲を見回す。
小じんまりとしたバーに洒落た街並み、明らかに自分の居た世界とは違う。

そして、人気のない裏路地にまるで何かを隠すように置かれたゴクガタの破片。
果物の断面のように綺麗に切り落とされた鎧や、額を撃ち抜かれた鎧、そしてぐちゃぐちゃ壊された破片と壊れ方もランダムだ。

『異国…?複数人くらいは使い手がいる…?』

「とにかくこの国にも敵がいるんだ!行かなきゃ!」

罪姫に受けた傷をハンカチで止血し、足に力を込めると同時に背後から殺気を感じる。
隊長の自分が気付くことなくライフルを向けられていたのだ。

「異界の者だな?止まれ。この鎧の関係者か?」

時を同じくして、サングラスの盲目の男と、日本刀を持った派手なスーツを着たヤクザ風の男が鎧の前に立ちはだかる。

「…また一人…強者のニオイが増えたか。」

「ずいぶん派手な喧嘩じゃのう。血が滾るわ!」

それを見つめるのは狭間のような空間にいるピエロマスクの男。

「さあ、巡り会え、異界の救世主達よ。魔女姫罪姫。ゲームを始めよう『私のルール』で」


ーヤマザクラ島ー

罪姫の復活とともに最早必要なくなった一般市民の弱々しい微弱な波動。
治安が良すぎる観光地として賑わいを見せるヤマザクラ島にはゴクガタの姿はない。

しかし、あらゆる場所で起こっている『波動吸収』の影響で今日は観光客が少なく、民宿や露店は大赤字のため息ムードだ。

そして、混乱に便乗するチンピラ崩れはどこにでも湧く。

初めての観光だろうニコニコと仲良く海辺で遊ぶ親子を手作りの粗雑な鎧に身を包んだ『ゴクガタもどき』の男達が角材のようなもので何度も殴打し、金品を奪い去る。

「へへへ、平和な街は最高だぜ、この騒ぎで一儲けできる」

「子どもを誘拐しちまおう、高く売れる。」

「へへ、いい考えだな」

誰かが忘れたのかと気にもとめていなかった服の下に大きな水溜りが突如発生し、長身細身の男性の形を成す。
チンピラはその光景に、暴行の手を止め、不思議そうに目を見開いた。

「その子、苦しそうだ。手を離してやれ。あと、親子でおしるこを飲むみたいな話をしていた。お詫びに買っときな」

「お詫びだぁ?変な兄ちゃん。テメェ何モンだ?」

「俺?俺はクレイ・ライマ。ライマでいい」

ライマの自己紹介に挑発されたと勘違いしたチンピラは青筋を立てて胸倉を掴む。

「ンなこたぁ聞いてねえんだよ水野郎!!!俺様達は今話題の鎧事件の…がっ!!!」

ライマはチンピラの首を掴み、凄まじい力で持ち上げる。

「苦しいだろ?その子も同じなんだ。もう一度言う。お詫びに何かを奢ってやれ」

「な、何なんだ!お前は!!」

動揺した仲間のチンピラは、ナイフでライマの体を滅多刺しにする。
しかし、その攻撃は全て水のように変化した体を貫通し、何事もなかったかのように修復した。

「う、うわああああ!なんだお前は!!」

「だから、俺はクレイ・ライマだって名乗っただろ?とにかく、この家族に謝れって」

「何をゴチャゴチャやっている。妖刀が二本。『王は常に一人』我の紛い物を消しに行くと話したはずだが?」

「久々に会った途端に喚くんじゃねえよ、翠玉(すいぎょく)「ルフ・タダンラシュ・ネイトストン(魂を味わう者)だ。それにあの時はぐれたのは貴様の方だろう。数百余年、貴様以上の持ち主はいなかった」

ライマの中から聞こえる声、それはイザベラの妖刀と似ていた。
しかし、目の前でそれを見ているのはごく普通のチンピラと、襲われていた家族だ。
二組はその奇妙な光景に幽霊でも見たかのように震え上がり、逃げ出してしまった。

「…あ。ったくお前のせいだぞ。」

「知るか、貴様のことだ。家族の金はバッグに返したんだろう?」

「ああ、ちょっと色を付けてな」

液状化した自身の左手を人の手の形に戻し、『少し濡らしちまったけどな』とバツが悪そうに頭を掻く。
そそくさと逃げる家族のカバンにはチンピラ達から抜き取ったであろうお金がたんまりと入っていた。

「で?紛い物の情報は掴んでいるんだろうな?」

「掴んでるも何も、あの子がここに来たときにバッチリ妖刀の感覚があったぞ。」

腕から流れ落ちるルフにイザベラの写真を見せる。

「『あたしの家ってエビ料理屋だったんだ〜』ってこの場所見ながら言ってたよ。未来から来たんじゃねえか?わかる?1000年前から無茶苦茶だったあの女のせいだろ?」

「罪姫か…ヤツの呪力は癌細胞のように我々を蝕む…我は我だ、イザベラとか言う女を殺したら罪姫も殺しておけよ」

「それは言われなくても。気に入らねぇんだよ、どっちかが勝って疲弊したところを狙おうとする汚え女はな。」

「貴様は人間が好きだろう?」

「1000年も生きて紡いできた歴史を好き勝手塗り替えるヤツは人間とは呼ばねえよ」

『ま、とりあえずは』とイザベラの写真をルフで突き刺し、退屈そうに砂浜に寝転んだ。


ーオニユリ渓谷ー

「魔女姫の歴史改変…まさかこれほどまでとは。一刻も早くカムイ様に合流しなければ…貴様を殺してな」

「殺す??オイオイ!一度死んだゾンビ野郎に言われちまってるぜ!!面白えな!!カムイだかカムロだか知らねぇがな!こっちは野暮用があんだよ!俺の分身折らなキャならねえ。邪魔すんな。さっさとやっちまうぞ!アンジュ!」

毒舌に怒声、骸とわかるその刀は、拳法家らしき男に為すすべなく蹴り飛ばされたアンジュと呼んだ天使のような見た目の女性に刃を向けて飛びかかる。

アンジュはその刃を優しく受け止め、額の血を拭うと、『しーっ』と小さな声で骸を止める。

いや、小さいではない。彼女には声がないらしく、口をパクパクさせることテレパシーのようなものを送り、で骸と意思疎通を図っているのだ。

『あの人はカムイ軍の副官とか言ってました。なかなかお強い方です。ナメてかかると痛い目を見ますよ。ですが…』

掌に握りしめた十面ダイスを転がし、物憂げな表情を浮かべ、ため息をつく。

『あまり良くない…』

「へっ。こりゃ。『良く』ねぇな、おい!!そこのトリトンだかトリ頭だかの野郎!」

アンジュの静止も聞かず、巨大な拡声器のような形に変化した骸は拳法家の男、トリトンに割れるような音で喋り続ける。

「俺達は今お前なんかに構ってられねえんだよ!刀を折らなきゃいけねぇんだ!」

「説明不足ですよ、私達の体は酷い呪いを受けているんです。最古の妖刀ですからその影響は特に酷い。病人を殴る事は出来ないでしょう?」

テレパシーのような口の動きと合わない音がトリトンの耳に入る。

「くだらん言い訳で逃げるのは関心せんな。貴様の力、カムイ様の手土産にさせてもらうぞ!!」

ごうっと風を切るほどのスピードで接近したトリトンは渾身の掌底を放つ。
アンジュは骸を大きな盾に変形させ、それを防ごうとするが、骸の体内に埋められた呪いの一部がそれを阻害し、成す術なくガラ空きの腹に打撃を浴びてしまった。

『くっ!骸!』

「無駄だ」

骸が変化した盾を軽々と砕き、更に掌底の連撃を加える。

「うう…なかなかやりますね…」

「私はカムイ軍イチの体術使い、トリトン。小細工など通用しない!」

「ハハハハ!お前が一番!?笑わせるぜ!カムイ軍ってのは殴り合いもできねえカスの集まりなんだな!!」

「なんだと!」

ケラケラと笑い飛ばすバラバラになった骸に今にも飛びかからんとするトリトンは、周囲の風景が広大な草原に変わっているのを見て足を止める。

『草の極み『マイ・シークレット・ガーデン』』

「な、何だこれは!?」

どうやら骸が砕かれたのも演出らしく、鎖のような形状に変形し、トリトンを拘束する。

「『紅紫色の蛇苺(ストロベリィ・マジェンタ)』」

またもテレパシーのように脳内に直接響いたその技の口上と同時に、棘のついた蛇苺の実のようなものがトリトンの全身に突き刺さり、ズブズブと食い込みながら中身の毒を注入していく。

「おい、マジで死んじまうぞ?」

『こればかりは加減ができません…賽の出目は『90』…良くないんですから』

茨の蔓のように腕にしっかりと巻き付いた独自の形状をした薙刀に変わった骸でトリトンを両断し、極みを解除する。

「余計な時間だぜ…」

『呪いの力で技が不発になる時がありますね、行きましょう、骸』

彼女の背中に天使の羽が生え、どこかへと飛び去っていく。


ーイザヨイ島ー

無法者まみれのこの島では、我先にとゴクガタに襲いかかり、大乱闘が起こっていた。
乱闘の場にひたひたという足音とともにまるでプールからあがったのかと思うほどずぶ濡れの男性が近づいていく。
顔の作りは明らかに人間だが、肌の色が濃い灰色、本来歯があるべき場所は細かい繊維のようなものでくっついている。
海月を思わせる彼は荒れ狂う無法者共に『ねぇ』と気安く話しかけた。

「あぁ?邪魔すんな」

「貴様、こいつらより波動が強い…そしてその刀…罪姫様は復活された。ここで生贄になってもらう。」

ゴクガタが見ている目線の先は緩い紐で結ばれた吸血鬼白百合。
おそらく彼が初代の持ち主なのだろう。

「おい、鎧野郎。二人でこの全身メイク野郎をやっちまうぞ。」

敵の敵は味方とばかりに無法者達も男に刀を向ける。
ただ暴れたいだけかもしれないが…

「待て、罪姫様に偽物を渡すわけにはいかぬ。初代の白百合の持ち主の名前がどこの伝記ににも記載がない。貴様、名前は何と言う?」

「名前かぁ…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…名前って大切なものと響きでつけるんだよね…?」

たっぷり間を空け男は昔を思い出していた。

思い出すのはとある家族を『友達』にしようと首を落としたときの記憶。
大事そうに娘を抱える父親の言葉。

『娘だけは!娘だけは助けてください!』

「ムスメ…ボクはムスメでいいよ。ボクの名前はムスメにしよう。うん、いい響きだ」

名前が無かったらしい男はムスメと名乗り、体を変化させ腕を4本生やすと、妖刀とは異なる刀を三本追加で抜く。

「なんだあ?剣四本でこの人数を相手するつもりか?化け物なら刺身にしても文句は言われねえよなあ!!」

「車合海風百(うみゆりかざぐるま)」

ムスメは上の手で白百合と普通の刀を持ち、まるで風車のように高速回転させる。

「まずは前のやつから殺っちまおう。」

白百合と何か雑談をしながらチェンソーのような耳障りな音を立て、無法者の元へゆっくりと近づいていく。おおよそ人間とは思えないその気持ちが悪い動きに一瞬顔を引き攣らせるが、そこはさすがイザヨイ島民といったところかまるでサーカスでも観るかのように笑いながら突進していった。

男は一瞬で首だけを残した肉塊へと姿を変える。
その死とともに刀の回転が止み、ゴクガタはある事に気づく。
腕が一本無いのだ。

「なぜ腕が無い?」

「胞蠢触刺(しほうごうしょく)」

細く細く、肉眼では補足できないほどの触腕が刀を巻き取り、ヨーヨーが返るように凄まじい速さでムスメの方へ戻る。

間に入っていたゴクガタの首が椿の花のようにころりと落ちる。

「俺を使ってくれよ、血が足りねぇ!」

禁断症状が出たかのようにひとりでにガタガタと動き出す白百合に『そんな事言われても』と集中力を乱し、不満を募らせるムスメの首をゴクガタが両断する。

『人間』ならば即死だろう。
クラゲには脳がないというのは本当らしく、似たような身体をしているムスメは、落ちた首をゆっくりと持ち上げ、白百合で残りの男たちの首を順番に落としていった。

フヨフヨヌルヌルと動くムスメの不規則な動きは、雑兵程度には捉えきることはできず、なすすべもなく首が立ち並んでいくのだ。

「首を落とせば友達になれる人はいないのかなあ…」

「もう一人の持ち主はどうだ…?もしかすると『お友達』になれるかもしれないぞ?」

「白百合、その子のこと探せるかな?」

「魔女姫の従者とコンタクトを取ってみよう」

「名案だね」

仲の良い友達同士のような会話をしながら、モタモタと刀を鞘にしまい、ムスメは海に潜っていった。


「くっ…」

酷く相性が悪い相手に絡まれたものだと思う。
自分と相対する元カムイ軍の副官だったらしい涅槃という男は、相手の力をどんどんと奪っていくらしい。

いつ五線譜の檻が来るかわからないこの場所から人数を分散しようとジャスティとイザベラを先に隊舎に帰してしまったのは誤算だった。

しかもこの涅槃という男、魔女姫の力かカムイの力かはわからないが、何度切ってもゾンビのように復活していくのだ。

「見知らぬ少年。あなたはここで死ぬ。私の無垢清浄の力はどんどんとエネルギーを奪っていく…そして」

ずらりと背後に従えるゴクガタを並べて笑う。

「この人数に勝てるわけがない!」

「人数は関係ないさ、ちょっと相性が悪いだけ、君の剣筋は素人以下だ」

「その素人に貴方は敗れるのですよ、さようなら。美しき少年!」

振り上げた刀を受け止めたのは高貴な鎧に身を包んだ赤髪の美しき男。
巨大な刀の形を成してはいるが、その美しき刃を見紛うはずがない。もう一本の極楽蝶花の持ち主の男だ。

「剣だ、剣を折れ。ゾンビは剣を媒体にしている」

凛とした話し方、声。オルフェは全てを察したように笑う。

「はは、なるほど、そうか。貴方が…童話でしか…いや、母上の愛読書の…お初にお目にかかります。デュオニソスさん」

「なぜ私の名を知っている?」

鎧をまとった高貴な見た目の男、デュオニソスはゴクガタを次々と粉砕しながらオルフェに尋ねる。

「貴方の活躍は神話や童話になっている…そんな存在なんですよ、そしてこの世で最も美しい僕の母上が憧れていた存在…」

「褒めて貰えるのは嬉しい限りだが…村正のように代替わりしていなければこの世に存在できる妖刀は一振りのみ、私達は戦う運命にあるんだぞ?言うなれば敵だ。」

「その時は…正々堂々戦いましょう。でも…」

「ああ、そうだな…」

二人は涅槃に刀を向ける。

「「一時共闘」ですね。」

「ゴチャゴチャと話が長いお二人だ…私の無垢清浄はそうしている間にもどんどんと力を奪っていく、最早立つのもやっとなのでは?」

ガクガクと膝が笑うオルフェは『確かに』とつぶやくが、どこが息切れをしていない。

「バカな…極みの力が微弱なお前がなぜ動ける…?」

「母上の訓練はこんなもんじゃない。君は体が動かず、這って部屋まで戻ったことはあるかい?」

「ほう…構えからわかる。『素晴らしい師匠』がいるようだな…私の『技』は殲滅向きだ。そこの男は君に任せよう。弱点が分かれば勝てなくないだろう?」

「ですね…一対一なら僕にも分がある…」

「ぬかせ!」

涅槃は手を挙げて技の構えを取る。
それを合図にずらりと並んだゴクガタはデュオニソスとオルフェに襲いかかる。

「Height of ground(ハイト・オブ・グランデ)」

『このオーラは地の極み…?』

「まずい!ゴクガタよ!離れ…「『quake』!!」

涅槃の声はビリビリと揺れる地面にかき消され、一瞬で半数以上のゴクガタが衝撃波により砕け散った。

「やはりあの涅槃という男の力は厄介だな…半分の力も出せなかった…」

「くっ…」

涅槃はデュオニソスから距離を取るが、自身がオルフェを視界から外してしまったことに気付く。

「…はっ!」

「閃花一刀流『菊一文字(ガーベラ・ストレート)』!!」

完全に涅槃の死角からの攻撃、『もう一人の師匠』が編み出した最速の型。

『浅い…!』

無垢清浄のせいだろうか、涅槃の刀を折るつもりだったその一撃は、左腕に少しだけ刺さり、皮膚を貫通し逸れる。

咄嗟に涅槃の左腕に峰打ちを撃ち込むが、刀を右腕に持ち替え、オルフェに向けて振りかぶる。

「やはり貴方は相当削られているようだ…そしてその型は防御を捨てた一撃。あなたの負けです、死ねえ!」

涅槃の渾身の刺突はオルフェを貫いた。
勝利を確信した涅槃は刀を引き抜こうとするが、手首をオルフェに掴まれ、足を踏まれ、身動きが取れなくなってしまった。

「バカな、なぜ生きている!?」

「閃花一刀流『樹洞(うろ)』」

刺突が皮膚に触れた瞬間、自身の身体を滑らせ串刺されたように見せたのだ。
手応えがなかったと思う頃にはもうオルフェの間合いになっている技。
涅槃は敗北を目前に大きく左腕を挙げようとする。

「じゃく…ッ!!」

峰打ちを受けた左腕が鉛のように重く、痙攣を起こしたように痺れる。

「閃花一刀流『薺』…罠は二重三重に張るものだよ。そして…終わりだ。閃花無刀流『無刀折梅』」

「や、やめろオオオオオ!」

涅槃の刀は合気道のような投げとともに折られ、サラサラと砂のようになり消えていった。

「強く…美しい剣技だ。君と戦うのが楽しみだ。オルフェ、覚えておく」

「ありがとうございます。僕も楽しみにしてますよ」

二人は固く握手を交わし、別々の道を歩いていった。


ーワカバ村、離れー

数ヶ月前にカムイ軍により滅ぼされたこの場所もゆっくりゆっくりと復興の兆しが見えてきた。
特に離れにある小さな小さな畑が見つからなかった事が大きく、ハナタバの村から来た商人が店のノウハウを教え、復興の資金源となる小料理屋を作ることができたのだ。

この村にもゴクガタが襲来してきたものの、鎌鼬と適当に名乗った無精髭の浪人風の男と、あの頃の力を持ったエンキにより一瞬で殲滅された。

そのお礼も兼ね、二人には特別に料理を振る舞っているのだが…

「そうかそうか。なるほどな。だからお前は名無しの浪人ってわけか」

「ああ、親もいねえ、親戚もいねえ。物心ついた時から渡世の身だ…生きるために斬ってたらいつの間にか『鎌鼬』って呼ばれてたよ」

「で…?ダンザイも拾ったと」

「拾ったんじゃねえ。食事の邪魔をした悪徳商人の荷馬車をたたっ斬ったら出てきたんだよ。どっかに運んでたらしい。んで、持ちやすくていい刀だから使ってるってわけだ。」

ダンザイという名前も商人から聞いたのだと鎌鼬は言う。

「声が聞こえたりしただろ?」

「アレは幻聴だと思ってたよ。ま、このまま浪人でくたばるかと思ってたらいきなり若返って刀を折る折らないって話になりやがって、俺も戸惑ってんだ。変な鎧につけ回されるしよ」

「理由はどうあれ、助けてくれてありがとうございました。今後うちの店で出す予定の卵かけご飯と唐辛子野菜炒め、ぜひとも食べてみてください。」

エンキと鎌鼬の前に出されたのは周辺の畑で取れた米や野菜で出来た質素ながらも美味しそうな食事。

二人はそれを同じようなタイミングでかきこむ。

「「む…」」

「この卵かけご飯は少し甘みが強いな…醤油のせいか?もう少し塩辛くてもいいと思うぞ」

「この卵かけご飯は甘くて美味いな…この醤油もここのものか?これは看板メニュー入りだな!」

「「む!!」」

「この唐辛子野菜炒め、これだよ!この辛さがいいんだ!自然由来だから無駄な雑味が全くねえ!これは看板メニューだな」

「うっ!か、辛すぎるだろ!こんなの食えねえ…自然の唐辛子ってこんなもんなのか!?辛すぎる!これはダメだ…」

「「!」」

「「なんだてめぇ、やんのかァ!!」」

「なんでモメてんだお前ら!!ケンカなら外でやってくれ!」

顔を突き合わせていがみ合う二人の皿を下げる主人を悲しそうな、切な気な目で見つめると、二人はまた睨み合う。

「オイオイオイオイ、感謝はしてるけどよ。ケンカはやめてくれ。メシのことは意見を参考に考えるから…」

「いずれやり合うからな、ここでも」

「迷惑かけんな、外に出ろ」

エンキが鎌鼬を外につき出そうと服を掴むと同時に、復興中のワカバ村に取り立てを行っていたらしいマフィア姿の男が慌てて飛び込んでくる。

「お前こんなタイミングで来やがって!復興費用で金なら…「た、助けてくれ!!す、吸われる!魂が吸われ…あ…あ…」

その男は老人とは思えぬ速さと力でマフィアの男にのしかかるとストローのようなもので生気を吸い取ってしまった。

「店主のおっさん、卵かけご飯の無料券をたんまり作っとけ。」

「いや、唐辛子野菜炒めの無料券だな」

二人は上に乗っている老人を店の外に同時に放り投げると、ダンザイを抜く。

「む!!おい、先に言ったのは俺だ、コイツは俺に殺らせろ。」

「…」

「聞いてんのか、エンキとか言うの」

「お前…あの時の?」

「『暴神』エンキ。やはり罪姫様復活の影響を受けているようだな。」

「生憎、いい方向にな。悪いがダンザイにお前らの呪いは効かねえ、コイツは厳密には妖刀じゃねえからな。」

「おい、無視すんなよ、コイツは誰なんだよ。」

「罪姫んとこの部下でアヌビスってんだ。ちょうどいい、テメェは一度俺に負けてるからな。こいつの相手をしてやれ」

まるで相手にしていないかのように大きな欠伸をしながらアヌビスに向けてチョイチョイと親指で鎌鼬と戦うように指示をする。

「勝手に決めんな!相手は俺が…「ダンザイは厄介な刀だ…他の妖刀使いは好きにさせるが、貴様は罪姫様の元へ来てもらう。力づくでな」

「ちっ。ハンパな戦いにすんなよ?でないと…俺の剣技がなまっちまう。」

食堂でケンカしていたとは思えぬほどの強烈なオーラにエンキは『早く戦いたい』と余所見をしてしまった。

「油断大敵じゃ。」

エンキを吸おうと老人がのしかかるが、首を掴まれ、そのままぐっと持ち上げられてしまう。

「その力…極みじゃねえな?なんだ…」

「ほう、なかなかの力じゃな…」

加減しているとはいえ、エンキの腕から外れた老人。
少しは骨のある相手かとダンザイを構え直す。

「罪姫が時を戻し、冥界へ送られた者たちを呼び戻した…」

「カムイ軍の副官達がすでに妖刀使いの力を試しているのだ…カムイ軍の副官が再び死しても、妖刀使いが死しても罪姫様の養分…お前らは詰んだのだ…」

「それがコイツとなんの関係があんだよ」

「冥界の扉は開かれた…儂は冥界に住まう悪魔…流義亞(るぎあ)じゃ。」

冥界、本では読んだことがあるなとエンキは思う。
死者が行く場所。
そこにいる悪魔たちは好戦的で人間を超越しているのだと。

「…へぇ」

エンキは笑う。閻魔と呼ばれていた頃がある自分と悪魔が戦うとはなんとも数奇で愉快だろうと。

「これは楽しい戦いになりそうだな…ダンザイ。」

ダンザイに巨大な炎が灯る。

「『死の杖(イデア)』」

『禍々しい波動の塊!!』

エンキにとてつもない衝撃波がぶつかり、膝をつく。
流義亞はゆっくりとエンキに近付き、魂を吸収しようと手を伸ばす。

「まだまだ終わりじゃねえだろ。」

その手を払い除け、強烈な正拳突きを見舞うと、連撃を加えるように大振りの斬撃で追撃する。

「遅い…ぬうん!!」

ダンザイが届くよりも早く流義亞の攻撃がエンキの体を斬り裂く。

「自慢気に出てきた割に大した事ない男だ…」

「ちっ…」

流義亞の追撃を受け止め、持ち前の力で押し返す。

「…あ。そういう事か…」

何かに気付いたように独り言を呟くと同時にエンキの力が数倍以上に跳ね上がった。

「ぐぐ…それが極みというやつか…力を…倍化させる…」

「いや…違うな」

ダンザイにさらに力を込める。

逃げようとする流義亞の足はその怪力で完全に止まり、バキバキと背骨が折れていく嫌な音が聞こえる。

「甘く見ていたようだな…はああああ!」

流義亞は巨体の男に変化し、やっとの思いで脱出すると、口を開けてエネルギーを溜める。

「『死還(ゴルギアス)』!」

凄まじい量のエネルギー波はエンキのガードを破り、吹き飛ばす。

パラパラと舞う砂煙が晴れた場所に居たのは平然と立っているエンキ。

「…バ、バカな!?」

「お前…期待外れだな。いや、そりゃ多少鍛えただけじゃ勝てねえくらいには強いだろうが…」

首をポキポキと軽く鳴らすと、流義亞が追えぬほどのスピードで接近していく。

『は、速い!!』

「これでも俺の時代では下から数えたほうがいいくらいには遅いんだぜ?それに…」

流義亞が攻撃の準備を始める前に、その丸太のような脚から蹴りが飛ぶ。

「なんか戦いづらいと思ったんだよ。慣れちまってた。片脚で戦うのに…おかげさんで両脚の戦い方が戻って来たよ…というわけで…」

エンキは鎌鼬の方へくるりと向く。

「おい、変わってくれ。コイツじゃ話にならん」

「あ?なぜ俺が雑魚の相手をしなきゃなんねえんだ?」

「コイツマジで弱いんだ。変われ」

「ふざけんな、もう決まったんだ!」

「この野郎…戦う時に覚えてろよ…」

エンキは不満そうに文句を言うと、流義亞の攻撃を力だけでかき消した。

「お前悪魔で一番弱いだろ。いや、お前は本体じゃねえ。コソコソ隠れるしかできねえザコが。肩慣らしにもならねえ。多分お前に取り憑かれてないそいつのほうが遥かに強い。火の極み『地獄火炎』:慚愧獄炎龍(ざんきごくえんりゅう)」

地獄の炎をまとった渾身の突きは火龍の形を模し、流義亞を貫いた。

体内から現れたのは顔の無い黒色の貧弱な悪魔。
逃げることすら間に合わず、残り火で焼け焦げてしまった。

「あ~あ。入れ墨野郎とやれるあいつが羨ましいぜ…」

エンキは残念そうに先程の食堂で貰ったおにぎりを口に運んだ。

アヌビス溢れ出る水の波動に、鎌鼬は『おお』と感嘆の声を漏らす。

「奇遇だな!俺も同じ力を持ってんだよ。エンキの野郎も同じのを持っていたけど、流行ってんのか?」

「流行り?極みなど一朝一夕で身につくものではない…水の極み『水魔神』:水禍姫(コーライル)」

刀を地面につけると同時に大量の水柱が上がる。
鎌鼬は変幻自在の蠢く柱に体を斬られるが、それに構うことなくアヌビスの方へずんずんと進んでいく。

「イカれてるのか?死ぬぞ、このまま突っ込めば。水の極み『水魔神』:激流照射(アクアスナイプ)」

刀身を地面と平行に構え、圧縮された水の弾丸を放つ。
鎌鼬は自身の持ちうる動体視力でそれを見切ると、微弱な風を纏った斬撃で両断する。

「…なんだ?極みってのは個人差があんのか?俺やエンキのと比べてずいぶん火力不足なような…」

『ふざけた事を!貴様らの波動量がおかしいだけだ…ダンザイは波動を無限に食らう刀…なぜ何事もなく立っていられる…』

アヌビスはダンザイの持ち主の凄まじい波動量に改めて驚愕し、雷と風の基礎格が蓄積されたゴクガタを装備し、三色のオーラを発する。

「雷の極み『雷魔神』、風の極み『風魔神』、水の極み『水魔神』:魔女姫の守護者(ゲートガーディアン)!!」

「なるほどな、合体するから波動が少なかったわけだ…ここからは本気ってことか…嵐の極み『業嵐(ごうらん)』」

三つ合わさった波動が吹き飛ばされてしまうほどの暴風。

『か、覚醒だと!?いや、この男は何も知らずにこれをやっている…』

極みは稀に使用者の研鑽により、進化し、覚醒する。
鎌鼬は長きに渡る修羅場や殺し合いにより、それを本人も知らぬままに身に着けていたのだ。

アヌビスは流れ落ちる冷や汗を腕で拭うと、渾身の力を込め、刀に波動を流す。

「『魔女姫の守護者(ゲートガーディアン)』:参魔神衝撃波(ゲートインパクト)!!」

「『龍巻崩(たつまきくずし)』!!」

巨大な嵐はアヌビスの一撃を相殺し、地面の砂を巻き上げ、砂嵐を起こす。
一歩早く動いたのは鎌鼬だった。

「嵐の極み『業嵐』:裂葉風(れつようふう)!!」

アヌビスは全身を斬り刻まれ、その場に倒れ伏した。
防御の構えを取る暇もなくやられてしまったのだ。

「強えじゃねえか、楽しみにしとくぜ。お前とやり合うの」

「ハッ。馬鹿言うな。本気の俺は今の二倍強え…」

互いに戦う約束をすると、二人は別の道へ帰っていく。


ー王都ー

ヴァサラの手が軽々と及ぶ場所。
ここは他の村や街とは比べ物にならない数の兵士がいた。
…5分前までは。

「な、なんだあいつ!!あんなやつどこにいたんだ!」

「まるで怒れる虎だ…な、何人残ってる?あと何人?」

「ダメです!もう10人も残っていません!」

「極みも使っていない、刀一本の相手になぜこんなに…」

逃げ惑うのはゴクガタを纏った数人の兵士。虎丸はそのうち一人の前に立ちはだかると『ベニバナ。準備中』と書かれた看板を指差す。

「まだ店やってねえだろ。準備中だ。店の前ではお静かに。」

虎丸の姿が消える。
兵士達は数秒遅れて斬られたことに気付いた。

「虎月一刀流『参の型』:枯山水」

王都をくまなく走り回り、残党がいないことを再度確認すると、懐に入っていた団子をつまみ、隊舎へと戻っていった。


「おかえりなさい。無事で何よりだわ。って…素直に言いたいとこだけど…ずいぶん減ったわね。恐らく敵の極みの牢獄…あそこに囚われたのね…」

「そ、そうだ!ラショ兄達も、そこに囚われちまったんだ!!」

「お前はなんで出て来れたんだよ」

「ゔっ…」

ゴクガタの集団にのされて気絶していたとは言えないヒルヒルは口籠る。

「妖刀使いは強い敵と戦っただけみたいね。何人か初代の持ち主と出会ったみたいだし…とはいえ、隊長が少ないわ…」

「伝令です!恐らく初代の剣士と思われる者にガリュウ隊員が討たれた模様!相手はヒートヘイズと名乗っているとの情報です!」

ラディカは『ヒートヘイズ』の名を聞くと同時に隊舎を出ようとするが、ハズキにそれを止められる。

「ヒートヘイズ。私の故郷を焼いた女…アイツだけは殺す…離しなさいよ…いくら隊長でもその命令は聞けないわよ?」

「どこにいるかもわからないじゃない?それにアンタより防御力が高いガリュウがやられてんのよ?無策で行く気?」

「知らないわよ。でもこの日を私は待ち望んだ…」

「はいはーい!座ってくださ〜い。会議を始めまーす」

空間ごと掴まれたかのような得体の知れない力。きちんとスーツを着こなしたピエロマスクの男がラディカを強引に座らせる。

「遅かったじゃない。創造主(ディ・クリエイター)」

「ちょっと4時間遅れただけじゃないですか〜」

創造主と呼ばれたピエロマスクの男は罪悪感の欠片もなさそうに笑い出す。

「4時間はもう待つ時間じゃないわ。ったく。もう何も聞かないから説明よろしく」

苛立ち紛れにタバコに火をつけ、創造主に話を振る。彼は、どこからともなくホワイトボードを出し、そこにマーカーでキュッキュッと罪姫の情報を書いていく。

「…便利ね、その伝言板みたいなやつ」

「ああ?これですか?これは第七世界で使われている『ホワイトボード』というものです。よければお一つ差し上げますよ?マーカーとクリーナー付きで」

「助かるわ。字が見やすいし、今まで汚い板にガリガリと書くだけだったもの。説明も捗りそう」

ホワイトボードにひとしきり感動したハズキは創造主に『どこから話すの?』と尋ねる。

「そうですね…罪姫は時を操り過去を塗り替える…までは話したんですよね?では。もう一振りの妖刀の話です。罪姫はもう一振りの妖刀全てに自身の呪力を組み込み、呪いの祖として「それも聞いたしわかってんだよ!ストーカーみたいに事細かに分析されてんだ!なんだ?無駄話しに…モゴモゴ」

饒舌に毒を吐く骸をソラが肉球でどうにか抑え込み、黙らせると、創造主は続ける。

「骸さんの言い分も間違いではないのですが…妖刀の皆さんにお聞きします。過去の素材や使われた金属に呪いがあった場合、貴方達にそれは伝染しますか?」

「それなら伝染する可能性はあるな。妖刀となる前の妾達ならば間違いなくかかる。お前の言いたいことはわかった…先天性の難病や癌細胞のように罪姫の呪いが埋め込まれたもの…それがもう一本の妖刀…過去から来た刀というわけか…」

創造主はクイズ番組のようにチープな効果音を鳴らし、『正解!』と指を鳴らすと、罪姫に妖刀が取り込まれた場合の仮説をホワイトボードに書き出す。

「彼女は今、過去に戻り多少の改変ができる…妖刀が融合すれば妖刀の呪いを使うことができる。そして…『誰もがわからない先の未来』を上書きすることができるようになる可能性があるわけです…」

その驚異的な力を持つ可能性、閉ざされた隊長達により減った戦力、不在の総督。
絶望的な状況に全員が黙り込む。

「だったらよ!絶対に未来を壊させないように…「ですよね~、絶望的だ。しかも罪姫は都合の良い人間しか過去から呼んでいない。って思い込んでるんですよね〜」

ジンの啖呵を遮り、創造主は持っていた罪姫の写真を燃やしながら、耳障りな声でケラケラと笑い転げる。

「おい!何なんだよピエロ野郎!なにがそんなに面白えんだ!!」

言葉を遮られ、一人で笑っている創造主にジンが詰め寄るが、またも得体の知れない力でするりとすり抜けてしまう。

『な、なんだコイツ…一体どんな能力だ…?』

「気性が荒いですねえ。これはエンターテイメントなんですよ。」

「アンタの前置きが長すぎるのよ、もう呼んだら?」

「呼ぶ?」

どうやら二人にしかわからない秘密の何かがあるらしく、それを証拠にハズキだけはやけに落ち着いているのだ。

「みんな、そう沈んだ顔をするな!笑顔だ笑顔!辛いときこそ笑顔だ!」

「ちっ、めんどくせぇな。おい。創造主、俺の弟はどこにいんだよ?」

「あ、そのことはこれから説明します」

「ビ、ビャクエン隊長!セト隊長!!」

「ね?びっくりでしょう?この人たち生き返らせて泡食ってる魔女姫の顔が楽しみて楽しみで…」

目を丸くして驚くジンとヒルヒルをよそに、楽しそうに笑い続ける創造主の声をかき消したのはビャクエン。

「おお!ジンじゃないか!!久しぶりだな!ハズキ隊長に、セトに…ラディカをはじめこの子達が妖刀の子達だな!うむ!みんないい顔をしている!そして…虎丸さん…?だったか?以前私とどこかでお会いしたような…?」

「他人の空似だろ」

「うむ、ならば改めて。私はヴァサラ軍四番隊隊長、『炎神』ビャクエン!そこにいる創造主とはとある事情で知り合いでな。つまりどういう経緯で知り合いになったかと言うと。簡単に説明するとだな…」

延々と話が続く、久しぶりの再会に感動の涙一つでも流したいと思っていたジン達もげんなりするほどに。

「とまあこのようにして、私と創造主は知り合いになったわけだ。」 

「話なっが!!!一ミリも入って来ないんだけど。かいつまんでくれん?」

「イザベラ、相手は隊長だ。口の利き方に気をつけるように。始めまして。あなたの御活躍は耳にしていました。私は四ば…うっ」

ペコペコと頭を下げ、ジャスティが何かを言いかけたところをオルフェが肘で小突いて止める。
『すまない、つい条件反射で言いかけてしまった』とオルフェに耳打ちし、『自警団に所属しています』と改めて自己紹介をし直す。

「ちっ。話が進まねえなら俺は行くぞ、もう一本の妖刀を折ればいいんだろ」

「今回はシロツメに同意ね。無駄話を聞いてる暇はないわ。」

シロツメとラディカが椅子から立ち上がろうとするが、創造主の力で身体を起こすこともできない。この会議が終わるまで強制かと二人に苛立ちが募る。

「まぁ、簡単に言うとですね…この世界にはいくつもパラレルワールドがあるわけです。ここ『第一世界』から『第十二世界』まで。文化も違えば戦い方も、そして年代も違うわけです。魔女姫はその力で全てのパラレルワールドの歴史すら塗り替え始めている…気に入らないんですよね、この世界を勝手に荒らされるの。今まで私の一存で色々してこれたのに邪魔された気分だ…だからこそ皆さんにお力をお貸ししたいわけです。」

「平行世界はお前が一人で守るのか?」

「いえ、ですからルト君をお借りして、強者が集う第八世界に転移させたわけです。「おい、待て。聞いてねえぞ?」

「言ってませんもん」

自身の兄弟が単独で別の世界へ飛ばされた事に、セトは顔をしかめる。

「セト。確かにあたしも無茶だとは思うけど…ごめんなさい、隊長達が囚われた今、動けるのはビャクエンとセトとルトしかいないの…私はヴァサラのおじいちゃんの治療でここを動けないし…」

「チッ、ずいぶん隊長が居ねえと思ったらそういう事かよ。わかった、話を続けてくれ…弟も立派な隊長だ。そっちは任せる」

兄としては苦渋の決断なのだろう、途端に落ち着きがなくなるセトをハズキは心配そうに眺めた。

「十二個もある世界…あとは誰が「十二じゃないんですよ…」

創造主はホワイトボードの下に『冥界』と書く。

「どの世界の人間でも死して逝くのがここ…冥界です。冥界は私の力が及ばぬ未知の場所…罪姫は一度死んでいる…もしも冥界の力を手に入れているならば…」

「勝ちゃ良いだけの話だろ!俺はこんなとこで負けねえ!覇王になるのに冥界も異世界も関係あるか!!」

ジンは創造主に高らかに宣言する。創造主は一度刃を交えたヴァサラに似た何かを感じ、小さく笑うと四人の幹部の写真を貼っていく。

「まず、ベーゼ。そしてこの二人。罪姫の体から産まれたキュラとキュロ。あとその下にアヌビ…「そいつは倒した」

「…えっ」

「アヌビスってヤツはダンザイの初代の持ち主が倒した。ついでに冥界のヤローともやり合ったがアイツは多分ザコだ。罪姫が伝記の通りの女なら、もっと強い力を得てるはずだ」

エンキはホワイトボードに置かれていたマーカーを借り、アヌビスの写真に✕印をつける。あまりの筆圧にマーカーが潰れてしまったのだが…

「お〜。となると、刀使いは刀使い同士で、ベーゼをビャクエン、キュラをセト、キュロをルトが倒すで良いでしょう。」

「おいおい、俺は!?」

「あなたは…まぁまだ未熟だからお留守番です。ザコにいられても困るんで」

「…」

「やめろ〜ジン!!落ち着けぇ!!!」

一瞬の間が空いた後、怒り狂ったジンが創造主に飛びかかろうとするのをヒルヒルが必死で食い止める。

「じゃあボスはこのヒルヒル様が…「いやいや、あなたはもっとザコでしょ。なにもしないでください」

「…」

「落ち着けえええ!!!」

同じように怒り狂うヒルヒルを次はジンが止める。

「でもそしたら誰が罪姫と?」

「それはもちろん…お願いします、虎丸さん」

「…俺?」

静観していた虎丸は、突然のご指名に阿呆面で自身を指差し、ポカンとしている。

「当然でしょう。現状罪姫を倒せるのは『この世界では』あなたしかいない。私はキャベ蔵(ぞう)くんとパラレルワールドの雑兵のトラブルを解決しに行きますしね。」

「キャベ蔵くん…おそらくだけどラミアのことね、懐かしい名前ね。ま、世界を渡れるのなんてアンタとラミアくらいのもんだしね。そっちは任せるわ」

「そうしていただけるとありがたい、ルトを送り込んだのはすでにキュロが異世界に飛んだからって理由もありますし」

「早く言いなさいよ、話してる暇無いじゃない。」

侵攻はすでに始まっているのかと全員が出撃準備を整える中、創造主は『あと一つ』とビャクエンを呼び止めた。

「ベーゼは強い。あなたでは叶わないかもしれない…本来エイザンに任せたかった…牢に囚われさえしなければ…本当に勝てますか?」

「勝つさ!!!」

嫌味のようにビャクエンをジロジロと眺めながらわざと大きなため息をついてみせる創造主に、燃えるような瞳で迷いなく答える。彼は『愛は人を強くする』と続ける。

「それなら罪姫は最強ですねえ。彼女は『不倫した挙げ句捨てた男の遺伝子がどこかに残っているのが許せない』から世界を滅ぼそうとしている。愛が一番強いのは罪姫では?」

「違う!そんなものは愛ではない!愛とは『本当に大切な誰かを守る時』に生まれるんだ!そんな歪んだ心を持つ者に私達は負けない!」

「逆に安心させちまったみてえだな…とっとと終わらせてきてやるよ。めんどくせぇから」

流れ解散のように一人、また一人と隊舎を去っていくのを見届け、創造主はその場から一瞬で消えた。


会議が行われていた数時間前。

キュラとキュロは『餌にするのにちょうどいい二人』を事前にピックアップし、その二人と対峙していた。

一人は丸眼鏡に潔癖症のような手袋をした性別不詳のハンという者。もう一人は金髪を逆立て、暑苦しいほどに好戦的なソロという男。

この二人はかつてヴァサラ軍に反旗を翻し、離反した『十三番隊』の副隊長達だ。わずか一つの隊でヴァサラ軍に挑んだと言えばどれほどレベルが高い軍かわかるだろう。そこの副隊長二人、弱いわけがない。

だからこそ罪姫の一部である二人には良い生き餌なのだ。

「何だァ?テメェそんな身体で喧嘩できんのか?つまらねー戦いは俺はしねぇぞ?」

ソロは、キュロの服からはみ出すだらしない肉に対し不満を漏らす。鍛えていればそうはならないだろうと呆れ返っているのだ。

「確かめてみろ」

格闘術など覚えていないかのような大振りのパンチ、容易に刀で受け止めることができるが、切り傷一つつくことがないどころか、グイグイと身体を押し込まれてしまう。

凄まじいパワーと固い体。油断すれば壊されてしまうと悟ったソロは笑う。

「へっ。悪かったな、熱ちいぜ!!熱の極み『焦熱駆動(ヒートドライブ)』:熱刀(ねっとう)!!」

「凱殻斧(がいかくぶ)」

皮膚から骨が飛び出し巨大な斧を形成していく。キュロの怪力と組み合さることで一撃でも食らってしまえば再起不能は間違いないだろう。

「『懲罰落とし』!!」

ソロのグツグツに煮えた刀と力まかせに振った斧がぶつかり合う。

「こ、この熱は!?骨が溶けるようだ…!」競り勝ったのはソロだった。

熱を帯びた彼の刀は無闇に触れようものなら逆にダメージを食らってしまうのだ。
キュロの骨の一部は熱により溶解し、鍾乳洞のような歪な形状に変形してしまった。

「へっ。ビビっちまったのか?来ねえならこっちから行くぜ!」

「私達は罪姫様の一部であり道具…道具に宿りし怨念は力を生み出す。一度冥界に行ってよかった…作り手の魂はここに有り…『魂解』…」

キュロは骨斧に触れる。

「何だァ?魂…?」

変形してしまった骨が元に戻り、ソロと対峙した時のキュロの姿へと回帰する。

「『造形装甲(アートスクール)』!!」

「なんだか知らねぇが、強くなった見て得じゃねえか!!熱い戦いにしようぜ!!」

全身の水分が蒸発してしまうほどの凄まじい熱波と共にソロの刀が振り下ろされる。

「『獣王の剛体(ディストラクション・キメラ)』!!」

「ぐわっ!!いいタックルじゃねえか!熱の…「『衝脚蟲(リオック)』!」

力強いタックルの反撃に極みを撃ち込もうとするが、巨大化した脚に蹴られ数メートル吹き飛ばされてしまった。

『くっ…骨がイカれちまうぜ!』

「熱の極み『焦熱駆動』:過剰焦熱(オーバーヒート)!!!」

熱暴走とも思える巨大な波動にキュロの皮膚は数カ所ただれてしまうが、とっさに蟹のような骨組みの甲殻を纏い、火傷程度でそれを防ぎ切ると、ソロをがっしりと掴み、『何か』を吸っていく。

「我が魂解は肉体を適切な武器に変化させる力…そして、終わりだ。『極吸(きょくずい)』」

『き、極みを奪いやがった…!?』

極みの大元となる波動は生命エネルギー。それを奪われてしまったソロはもはやキュロの攻撃を止める力はなく、ただの蹴りで決着がついてしまった。

しかし、キュロはとどめを刺すことはなく蓄えた極みをゴクリと飲み込み、妊婦のようになった腹を力強く抑え、吐瀉物のように自身によく似た成人男性を吐き出した。

「我が息子よ、名を言え。」

「…キュリア」

「そうか、キュリアよ…私と来い。我々が滅ぼすのは『他の世界』だ!!」

「…はい」

二人はキュロが持っていた罪姫の一部を使い、異界への扉から何処かへと向かっていった。

「その格好、その見た目…ずいぶんと不潔ですね」

「言ってくれる…」

ひどく露出の多いキュラの服装を見て、蕁麻疹のようなものが出てしまったらしいハンは、その腕を軽く掻きむしる。

「速さに自信があるようですが、依然として僕を捉えられていない…霧の極み『霧時雨』:霧隠」

濃霧がキュラを包み込む。またこの技かと周囲を見回しているとすでに眼前に刃があった。
本来ならば斬られてしまうタイミングだが、キュラの超スピードはそれを軽々とかわしてしまう。

「『迅滅掌』!」

「距離感が取れていないのでは?」

「!!」

思い切り振り抜いた掌底は感触のない霧に当たり霧散する。隙を見せてしまったキュラは背中を斬られ、骨組の装甲の一部が削げ落ちてしまった。

「チッ。薄汚い骨が刀に…穢らわしい!」

愛用の純白のハンカチで嫌そうに刀を拭くハンを横目に、キュラは何かを呟く。

「私達は罪姫様の一部であり道具…道具に宿りし怨念は力を生み出す。一度冥界に行ってよかった…作り手の魂はここに有り…『魂解』…」

「…?」

「『緋色の鴉(ガーネット・クロウ)』!!」

キュラの脚に強固な緋色の鎧が形成される。

「何度やっても同じ事…」

ハンは再び霧に身を隠す。

「見つけた。『緋蕾爪(ひらいそう)』!!」

『スピードと視力が上がった!?』

「くっ…脚をやられましたか…油断した…」

視認性の悪い霧はさらに濃さを増し、完全にハンの姿を見失う。しかし、刀の動き全てを目視しているかのようなキュラはいなすように攻撃をすり抜け、一瞬でハンの懐に飛び込み、その体を捉える。

「『隼の眼(はやぶさのまなこ)』。お前程度の速さなら手に取るように分かる。そして…お前の負けだ。『極吸』!」

『力が抜ける!?こ、この感覚は…!?』

極みを奪われ、力なく倒れるハンの顔を容赦なく踏みつけ意識を奪うと、キュロと同じように口から成人男性を産み出す。

「…名は?」

「キュリオ…キュリオです。」

「我々は罪姫様の兵器…やることはわかっているな?」

「はい…」

二人は別々の里へ歩いていく。

「フフ…ハハハハハハ!!どんどんと力が…波動が満たされていくようだね!!よくやった私の分身!!そして、ベーゼ。改めて礼を言わせてもらうよ。」

「罪姫様…私はその言葉だけで幸せです…共にこの世界を壊しましょう。貴女が望むなら『あの男の遺伝子』の可能性諸共世界を…」

自身の体に満ち満ちる他者の極みや波動に満たされ、上機嫌の罪姫は『自身の塗り替えた』歴史が書かれた歴史書と時間がぐちゃぐちゃになった街並みの写真を見ながら、妖刀の模造品を踏み折る。

「作戦は完璧に進んでいるようだね。妖刀のバカ共も含めて。」

「はい…なにぶんあの刀達は気位が高い。『自分と同じ者や同じこだわりと力が許せない』どちらかが折れるまでやり合わなければ気が済まない連中ですから」

「一応対策として『初代』の方に呪いをかけたけど、そんな物が必要ないくらいに刀同士が反発し合っているようだね。」

「弱り、崩壊しかけた妖刀ならば罪姫様が力を奪うことも容易い…あとは…」 

「ヴァサラ十二神将…だね。」

「ですね、早期に奴らの命を摘んでおくとしましょう。」

ベーゼは笛を鳴らし、音の反響で『強い波動』の出処を探り当てた。



妖刀の持ち主達はどうやら引かれ合うらしい。各々別の目的をもって移動した先に初代の持ち主全員が集まってしまったのだ。

「おーおー。まさかのこんな感じで会うことになるなんてな。どいつもこいつも刺激的な雰囲気醸し出しやがって。ま、なんだ。とりあえず団子でも食え。食後の団子は別腹ってやつだ。」

鎌鼬は意地汚く音を立てて団子の串を舐めながら大量に風呂敷に包まれたそれを全員に渡す。

「すまない。ちょうど小腹がすいていたところだ。名は…鎌鼬だったな?お言葉に甘えて一本頂くとする。」

「お!美形のあんちゃん!お前はあれだ!侍の国にいた頃に写真付きの伝記で読んだことあんぜ!確かプロアクティブとかいう…「デュオニソスだ。人を薬みたいな名前にするな」

「デュオ。なんだこの不躾な薄汚い浮浪者は」

極楽蝶花が不機嫌になっているのを感じたデュオニソスは、男性とは思えぬほど(筋肉質で刀を振り続けたマメなどは当然あるが。)にスラリとした白い腕で刀身を撫で、落ち着ける。

「へぇ…その掌相当刀握ってんな?相当手練れだ…今日は斬り足りねぇと思ってたんだ。ちょっと手合わせしてもらおうか。」

「ほう…面白い…侍の国の辻斬りはどの程度の力があるのか試してみるのも一興だな。」

「おい、くだらねえことで争ってんじゃねぇよ。俺達は妖刀の持ち主…ある意味運命共同体だろ?全員で組んで罪姫や今の持ち主を倒す。そうすれば、いや、そうした方が勝てるかもしれねぇだろ?罪姫の狙いは俺達を弱らせることもあると思うぞ?」

「あ、団子はありがとな」と一本口に運び、美味しそうに食べながらも、ライマは二人の間に入り、諍いを制する。
ライマの言う通り、集団で一人一人倒していくのが明らかに得策なのだ。ここにいる全員が協力すればの話だが…

「『89』…かなり悪い。協力が悪いのではなく、『したくない』と思っている人が多いのが原因ですかね…骸含めて」

「君はどうやって喋っている??」

口を閉ざしたまま脳内に響くように話すアンジュにデュオニソスが尋ねるが、無視するように話を続ける。

「賽の出目が悪い。協力はなかなか難しいかもしれません。あ、ちなみに私の声は皆様の脳内に直接送り込んでいます。」

「オメーの声なんか誰も気にしてねえよ!それより俺は…いや、俺達は『同じ妖刀』も『自分の中に巣食う罪姫の呪い』も気に入らねえ。一対一でやってから罪姫も殺すしかねえだろ?」

「同意だな。妾の中に不細工な年増の女が入る余地などない。」

「だから!一対一でやんのは罪姫を倒してからで。「見て見てみんな!ほら!お団子だって!食べないの?じゃあ代わりにボクが貰っちゃおうかな~」

水を吸収し、ズルズルと重そうにムスメが引きずってきた風呂敷に入っているのは大量の生首。
保存状態が悪いのか一部は緑に変色しているものや、死後硬直でむき出しにされた舌から強力な死臭を放つものなど、おぞましいものばかりだ。

ライマは生首を嬉々として並べ、ぬいぐるみと会話する少女のような振る舞いをするムスメの伸びている触角を掴む。

「くだらねえ真似すんな。命に対する冒涜か?」

「冒涜って…彼らは友達だよ?」

「おい、さっきの話は無しにしてくれ。俺はコイツと組みたくねえ…命に対する侮辱を感じるぜ。胸糞悪い。」

「お前が協力すると言い出したんだろう。私はこんな連中とするつもりは毛頭ないがな。」

「キャハハハ!そう?アタシはな〜んかこのムスメってのとは仲良しになれそうだけど?それ一つ貸してよ?ラディカちゃんと会ったときに目の前に転がしてみたいのよね〜」

「ダメだよ!ボクが苦労して手に入れたんだから!!自分で見つければ?」

「へぇ~?あっそ。じゃああんたの首貰うわ。」

横一閃、ヒートヘイズの一撃はムスメの首を落とす。人間ではない彼は「暴力的だなぁ…」とつぶやき、四本の腕で攻撃態勢に入る。

「やめましょう。こんなことしている間にどんどんと呪力は強まっていく…やはり我々は今の持ち主と戦い、罪姫を打倒することが先決。その後は殺し合いでもなんでもすればいい」

「とりあえずはこの案でいいんじゃねえか?俺は俺でダンザイの持ち主とはちゃんと決着つけておきてえ。」

入り切らないだろうと言いたくなるほどに残った団子を頬張り、鎌鼬が近くの洞窟のような場所へ引っ込んでいったのを合図に、初代の持ち主は散り散りに歩いていく。

「アタシはとりあえずラディカちゃんとこにでも行こ〜っと♪」

ヒートヘイズは一人、ヴァサラ軍の隊舎へと歩を進めて行った。



第8世界

「得体の知れない鎧、再び現れた異界の者達…謎の力…知っていることを全て話せ。」

「待って!ボクもそれは知りたいんだ。異界?ここはどこ?」

「ここはアメリカだ…お前は言葉からして東洋人…いや、日本人か?再びこの世界に現れた下柳という男と同じくな」

「ジパング?下柳?なんのことかわからないけど、ボクは突然この場に送られて、魔女姫を倒さなきゃならないのに…」

「魔女姫?さっきの鎧も同じことを言っていたな…『各世界を滅ぼす』とそう言っていた。申し遅れた。私はハートランド。コードネームだが、そう呼んでくれ」

「うん、ボクはルト!よろしくね!」

話の内容からルトを敵ではないと認識したのか、スーツの男、ハートランドはライフルを下げる。
そして、自身の過去に起きた『あらゆる世界が混ざり合った日』の話をルトに事細かに話す。

「そんなことがあったなんて…信じられないな…でも。ビャクエンや和尚の名前を知ってるあたり嘘じゃないみたいだね…罪姫は全世界を壊そうとしてるのか…何としてでも止めないと。」

「幸い。ここには猛者が揃っている…いや、揃えられたと言うべきか?創造主とやらに集められた『あの時』と似ている…科学的には『多元宇宙(マルチバース)』と呼ばれる現象だろう。ともあれ…」

愛用しているメガネのレンズを丁寧に拭き、ルトの肩に優しく手を乗せる。

「ここは子どもの来る場所じゃない。どうにかして戻る方法を…「な!ボクはこう見えてもヴァサラ軍の十番隊隊長だぞ!」

この若さで隊長かとハートランドは感心する。確かに良く見れば沢山の修行を積んだであろう生傷や、それに比例した筋肉がある。
失礼なことを言ってしまったなと頭を下げようとした目線の先に、性懲りもなく現れたゴクガタを目撃し、ライフルを構え直す。

「伏せろ!」

咄嗟に頭を下げたルトの帽子を掠めるように放たれた銃弾は、鎧の男の額を撃ち抜いたが、瞬く間に再生する。

「再生だと!?ここに来て違う兵器か?ならば…」

火炎放射器のような火の波動を傘を開いただけでなぜか防ぎ切り、そのままその傘をブラインドに、背後に回り、腕時計から高圧電流を流す。

「おーっ!隠し武器がいっぱいだ!忍者みたいでカッコイイ!!」

「感心している場合じゃないぞ!この電流でもダメか…」

少年のように目を輝かせるルトを一喝すると、恥ずかしそうに顔を赤くし、極みのオーラを纏う。

「雷の極み『閃光万雷』:迅雷演舞!!」

一人一刀、電光石火のスピード確実に五人以上は倒した手応えをルトは感じたが、まるで強力な磁石でも帯びているかのようにバラバラになったゴクガタは引き寄せられ、元の姿へと修復する。

「強力な磁力を帯びた兵器か?我々並みの科学力を持つ物が敵陣営にもいるようだな…」

「いや、ボクが斬ったあの感じ…あれは波動だ…おそらく『魔女姫の力』…」

「波動?お前が今使っていた得体の知れない技もその『波動』とやらか?」

「まるで漫画の世界じゃのう…ワシの舎弟が似たような漫画読んどったわ。また会うたのう。広山もどき」

「下柳!」

下柳と呼ばれた長い日本刀を持ったヤクザ風の男は、ルトの首をいきなり掴み、脅す。

「ムカつくツラしとるやないけ、ワシを刺した緒廉とか言う女にそっくりや。ダッサイ帽子やのう。似合うてへんぞ」

「なんだお前は?魔女姫の仲間か?」

「落ち着け…」

「なんや?引っ込んでろや、ケインのおっさん…」

盲目の男、ケインは匂いを嗅ぐように鼻を動かし、下柳の腕を振り払い戦闘態勢に入ったルトの一撃を受け止める。

「今の敵はこの鎧共だ…奴等からは命の匂いがしねえ…その代わり…」

人間とは思えぬ速度で居合い切りをし、斬り落とした腕からこぼれ落ちた刀を踏み折る。

「ここからそのニオイが強く出ている…」

刀を折られたゴクガタはあっという間に霧散する。しかし、数百はいようかという波動を垂れ流した鎧の群れを女王蟻のように従えてキュロが現れた。

「雷神…ルト」

ソロの極みを吸収したキュロの一撃は、ガードを貫通してルトの顔面を捉え、吹き飛ばす。

「ルト!くっ!」

「なんだこの珍妙な服は?」

「うぐっ…」

ハートランドもスーツ越しにボディーブローを喰らい、その場に蹲る。

「胴を貫通させたつもりだったが…面白い服だ。」

『バカな!?猛獣相手でも傷一つつかぬ特殊仕様だぞ!?』

「くっ…ルト、いけるか?」

「うん。二人で戦おう!!」

ルト&ハートランドVSキュロ

「ジャパニーズマフィアの男…」

「何じゃ?」

「集団戦は嫌いか…?」

「アホか。こちとらこういう方が血が滾るんじゃ!!」

二人はゴクガタの群れへと生身で突っ込んでいく。


「唯一次の持ち主がいなかった妖刀…二代村正。ここにいたのかい」

荒廃した墓に誰も寄せ付けないようなオーラを放ち刺さっている刀。罪姫は柄に触れ、何か呪文を唱えると、刀と融合していく。

「死者の供物を粗雑に扱うなど、とんだ人間だな。」

冥界の扉が開く。罪姫はここが冥界の極東という場所に繋がっていることを知っていた。そして、魂が宿る妖刀を強引に融合しようものならそれを止めにくるものが居ることも。

「アンタのことは知っているよ。青龍。」

「なぜ知っている。貴様とははじめましての初対面の初顔合わせのファーストミーティングだ。」

独特な口調で喋る青龍という男に罪姫は自身の身の上と力について話す。

「つまり、アンタとは『何回目かの死』で会ってるってことさ。冥界で修行したかと思えば刀の番犬かい?」

「私はただ、盗人の窃盗犯の墓泥棒の盗賊が卑怯な手を使い力を得るのが気に入らないのだ。」

青龍はゆっくりと構えを取る。

「『魂解』:龍衛門(どらえもん)」

雷撃を纏った刀を出した青龍は罪姫に向かって走り出す。

「雷神ぐ…」

「惑の極み『遺愛(いあい)』…」

青龍の一撃に合わせるように罪姫の居合い切りが彼の体を斬り裂く。一瞬でついたかに思われた勝負は金色に輝いた青龍の姿により、再び仕切り直しとなった。

「傷が塞がっている…その姿は…?」

「黄龍とでも覚えておけ。ここから仕切り直しの再戦のROUND2のリスタートだ。」

僅かな曇天だった空は闇が覆うかのように真っ黒な雨雲に包まれた。
腕を振り下ろした青龍に反応するように雷撃は次々と罪姫に降りかかる。雷はまるで青龍を守る自動追尾兵器のように罪姫を襲い、かわし続ける彼女の隙を見て一太刀入れることに成功した。

「『超龍雷舞(オーバードライブ)』!!」

切り傷の血を舐め取る罪姫の一瞬の間を利用し、貯め込んだ轟雷を落とす。

「『刃喰(ハグ)』」

雷の動線を見切った罪姫は、錬金術で刀を紐状にし、青龍の体に巻き付けて引き寄せる。

「『戯蜂擦(ギプス)』!」

「ぐああああああ!!」

巻き付いた刀に棘のようなものが生え、それを思い切り引っ張ることで、果物を絞るかのように青龍の全身から血が噴き出す。

「さて、死んでもらうとするかね…」

罪姫が引き寄せた青龍は瀕死の体で居合の構えを取っていた。

「『龍居合(ドライアイ)』」

「惑の極み『蠱惑色』:ザクロ型の憂鬱」

居合の一瞬。1秒もないその刹那に何度斬られただろうか。青龍は自身に目もくれず、妖刀と融合する罪姫を悔しげに見つめ、意識を失う。

「ハハハハハ!凄まじい力!たった一本でこの力!お礼に貴様を冥界へ帰してあげるよ」

振り上げた刀は虎丸に弾き飛ばされる。

「大した剣技だな。この時代ではかなり上だ。」

「虎丸か…なぜ死んだと言われている貴様がここに蘇ったのかは疑問だけど…剣のみの力しか使えぬ男になにができるってんだい?」

「へっ、教えてやるよ。お前には足りねえもんがある…」

「足りない…」

「ああ、それと…お前の部下のベーゼって女。助けには来れねえと思うぜ」

「なんだと…?」

虎丸VS魔女姫罪姫


「どの妖刀から消していこう…くだらんプライドで争い合う無様な刀達。いかに呪いが強いとはいえ消耗しては壊すことも容易い…私は罪姫様のために手段を選ぶことはしない。」

ベーゼは笛に口を当て、何かをしようと極みのオーラを発する。

「『飛火』!!」

「ッ!」

高速で飛びかかる火の粉を笛の音波で相殺し、ビャクエンを睨みつける。

「魔女姫のところには虎丸が行った。ここから先は私が守る!決して手出しはさせない!」

今の一撃だけで隊長クラスの力だということはわかる。しかし、それでも苦戦する程ではないとベーゼは長年の経験から感じ取り、鼻で笑う。

「力の差は明白…私を止めることなどできはしない…」

「いや、あの時も言ったが『勝つ』さ!お前が一人の人のために世界中の人々を殺すのならば、私はそれを止めなければならない。」

「何故?」

「私がヴァサラ軍だからだ!!」

「くだらない…」

防ぎ切れぬほどの巨大な音波。
その一撃だけでビャクエン自身も埋めようのない実力差を感じる。

「さぁ…この状態でもう一度今のセリフを言ってみてください?」

優しく、赤子に話しかけるような声色で微笑み、五線譜のようなものにビャクエンを磔にする。

「ぐぐ…勝…つ…私は…決して諦めない…私は四番隊隊長…」

「『衝燕水(しょくえんすい)』!!」

燕を模した水の波動は二手に分かれ、ベーゼの笛を止めるように腕に一撃、もう一羽は五線譜に当たりビャクエンを解放した。

「…なぜ生きている?波動も魂も消したはずだ。」

「ビャクエン。そういうセリフはもっと強くなってから言いなさいッ!」

ベーゼの問いを無視し、ビシッと指を差して一言注意した後、すぐに立ち上がれるように手を差し出す。

「そ、その話し方は…ミツハ?」

「『もう一人』が抜けたみたい。変ね、冥界でもずっとここにいるような感覚だったのに。」

見た目は完全にネムロだが、話し方も声色も違う。ゴクガタやゾンビ兵を作っていたベーゼはそれだけで魂が二つあった事を理解した。

「あのネムロとかいうのは容れ物に入れられた魂か…」

「物じゃな…「そうね。この体、まるでどっかに捨てられてたみたいに重いのよ。何回か死んでたりして?ま、それより」

ゆっくりと刀を抜く。

「戦える?ビャクエン。」

「ああ、戦えるさ!どういう形であれまた会えた!泣いてしまいそうだが、今はそんな場合じゃない。話したいことは色々あるんだ。まずはお前がいなくなってからの隊についてだが〜「いや、そっち話す場合でもないから!!!」

長くなりそうな話を強引に口を塞いで止め、頭を軽く叩く。

「集中!」

「あ、ああ…済まない。そして改めて。ベーゼ!私は…いや、私達はお前に『勝つ』!!」

ビャクエンの目に希望の火が灯る。

「くだらん…」

ビャクエン&ミツハVSベーゼ


「この速さならすぐに罪姫様の元へ…」

ゴオッと吹く一陣の風は砂埃を巻き上げ、キュラの足を少しだが確実に緩めていた。

『何だ?妙に風が強くなっている』

「この速さがなんだって?」

自身のスピードを超えられるという初めての経験に屈辱を覚える前に鋭い蹴りがみぞおちを捉え、悶絶する。

「ちっ。めんどくせぇ。長距離走ってんじゃねえよ…」

少し追いつくのに時間がかかっちまったとぼやきながら、セトは爆発的な脚力でキュラとの間合いを詰める。

「フフフ…」

「あ?霧…?」

一秒ほど遅れた攻撃は綺麗に空を切り、背後からの斬撃を辛うじて受け止め、体勢を立て直す。

「なかなか相性良さそうな力持ってんじゃねえか。ならこっちも本気でやらせてもらうぜ」

セトは脚につけていた重りを外し、地面に置くと、そこに大きなクレーターができた。

「化け物め…」

セトVSキュラ


第8世界

この世界では今、非公式に行われている大規模な格闘大会があった。
表では満足できない猛者達が己の肉体のみで戦う場所。そこにキュリアは居たのだ。
一回戦が終わり、しばしの休息をする選手達の力を吸収せんと入り込む彼を止めたのは『予選落ち』参加者達。予選落ちといえど、表の格闘大会では指折りの実力者。それをまるで赤子の手を捻るかのように次々と倒していく。

中継モニターは休息用のバーにそれを映し出し、休んでいた実況の男は急いでマイクを繋ぎ直す。

「な、何者だ!?飛び入り参加!飛び入り参加です!!見たことない格闘術…?いやこれは力任せの暴力と言ってもいいでしょう!すごい実力者です!」

「異界拳法…」

次々となぎ倒していくキュリアを止めたのは転移してきたラミア。くるりと身軽に回転すると、首元に蹴りを入れた。

「こ、これはカポエイラです!!恥ずかしながら私、実戦では初めて見ました!」

ーカポエイラ、その歴史は1500年代のブラジル植民地時代に遡る。当時奴隷として扱われていた民は反逆をさせないために武術を学ぶことを禁止されていた。そこで、舞踊の練習だと支配者達の目を欺くように開発されたのがこの、カポエイラである!ー

戦いを終えた猛者達はモニター越しにその戦いを観ながらポツリポツリと思い思いの感想を呟く。

「カポエイラか…あの変幻自在の素早い動き…よく練習している」

「君のボクシングにもあんな素早い曲線的な動きはないか?」

「フッ、そうだな。だが…」

「そうだね。『あの程度』じゃ、予選レベルだ。」

経験を積んだ格闘家達の言う通り、確実に顔を捉えたラミアの蹴りはキュリアにまるで効いていなかった。

「タフだね、随分…」

キュリアの膝をジャンプ台のように利用し、ポールダンスのような要領でくるりと回りながら首に蹴りを見舞う。

「首か…力任せの戦いをする相手にはいい場所を撃ち抜いたもんだ。俺もそこを当然狙う」

「い〜や、ありゃ全然ダメだぁ…体格のいい相手との喧嘩がまるでなっでねえ…」

「不良のあんちゃん。格闘技には格闘技のセオリーがあん…「いや、この男の言うことは間違いではなさそうだ…あの首の太さを見てみろ。現役の力士にもあんなのはいない…」

相撲取りの男が言うようにラミアの攻撃は、キュリアの首に当たったものの、衝撃は全て太い首に吸収され、脳が揺れることはなかった。

キュリアは力いっぱいラミアを掴んで自分のもとに引き寄せ、そのまま渾身の力で殴り飛ばした。

『偶然にも空手の正拳突きと同じフォームになったか…』

「凄まじいパンチが入ってしまったー!!これは飛び入りを認めざるを得ないか〜?」

キュリアは足を大きく上げ、追撃するかのようにラミアの頭をコンクリートがへこむほどの力で踏みつける。

ー体格差、それは埋めようのない力の差に等しい。これは作者が小学生の時に目撃した光景だが、虫も殺さないような身長175cmの縦も横も小学生にしては巨大なイジメられっ子がいた。その男をいつもいじめていたのは、空手初段、サッカーや野球などの球技も万能の格闘センスも運動神経も抜群の男。いつものように行われるイジメ。耐えかねた大男のがむしゃらの一振り。それはただの素人殴りながらイジメた男の意識を一瞬にして刈り取ったのだ!!それと同じ光景がこの二人の間で起こっていたのである!ー

「こ、これは!!立てるのか〜?」

「力任せに暴れられても困るんだけど…」

ラミアの服は多少汚れているものの、全身に傷一つついていない。

「む、無傷!?無傷だ〜!」

「うちとは違う防御系の流派…?カポエイラ主体の別流派か?」

「い〜や、ヤツはおそらく俺と似たような特異体質だ…原理はわからないがな」

『へぇ…面白そうなやつだ…』

「特異体質とはいえだ…それをお前さんのように攻撃に転じることができてねえ…カポエイラは現代ではショーだ。俺のやっているプロレスも、あいつのカポエイラも、健康エクササイズになりつつある太極拳も『そこから自身の武器』までに昇華させるのはあの程度のセンスじゃ不可能だ…」

プロレスマスクをつけた男が、自身の体験をもとに解説する。

「さすがにこれだけじゃダメか…なら」

ラミアは靴を脱ぎ、足の親指を立ててこめかみに蹴りを見舞う。

「裸足の蹴り!?一体何が目的だ〜!!」

『あの蹴りは…!』

「ここは空手の専門家のご意見を聞くべきですかな」

「ありゃあ、『足指先蹴り』だ」

ー足指先蹴り、ルーツは遥か昔に遡る。改革により武器を奪われた武人達が編み出した必殺の蹴り。蹴る際に足の親指を人体の急所に突き立てる技!!その威力はまさに『素手の弾丸』!!ー

キュリアは今まで感じたことがない痛みが頭に上ってくるのを感じ、腕に『何か』を溜める。

「やはりあの技、命中に難がありますな…」

「達人クラスの相手にゃ、まず当たらねぇ…だからアンタとの試合の時は使えなかった…」

「武術の基本は面で当てますからね。それはどの流派でも同じだ」

『一撃で試合を決する技は相応の鍛錬とセンスが必要だ…あの男の技術ではあれが精一杯だろう。』

「さあ、強烈な一撃が入りました!!体格のいい飛び入り選手はどう返すのか〜!!」

「暴力だけじゃ勝てないか…ならば。熱の極み『爆熱螺利熱刀(ばくねつラリアット)』!!!」

ソロから奪ったらしい極みで高熱化した腕を、大きく振りかぶり、開いている方の手でラミアを再び捉えると、顔面にラリアットを喰らわせる。会場には肉が焼け焦げたような臭いが立ち込めた。

「こ、これは〜!?突然彼の腕から煙が出たぞ〜!!」

「ヤツは参加者じゃない。武器がある事を予想していなかった緑髪が悪い。」

「武器?あれは所謂『血継限界』というやつではないのか?」

「そんな物はない…」

忍者の格好をした男が武器に対する警戒を話す中、横にいたスーツの男がした的外れな質問に冷静なツッコミを入れる。

「クククッ…また無傷か…面白い体質だなぁ、あの緑頭」

「な、なぜ怪我を負わないのでしょうか!?これはカポエイラの防御術か〜!?」

「極みを使わないつもりかと思ったから素手でやったのに…それ使うなら僕も使わせてもらうよ…いい練習になると思ったのにな…」

少し寂しそうに呟くと、ラミアはカメラ全てを自身の極みで握りつぶす。

「な、何が起きた〜!?カメラが全て壊されてしまいました!」

「いつか来るかもしれない極みが使えなくなる日のために素手の練習したかったのに…ま、相変わらずセンスはないみたい…微塵も効かなかったもんね…」

「当然だ。有効打は俺の方が与えているはずだ…なぜ貴様は無傷なのだ…」

「僕は基礎格以外効かない体質でね。君の波動じゃ一生僕には勝てないよ。裏の極み『歪曲世界(パラレルワールド)』:匣(ブラックボックス)!」

キュリアの周囲に黒い箱が形成される。全身を包みこんだそれは、内部から無数の棘が出現し、キュリアが跡形もなくなるほどに串刺す。

「これはちょっとまずいかな…格闘大会が台無しに…あ。よかった、霧散してくれた…」

ラミアはそのまま霧散するキュリアを放置し、別の世界へ転移していった。


世界の狭間

キュリオが転移したのは椅子が一脚置かれただけの無機質な一部屋。

「ここは…」

「ここは世界と世界の狭間さ。」

創造主は椅子に座り、「ようこそ」とキュリオに折り目正しく挨拶をする。

「誰だお前は?波動の強いものを出せ。」

超スピードのままナイフを創造主に突き刺そうとするが、まるでそこに何もないかのようにスルリと体を透過してしまう。

「ここは私の世界。貴方の思う通りに動くことはない。」

「何を言っている…」

奇妙なダンスのように手をくねくねと動かすと、その方向に体がつんのめる。

「何をした…?」

「何も?言ったでしょう、ここは私の空間。あらゆる万象は私の思い通りになる」

キュリオは再びスピードを上げようと走る構えを取るが、ガッチリとセメントで固定されたかのように顔から転倒してしまった。

「くそっ…ならば!霧の極み」

「おやおや?」

ハンから奪い取った極みが創造主の視界を覆う。

「煙たいですねぇ…」

「バカな…」

霧は創造主を中心に晴れ、空間に吊し上げられたキュリオはそのままバラバラに潰されてしまった。

「おや…ずいぶん散らかってしまいました…掃除も面倒ですし…そうだ!『あの方』にお譲りしましょう。あとはとりあえず…あの二人をお呼びして…」

創造主はハンドスナップをし、『誰か』を狭間に呼び寄せた。

「何じゃ、創造主。儂をこんなところに呼び出して。」


第1世界

「本当にこの辺にいるの…?見たところどこにもいないけど…」

「ソラ、俺を信じろ。気持ち悪い俺の紛い物のニオイがプンプンするぜ…」

「99…ひどく良くない…」

「!!」

テレパシーのような声がソラの脳内に響くと同時に今まで歩いていた場所が広大な草原に変わる。

「アンジュ…今更何の用だテメー」

「あなたに用はないです。私の友人はこちらの骸…その友人が死にかけている…だからこそ、私はあなたに取って代わらなければならない」

硬化した針葉樹の雨がソラに降り注ぐ。骸は液状の鎧になり、それを吸収すると、内部から氷の圧力を加え、弾丸のようにアンジュへ放った。

アンジュも骸を盾のように変形させ、パラパラと地面に叩き落とす。

「骸、これは死ぬかもしれないね…援護頼んだよ」

人に変形したソラは骸を弓状にし、アンジュと対峙する。ソラVSアンジュ
妖刀:骸


「ムスメ、いたいた。あいつだ…あの男だ…」

「あれ?単独行動?友達になってくれるかな…?」

「シロツメ、ここら一帯を焼け。」

「別にここに怨みはない」

「いいから言うことを聞け、殺したくて殺したくてたまらないやつがいる」

ガチャガチャと鞘の中で揺れる白百合を手で抑え、何が言いたいのかと聞き直す。

細く、髪の毛のような微細な触手は気づかぬうちにシロツメを絡め取り、地面から歪な形に体を曲げたムスメが襲いかかる。

「うよしく良仲」

真後ろからかけられた声は奇妙な逆さ文字のように聞こえた。ムスメの首はぶらりとシロツメに吊り下がっており、それに気を取られた一瞬を利用され、耳を切り落とされてしまった。

虚しく地面に落ちた自身の耳を見つめ、怒りと呼応するようにシロツメの全身から漆黒の炎が現れる。

「今度は俺が虐げる番だ…」

「虐げる?仲良くなるんじゃないの?」

「黙れ…」

シロツメVSムスメ
妖刀:吸血白百合


二対の極楽蝶花がすれ違う。会ってしまったかと言いたげなデュオニソスは静かに極楽蝶花を抜く。

「正々堂々戦おうと決めたからな。呪いなど関係ない。どちらが強いか…いや…」

「僕らが…いや、極楽蝶花が決めるのはそこじゃないですね」

「「どちらが美しいか…」」

「オルフェ、これは正当なる決闘だ。俺はあくまで立ち合い。手は貸さないぞ」

「もちろん。寧ろそれはしないでくれ。そんなもので勝っても極楽蝶花は納得しない」

ジャスティを見届け人として、二人は旧友が会話をするかのように剣を交える。

嬉しそうに鍔迫り合っていると、ふいにデュオニソスが名乗りを上げる。

「改めて。私が初代極楽蝶花の持ち主。デュオニソスだ。」

「僕は…」

一呼吸置いて言う。

「未来のヴァサラ軍、四番隊隊長『麗神』オルフェだ。」

「麗しき神か…素晴らしい。その名に違わぬ美しき剣士よ、存分に戦おう!」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

オルフェVSデュオニソス
妖刀:極楽蝶花


なんとも緊張感が無く、木の上でフランスパンを齧るイザベラと、それを長々と待たされているライマ。

「なぁ、早く戦おうぜ。」

「妖刀の呪いが作用してないならこのままでいいんじゃん?終わるまで。それよりも二人で罪姫に不意打ちかます?」

「「ふざけるな、我は我と同じ刀など認めん」」

「ハモって仲良しじゃ~ん。」

ケラケラと煽りからかうイザベラを、ライマの体内から出たルフが襲いかかる。

「うわっ!暴力的!?」

「俺達は敵だからな…?なんか和気藹々としてるけどよ。それに…」

流動化したライマは土を混ぜた液状の塊をイザベラの顔面にぶつける。

「もう何年も何百年もこのままだ。自分が誰かもわからねえ。俺は死に場所が欲しい…だからこんな機会はうってつけだ」

「…」

イザベラは無言で顔の泥を拭い、ラミアのように回転して顔に蹴りを当てる。しかし、ライマは液体の体を硬化させ、脚を体内に取り込むと、そのまま片腕で掴んで投げ飛ばす。

「いつつ…まじ強いかも…でも!」

ビシッとライマに人差し指を立てる。

「くだらんこと言って死のうとしてるあんたには負けん!絶対にアンタをぶっ生き返す!!」

「ぶっいき…?」

大きく首を傾げ、体を人の形に戻す。

イザベラVSライマ
妖刀:ルフ・タダンラシュ


「やっと見つけたわ…ヒートヘイズ!」

怨みを込めた蝕の波動は、ヒートヘイズの髪を切り落とし、首に小さな切り傷を作る。

「ちっ。そのうざったいツインテール一本のおかげで命拾いしたわね。」

「キャハハハハ!相変わらず野蛮だなあ…ラディカちゃんは。こんな小さな切り傷があたしの致命傷になると思ったぁ?」

ゾンビのように爛れた皮膚が一瞬にして復活する。

「アタシだけは別の方法で生き返ってんのよ?あの陰キャ男の科学力は侮れないわぁ…」

「陰キャ男?」

「知らないの?カムイ軍の…これは秘密って言われてたぁ。いっけなぁ〜い!兎も角。あの眼鏡が一枚噛んだ以上、ラディカちゃんに勝ち目はないわけ。村正もアンタを殺したいって言ってるよ。」

「呪いなどどうでもよい。だが、貴女の…ラディカという女性の怨嗟が私の栄養になる!素晴らしい!」

「悪趣味同士お似合いじゃない。反吐が出るわ」

ダラダラと長話をするヒートヘイズを木に押し付け、滅多刺しにするが、それでも彼女は話を止めない。

「ラディカちゃ〜ん。何か感じない?極みが流れてないでしょ?これな〜んだ?」

ヒートヘイズがラディカに見せたのは片手に収まるほどの石。

「それは…!」

「そ、アンタの故郷の周辺にだけあった石。『消波岩(しょうはがん)』よ。極みを一時的に消せるこの岩が生えてたから焼いたの。ま、超楽しかったけどぉ〜♡やっぱりカムイ様は理想の上司ぃ〜みたいな?アンタの恋人は運が悪かったのよ。」

ヒートヘイズから手を離し、消波岩の効力を一度解除すると、三代村正に増幅された蝕の波動が現れる。

「殺してやる…」

「やってごらんよ♡」

ラディカVSヒートヘイズ
妖刀:三代村正、初代村正


「お~い!エンキじゃねえか!!」

「鎌鼬!」

互いにダンザイを抜き、撃ち合う。

「戦闘開始の言葉はいらねえだろ?」

「同感だ。」

鎌鼬は腰に携えていたもう一本の刀を抜き、二刀流の構えを取る。

「ダンザイを持って二刀流…それじゃ初撃が遅くなっちまうだろ?」

エンキはわざわざ手を抜くのかと少し不満げに尋ねる。せっかく楽しみにしていた戦いだったというのに、自身の一方通行だったのかと。

「バカだなお前。剣が二本で二倍強ええんだぜ?」

「バカはお前だろ…」

呆れるように頭を抱えるエンキだったが、ごうごうと唸る嵐の波動に再び笑い、自身もダンザイに炎を喰わせる。

「何なんだ?その情けねぇちょろちょろとした弱火は?」

筋力では圧倒的に上回っているものの、凄まじい暴風にエンキの体は吹き飛ばされてしまった。

「ちっ。覚醒してるんだったな…悪いことをした。」

グツグツと煮えたぎるような地獄の炎がエンキから発せられる。

「それだよ。楽しもうぜ!!」

エンキVS鎌鼬
巨剣:ダンザイ



「へぇ~。極みが使えないのにずいぶん強いじゃ〜ん。無能そのものかと思ったのに」

ヒートヘイズの体は何度斬ってもゾンビのように再生していく。
科学という範疇では補えないほどのその力は、ラディカに決定打を与えることを許さない。

「便利な体ね。」

「便利なのは刀もだよ〜♡『臓苦延焼(ぞうくえんしょう)』!」

防御が間に合わずに斬られたはずだとラディカは思う。服も皮膚も一切傷がついていない。
数秒後に遅れて体内から強烈な火傷と斬られた感覚が込み上がってくる。

「うっ…ゲホッ!呼吸器が爛れるような感覚…」

「ど〜お?初代村正の力…アタシが斬りたいものだけ切らせてくれるのよ〜♡まずはアンタの体の中。苦しいんじゃない?呼吸器ボロボロだもんね〜。」

小さく息をするラディカに消波岩で作られたナイフを突き刺す。

「!」

『マズい!?ナイフを抜いたら失血で動けなくなる。極みが使えない…私にこいつを倒すのは無理だってこと…?』

ハズキの元で医学を学んでしまったからこそわかってしまった『詰み』。
極み無しで抗うか、このままナイフを抜いて死ぬかの二択。最早自分は勝てないと悟ってしまった。

その一瞬の迷いと諦めはヒートヘイズに追撃をさせるのに充分な時間だった。

「遅い遅い。これでアタシの攻撃は防げない!『火の超神術』:火ノ海!!」

二人を囲むように灼熱の炎のリングが形成される。ラディカは自身の故郷が焼かれた日のことを思い出し、悔しさで血が滲むほど刀を握り込む。

「キャハハハハ!思い出す〜?アンタの故郷を燃やした炎だヨ♡そんな怖い顔しないでよ〜アタシだってこんな風になりたくてなったわけじゃないし〜。てかさぁ、こういう事でしか興奮できないアタシの方が気の毒というか、被害者じゃない?労って欲しいくらいなんだけどぉ?」

「『我流海剣』:波濤一閃」

ダラダラと長く挑発するヒートヘイズの口を止めるかのように大振りの攻撃をするが、息も絶え絶えのラディカではそれすら抵抗にならない。

「話は最後まで聞いてよ〜」

「バーカ。そんな雑魚技囮に決まってんじゃない。ガリュウ如きに勝ったくらいで調子乗ってんじゃないわよ。『閃花一刀流』:大輪乃花」

無駄のない動きから繰り出される一撃、防御が一瞬遅れたヒートヘイズは、消波岩を落としてしまう。そして焼かれるような痛みと、自身の身体を引き千切るかのような体内を侵食していく蝕みの力。

「極み!?」

ヒートヘイズは絶句する。この女はナイフを引き抜き、村正で体を貫いて、蝕みで痛みとダメージを緩和している。
蝕みの力で皮膚組織を腐食させ強引に広げた呼吸器も同じだ。自分の体に刃を立てて戦うほどのその執念。

「そ、そんなのやったら死ぬじゃない…きっしょ…」

精一杯の悪態をつくが、その声は震えている。

「はぁ…らしくなかったわ。なまじ医療に精通したから本気で勝てないと思った…でも…私は今ここで刺し違えてもいい。あんたを殺して私の人生は始まるんだ!」

「くっ!ナメやがって!!アタシの体はまだまだ無事!あんたの剣技なんてこんなもんなのよ!」

「そうね。でも、傷跡の再生が遅れてるわ?」

『なんなのこいつ!?さっきより速い!?』

「あら?あの日のアンタはこんなもんじゃなかったでしょ?もっと凄まじい剣技をしてた。初代村正が大刀だから遅いのかしら?うちの師匠相手なら今ので死んでるわよ。」

ラディカはヒートヘイズが反応できないほどのスピードで縫い傷のある首に大きな傷を作った。
その傷は糸がほつれるように大きく裂け、蝕みで赤黒くなった血が噴き出す。

「蝕の極み『冥狂死衰』黒蝕牢・無明獄(こくしょくろう・むみょうごく)」

「ゔあああ!」

流れ出た血にラディカが刀を突き刺すと、その血を媒介に巨大な牢獄が現れ、ヒートヘイズの全身をグチャグチャというグロテスクな音とともに腐食させていく。

「火の超神術『愉遊廻炎(ゆゆかいえん)』:炎鎖(えんさ)!」

炎で精製した鎖がラディカを捉え、全身をくまなく焼き尽くす。

「焼けても構わない。今更こんなもの苦しむと思った?」しかし、ラディカの足は止まらない。閉じこめられたヒートヘイズの方へ進んでいくと、数センチ開けた牢へ、極みの刺突を放った。

「閃花一刀流『極みの型・蝕』:黒百合!!」

「がぁっ!!…かっ」

文字通り首の皮一枚になったヒートヘイズの体は、人間とは思えないほど黒ずんでいく。

「こ、このままじゃ…」

震える手で注射器を取り出し、縫い傷に射つ。

「ふ、ふふ…キャハハハハハハハハ!!」

ヒートヘイズの傷と蝕みは一瞬で消え、今までとは比にならないほどの炎が牢を破壊する。

「鬼謀算・六乃算『縛追這(ばくついしゃ)』!」

蝕みの縄が脚を絡め取り、転倒させようとするが、ヒートヘイズはその縄を素手で掴み、ラディカを引き寄せると、一振りでラディカの刀を吹き飛ばす。

「『侵蝕(しんしょく)』!」

苦し紛れの無手の蝕みは、さらに再生速度が上がった彼女には傷一つつけることができなかった。
ヒートヘイズは、最大火力の爆炎を刀に纏い、口を大きく開けて奇妙な笑みを浮かべる。

それとは反対にラディカは絶望したかのような表情でそれを見つめる。

「そ、それは…」

「キャハハハハ!アンタの大好きなあの子が死んだ技だよ〜」

「火の超神術『愉遊廻炎』:灰惚忌焱焰贄煤(かいこつきえんほむらにえのすす)」

爆炎は刀を拾い上げたラディカの全身を無情にも焼き尽くす。
勝利を確信したヒートヘイズは、死に逝く彼女の表情を見ようと鼻歌交じりに炎の中に手を突っ込み、服を掴むがその腕を握り返されたことで、青ざめてすぐに手を引っ込める。

「ま、まだ生きて…うっ!」

ラディカは全身に蝕みの力を行き渡らせ、爛れた皮膚の一部を削ぎ落とすことで辛うじて立っていたのだ。

「ま、待ってよ!さっきも言ったけど、アタシはこういうのじゃないと興奮できない、むしろ被害者なんだって」

「確かに、そういう見方もできるかも。」

「で、でしょ?ならアンタも死んで…「それでも私は、あんたの全てを否定して、殺す。」

「は、半死人のくせに…」

ヒートヘイズの剣技は今までよりも派手に空を切る。いや、ラディカがそれを目で追っているのだ。

「ふーっ。これはほんとに疲れるわ…視力がおかしくなりそう。師匠が言ってたのよ『私は武器を追う目が誰よりもいい』って。文字通りようやく『開眼』かしらね。『緋眼・百動網羅(ひがん・ひゃくどうもうら)』」

「くっ…見えるですって!?ナメんな!!『炸』!」

「蝕の極み『緋眼・絶炎』!!」

ラディカの蝕みは、その絶対的な目による補足により、炎をかき消す。ひらひらと攻撃を躱すラディカは『何か』を待っている様子だった。

「逃げてばかりじゃ…うっ!!オエエエッ!!」

吐瀉物は蝕みによりドブ川のような色に変色していた。

「やっと効いてきたみたいね…アタシが死んでもそれで相打ちにするつもりだった…蝕の極み『冥狂死衰』奥義・彼岸花。」

「い、いつの間に…」

「最初からよ。消波岩で消された以外の攻撃に少しづつ、少しづつ、気づかぬ量の蝕みを付与してた。そしてそれが全身を回ったとき。あんたは死ぬ。」

「ち、挑発に乗って向かってきたはずじゃ?」

「ごめんなさい。あんたの挑発マジでレベル低いのよ。同じことしか言わないし。生憎、村や彼のことをネタにしないのに殺したいくらいむかつく事を言う水色頭に毎日のように煽られてるのと比べたら『単細胞な悪口』って感じ。」

問答をしている間にも蝕みはヒートヘイズを侵食し、皮膚がただれ、あらゆる器官から血が流れ出していく。

「消波岩だけは本気で絶望したわ。でもアンタ、あの頃から成長してないじゃない。所詮カムイ軍なんて呪力を貰わなきゃ無能なのね」

ラディカの言葉が地雷を踏んだのか、吹き出す血液をものともせず、刀に爆炎を灯し、突進する。

「カムイ様を悪く言うな!!あの人こそ至高のカリスマなんだ!!お前ごときになにがわかる!!死ねえええ!」

「あんたより私が有利なのに突っ込んでくるなんて、挑発に弱いのね。」

ラディカはわざとヒートヘイズと似たような嗜虐的な笑みを浮かべる。

「あんたの全てを否定できたわ。さようなら。蝕の極み『増蝕(ぞうしょく)』」

流れ出す血に軽く触れると、ズルズルと肉が腐りだし、村正を持つ腕が落ちる。
ラディカは刀を振り上げ、叩き折ろうとするが、落ちていない方の腕でそれを拾い上げ、情けなく背を向けて逃げ出した。

「逃がす…かっ!!!」

渾身の力で投げた刀は後頭部から突き刺さり、ヒートヘイズの前頭葉を破壊する。

村正を折らなければ死ぬことはないが、最早動くことは愚か、完全に意識がなくなっていた。

「村正を…」

ラディカは初代村正に手を伸ばすが、自身にかけていた蝕のタイムリミットを超えたことで、想像を絶する熱と、おかしくなってしまった呼吸器の影響で、這いずることしかできなくなっていた。

「…!」

死を悟るラディカが見たものは、力を失った初代村正から湧き出る『別の呪い』。
癌細胞のように侵食していた罪姫の力が弱った村正を喰ったのだ。
呪力でどこかへ引き寄せられる村正、所有権は完全に罪姫のものとなったことで、ヒートヘイズは完全に息絶え、過去に帰るかのように、体がゆっくりと消えていった。

「まだ息があるわ。六番隊!絶対にこの子を助けるわよ!医療班の底力見せなさい!」

「「「はい!女王様!!!」」」

相当探し回ったのだろう、留守を守ると話していたハズキの白衣にはところどころ土汚れがついていた。
凄まじい火傷を負っているラディカの全身を氷水で冷やし、ゆっくりと隊舎へ運んでいく。


「『慚日霰(ざんじつあられ)』!!」

弓になった骸から放たれる矢を地面に叩きつけ、宙に舞った土を霰の雨のように降らせる。

「ほう。まさか氷の極みが使えるとは…すぐに取って替われると思いましたが、少々難航しそうですね」

雨傘のようになった骸が霰からアンジュを守り、分裂し、二対の鉄扇へと変わる。

「『草鉄扇(そうてつせん)』!!」

腕から生えた草は鉄扇のリーチを伸ばし、骸の盾を縫うように避け、ソラの側頭部に直撃する。

「あうっ!ちょっとまずいかも…」

軽い脳震盪だろうかうまく立ち上がれないソラの体を草は追撃するように拘束する。

「!!」

瞬時に猫化し体を縮めることでそれを解くと、骸を地面に突き刺し、アンジュを挟み撃ちにするように並ぶ。

「「『多重氷結界』!!」」

「氷の結界!?」

「『塞(さい)』!」

内壁を圧縮するかのように氷の壁はアンジュを挟み潰さんと迫る。
この場合の行動は刀で氷壁を両断するか防御の構えを取るかだろう。

しかし、アンジュは骸の顔を手で塞ぎ、大きな口を開け、何かを唱えるという行動に出た。

「『麟鳴(りんめい)』」

テレパシーのように発せられている彼女の声は、無基部や人物を問わず内部から反響し、超音波のように伝わることで結界もろともソラを吹き飛ばした。

元来猫と同じ感覚器官を持つソラには常人の数倍以上の反響が耳に響き、両方の鼓膜が破れ耳から大量の血を流す。

「貴方の感覚は一つ潰した…終わらせましょう。『開花織天使(フラワーリング)』」

アンジュの背に綺麗な翼が生え、天使のような輪が頭上に浮かび上がる。

「草の極み『マイ・シークレット・ガーデン』:黒白草命賽(エボニー・アンド・アイボリー)」

骸とアンジュがダイスを振る。

「06」

群生する草が神々の鎧兵のような姿へと変わっていく。
その一人一人がソラのスピードに追いつき、ズタズタと切り裂かれていくのだ。

「95」

「う、動けない…力が吸い取られるように…」

地面の草はソラのエネルギーを吸い取り、アンジュに循環させているらしい、自分がどんどんと弱っていくのがわかる。

「魂解『金華猫奇鶻氷凰(きんかびょうきこつひょうおう)』」

ソラの全身に氷の鎧が装着され、その冷気により、天然の止血のように傷口が凍っていく。白銀の鬣に金色の角。全身にあしらわれた髑髏の飾りで骸と融合したのがわかる。

「魂解…?貴方は冥界へ行ったことがないはず…死んだ先に逝くのも冥界ではないでしょう…」

「僕は情報屋をしててね。この世界意外の情報を集めるのは僕の役目なんだ。で、師範に言われたんだよ。『冥界で修行した方が今後のためになる』って」

「成る程…ですが…」

数千もの木々がソラに照準を合わせる。

「そのような付け焼き刃の力では私を止めることはできませんよ。『千樹(せんじゅ)』」

ソラの死角から一本の大木が飛びかかるのを合図に、空中にあった全ての大樹が降り注ぐ。

「20年…僕が情報屋をやりながら冥界で修行した年数だ…付け焼き刃なんかじゃない。『B級下位』程度の実力は身につけてる。」

大樹は全て氷結し、草の兵士たちも動きが止まり、薄い氷膜のように砕け散った。

「『水氷凝固・槍(すいひょうぎょうこ・そう)』」

人体の70%を占めるといわれる水分。それが体内で凍っていくのがわかる。

アンジュは自身の体内にある水分が槍に変わり、綺麗な氷のそれで全身を貫かれた。

「くそっ…草の「ソラ、警戒しろ。おそらく一点集中技だ。鎧が持たねえぞ」

「!!」

アンジュは使おうとしていた攻撃を止める。融合した骸は氷の空気振動で次の技の出処とどのように発動しているのかを読んでいるのだ。
意志のある妖刀と人ならざる者が『二人で一つ』の魂解を使っている。改めて厄介な持ち主だと思う。

「血がどんどんと凍っていく…」

「この空間を解きなよ…この空間全ての水分が、今の僕らの攻撃範囲だ」

アンジュは身体に生成されていく氷を振り落とし、骸を巨大なサイコロの飾りがある薙刀に変更させ、巨大な波動を練り上げる。

「草の極み『マイ・シークレット・ガーデン』:奥義:ローン・ニンフ・サンクチュアリ」

草は骸を取り込み、亡くなった地面は巨大な髑髏の口を形成する。

「大丈夫。地上だけの技なら僕らにもまだ…」

「ソラ!罠だ!!」

「気づいたとて遅い…」

極みの力を一点に凝縮した巨大な薙刀。刀身には『99』の文字が刻まれていた。

「これで貴方の命はない…。草の極み『マイ・シークレット・ガーデン』:最悪手の斬株(ファンブル・スタブ)」

ソラの身体は内部から刻まれていく。

「言ったはずです。この空間は私のものだと、そして私はあなたに取って代わると。あなたの体内は奥義で蝕まれ、そしてこの一撃で誰の記憶にも残らず、死ぬ。」

アンジュは奥義の反動で激しく吐血する。

「罪姫の力の回りが早い…この一撃で」

「『金華猫奇鶻氷凰・獣神モード…』」

骸をかたどった飾りがあしらわれた白銀の獅子のようになったソラに氷の爪が生える。

「氷の極み『金華猫奇鶻氷凰』:砕氷(さいひょう)!!!」

呪いを受けた一瞬の隙、獣の姿になったソラのスピードは獲物を仕留める猫のようにそれを見逃さなかった。
爪はアンジュを貫き、元の小さな黒猫の姿に戻ると同時に砕け散った。

「何故だ…あなたは…いつも…世界を嫌っていた…取って代わるのは悪い話じゃ…ないはずだ…」

「昔はね。でも僕はこの世界が好きだから。今の場所が好きだから、譲れないかな。ごめんね」

アンジュは優しく笑うと血を吐き出し、骸を自ら折る。

「少しでも…呪いを軽減できれば…私達…いや、最古の妖刀であるこの骸は罪姫の呪いを受けすぎている…油断しないことです。ソラ。すでに彼女に骸の力は…そして呪いは…」

アンジュは何かを言いながら消えていくが、ソラにその言葉が届くことはなかった。

そして全ての力が解けたことで、力無く倒れ込んだ。

出血ではない、感覚器官が敏感なソラにとって、耳を潰されたのが一番のダメージになっていた。
その傷は三半規管まで達し、歩行すら困難な状態だ。
そこに巨大な空間が開き、でっぷりと太った長髪の男がソラと骸を掴んでそこへ引きずり込む。

「ソラ!!満身創痍じゃないか!!これは大変じゃ〜!冥界の過去と未来が!冥界の扉があああ!」

瀕死のソラに気遣ってか、骸を力の限りブンブンと揺らし、パニックに陥る男を髑髏の飾りが分離し額にぶつかる。

「うるせーなうるせーなうるせーな!!!閻魔王!なんだよ!俺達を呼ぶってことはなんかあんだろ?」

閻魔王と呼ばれたでっぷりと太った男は『今日の死者』と書かれたノートを見せる。

「あ?亡くなる人のリストだろ?だからなんだよ」

「良く見るのじゃ!!年号を!」

「あん?」

汚らしく滲んだノートの年号は、現在、過去、未来が混ざったような複雑な数字を表していた。

「こういうもんだろ…他の世界と年号違うんだから「ちっがーう!!儂は年号をちゃんと書くほど真面目じゃなーい!!」

「威張れることなのか。」

「魔女姫の力じゃ!時間が入り乱れている…儂はとりあえず生き返った悪魔や力を取り戻した悪魔をなんとかするから、お前らは魔女姫を頼んだぞ!」

「わざわざそれ言うために呼んだのかよ。」

「いや、たった今折られたはずのもう一本の骸が冥界に来る気配が消えた…もしかしたら。罪姫は『過去』『現在』『未来』の三世界に一人づついるのかもしれん…どこかの世界の罪姫が妖刀を奪っている…」

「チッ。だから俺達に行かせようってか?」

「ソラの治療は急ぐ!だから任せるぞ!」

閻魔王は冥界の医療班を呼び、ソラの治療にあたらせた。

「あわわわわ…別の世界も何もかもの危機じゃ〜!!」


第8世界

「オラッ!!どんどん来んかい!!」

ルトを殺しに行こうとする兵を背後から突き刺し、その死体を乱暴に蹴飛ばすことで、他の兵士のバランスを崩したところに拳銃を見舞う。

そして荒々しく引き剥がしたゴクガタの一部を投げつけ、残り火のような暴風で自身の周りの敵を吹き飛ばす。

「死ねや!!」

靴紐に結びつけた大きな破片はスパイクのような役割をし、踏みつけた刀を軽々とへし折る。

「なんて乱暴な奴だ…あれは正当な流派じゃねえ…実戦で身につけた力だ」

どんどんと突き進む下柳を横目にケインは呆れたようにため息をつく。
同時に数体の兵士を一瞬で斬り裂いた。

「だが…『実戦育ち』はそいつだけじゃねえ…」

まるで一騎当千のように二人は次々と兵士をなぎ倒していく。しかし、ケインはとある違和感に気づく。
壊されていくゴクガタが中央に集まっているのだ。
そして風とともに鼻をくすぐる焦げたニオイ。

「離れろ下柳!」

「なんで離れんといかんのじゃ?」

「かかったな、アホが!!」

凄まじい大爆発が起こる。煙が晴れるとともに見たのは死体になっているはずの二人の姿が消えていること。
そして目の前にある巨大な穴。

「刀で穴を掘って潜った…それだけだ…」

「なっ!?」

断末魔を上げるまもなく兵士は背後からケインに刺される。

もう一人の兵士は、火傷を負った下柳に拾った短刀で念入りに顔面を潰されていた。

「悪いのう…この程度の爆破は何度も喰らったんじゃ…ワシがこの程度で死ぬわけ無いじゃろうが!!」

「ば、化け物共め…」

獅子奮迅の活躍で兵士は次々と消えていく。

「どうやら加勢に来られる心配は無さそうだね。」

「問題はどうやってこいつに傷をつけるかだな…」

魂解状態のキュロの外殻にはルトの雷撃もハートランドの武器も通用せず、弾き返されてしまうのだ。

「どこかに弱点があるはずだ…ルト。一度私に預けろ。考えがある」

何かを小さく耳打ちし、キュロの攻撃が来る前にサッと身を躱す。

「動きが鈍重すぎるな。攻め手も単調だ…」

「そうだな…『蟷螂の太刀』!」

「斬撃が飛んだ!?ぐわっ!」

ハートランドは小さなハンカチでそれを受け止めたが、斬撃の反動まで止めきることができず、近くの木に頭をぶつける。

「上手く受け身を取ったようだな。だが…熱の極み『蒸気流星群(スチームダスト)』」

巻き上げた石は高熱の水蒸気を帯び、キュロの半径数メートルに吹き荒れる。

「『護雷の陣(ごらいのじん)』!!」

ルトは電磁波のサークルを作り出し、水蒸気の礫を全て崩壊させ、中央にいるキュロへの道を作り出した。

ハートランドはまるで格闘家のような身のこなしでキュロの懐へ入り込み、一撃を叩き込む。

「鉄山靠!!」

「虫でも止まったか…?」

「拳法の達人の型を完璧にマスターさせるこの装置でもダメか…」

表舞台に立つ強者程度の力では全く無意味であるとハートランドは今の一撃で悟る。
しかし、転んでもただでは起きないとばかりに全身に小型の爆弾を設置し、起爆する。

「雷の極み『閃光万雷』:雷皇の陣!」

ルトの全身に凄まじい雷の力が宿る。

『は、早い…煙で視界が!?』

「『雷鳴の太刀』!!」

ルトの電光石火の一閃がキュロの外殻を剥がす。

「やったか!?」

「いや、やつの鎧が砕けただけだ!だが…」

「こんなものが奥義か?ヴァサラ軍の隊ちょ…ゔっ!!」

何かに刺されたような激痛、ビリビリと流される雷の極み。一体何に刺されたのかとキュロは周囲を見回す。

「済まない。『だが』の先を言うのを忘れてしまった。だが…作戦は成功だな、ルト」

キュロは刺された箇所をじっと目を凝らして見る。
そこには太陽光で迷彩のようになっていた薄いポリカーボネート製の刀が突き刺さっていたのだ。

「いつの間に…」

「先程の耳打ちのときからすでにだ。お前は私の動きしか目で追っていなかっただろう?手品と同じさ。もう片方の腕でタネは仕込んでおく。」

「すごい便利だね、これ。情報はこの耳のやつで共有したんだよ。」

ルトが外してみせたのは超小型のイヤホン。

「ザ・ロイヤルの特注品だ。」

「お喋りが長い二人だ…」

キュロは隙をついてルトに噛みつく。

「極吸…!」

「コウゲキヲケンチシマシタ、バクハシマス」

無機質な音声とともに、ルトの肩が爆裂する。

「いつつ…まぁ噛まれても同じかな。君の方がダメージを食らってるみたいだし。」

「どんな力が来ようと事前に壊せるように準備はしておいた…そして、お前は今の攻撃で完全に終わった。」

ハートランドの宣言とともに、キュロの腕が千切れ落ちる。

「な、何をした!?」

「えっ!?ホントに何したの!?ドーンって爆発して…」

味方であるはずのルトも思わず目を丸くするほどの凄まじい威力。
服の至る所に仕込まれた爆弾とそれに耐えうる繊維。
先程ハートランドに渡された着慣れないカジュアルな服に戸惑いつつもそれに袖を通し、実用性に感動してはいたが、一体どんな秘密があるのだろうか。

「それは細胞型のナノ粒子だ。」

「なのりゅーし????」

「な、なんなのだそれは!?」

「超小型の粒子をザ・ロイヤルの技術で細胞型に変異させた。他組織の盗用と凄まじい殺傷能力から使用は禁止されている。だが…お前のようなやつには最適解だったようだな…」

ハートランドはルトの『別世界』という言葉を信じ、禁断の武器を使用していたのだ。
キュロの細胞同士が反発し合い、落ちた片腕は再生できずに転がっている。しかし、それでもキュロは平然と動いていた。

「もうやめなよ。片腕じゃ、絶対にボクを捕らえることなんかできない。君の負けだ」

「なめるなよ!ガキ!『殻骨紫蝶(オオムラサキ)』!」

巨大な蝶の羽根が生え、格段にパワーが上がる。

「遅い!」

雷鳴が響き、ルトの斬撃が数度当たる。
キュロはまるで痛みを意に返さぬように全身を沸騰させ、蝶の羽で爆熱を浴びせた。

「熱の極み『焦熱駆動』:千紫蝶熱波!!」

「雷の極み『閃光万雷』:白雷の太刀!!」

目が眩むほどの輝きを増した雷はキュロの極みを貫き、その肉体を完全に破壊した。

「ハァ…ハァ…これで終わったか…?」

「いや、おそらくなんか残っとるのう。緒廉もどき、お前も元の世界に戻れんしな。」

「呼び方はともかく…そうだね。呼び出されたからには何かがあるはず…」

「周辺をくまなく見回るしかないか…」

「残党が紛れている可能性がある…俺はニオイを頼りに探すとしよう。」

「なんだろう…すごく嫌な予感がする。」

敵を倒したにも関わらず胸につかえる不安。
ルトはそれを吹っ切るように、残党を探すために走り出した。


第1世界

『ウッギャ〜!!!なんなのこいつ!!』とイザベラの絶叫が森中にこだまする。

斬っても刺しても殴っても流動体に変わり、まるでこちらの攻撃を受け付けない。
それどころか防御の構えすら一切取らないこの男にどう勝てばいいのかと困惑し、とりあえずとばかりに背を向けて逃げているのだ。

「おいおい、さすがに逃げられねえよ。」

「げっ!!!」

気体が集まりライマの形を成すと、イザベラの額に狙いを定め手を翳す。

「水禍術『翠玉砲(すいぎょくほう)』!」

「うわあ!!」

両腕で頭を抱え、情けなく飛び退くイザベラに発射されたルフは自らの意思で方向を変え、脇腹に突き刺さった。

「うっ…仕込んでた鉄板を軽々貫通して…」

致命傷にさせるかのように、軽く刺さったルフは、自身の刀身を真横に滑らせ傷口を広げる。

「あ…?お前さん啖呵切った割に弱すぎるだろ?」

「うるっさいなあ!!当たり前じゃんよ!だいたいフランス料理屋がアタシに惚れちゃったから持ち主になっただけなんに!」

「だ、黙れ!相変わらず無礼な女だ!」

「はぁ!?あのとき拾ってやった恩忘れたん?」

「他の奴に拾われても良かったのだぞ?」

「川下に流されてたくせに!!」

「黙れ!」

「おい…続けるぞ…?」

見苦しい言い合いをする二人をどこか羨ましそうに、そして呆れたように忠告すると、腕を日本刀に変異させる。

「『流水斬舞』!」

「ヒイィィィ!何こいつ!マジで最強じゃんよ!無理無理!基礎スペックが違いすぎる!卑怯者!そっちが攻撃したんだから次はあたしの番じゃんよ!プロレスルール的に!」

「そんなルールじゃねぇよ…」

大小様々なリーチに変わる水の日本刀。
イザベラは背中や首といった致命傷になりかねない場所に次々と傷がついていく。

「お前さん、防御は苦手か?さっきから死にそうなとこばかりケガしてるぜ」

「悪かったわね!あたしの極みのせいなんよ!」

「極み?ありゃデメリットじゃねぇだろ。いや、暴走はデメリットか。」

「フツーはね。あたしは違うんよ、あたしの極みは悪い事だらけ。」

「じゃあ億に一つも勝ち目はねえぞ。水禍術『祈宵露(オラシオン・クレプスクルム・ロシオ)』」

祈るように両手を重ね合わせ、ルフは寄生虫のようにライマの腕を這い伝う。
液状化した両腕はあらゆる武器に変化し、イザベラを囲む。

「ま、マジ!?」

「死ぬなよ」

合図とともに一斉にイザベラへ刃が降り注ぐ。
ゴソゴソとポーチを漁る彼女に次々と刃が突き刺さる。

「イザベラ、ふざけてると死ぬぞ」

「ふざけてない!!致命傷だけは避けなきゃならんの!!」

金属のポンチョのようなものを取り出してかぶる。刃はけたたましい音を立ててぶつかると、水に戻り、イザベラの足元に大きな水溜りができた。

「ふ、防ぎきった…?」

「いや、その水は何度も俺が再利用できる。」

「げ!!次は絶対死ぬって!」

たった一度の緊急回避用だったらしい頭巾は、刃の形に全体がめり込み、最早使い物にならなくなっていた。

「仕方ない…いくよ。『相棒』」

空中に投げたルフに手を翳す。刀はイザベラの腕に突き刺さり、激痛とともに凄まじい力を与える。

「いっっっだぁ!!何とかならんのこれ!?ねぇ!」

「黙れ。来るぞ!!」

「閃花一刀流『砂箱木(スナバコノキ)』!!」

腕から覗いたルフを地面に強く当て、その反動で瓦礫を吹き飛ばし、水の刃を全て叩き落とした。

一転攻勢とばかりにくるりと向きを変えてルフの懐へ走り出すと、ラミアと同じような動きで蹴りを見舞う。

「大振りの蹴り…ぐっ!!」

頭をめがけて振り下ろされる蹴りは完全に見切っていたはずだとライマは考える。
蹴りが当たる前に受けた鋭い痛み、この女は攻撃の時間をずらす能力も使えるのかと思わず考え込んでしまう。

「閃花一刀流『一輪花』!」

『反応が遅れちまった!』

追撃の斬撃はライマの身体を綺麗に斬り裂く。そして刀を腕にしまい込んでの殴打。
ルフを取り込んだ腕での殴打だ、液状化できているとはいえ無事では済まない。
気体化し、身を躱そうとする直前にまた登ってくる鈍い痛み。
ライマは、目の前で起きているモーションと痛みの時差に脳がバグを起こしているのではと不安になる。

『良く見ろ…落ち着いて対処するんだ…』

イザベラの背後に滴る水滴を矢に変化させ、背後から貫く。
ガクンと膝をついた彼女に反撃の隙を与えまいと、ルフを取り込んだ生身の腕で、殴り飛ばそうと振りかぶる。

「閃花一刀流『樹洞(うろ)』:死んだと思った?ざ〜んねん。」

イザベラは大きく舌を出し、ダボついた服から矢を引き抜いて、カウンターのように全身の関節をバネにした一撃を放つ。

「異界拳法『神速拳』!!」

ルフを取り込んだ腕で放たれた音速の正拳突きは、ライマを数メートル以上吹き飛ばした。
同時にイザベラの腕はその技に耐えきれず、肉体の一部が弾け飛んだ。

「痛つつ…やっぱりあたしって才能ないなあ…キャベツに色々な場所に連れてってもらってこの世界にない格闘術習って、お母さんから最強の剣技習って…」

パラパラと舞う砂埃が晴れた先に、顔の骨が折れたらしいライマが立っているのを見て、冷や汗を拭いながら続ける。

「倒しきれないなんて…」

『今日ばかりは『向いてないから、才能ないから』で色々辞めなきゃ良かったって思うんけど…』

「なるほどな。攻撃とは逆の手で時間をずらして殴る。してやられた…身体能力がバカ高くねぇとできねえ芸当だ」

「バカにしてるん?お兄ちゃんにどれ一つ勝てないからこうやってやってるんに」

「いや、お前さんは頭もいい。戦い方の分析で気づかなかった、足元の泥を体につけて俺の液状化を防いで攻撃してきた。ルフが入った手で繰り出されたさっきのパンチは効いた。一瞬意識が吹っ飛んじまったぜ、この世界にない技だ」

「あっそう。なら、もう一つ…この世界にない技を見せてあげんよ。異界拳法『琉譜纏魔(るふてんま)』:最大5%解放!!」

ルフが取り込まれたイザベラの腕はギシギシと悲鳴を上げる。人間の潜在能力を解放する技らしい。

もっとも、ルフが強引にリミッターを外しているだけの高リスクの技ではあるが…

「悪いな。もう騙されねぇぞ。水禍術『銀龍天滝(ビア・ラクテア)』」

ライマの全身が霧散する。

「やばっ!!ねぇ、物理攻撃が強くなりすぎたら勝てるとかないかな?気体も殴れるみたいな…」

「ない。たとえあったとしても貴様には無理だ」

「なんでよ!纏魔100%にしたらいけないん?」

「それはわからないが、貴様の力ではそれには耐えられない。あの技はたゆまぬ鍛錬により完成する。5%が限界だ」

「くっ…なら。」

潜在能力を解放した腕を思い切り握り込む。
『姿を現した時に殴るだけ』と。

「…え?」

頭上に感じる暖かい血の感触。イザベラは周辺にかかる靄全てが極小の刃になり、裁断機のように細かく切り裂かれていることを察知する。

「ルフ!!」

「チッ!」

出来る限りの防御。
ルフは内部から骨格を変え、巨大な盾のようにイザベラの腕を変えると、傘のように降り注ぐ気体を防いでいく。

「使うしかないぞ、イザベラ」

「…うん。」

使い物にならなくなりつつある感覚のない片腕で攻撃を防ぎながら、極みを発動する。

「運の極み『人身御供』:反駁傀儡(はんばくくぐつ)」

気体の刃は運悪くイザベラの肩関節の間に入り込み、その腕の防御を破った。
しかし、突如として気体化を解き、自身の技で全身を刺されたライマが苦しそうな息をしながらイザベラの前に姿を現す。

「俺の力が俺自身に…?」

「それはあたしが抱えていた『厄災』この力って使いづらいんよね。暴発するし、無差別に危害を加えるし、家族旅行とか行っても運が悪いことばっか。寺子屋でよく言われたんよ。『疫病神』だって。この技は、その不運をあんたにおっかぶせる。」

「話が長えな。水禍っつ!!」

再び技が暴発し、ライマに突き刺さる。
ルフの力こそイザベラの極みを超えて攻撃するが、短刀一本ではどうすることもできない。
攻撃を受けきり、反撃をするかと思えば、尚もイザベラは話を続ける。

その話はどんどんとネガティブになっているように聞こえた。

「話はまだまだ半分なんけど…あ〜あ。お兄ちゃんは剣が達人級だし、その上のお母さんはヴァサラ軍の歴史書に乗るほどの剣士、お父さんは街一つ救ってて運が良くて不死身。青カビは極みを使うのが早い天才エリート。あたしだけいつも最弱最悪。何をやるにもみんなよりできない。何個飽きて何個やめたっけ?」

「ダラダラと何が言いたい?」

「あたし思うんよね〜。お母さんはあたしを流産した方が幸せだったのかな〜って。みんないらないのかもって。死に場所を探してるのはあたしも同じだよ。」

小さく目に涙を溜めて、ライマに近づきふてぶてしく舌を出す。

「な〜んてことを昔は思ってたんよね。ホンッットにこの極み嫌い。色々嫌なこと思い出したり、お母さん傷つけたときの言葉とか言わなきゃいけなくなるんだもん。厄介な極みでごめんね〜。言魂やネガティブなオーラを力に変えるのは時間かかるんよ。」

「ちっ。何をする気か知らねぇが…水禍術『凝固凶星(ニビル)』」

霧散していた気体が、地面に落ちた液体が、全てイザベラの頭上に集まり、巨大な惑星のような形に凝固する。

「…は?」

「奥義を出す前に俺はこいつを落とす。死んでもいいかと思えたが、どうにもお前さんとは合わなそうだ。もう少し生きて死なせてくれる相手を探するとするよ」

「運の極み『人身御供』:奥義・冥凶月花香(めいきょうげっかこう)!」

「厄災に正義はない」

「悪との区別もない」

「ちょっと、それあたしの決めセリフ!!!」

「活躍したのは我だ」

「マジ最低!!」

ライマが作り出した塊にぶつかる小さな小石。
蟻の穴から堤も崩れるという諺の通り、ぶつかったそれは小さな綻びに当たり、粉々に塊を破壊する。
その破片は全てライマに降り注ぎ、液状化をしようにも運悪く落ちてきた泥水で、体の一部のみを変換させる程度にしかならなかった。

「あんた、昔のあたしみたいに死にたい死にたいって…絶対にあんたが居なくなったら困る人いるの分かってないんよ。ホントにムカつく」

「何今更言ってやがんだ?俺はもう死ぬだろ、どう見ても。」

「さぁね?」

ルフを寄生させた腕で殴りかかるイザベラの攻撃を液状化で躱す。

『このタイミングでパンチ…一体なぜ…?』

ライマが次に目覚めた時に感じたのは嫌な圧迫感。

「よし!ゲット!これからあたしの仕事手伝ってね!絶対『死ななくてよかった』って言わせるから!」

やけにイザベラの声が反響するなとライマは思う。そして上を見て大きなため息をついた。
自分の体は瓶の中に閉じ込められているのだと。

「よしっ!どうにかなった!キリキリ働いてね!新人くん。」

「はぁ…仕方ねぇ女だな。めちゃくちゃだ」

「まぁね。なんかやっぱり死にたいとか聞くとついこうなっちゃうんよ。」

「…そうかい、ありが…っ!!逃げろ!!イザベラ!!!」

ライマは礼を言う声を止め、出来る限りの音量で叫ぶ。

一足遅かった。振り返ったイザベラは何故かこの場にいる罪姫に心臓を刺され、ライマの瓶をかばうように倒れ込んだ。

「な、なんで…あんたがここに…」

「アタシは時を操る。アンタの前にいるのは。『未来』の魔女姫だよ」

「未来の…う…その刀…は…ライマの…」

「ライマなんてもうどうでもいい。初代のルフの所有権はすでにアタシにあるのさ」

刀から発される悲鳴のような音から、強引に呪をかけて自身に融合させているのが伝わる。

「死人に用はないさ。次はアンタの兄…」

罪姫は意識のないイザベラを死んでいるか確認するように乱暴に顔を蹴飛ばし、どこかへ消えていった。

「ちっ。瓶の中になんか閉じ込めやがるから。しかもかばいやがって。」

ライマは瓶を割ろうと必死にガラスに力を込める。


「『蔦筵(むしろのつた)』」

細分化された触腕はシロツメの四肢に絡みつき、テグス糸のように肉に食い込んでいく。

「『芋虫』」

ぐ、と引っ張られた触腕は自身の肉をまるで野菜を切るかのように落とそうとしているのがわかる。

「憎(にくしみ)の極み『哭怨大禍』:修羅炎!」

シロツメの全身から立ち昇る黒炎は無差別に周囲の木々を焼き払い、更地にしていく。

ムスメの伸ばした触腕にも黒炎は引火し、凄まじい火力でそれを溶かしていく。

「ぐぐぐ…すごい威力だ…でも。ぼくの触腕は何度でも蘇…うあああっ!」

再生した触腕に再度灯る黒炎。
身体に溜め込んでいた大量の水を吐きかけてもまるで消える様子はない。

「俺の憎しみと同じだ。その黒炎は消えない」

「あ〜。君はあれだ、『ゼラニウム黒炎事件』の主犯なんだ。知ってるよ、街全体を焼き尽くした」

「あれは俺がまだ腹の中にいた頃の話だ。俺が明確にやったのはカムイ軍の虐殺だけだ。」

「はは、イイね。なんだか親近感が湧くよ、ぼくの打首と同じ、友達が欲しかったんだろ?君の友達になる条件は『丸焦げ』かな?」

話の途中にシロツメの刃がドロドロに溶けたムスメの腕に突き刺さる。

「喋るな。俺は全てを恨んで焼いたまで。お前と一緒にするな」

「つまんないの」

ムスッと唇を尖らせ反撃に出ようとするが、白百合に斬られたはずの腕が無傷なことに気づき、『しまった』と声をあげる。

同時に彼の首がゴロリと地面に落ちた。

「『吸血白百合』は致命傷以外の場所を傷つけない。持ち主のお前が知らないわけじゃないだろう?まぁ、その奇怪な体だ。死んでは居ないはずだ『無光牙嶽幽炎(むこうがおかゆうえん)』!!」

刀身に憎しみの炎を溜め、渾身の一撃で振り下ろす。
胴は真っ二つに斬り落とされ、勝負は決したかに見えた。

「君の剣からは『拒絶』しか伝わってこないなあ。ホントにつまんないよ。白百合、やっちゃおう」

「なに!?」

「どうしたの?そんなに驚く?」

「僕は人間でも半妖でもないんだよ、そりゃこんな事も出来るよ。」

斬り裂いた胴からムスメは分裂し、挟み撃ちのようにシロツメの心臓と首に刀を向ける。

白百合を持つ首を狙うムスメの攻撃は辛うじてかすり傷で済ませたが、もう一体の刺突は対応しきれずに突き刺さってしまった。

「ゴホッ…野郎」

「はは、これでひるまないんだ。でも」

かすり傷をつけられた傷は痣のある右目に転移し、眼球内部からドロドロと血を流す。

「かすり傷でもそこなら戦えないよね。『細分胞裂(プラナリア)』」

分裂した自身に指令を送るように何かの合図をすると、体を細い触手にしたそれに脚の自由を奪われる。

「『闇鵺(やみぬえ)』!」

憎しみの炎を牽制のように飛ばすが、脚を奪われた状態で放った技は軽々と弾かれ、鍔迫り合いへと移行する。

「『吸血白百合』のもう一つの力…きみもわかるよね?」

「くっ。」

まるで数トンの鉛が乗ったかのような力。
どんどんと押し返されていく腕の骨からおかしな音が聞こえるのを感じる。

「殺した数だけ力が上がる。両腕が折れたね。不便だよ、人間は。首や手足がくっつかないからたった一度の生で憎しみだの楽しみだの。君も首が落ちれば仲良くなれるさ。『痺刺(きょくしょますい)』!」

分裂したムスメが人の姿に変わり、触腕を突き刺す。シロツメは全身が痺れ、刀を落としてしまう。

「さよなら」

「憎の極み『哭怨大禍』:悪霊災獄」

流れ出る血液が黒炎に染まる。
シロツメの憎しみに呼応するようにその勢いは増し、分裂し、絡みついたムスメをドロドロに溶かす。

「いきなりすごい炎だね…半身が焼かれるようだよ」

「憎の極み『哭怨大禍』:御苦ノ呪炎(みくるしみのじゅえん)」

燃え上がる業火はシロツメを包み、膂力を増加させる。

「っ!」

ムスメの胸部から心臓がこぼれ落ちる。
転がったそれは黒炎で焼かれ、最早使い物にならなくなってしまった。

再生を試みるため、ブチブチと千切れた細胞を触腕の要領で繋ぎ直そうとするが、血管が全て溶かされたことで回復することもできなかった。

ムスメは生まれて初めて『苦しい』という感情が湧き上がる。

「そのまま燃え散れ。」

「『曲秤細命触刃(さいしょくきょくじんみことのはかり)』!!」

シロツメはムスメの手に白百合が無いこと、斬り落としていないはずの片脚が消えていることに気づく。

繊維を編むようにして巨大化した脚に着けられた刃は、丸鋸のように高速回転し、シロツメの皮膚を削る。
激しく飛び散った血は黒炎と混ざり合い視界を奪うと、触腕に絡められた白百合が腹部に数度刺さる。

「ぐああああ!!」

首筋にギラリと光る刃。ムスメはシロツメの首を落とそうと白百合を振り上げた。

「『遺恨』!」

「なっ…!!」

完全に背後を取った自分に刺さったシロツメの持つ白百合。関節も反対側に曲がらない、体も再生しない人間がどうやって背後の自分を貫いたのか一瞬理解できなかった。

「うぐっ…き、きみ…じ、自分の腹を…」

切腹するように自身の腹を経由し、ムスメを貫いたシロツメの刀に黒炎が灯る。

まるで傷み分けのように互いに同じダメージを負った二人。引き抜かれた刀、黒炎は今までにないほどどす黒く燃え上がる。

「憎の極み『哭怨大禍』:奥義・紅蓮冥獄・哭怨骸牢(ぐれんめいごく・こくえんがいろう)!」

流れ落ちた血、今まで焼き払った部位、そして頭から両断した刀全てが燃え上がる。
命からがら必死に逃げ出すムスメを黒炎は執拗に追い回し、火葬をするように焦がしていく。

「寂しいなあ…死ぬのも寂しいけど…君は本当に何も無い…憎しみで全てを焼いて…きっと君には何も残らない…虚しいね」

ムスメの最期の言葉をどこか苦い顔で聞いていたシロツメはもう一本の白百合がどこかへ行ったことにも気づかなかった。

彼は自分の両手を見つめ、何かを考える。
生まれてから数年、復讐に費やした自分自身。ムスメの言う通り『虚しい』のかもしれないと。

「なんだか白けたな…白百合、俺はもうお前の望みには叶えられないかもしれん。」

「今後あまり復讐とかは期待できなそうだな…じゃあな」

白百合を地面に突き刺すと、それを遠目で見ていた豪華なファーコートを着た男が『次は自分の番だ』とばかりにそれを引き抜いた。

「その刀…曰く付きの代物らしいな。いらないなら貰う」

「魂まで取り憑かれて殺人欲がおさまらなくなるぞ」

「心配するな、欲望を操るのには慣れている。」

男はシロツメに大量の札束を渡す。

「いらん」

「受け取れ、俺は見返りのないものを信用していない。そのツケはいずれ何処かで必ず枷になる。」 

「…」

何を言っても聞かなそうだと根負けしたシロツメは、その札束を受け取り、治療も受けずに何処かへ去っていく。
流れ出る血は黒炎とともにシロツメの後を追うように点々と落ちていった。

それはまるで彼の抱いていた憎しみの轍のようにも見えた。


キュラは自身のスピードに絶対的な自信があった。
分身体として生まれた頃からすでに誰も追いつけず魂解を会得してからそれは確信に変わり、千年もの間敵をそれで殺し続けたのだから。

だからこそこのふざけた事態は何なのだとキュラは苛立つ。

自身が生きた年月。いや、人間にしても若いたった一人の男の速さにまるで追いつけていない。

「くそっ…!」

「『弐連風車』!」

「『隼の眼』…追いきれん!!」

風の二連撃は身を躱そうと体を動かす予備動作に入ったキュラを外殻ごと斬り裂く。

「キュロのような強度はないが…」

割れた外殻はセトの服と同化し、伸び切ったゴムが戻るようにキュラの方へと勢いよく引き寄せる。

「極…「『胡桃割り人形ォ』!!」

大きく振りかぶり、風の力で勢いをつけた頭突きがキュロの大きく開けた口と鼻に直撃する。
顔面に広がる凄まじい激痛と、ジャリジャリと口内に感じる折れた歯の感覚。
声を上げることもできず、キュラは顔を押さえて蹲る。

「野蛮な…」

「間違いねぇな。うちの師匠が加減を知らねー野郎でな、こうでもしねえと一発も当たらなかったんだよ、風の極みの使い方が右も左もわからねえときの技だ。案外効くだろ?」

『ま、それでも避けられちまったがな』と一言付け加えると、爆風を纏った蹴りでキュラをサッカーボールのように空中に浮かせる。

「『裂空斬(れっくうざん)』!!」

爆発的な脚力で地面を蹴り、浮いたキュラにもう一発追撃の斬撃。
しかし、キュラは鳥が方向を急に変えるかのように背中に生やした外殻の羽根で器用にセトの攻撃を避け、生え変わった歯で首に噛みつき、極みを吸収する。

「ふ、ふふふ…油断したな十二神将。霧の極み『霧雨』」

ゆっくりと降り出す雨はセトの足元を泥濘みにし、初速を遅める。

「ちっ…」

「反応が遅れているぞ!貴様の波動…つまり生命エネルギーは全て奪い取ったのだ!」

苦し紛れに放った掌底はキュラの風を纏った斬撃に遅れを取り、ざっくりとふくらはぎの肉を切り落とされてしまった。

「野郎…俺の足をどんな手を使ってでも再起不能にしたいらしいな。」

「動き出しが鈍いぞ!お前が元気よくやっていた技は確かこんな技だったはずだ!『弐連風車』!!」

『使えんのかよ!?』

胸元に放たれた風の斬撃と脚技の二連撃はセトを近くの木まで吹き飛ばした。
タンクトップのようなものを着ていた服の一部は無惨に破れ、そこから痛々しく血が流れる。

「ダメージが少ない…?貧弱な技のようだな。」

「この程度のダメージしか与えられねぇのはテメェの責任だろ?それにお前の攻撃は無駄が多すぎるんだよ。何も習わなかったクチか?技を真似されたんでちょっと反応が遅れちまったが…反撃させてもらうぜ」

「極みのない『無能』な貴様に何ができる!」

「遅ェ…」

一瞬で距離を詰められたキュラは、外殻で体を固める前に鳩尾に寸頸を浴びせる。
キュラはあまりの衝撃で、その場で激しく嘔吐し、セトから目を離してしまう。

「敵から目を離すのは関心しねえな…俺が極み使えてりゃ死んでるぜ。」

「は、速い」

「俺の脚は修行由来だ。極みはあくまでサポートなんだよ…『剛掌拳』:爆裂脚!!」

一発目の蹴りは紙一重で躱すことが出来た。
しかし、間髪入れずに襲い来る二撃目、三撃目。
何度蹴られただろうか、人間とは程遠い力を持つ自分が弱っていくのがわかる。
深刻なダメージ、キュラにもう一つの懸念がよぎる。

「お?なんだ?随分動きが軽くなりやがった。限界か?」

『まずい…!』

キュラは自身が持ちうる最大限の速度で逃げ出そうとするが、セトはそれを追わず、極みを唱えて攻撃の構えを取る。

「風の極み『旋空神風』:嵐斬華!!!」

「罪姫様…私の…力は…申し訳ありません…」

鎌鼬のような斬撃はキュラを斬り刻み、細胞全てをズタズタにし、消滅させた。

セトの体は役目を終えたかのように光に包まれ、消えていく。
風になった彼の体は別の世界にいるルトを発見し、声とは違ったメッセージを風に乗せて送る。

ルトに吹きすさぶ一陣の風。
優しかった兄のように激しく暖かいそれは、セトと共に戦うことが出来たとルトに思わせるのに充分だった。

「セト兄ちゃん…ありがとう。ボクも絶対この世界を平和にしてみせるよ!」

「ルト、何か気になることがあったのか?」

「うん、ちょっとね」

「フッ、そうか」

ハートランドは何かを察したようにメガネを直し『先に行くぞ』とルトに告げる。

ルトは新たに決意をするように、力強く拳を握った。


デュオニソスの持つ極楽蝶花はオルフェをかすめた血を嫌がるように刀身がそれを弾く。

隊長になってからというもの、自分の弱さを何度も痛感させられる日々だとオルフェは想起する。

「それでも今回はとびきりかな」

「とびきり?何が言いたい?」

「はは、なんでもない。独り言さ」

普段は心の奥にしまい込んだ言葉を言うようなキャラではないのにと自嘲気味に笑う。
それほどまでにこの男は桁違いに強いのだ。
数度剣を交えただけでわかる。
デュオニソスは『太刀筋のクセ』を読んでいる。どれほど凄い剣士であれ、必ずクセが存在する。それは基本的に本人すらもわからず、自然と染み込んでしまっているものだ。

「閃花一と…「『Disaster』!!」

高速振動する巨大化した極楽蝶花はオルフェの肉を削り取る。
さらに、呪いが発動する際に現れる有刺鉄線により、めくれた肉に針が食い込みオルフェを拘束する。

攻撃の余波でグラグラと揺れる大地、隆起する土にオルフェは上空に跳ね飛ばされる。上に迫るのはオルフェを潰さんとする大岩。

「ダメだ…」

デュオニソスはオルフェの体をジャンプ台のように使い、その大岩を両断する。

「手加減?今そのまま放置していれば僕の負けだっただろう」

「普通の勝負ならそれでいい。だがこれは『極楽蝶花の争奪戦』だ。今の決まり手は美しくない。互いの刀がそんなもの納得すると思うか?」

惨たらしくぶら下がった腕の肉を青いリボンで巻き付け、勝つことに必死になっていた自分が情けないと軽く頭を抱える。

「そうですね…これは極楽蝶花の奪い合いだ。なぜそんな事を忘れていたんだろう…戦闘ではまだまだあなたの足元にも及ばないが…『美しさ』なら僕は一人を除いて負けはしない!」

「そうだ、正々堂々と競おう。互いの『美しさ』を」

「閃花一刀流「『Tachyon(タキオン)』!!」

オルフェの頭を斬り落とす無駄のない高速の斬撃を、『この世にはない動き』に近い動きでゆるりと躱す。

「閃花無刀流『落葉刀身流し(らくようかたながし)』!!」

『大刀の動きが流された!?まずい!バランスが!』

スルリと流された攻撃の反動により、デュオニソスはバランスを崩す。

オルフェは自身の力が剣の達人である母親に、母親の一番弟子に及ばないことを知っていた。
そして妹が『この世界に存在しない格闘術』を学んでいることも。そして、ラミアにこっそりと頼み込んで見つけた『とある異界の格闘術』。
それが彼の剣を一段階上に引き上げた。

攻防一体のその流派の動き、彼はそれを閃花一刀流に取り入れたのだ。

「その剣技、封じさせてもらいます。閃花一刀流『薺』!」

打ち合いのスピードを同じにしつつ、力を込めて相手の腕を痺れさせる技。デュオニソスはそれを一瞬だけ力を込めてダメージを軽減する。

『腕を麻痺しきれていない!』

「Height of grou…ッ!!」


デュオニソスの顔が苦痛に歪む。オルフェの指は肋と肋の間に深々と突き刺さっていた。骨を握りつぶされたかのような痛みに、デュオニソスは思わず体を曲げる。

「閃花無刀流『一輪挿し』…そして」

オルフェは刀を振りかぶる。デュオニソスは激痛をこらえ、逆の手に刀を移すと、そのまま防御の態勢に入る。

「閃花一刀流『夾竹桃(きょうちくとう)』」

『遅い…』

素早い一撃が来ると読んでいたデュオニソスの刀をゆっくり滑らせるように進んだオルフェの一撃は、利き腕を大きく斬り裂いた。

だらりと脱力した体。
まるで自分の剣筋や意識の外から攻撃されるようなぬるりとした悪寒と遅れてやってくる激痛。それはまるで猛毒を塗られたような錯覚に陥ってしまうほどに。

ー夾竹桃。それは広島に原子爆弾が投下され、焦土となったそこにいち早く咲いた花。人々はそれを希望の一輪花として自身の県のシンボルとした。オルフェの一撃も逆転への希望の光ー

ー否。この花の本質はその凄まじい『毒性』にある。その葉や枝は素手で触れるだけで炎症を起こし、花や葉を口にしようものなら死は免れない。さらにこの毒は植えた土にも繁殖し、燃やそうものならその煙にも毒性が付加されるのだ。ゆるりと遅いながらも、油断した場所へ神経を貫きながらズブズブと侵入していくオルフェの一撃は、まさに『猛毒の夾竹桃』である!!ー

「今のは効いたよ、完全に意識の外から攻撃を受けた。思ったより深い傷だ」

「腕を斬り落とすつもりで振ったんですけどね…」

わずか一瞬、斬られるとわかった瞬間に翻した体。オルフェの一撃はデュオニソスにかわされてしまったのだ。

デュオニソスは今までに無いほどのオーラを纏い、極みを発動する。

「私も全力で行かねばなるまい。君をナメていた…」

「閃…っ「遅い」

「速度が増した!?」

今までよりも遥かに速いスピード。オルフェは軽々と刀を弾かれ、隙を晒してしまう。

「『Unicorn』」

「ッ!」

デュオニソスの刺突を紙一重でかわし、反撃に出る。

「Height of ground『Sirene(シレーヌ)』!」

「ぐわあああっ!!」

波打つ地表は人魚のような形状になり、オルフェの全身を切り裂く。
砕けた岩は人魚の歌のように波紋型に広がり、反撃に転じるオルフェの視界を奪い去った。

「Height of ground『Climbgrow(クライムグロウ)』」

デュオニソスの体に大地の力が宿る。
彼の極みで巻き上がる塵旋風を波動で弾き、服の一切すら汚れぬその姿はオルフェですら美しいと見惚れてしまう。

「どうした?動きが更に緩慢になっているぞ!」

振り上げられた大刀。オルフェはゆっくりとその刀身を掴む。デュオニソスを持ち主と認める極楽蝶花は、怒れるようにオルフェに巻き付いた。

「この距離なら、呪いがある状態なら絶対に外さない…」

オルフェの構えは戦いの最中見てきた閃花一刀流のものとは違う形になっていた。

「閃花一刀流『奥義』:閃花繚乱(せんかりょうらん)!!」

オーラなど欠片も放っていない。ただ刀を構えているだけのオルフェに、デュオニソスは一瞬目を奪われる。飛び散る砂が、踏み荒らされてぐちゃぐちゃになった地面が、オルフェを彩る花弁に見えた。

「極楽蝶…っ!!」

迎撃が間に合わなかったらしいデュオニソスの顔に大きな一文字の傷がつく。

「今のは避けられたはず…」

「いや…君の勝ちだ」

デュオニソスは一瞬食い込んだらしい極楽蝶花の一部をオルフェに見せる。

「あなたは…何度も僕を殺せたはずだ。」

「それでも美しさで君に負けた。その技、まだ続きがあるな?その技は罪姫を倒すときにとっておけ。安心したよ…これで…」

デュオニソスは苦しそうに膝をつく。

「!」

「私は骸の持ち主の次に妖刀を持つ期間が長かった…だから上書きされた呪いも濃く受けている…君が美しくなければ腕を切り落としてその妖刀を奪うつもりだった。これで罪姫と心中できる」

「待て、デュオ。妾はまだ認めていない。いや…妾は見てしまった、誰よりも美しい女を…すまないがオルフェ…その人と「あ、母上ですね、それ。極楽蝶花持ってますよ、もう。」

「オルフェの母親は世界一美しいからな。幾重の歴史を重ねても」

「なんか久しぶりに喋ったね、君」

「見届人だからだ!」

「…えっ」

凛々しい妖刀とは思えない間抜けな声を上げ、持ち主とともに笑い出す。

「これは敵わないわけだ。私達の負けだ。共に倒そう。魔女姫を…」

「はい…あなたの力もお借りしたい。」

二人は堅い握手をかわし、罪姫を探すため歩き出す。そこで見たのは心臓を刺されたイザベラ。

「イザベラ!」

「すまない…オルフェ。俺がお前の勝負の立ち合いにこだわりすぎたばかりに…家族を守れなかった…副隊長として、俺は…っ」

ジャスティは血が滲むほど拳を握りしめて震える声で言う。

「話してる場合じゃねえぞ!イザベラを刺したのは、『未来』の魔女姫だ!」

小さな瓶の蓋を必死でこじ開け、ライマが叫ぶ。

「デュオニソス、油断大敵だよ!」

デュオニソスは未来の罪姫に両断される。

「Height of ground『Idolum(イドルム)』」

ボロボロと崩れた土くれのデュオニソス。
すでに自身の偶像を作り出し、罪姫を殺す準備をしていたらしい彼の一刀は、罪姫を真っ二つに切り裂く。

しかし、その傷は瞬く間に再生し、体の一部がスライム状に変わると、極楽蝶花を取り込んでいく。

「長い長い呪い。もうアンタらの意志に反して妖刀はアタシのものになるんだよ。」

「デュオ…あの時の約束を。」

「くっ…すまない…刹那」

「刹…なんだって?」

デュオニソスは自身の腕ごと極楽蝶花を切り落とす。

「せめて意志が消えるまで私の一部と共に…すまない…吸収速度が速く折るには至らなかった。」

「デュオ…妾は…それでも貴方を…ありがとう…この腕は後生大切に…」

「安いものだ。腕の一本くらい」

デュオニソスは片腕に大剣を持ち、罪姫と対峙する。

「オルフェ、この魔女姫は時を操る。おそらく過去未来現在の罪姫がここにいるだろう。妖刀は繋がっている…どうにか連携を取って同時に倒すことができれば…」

「へっ。ザマァねえな、極楽蝶花!てかダンザイ以外取り込まれちまったか?おい、持ち主共。俺はいまとある場所からウスラ汚えブタの力を借りてお前らに声をかけてる。俺がここから攻撃の指示を出す、戦いは頼んだぞ!」

「この声…骸か?」

「とにかく、今はこの声を信じるしかないみたいですね。やるしかない」

「ああ、共に戦おう!」

「無駄だよ!世界はアタシのものになるのさ!忌々しいあの男を消すためのアタシのものにね!」

妖刀を取り込んだ罪姫の一振りが三人を吹き飛ばす。


妖刀がどんどんと自分に馴染んでいるのだろう。
力が増していくのを感じる。
虎丸と一合一合打ち合うたび、それを実感できる。

「随分ナメたマネしてくれるじゃないか。剣技のみの無能の分際で」

「ああ、俺に極みはねぇ。隠し玉もな」

噂の人斬りはこんなものかと拍子抜けする。
確かに剣技は素晴らしい、それでも罪姫が一枚上手だと感じる。
この男を殺すのももはや時間の問題だろうと確信した。

「惑の極み『蠱惑色』:ザクロ型の憂鬱」

青龍を倒したのと同じ技。それを速度を速め更に数百度斬り刻んだ。
完全に虎丸は死んだとほくそ笑む。

「一秒間に数百度の斬撃。いいねぇ、なかなかやるじゃねえか。」

「…うまく避けたか」

罪姫はもう一度同じ技を繰り出し、虎丸を観察し、驚愕する。
全ての斬撃を見切り、弾いているのだ。
極みを使えぬ男と見たのが間違いだったと自身の過ちを悔いる。

「半身、引ききれてませ…いや半身引いてねえなあ!虎月一刀流『一文字』!」

言葉を言い直しながら、罪姫の両腕を切り落とすが、瞬く間にその腕は再生する。

「ちっ。便利な身体だぜ」

「『散骨禁果(ミロ・エキドナ)』」

落ちた腕から骨が小型のナイフのように変形したものが飛んでいく。虎丸は冷静に刀を高く持ち、それを全て弾き飛ばすと、背後からの罪姫の一撃も蹴りで躱す。

「『姫剃』!」

「虎月一刀流『守式』:風車流し」

円を描くように罪姫の飛ぶ斬撃をいなすと、懐に潜り込み、素早い突きを喰らわせる。
たちどころに再生した罪姫は、何かの術式を唱え、虎丸を錬金術の牢で捕らえた。

「惑の極み『蠱惑色』:呪貞夢(ジュテーム)」

空中に投げた刀は、捕らわれの虎丸を狙い撃つように飛んでいくが、またしても全て受け止められてしまった。

「これは受け切れるかな?惑の極み『蠱惑色』:死す迄幽閉されし姫君(マリー・アントワネット)」

「!」

牢が一瞬にして潰れる。どうにか波動の一部を斬り落とし脱出したが、右肩が綺麗に潰されてしまった。どうにか外れた肩をはめ込んだが、使えるまでに数分はかかるだろう。

「虎月一刀流『特式』:八岐之大蛇(ヤマタノオロチ)!」

片腕で放つ連続突きは罪姫の防御をかいくぐり、何度も体に直撃する。

「2秒か…」

小さく呟くと、峰で罪姫の刀を叩き落とし、地面が抉れるほどのスピードで間合いを詰め、両脚を斬り落とした。

「虎月一刀流『弐の型』:唐竹割!」

『回復が間に合わない!?なんなのだこのスピードは!』

バラバラに飛び散った肉片が虎丸の追撃により、更に砕け散る。
罪姫の体はもはや再生しきれないほど深手を負っていた。

「虎月一刀流『参の型』:枯山水」

「ッ…アンタは…間違いなく最強だ…」

ついに虫の息になった罪姫は刀を落として呟く。
同時に虎丸の体に激痛が走った。
近くに落ちていた砕けた装飾品の金属片から現れたのは『もう一人』の罪姫。
彼女は数百度の斬撃をくらいながらもどうにか意識を保つ虎丸に冷や汗を書きながら、深手を負っている方の罪姫に治癒術をかける。

「ハァ…ハァ…ッ…来るのが遅くないかい『過去のアタシ』。もう少しで…全て終わってしまうところだった…たった一人のこの剣士によって」

満身創痍の体に力を込め、虎丸にとどめを刺そうとする凶刃を、ジンが受け止める。

「へっ、じっとなんてしてられねえよ!おい!魔女姫とやら!ここからはこの俺が相手だ!」

「ガキめ…アンタじゃ何も変わらないよ」

「お前ごとき超えられなきゃ、俺は覇王になんかなれねぇ!二人でも三人でもかかってこい!」

「ちっ。払うホコリが増えたか…」

過去と現在の罪姫は挟み撃ちにするようにジンを襲うが、起き上がった虎丸に過去の罪姫の体は斬り落とされる。

「不意を食らっちまったが…一対一なら負けねぇよ。来な。ガキ、そっちは頼むぜ」

斬り落とした体の一部を遠くに蹴り飛ばし、過去の罪姫を連れて遠くへと距離を取る。

「うおおおお!なめるなよ!これで二対一だ!」

甲高い声とともに現在の罪姫にヒルヒルの刀が深々と刺さる。
罪姫はそれをあえて体内に取り込み、粘土細工のように固めて取り込むと、身動きの取れない状態のヒルヒルに思い切り握り込んだ拳をぶつけた。

「ギャッ!!な、なんだコイツ!ふ、不死身か!?」

ボタボタと流れる鼻血を服の袖でゴシゴシと拭うと、乱雑に投げ返された刀を再び握り、逃げるようにジンの近くに走っていく。

「おい、持ち主共。俺はいまとある場所からウスラ汚えブタの力を借りてお前らに声をかけてる。俺がここから攻撃の指示を出す、戦いは頼んだぞ!」

オルフェと同じタイミングで骸の声を聞いた三人は、同時に罪姫の攻略法を聞き、希望を見つけたように瞳に光が宿る。

「ガキが…わかったところでアンタらじゃ同時に倒すことなんかできないよ。」

「ガキだけならな…」

片腕で振られたダンザイの剣戟は罪姫を数メートル吹き飛ばし、傷だらけのエンキがゆっくりと近づいていく。

「この戦い、俺も鎌鼬も参加する。どうしたよ、ダンザイは吸収できてねえみてぇだな…」

「なぜ折れていない…なぜ貴様らは呪いが効いていない」

「ダンザイは妖刀じゃねぇ…意志のある大刀だ。テメーの呪いが効ききれてねぇのが何よりの証拠。」

「フン、それでも貴様らは『全盛期』の力を失ったようだな。片足と老人とガキ二人でアタシを止めようってのかい?」

「馬鹿野郎、ちょっと老いただけだ。今の俺でも、テメェくらいは斬れる」

「ナメたこと言ってくれるじゃないか」

オルフェ&ジャスティ&デュオニソスvs未来罪姫
ジン&ヒルヒル&エンキ&鎌鼬vs現代罪姫
虎丸vs過去罪姫


「『火燕』!」

「『アクアソード』!」

火と水の相対する極みは飛ぶ斬撃となり、ベーゼに向かっていく。
笛から繰り出される五線譜はその二つの波動を弾き飛ばし、ハープのようなきれいな音を奏でた。

「まだだ!『炎廻』!」

巨大な円柱状の火柱が五線譜を蒸発させる。

「今だ!ミツハ!!」

「水の極み『戦場の人魚姫』:酸弾泡沫(ラッシュアワー)!!」

逃げ場がないほど大量に放たれた泡の散弾は、ベーゼに当たるとそこを酸で溶かし、笛を構えようとした指に大きな火傷を作り出した。

「ミツハ!油断するな!こいつらは再生すると聞いた!」

「わかってる!このまま追撃するわよ!」

「くっ。視界が悪い…」

残った泡はベーゼの眼前にフヨフヨと漂い、見ている景色を歪ませる。

「『乱珊瑚(みだれさんご)』!」

暖簾を掻き分けるように泡を五線譜でかき消したベーゼは、間髪入れずに放たれるミツハの連続突きも音譜で形成した刀でどうにかいなし、反撃態勢を取ろうと腕を掴むが、体高を一瞬で低くされ、強烈な足払いをもらいバランスを崩した。

「ビャクエン!」

「火の極み『赫灼炎舞』:紅朱雀!!」

最大火力の斬撃がベーゼを切り裂く。傷口からは炎が燃え広がり、苦しそうに大きく息を吐くと、笛に口をつけるが喉を焼かれたらしいベーゼは激しくむせこむ。

「ゴホッ…ゴホッ…素晴らしい連携。まるで互いを知り尽くしているかのような戦い方…」

「当然だ!私は彼女に憧れ、そして目標にしてきたのだから!」

「腐っても同期だしね。」

「なかなか良い攻撃をしてくれましたね…ゴホッ…これはかなり酷いダメージだ…」

『再生しない…!?まさか』

「ベーゼだっけ?あなたまさか、再生の力は持ってないの?」

「いいえ。ありますよ。罪姫様に与えるこの目だけ…ここだけ急速に再生するようにしています…」

髪をかきあげ、罪姫のためにくり抜いていた目が一瞬で再生する。
その再生速度はキュラとキュロ、いや、罪姫すら凌ぐほどの速度になっていた。

「この力を体に分散させればいくらでも再生はできますが、動きが緩慢になる。そうなって罪姫様に誰かが一太刀でも入れられるのを私は許せない…私は罪姫様が全て。あの人さえ生きていれば満たされる…再生などいらない。仇なす者を皆殺しにする事が私の役目なのだから!」

ベーゼはメイド服から『雷』『風』『水』『火』『土』の特殊なゴクガタを抜き出し、大きく咳き込むと、二本目の笛を取り出し、音を鳴らす。

「吻の極み『指揮浄奏曲』:五線奏剣(ドリームソード)」

五神柱の色が音符のような形で乗った大刀を携えたベーゼは、近くにいたビャクエンに思い切り刀を振るう。その一撃は凄まじく、ビャクエンは一合で両腕が痺れてしまった。

「ミツハ!戻れ!」

初撃で相手を制したということは必然的に次の動きに転じるのも早い。
くるりと逆方向を向いたベーゼは、ミツハに向けて刀を振るう。

「『激流壁(ウォーターフォール)』!」

濁流の壁はベーゼの斬撃を受け止めたかに見えたが、五神柱の刃は防護壁を破壊し、ミツハに強烈な一撃を与えた。  

「ミツハ!」

「うっ…く…」 

ベーゼが笛を鳴らすとミツハの全身を凄まじい電流が流れる。

「私のこの剣は譜面上に現れた相反する五神柱をオートで選び、ぶつける。そしてそれは、喰らった者極みを一時的に封じ込める!」

ミツハの波動に反応した雷の波動は再び彼女の全身を強く麻痺させる。

「くっ。紅朱雀!!」

「『閑女吹』!!」

「ぐわっ!!!しまった…極みが封じられてしまう…」

ビャクエンの火の残滓は、ベーゼが斬り裂いた傷から溢れ出た水の波動に蒸発させられ、水槽のようなものに囚われてしまった。

「ビャクエン…っ!ゔあ"あ"あ"あ"!!!」

ベーゼの波動はまるで呪いのようにミツハにつきまとい、電気椅子のように断続的に彼女の体力を奪っていく。

「さて。トドメといきましょうか…吻の極み『指揮浄奏曲』:幾縁露紐結!!」

交錯する音。ネムロを倒したときと同じ防ぎ切れぬ音波。
それはビャクエンとミツハを蝕んでいた波動を貫通し、二人の身体だけをズタズタに斬り裂いた。

「この力の差は埋まりませんよ…貴方はまだ私を倒すと言いますか…?」

「ああ!言うさ!必ず倒してみせる!」

ビャクエンの目に希望の火が灯ると同時に、彼の体から巨大な波動が溢れ出る。
その波動は水の檻だけでなく、ミツハに纏わりついていた電磁波すらも焼いてしまった。

「覚醒…ですか。」

ベーゼはくるりと逆を向き、覚醒に至っていないミツハへと攻撃の方向を変える。

「ッ!」

反射的に出した右腕に現れたのは氷の華。

「ミツハ!それは!?」

「不思議な感覚だけど、なんだか上手く使えるみたい。これで私もまだ戦える!」

「あの氷の…まだ残っていたか…」

ベーゼは演奏のペースをさらに上げるが、ビャクエンの炎は五線譜を押し返し、音符で形成された刀を焼き切った。

「吻の「『焔』!」

「うぐっ!威力もスピードも桁外れだ…「余所見は禁物よ」

「『閑女吹』!」斬り裂かれたミツハは氷の残骸になり、ボロボロと崩れる。

「氷の分身体か!」

「もう少し早く分かればよかったわね。水の極み『戦場の人魚姫』:海神の槍!」

「炎の極み『炎帝』:紅蓮火産霊神!」

大渦のような突き、爆炎のような斬撃がベーゼに大きな傷を負わせる。
ボロボロに壊れた笛と動かぬ腕、それでも負けるわけにはいかないとゆっくり立ち上がる。

「吻の極み『指揮浄奏曲』:奥義・天宇受賣命(アマノウズメノミコト)!!」

「があっ!!」

「うあっ!!」

うるさいくらいに現れていた五線譜の波動が全て消え、極限まで薄くした見えない波動に二人は斬り刻まれていく。
波動や動きをオートで検知するその技は、一瞬で形勢を逆転させる。

「くっ…諦めない…絶対に!」

「ビャクエン!」

「ああ、わかっている!」

二人の波動が共鳴する。

「炎の極み『炎帝』」

「水の極み『戦場の人魚姫』」

「「万物廻生神刃火水(ばんぶつかいしょうしんじんかすい)!!」」

水と火、相反する波動は流線を描き、ベーゼの身体を貫いた。
向こう側の景色が見えるほどポッカリと空いた腹。
再生ができないベーゼだが、最後の力を振り絞り、大きく息を吸う。

「吻の極み『離別の…バラッド…』。罪姫様…私は死んでも貴女のお力…に」

技を出し切る前にベーゼは力尽き、息絶える。
再び生き返ることもないほどに身体も損傷してしまっていた。

同時に、役目を終えたビャクエンとミツハの体が光に包まれる。

「ありがとう…ミツハ。私と共に戦ってくれて」

「今更改まって言わなくてもいいわよ。強くなったわね、ビャクエン。」

「ああ、君もな。そして、ネムロ!君もだ、君の力が無ければ我々は負けていた、この勝利は実質三人のものだ!」

「そうね…」

「ああ、そうだミツハ、今のヴァサラ軍には面白い子が入団していてな、その子のことを簡単に話すと…」

ビャクエンが長話をしている間に、どんどんと消えゆく二人の体を呆れたように、かつ冷静に眺めるミツハは、彼の言葉に激しくツッコミを入れる。

「長すぎるわよ」

「す、すまない、とにかく…」

「「あ」」

問答の最中に二人の体は完全に消えた。


「『天嵐』!」

「『獄炎』!」

一合交えるごとに起こる爆風。周囲の景色を変えながら二人は楽しそうにぶつかり合う。

ギリギリと鍔迫り合う二人。
わずかにエンキの力が増し、どんどんと後退させられていく鎌鼬は、ヒリヒリするような戦いへの喜びと、一度も負けたことがない鍔迫り合いで自身が下げられているという事実に冷や汗をかく。

『コイツ…人間か?なんだこの力…?閻魔様の生まれ変わりか何かかよ…』

ぐ、と力を入れると同時にどす黒い炎とともに鎌鼬の体が吹き飛ばされる。

「うっ…」

しかし、激痛に顔を歪めたのはエンキの方だった。吹き飛ばされる刹那、鎌鼬は嵐の力とその剣技で、エンキの腕を数十回斬っていたのだ。
その一発一発が頑丈なエンキに痛みを覚えさせるほどの威力、彼の極みに直撃したらひとたまりもないことがそれだけでわかる。

「痛ってぇな…でも痛み分けかァ?」

大量に流れ出る鼻血を拭いながらゆっくりと立ち上がり、燃え上がる腕をまるでボヤでも消すかのように破いた服の布でバタバタと乱暴にかき消す。

「ああ、そうだな。まさか斬られるとは思わなかったよ。二本だと速くなるやつなんて聞いたことねえ…」

「言ったろ?剣が二本で二倍強えって。」

バカな理論だと笑い飛ばしたくなるが、この男に関してはまるで笑えない。
実際に今、反応できないほどの速度で斬られ、両腕に重傷を負っているのだから。

「『纏嵐(てんらん)』」

「ッ…!」

鎌鼬の全身にエンキが後退するほどの強烈な嵐が纏われる。

「獄の極み『閻魔炎(えんまのほむら)』:炎珠(えんじゅ)!!」

数珠繫ぎに現れた爆炎は斬撃に連鎖し、凄まじい威力で、鎌鼬の嵐とぶつかった。

『弾かれる!?』

獄炎を帯びた自身の攻撃が嵐の防御にあっさりと弾かれる。カムイ戦争を経験したエンキもこれははじめての経験だった。

鎌鼬は隙を見逃さず、ガラ空きになった体に向けて反撃に転じる。

「嵐の極み『業嵐』:嵐推速脚(ブランキー・ジェット・シティ)!」

嵐の力を纏った高速移動により、エンキとの距離は一瞬で刀が直に届く範囲へと迫る。防御の態勢を取ろうと、体を一歩下げるが、鎌鼬の纏う嵐はエンキの身体を引き寄せ、強烈な一撃を与える構えをとった。

「嵐の極み『業嵐』:神速嵐舞(しんそくらんぶ)!」

暴風の斬撃にチェンソーのように回る嵐の連撃。エンキはまるで工事用の木材のように皮膚が削られていった。

刺すような風の激痛。
『鎌鼬』と呼ばれたことも納得がいくなと命懸けの戦いの中嬉しそうに思う。そして、両の足で大地をしっかりと踏みしめ、鈍重な動きながら大きくダンザイを振りかぶった。

「遅えよ!!嵐の…」

双剣がピクリとも動かない。風はしっかりと纏っているはずだと鎌鼬は一瞬焦る。そして、体が動かぬ正体を見破り、さらに青ざめる。

「バカな…イカれてやがる!」

暴風の中に侵入してきたのは刀でも極みでもなく、素手。
この男は片腕を犠牲に自分を掴んでいるのかと、そしてこのボロボロの片腕から逃れられないほどの怪力。

『何でこんなボロボロの腕の握力で…俺の腕の方が痺れてやがる…くっ』

ついにダンザイではない方の刀を手から零してしまう。
そしてエンキが振りかぶる一撃、喰らえば恐ろしいダメージを負うこともわかっている。それでも逃れられないのだ。

「獄の極み『閻魔炎』:紅蓮葬獄!」

ダンザイに溜め込んでいた波動、エンキの体内にある波動を刃に一点集中させ、斬撃とともに炎で相手を焼き尽くすその技は鎌鼬の纏う風をも焦がし、袈裟懸けに深い傷を負わせた。

「半歩引きやがったな…?自分の体に嵐をぶつけてあえて吹き飛ばした…普通じゃねえ。テメェも人の事言えねえだろ」

「アホ、考えて物を言え。あんなの喰らったら終わりだ。俺はお前ほど頑丈じゃねぇんだよ」

それでも鎌鼬に『戦いをやめる』という選択肢はないらしい。再び嵐の如き速さでエンキの眼前から消えると、態勢を低くし、力強く蹴り上げる。

「『風車落とし(ふうしゃおとし)』!」

まるで相撲のような動きでエンキの腰を掴み、ぐるりと投げ飛ばすと、額に向けて思い切りダンザイを突き刺そうと振りかぶる。

「うおっ!なんだ、相撲かじってんのか?」

「侍の国じゃみんなやってるぜ」

「ちっ。蹴るのは反則だろ!」

「それは異国に流れた『平和なルール』の方だろ!」

大きく飛び上がった鎌鼬は、嵐に乗って空中を走り、もう一本の刀を脚で飛び道具のように蹴り飛ばす。

「うおっと!『火ノ池地獄』!」

エンキの周囲に獄炎の沼が現れ、間欠泉のように吹き出た炎は空中の鎌鼬を焼いて叩き落とす。

「熱っちいな!!」

器用に風で方向転換し、再び空中を舞うと嵐の礫でエンキを牽制する。

「『嵐禍風鈴(らんかふうりん)』!」

「ぐっ。くっそ…威力以上に何も見えねえ!!」

「嵐の極み『業嵐』:裂葉風!!」

二又に分かれた斬撃はエンキの頑丈な身体に大きな傷をつけ、ついにエンキ自身が作り出した炎の沼に倒れさせた。

「ハァ…ハァ…なんて野郎だ…危ねえ…負けるとこだった。」

暴風に斬られた体、血溜まりに倒れゆく中、エンキはダンザイに何かを呟く。

「ああ、カムイ戦以来か?両脚でこんなになっちまったの…ヘヘ…すげえ敵だ。いつの間にか俺は大人になりすぎちまって。お前の声も聞けなくなったよ。今日は昔に戻った…そんな日だ。また力を貸してくれよ『ザンゲ』…」

エンキの体が今まで以上に燃え上がり、自身の波動で傷が癒えていく。
鎌鼬は凄まじいオーラに、振り返ると同時に斬りかかる。

「『獄炎』」

たった一撃でわかった。威力が倍加している。威力だけではない、速度も、エンキの反応も、全てが自身を凌駕していた。

「これが、カムイに傷を負わせた俺の姿だ。ダンザイには大昔の聖具が埋まってる…らしいんだよ。又聞きだけどな。俺がヴァサラ軍に入る前に負った罪、ヴァサラ軍に入って救った善行。それらが混ざり合うことで現れる『純粋な力』の化身。コイツがガキの姿なのはそのためさ。いくぞ、くたばるなよ、相棒(ダンザイ)」

鎌鼬の攻撃スピードについていけるようになった、エンキは、その攻撃で、力で追い詰めていく。
しかし、鎌鼬は戦いの中で自身の極みの理解を深めたのか、最後の一撃をエンキが放とうとする瞬間に、風の残像を作り出し、エンキの背後を取り、最大の波動をダンザイに食わせる。

「嵐の極み『業嵐』:奥義・伽嵐獰(がらんどう)」

「まだ上があんのか…こりゃ避けきれねぇよ…」

「獄の極み『閻魔炎』:奥義・六道輪廻」

奇しくも同じ構え、同じやり方の奥義。怪物かと思わんばかりの二人の波動がぶつかり合う。

獄炎と業嵐、その波動は周囲の天候すら変え、熱波の嵐が吹き荒れる。

互いに吹き出す血、疲弊により互いに解除された『中途半端な呪い』。

片足のないエンキは、刀を地面に突き刺し、鎌鼬の攻撃に耐える。

「へぇ…そんな姿してたのかよ」

「お前もな…」

数十歳老いた老人の姿になった鎌鼬は『楽しかった』と呟いて膝をつく。

「一つだけ聞かせろ。なんで最後手を抜いた」

「抜いてねえよ。どっかの聖神や麗神じゃねえんだ、そんな器用なマネできねぇ…ただ、本当の敵は別にあり。だからな。」

満身創痍の体で鎌鼬を起こすと、更地になったことでよく見えるようになったその場所で三人の罪姫と対峙する見慣れた仲間たち。

自分よりも遥かに年下のジンが罪姫に啖呵を切っている。

『入隊時代を思い出すぜ…』

エンキは小さく笑う。

「ガキが…わかったところでアンタらじゃ同時に倒すことなんかできないよ。」

「ガキだけならな…」

片腕で振られたダンザイの剣戟は罪姫を数メートル吹き飛ばし、傷だらけのエンキがゆっくりと近づいていく。

「この戦い、俺も鎌鼬も参加する。どうしたよ、ダンザイは吸収できてねえみてぇだな…」

「なぜ折れていない…なぜ貴様らは呪いが効いていない!」

「ダンザイは妖刀じゃねぇ…意志のある大刀だ。テメーの呪いが効ききれてねぇのが何よりの証拠。」

「フン、それでも貴様らは『全盛期』の力を失ったようだな。片足と老人とガキ二人でアタシを止めようってのかい?」

「馬鹿野郎、ちょっと老いただけだ。今の俺でも、テメェくらいは斬れる」

「ナメたこと言ってくれるじゃないか」

これは比喩でもなんでもない。カムイ戦の自分をあそこまで圧した鎌鼬、ザンゲのタイムリミット、オルフェの近くにいる手練れそうな男。
罪姫を殺すには充分すぎるとエンキは感じていたのだ。

「早速行くぜ!うおおお!「待て」

無謀に突っ込もうと突撃するジンを骸を介してデュオニソスが止める。

「なんだよ!先手必勝だろ!」

「景色を見ろ。」

周囲の景色は未来の罪姫がいる場所は未来、過去の罪姫がいる場所は過去、現代は現代とめちゃくちゃに変わっているのだ。

「ちっ。なかなかするどい男だね…時代の狭間に入れば殺せたのに。」

「見るのは得意でな、片目も潰しておくんだったと後悔しているか?」

「フン、バカな事を言う男だね。」

デュオニソスはその場から一歩も動かず、『余所見は禁物だ』と罪姫を挑発する。

「火の極み『焔岩漿溶』:大溶戎!!」

円を描くように放たれた溶岩は罪姫の顔面を溶かし、未来と現代の狭間に押し出す。

「アタシには効かないよ。それに」

ぐちゃぐちゃに溶けた皮膚が一瞬で再生する。

「大した攻撃じゃないね。『姫剃』!」

「『一文字』!」

虎丸が過去の罪姫を真っ二つに斬り裂くが、ジャスティへの攻撃は止まらない。
過去の罪姫の皮膚も磁石のように引き寄せ合い、一瞬でくっつく。妖刀を奪い取り、威力が増したその一撃はジャスティの防御をものともせずに大きな傷を作る。

「ちくしょう!俺を忘れんな!くらえ!」

「微温い」

「ぐあっ」

刀すら使わず軽い裏拳でジンを吹き飛ばし、背後に回った鎌鼬とエンキの斬撃をまともに体で受けながら、ぶらりとした背骨をありえない方向に曲げ、二人を錬金術で金属化した砂利で牽制する。

「虎月一刀流『唐竹割り』!」

「惑の極み『蠱惑色』:我慾遊戯(あそび)」

虎丸の一撃を吸収した金属の壁はその衝撃を全ての罪姫に共有し、全員に向けて弾き返す。

人斬り虎丸の一撃はどんなものよりも強く、唐竹割りの文字通り大きな刀傷が虎丸以外に刻まれる。

「驚いたよ。反射ダメージを避けるなんて」

「自分の太刀筋は自分が一番知ってんだよ。」

「流石人斬り…それなら。惑の…「『枯山水』」

神速の居合い切りが罪姫を斬り裂く。

「悪いな、この傷でもお前の太刀筋はもう見切った」

『だが、生き返られちゃ何もできねえな…』


またも一瞬で再生する罪姫に対し、虎丸は舌打ちする。

「心臓だ!同時に心臓刺しゃいいだろ!バカなのかテメェらはよう!!」

冥界の扉をまるでゲーム中に癇癪を起こした人のように荒々しくバンバンと叩く骸にデュオニソスは大きくため息をつく。

「黙っててくれるか?できるならやっている」

「いーや、あながち間違いじゃねぇな。確かに俺は頭が悪かったよ」

エンキはゆっくりと罪姫に近付いていく。

「惑の極み『蠱惑色』:散骨禁果!」

骨の弾丸はエンキを蜂の巣にするが、まるで効いていないかのようにゆっくりと罪姫に近付き、その腕を掴む。

「この距離なら少しは痛えだろ?『獄炎』!!」


桁外れの炎熱が罪姫を焼き尽くし、跡形もないほどに燃やし尽くす。

「無駄だって言ってるだろ?」

何かの映画のように燃え散った灰が人の形を成し、再び元の姿へと戻る。

「不死身かよ…」

「いや、必ず突破口はある。」

極みと剣技を駆使し、罪姫と打ち合うデュオニソスは、何かのカウントをブツブツと呟く。

「9,10、お前は刀を反転させる。そして後ろ手の刺突。」

『読まれている!?』

「はは、本当にあなたの言った通りだ。閃化一刀流『大輪乃花』!!」

クセが出る分そこに隙ができる。オルフェの斬撃は罪姫に命中し、膝をつかせた。

「こっちは罪姫に膝をつかせた!もう少し追い詰める!お前は立ち上がるとき、必ず髪をかき上げる。Height of ground『Tachyon』!」

オルフェと戦ったときよりも早い一撃が罪姫を貫く。

「こっちも一発入れてやるよ!『一文字』!」

「ジン!」

エンキと鎌鼬の援護がジンに攻撃の隙を作る。

「『錬玉(れんぎょく!)』」

自身の歯を強引に折り取り、鉛の塊へと錬金し、銃弾のように吐き出す。
ジンは散弾に撃たれたように全身にダメージを受け、罪姫への攻撃は叶わなかった。

「う、うおおおお!諦めるな!ジン!土の極み『土蜘蛛』:スーパーハイパーウルトラスペシャルダイヤモンド蟻地獄!!」

『全体攻撃!!!』

今まで攻撃をそのまま受けていた罪姫が攻撃を避けようとするが、時すでに遅く、揺れ泥濘む地盤に足を取られる。

虎丸、デュオニソス、鎌鼬の達人三人は『この世界の罪姫の足元の地盤では到底汚れない場所』にヒルヒルの極みの泥が付着したことで何かに気づく。

「まんまと騙されちまったぜ、オカルト女」

「ああ、これで突破口を見出した」

「お前、同時攻撃されるとダメージも共有しちまうんだな。ピーキーな技だぜ」

「ヒルヒル、お前が今のとこMVPだ。骸、視界共有してんだろ?指示出せ」

エンキはヒルヒルを褒めつつ、骸に指示を促す。
骸は嫌そうに地面に唾を吐く素振りをすると、『仕方ねえな』と呟いた。

「わかったところで…惑の極み『蠱惑色』:咲々妬(ささやき)」

視界が歪む、そこにいたはずの罪姫がいつの間にか隣にいる。

「いつの間に!」

「くっ…」

「フン。幻覚に惑わされる達人かい?アタシはこっちだ…「Height of ground『ερημιά・καμπάνα・Πανδώρα(エリミア・カンパーナ・パンドラ)』!」

「虎月一刀流『唐竹割り』!」

「獄の極み『閻魔炎』:奥義・六道輪廻!」

大地の波動を吸収したデュオニソスの一撃が。
虎丸の一撃が罪姫を捉える。
そしてすっかり幻覚にハマっていたはずのエンキの一撃すら罪姫を捕らえた。

「な、なぜだ…」

「私が美しいものを見誤るはずがない。オルフェと貴様は違う。自惚れるな」

「経験だよ経験。俺は全方位警戒してただけだ」

「知るか。全員に同じ技かけて効けば当たりだろ」

「いや死んじまうっておっさん!!!」

ジンのエンキへのツッコミはさておき、確かにダメージを与えた三人は一気に攻撃に転じる。

「現在はガードを壊せ!過去はそのまま!未来は連撃!」

骸の指示とともに各時代の人々が迎撃態勢に入る。

「閃化一刀流『砂箱木』!」

「火の極み『溶性雨』!」

「任せな、若いの。嵐の極み『業嵐』:奥義・伽嵐獰!」

「終わりだぜ、罪姫。虎月一刀流『特式』:大雀蜂!」

虎丸の渾身の突きは罪姫の刀をまるで紙切れのように貫き心臓に到達する。

「デュオニソスさん、一撃を!」

「もう終わっているよ。奥義『刹那』」

罪姫の心臓に空いた小さな小さな穴。そこからワインのコルクが勢いよく抜けたように血が噴き出す。

「僕、その技されてたら負けてましたよ…」

「この技は…極楽蝶花に関わる大切な技だ。どうしても刀を巡った戦いでは使いたくなくてな。」

『無駄のない一瞬の刺突。油断した…』

ジンも負けじと雷を身に纏い、ルトのようなスピードで罪姫を貫いた。
完全に同時のタイミングで貫いた心臓。そこにいる全員が勝ちを確信した。

「ふ…フフフ…ハハハハハハハ!!惜しかったねぇ、剣豪達!」

完全に同時だったはずの心臓への一撃。それでも平然と生きている。それどころか同時攻撃が当たった箇所以外が再生再生していく。

ジンが貫いた場所から五線譜の波動の残滓…ベーゼの極みが漏れ出す。
ベーゼの死に際に放った極みはビャクエンへ向けたものではなく、罪姫を守るためのものだったのだ。
彼女の力を熟知しているベーゼが最期に捧げた極み。
それは急所への同時攻撃をコンマ数秒遅らせるためだけのもの。
しかし、罪姫にはそれで充分だった。

彼女は待っていたのだ。
最後の一振り、鎌鼬のダンザイに自身の呪いが行き渡るのを。ダンザイは鎌鼬の手から離れ、罪姫に取り込まれる。

「妖刀よ、我が元へ集え!!」

五本の妖刀とダンザイ。全てが罪姫の呪に侵され、吸収される。
その姿は奇妙な鎧のようなものに覆われ、放つオーラは『呪い』そのものになっていた。

「私の名は罪姫。蝕界呪念・罪姫だ。こうなれば貴様らに勝ち目はない。そうだろう?デュオニソス。」

極楽蝶花と密接に繋がっているデュオニソスは罪姫が手を翳しただけで血を吐き出し、全身に極楽蝶花の呪いを浴びる。

「私は一度死んだ身。貴様を倒すためなら命など捨てる…そして、極楽蝶花を取り戻す!!」

脚に力を入れ、ジャスティとオルフェの肩を借りながら立ち上がるデュオニソスの心臓に更に増した呪いがかかり、心臓が破裂し、息絶える。

「まず一人。呪の極み『魔女裁判』:妖刀呪波!」

その場にいたオルフェ、エンキ、鎌鼬の妖刀の持ち主達は自身の波動が暴走し、深手を負う。罪姫と戦う前に凄まじい戦いをしていたエンキと鎌鼬はその傷で意識を失った。

「この傷なら放っておけば死ぬ…」

「いや、一人になってくれてありがたいぜ。」

進化した罪姫にすら気づかれぬほどのスピードで接近した虎丸は、その鎧に一太刀入れ、出血させる。

「くっ…この男はどこまで…それなら…」

罪姫は蝕界呪念の力を解き、ツインテールのような髪型をした女性へと変わる。

「惑の極み『ダンザイ』:呪詛焔(じゅそほむら)!」

『エンキなみの波動と力!?マズい!』

罪姫が攻撃を向けたのはまだまだ見習いのジンとヒルヒル。
ジャスティが二人をかばおうと前に出るが、虎丸はそれを突き飛ばし自身の身を挺してその一撃を食らう。
長い間戦っていた虎丸はそれにより倒れ込んだ。

「ハハハハハハハ!これはいい!大物を気絶させることができた!あとはザコだ…私の敵ではない。死ね。呪の極み『魔女裁判』:搾序(デリート)」

避けきれぬ波動。それを浴びた土地が、木々が、次々と消えていく。
完全体となった罪姫の力、それは『万象を自身の思い通りに上書きする』というものだった。
波動はオルフェと虎丸にぶつかり、今にもジンたちを飲み込まんとしていた。

「マズいぜ!デブ!」

「わかっておる!!」

波動が当たる寸前。冥界の扉が開き、ジン達はそこへ吸い込まれる。

「危ないとこじゃったな!ここは冥界じゃ!わしは閻魔王。魔女姫め…何度も何度も迷惑なやつじゃ!」

「閻魔…というと、俺達は死んでしまった?…いや…冥界ならば…すみません、この女性が来ていないでしょうか?」


大きく深呼吸をし、自身を落ち着けたジャスティは好都合とばかりにイザベラの写真を閻魔王に手渡す。

「この子…うーむ…「おい!おっちゃん!早く戻してくれよ!あの扉から!なあ!世界が魔女姫に取られちまうんだ!」

「な、何じゃお前は!だいたい、冥界の扉はもう閉じて…!!」

罪姫に上書きされたのか、開きっぱなしの冥界の扉に閻魔王は大量の汗を流す。

「あわわわわわ!やっばーい!!なぜじゃ!なぜ扉が!魔女姫の力か!これでは悪魔達が…あわわわわ!」

「おい、おっちゃん!聞いてんのかよ!俺達は!」

「戻らなきゃいけねえんだろ?協力するぜ!お前らの戦い見てたけど、スッゲ〜強えんだな!!俺はユウタ、よろしくな!」

目をキラキラと輝かせる銀髪の少年、ユウタはジンの元へと駆け寄り、『なあなあ、極みってなんなんだ?』と楽しそうに話す。

「主人公の会合はいつの日も明るいものだと決まっている」

「主人公…?何を言っているか分からないが、あなたは一番話せそうだ。この写真の女性を見ませんでしたか?」

「んん!?」

「んん!?なんか俺に似てるやつだな…」

「お前の炎、見たぜ!カッケーな!!どうやるんだあれ!!」

「くっ、なんだお前は!いきなり大声で。俺は今こちらの方と大切な話をしている!」

ユウタの後に続くのは、黒髪の男、血気盛んな少年、燃えるような赤を纏った男。
閻魔王は未だにパニックのまま、ドスドスと重い体を揺らしてあちこち走り回る。

「冥界の扉から魔女姫が来るかもしれん!!この世界が上書きされれば世界の崩壊じゃ!!そして、扉から悪魔達が出ようとしている!あわわわわ!」

「俺が言ってくるぜ!まだ魂解も不完全だしな!いい修行だ!」

赤を纏った男は、真っ先に冥界の扉へ走っていった。

「あ、おい!」

「こういう時に先陣を切る幹部キャラは雑魚を殲滅することができると決まっている。気にするな」

「か、幹部キャラ!?」

「なぁ、それより魂解…ってなんだ?」

「ああ、魂解ってのはな…」

ユウタとジンは互いの世界の力について話を弾ませる。

その頃ジン達が入ってきた冥界の扉には、第1世界へ行かんとする悪魔達がまるでアトラクションの並びのように大量に集まっていた。
その進行を食い止めているのは三人と一匹の悪魔。

「ねぇ、ここから先には行かないほうがいいんじゃない?君達じゃ勝てないよ、おじさん達」

「雑魚の悪魔共が出る幕じゃねぇってこった」

「コノ扉ニ来ルヤツ、オデ、食ベル!」

「いけませんねぇ…我々悪魔が低く見られてしまう」

「四凶…今日という今日はお前らを殺して先に進むぞ!!みんな、丸太は持ったな!!我々の魂解は丸太を…」

グロテスクな音と共に一人の男が、丸太を持った男の心臓を抜き取り、潰す。

「恥晒しはいらねぇんだよ…」


第1世界

「呪の極み『魔女裁判』:分霊」

勝利を確信した罪姫は、過去の時代に一瞬遡り、『もう一体の蝕界呪念』を生み出し、次元の扉を開くと、もう一体にそちらへ行くように命じる。

「待って…くれるかな」

声が聞こえる。

おかしい。

この二人は一番最初に上書きしたはず。

なぜ消えていない。

死に体同然の者たち以外は消したはずだ。

「何故だ…」

「さあね、未来は変わる。僕自身どの世界の未来かなんて分からない。他の未来での僕は死んでいるかもしれないって事だろ。あるいは今日まで仮死状態とか?」

「そんなことは聞いていない…何故貴様は上書きできない…答えろ、オルフェエエエッッ!!」

罪姫はそこに立つ男に慟哭する。

「だから、『死んだものは消せない』んだろ。そんなことは君が一番わかってるじゃないか、現に、ほら。虎丸さんも生きている」

「意識のない男などどうでもいい、たしかにそいつは処刑されたと聞いている、だが、貴様程度の力で私の力を凌駕するなど…」

「せっかく答えたのに会話にならないな。それに、僕もまだまだ抵抗はできるつもりさ、閃花一刀流『奥義』:閃花繚乱!!」

罪姫は蝕界呪念を解き、ツインテールの姿へと変わり、自身の力を剣技に集中させる。

「『姫剃』!」

「閃花ニ刀流『散桜』!」

罪姫の剣閃はデュオニソスの刀を拾ったオルフェの猛攻により弾かれる。
その素早い連撃は罪姫の身体を斬り刻み、身体が再生する前にオルフェの構えが変わる。

『なんだこの動きは!?』

「閃花一刀流『火』:熕炎(こうえん)!」

自身が持つ極楽蝶花を罪姫の刀にぶつけた火花を利用し、巨大な炎の渦を作り出すと、その炎で罪姫の鎧を焼く。

「『呪貞夢』!」

「閃花一刀流『運』:神回避」

波動の檻が皮膚に一瞬触れたと同時に、戦闘経験の予測でそれを紙一重で躱す。

「閃花一刀流…「極楽蝶花『喝采流(カーテンコール)』!」

取り込んだ極楽蝶花の力は彼女の剣技を上げていた。純粋な剣術で受け流されることを悟ったオルフェは刀を手放し、剣技に意志が向いた罪姫の心臓部に掌底を撃ち込んだ。

「閃花無刀流『武』:剛掌拳!!」

「馬鹿め、極楽蝶花を手放せばこちらのもの!」

極楽蝶花に手を伸ばす罪姫の腕を蹴り上げ、一瞬早く柄に触れる。

「合わせて、極楽蝶花。閃花一刀流『花』:幽獄の薔薇園」

極楽蝶花の呪いである、鋼の茨が罪姫の全身を拘束し、ギリギリと締め上げていく。

「く…成る程な…閃花繚乱…『最善手』を探し…仲間達の技をコピーして使うもの…」

息苦しそうな声で話す反面、技を看破したとほくそ笑むと、茨に波動を流し込み、破壊する。

「幾年も幾年も他人の技を観察しているからこそできる技。お前なりの奥義か…面白い。だが…その集中状態がいつまで続くかな?」

罪姫の言う通り、オルフェは自身の限界が必ずどこかで来ることを感じていた。
どれだけ凄まじい達人でも、必ず集中力は切れる。
それに加え、今自分が使っている技は自身の限界を超えた過集中の上に成り立っているのだから。

「私は集中が切れた時に貴様を殺せば良い。いや、もう切れているのかな?『ルフ・タダンラシュ』:多重産卵蟲(ロイコクロリディウム)」

ルフの寄生する力が、罪姫の周辺に散らばった木々が、砂が、奇妙な生き物を生み出す。

「奴を食い殺せ。『異食妖児(クローバーフィールド)』」

「閃花一刀流『雷』:雷霆の太刀!」

閃花一刀流のスピードと極楽蝶花の茨の呪いを掛け合わせ、避けきれぬスピードで次々と奇妙な生き物を切り倒していく。

「『刃喰』!」

「そう来ると思ったよ、使わせてもらう。閃花無刀流『盗』:逆手取り。」

糸状の刃を素手で掴み、合気道の要領でこちら側へと引き寄せる。

「力勝負なら、今の私は負けはしない。『村正・呪力増殖の陣』!」

「ぐっ…」

村正の力だろうか罪姫の呪力が増していく。

「死ね『白百合』:死千塵(しせんじん)!」

無数の刃がオルフェを貫いたように見えた。

「閃花一刀流『樹洞』」

『急所を外されたか!』

「『骸』:堕因(らくいん)!」

力が吸い取られていくのを感じるオルフェだったが、それでも罪姫に笑いかける。

「閃花一刀流『運』:自壊の念(じかいのねん)」

一瞬の脱力。それは渾身の力を込めていた罪姫の体を前方へと転倒させた。
わずか一瞬の隙、目の前にもうオルフェはいない。
いや、オルフェの気配も姿もどこにもない。

「閃花一刀流『奥義』:手向花」

気配を消した最後の一撃は罪姫の首を捕らえ、大きな傷を作る。

「惜しかったな、若い隊長。」

罪姫の体が再生する。あと一歩、その瞬間にオルフェの過集中状態は切れ、ひどい疲労で片膝をつく。

「死ね。貴様で終わりだ」

「お待たせしてすみません。」

丁寧な言葉とともに、優しくオルフェを抱きかかえる虎丸は、片腕でパワーアップした罪姫の攻撃を受け止めた。

「あなたのおかげだ、あなたのお陰で私はまた戦える。ゆっくり休んでください、若き隊長さん」

「次から次へと…そんなにこの世界はあの男の遺伝子を残したいか!異世界の私よ!滅ぼせ!こいつは私がやる。」

分裂した罪姫に命令をくだし、虎丸を睨みつける。

「単純な剣技なら、あなたは私に絶対に勝てない。決定的に足りないものがある」

「私の何が足りていないと?」

オルフェを背負い、ゆっくり歩く虎丸は何かを呟く。



世界の狭間

「あの世界はあと二人…あとは全ての世界を消すだけだ…」

「やれやれ、創造主の言った通りになってしまったようじゃ。」

「悠長なこと言ってる場合?死んじゃったんじゃないの?みんな?」

「いえ?あくまで上書きですからね。冥界にいるかもですが『死んだ』とはまた別問題だ。」

「命の波動は感じ取れる、兎にも角にも、今はあの女を倒すことが先決じゃ、やれやれ、久しぶりの登場にも関わらず挨拶もさせてくれんとはのう」

「せっかく貴方を久しぶり呼んだんですがね」

「そうじゃな…つれない敵(やつ)じゃ」

最終形態となった罪姫は二人に分裂し、一人はオルフェと虎丸の討伐を、もう一人は各次元を移動し、これからゆっくりと順番に世界を壊していく手はずだった。

それを阻むのは三人の男。軍手のような手袋でパンパンと渇いた拍手を罪姫に送る創造主。ルトを第八世界に緊急避難させた男、ラミア。
そして白銀の髪の男。その男からは誰もが『覇王ヴァサラ』と認識できるほどのただならぬオーラが漂っていた。

「あ、どうも〜私の異世界へ。さ、ほら、ね?キャベ蔵くん。相手して、相手」

創造主は茶目っ気のある砕けた話し方でラミアに戦闘を振る。

「罪姫って分裂するんでしょ?各世界に散ってるし。こんなバカな無茶振りしてる暇あるの?二人でやろうよ」

「いいから、早く」

「いや、いいからじゃなくてさ」

「ほら、早く」

「だから…」

「早く早く」

「あの…」

「早く早く早く」

「世界に…」

「早く早く早く早く」

「他のせか…「遅えぇ〜」

「おっっそ!」

「お前がやれよぉ!!!」

ラミアは頭にきたのか、地盤を浮かせて創造主に投げる。ヴァサラは二人に拳骨を見舞い、首を掴んで罪姫の方へ向けた。

「いい加減にせんか!馬鹿者!集中じゃ!」

「呪の極み『魔女裁判』:受孕繁殖胎児(ベイビィ・ベイビィ)…もう遅い。私の分身体は今、各世界に散らばった…遥かに力は劣るが、極みを持たぬ者には勝てまい…」

「って言ってるけど…?」

「いや、そんなこと無いと思いますよ、わりと強い人多いというか…ねぇ?キュなんとかも負けてますし…てかほら、早くやりましょ。」

「「「面白い」」」

罪姫は元の姿に戻り、三体に分裂する。

「あ、それ勝てないからやめな。」

「私も思います。」

二人が言い終わる前にヴァサラは分裂した一人を一撃で倒してしまった。

「「あ」」

創造主とラミアから一切の仕込みや打ち合わせをせず思わず出てしまった頓狂な声が重なる。

「甘く見るなよ、罪姫。儂を相手にしたいのなら本気で来るのじゃ。」

罪姫は憎らしげにギリギリと歯ぎしりをし、再び自身を一人に戻す。凄まじいその力は漏れ出る残滓だけで周囲の物を分解し、消していく。

妖刀と融合し、過去、未来、現在の罪姫の力が集約された彼女の力に創造主とラミアも顔つきが変わった。
その力はオルフェと虎丸意外を消したのは紛れもなく彼女なのだと嫌でも実感させられる。

「舐めていたよ。すまない。まず一番しょぼいのから相手をしてやろう。」

罪姫はラミアを指差す。ラミアは眉間にシワを寄せ、ガリガリと爪を噛む。明らかに苛立っている時の彼の癖だ。

「しょぼい…?」

パキッという音とともに肉をかじったのか、どろりと腕に流れ落ちる血を合図に互いに刀を抜く。

「呪の極み『魔女裁判』:放刻(スパム)」

「ッ!!」

能力が書き換えられたのか、ラミアの剣術はまるで素人のように遅く、弱々しいものへと変わる。
罪姫はそこを突き、先手を取るように全身を斬り裂き、持ち前の剣術で相手の刀を弾き飛ばした。

「弱いな…並行世界の王…呪の極み『魔女裁判』:搾序(デリート)」

「ぐっ…剣術上手いのが厄介だな…どうにか…「二手、遅れたようだな。」

罪姫の刀が触れた部分は、その存在が壊されるかのようにみるみるうちに消えていく。
それは当然ラミアも同じらしく、刀があたった左半身がゆっくりとなくなっていくのだ。

本来はそれで決着がつくが、たった今ラミアが負った攻撃の痕がきれいさっぱり元に戻っ「『何を驚いてるの?ダメージを並行世界に移しただけだよ?少し本気でやろうか…』ですか?」

攻撃を創造主が空間を掴むことで止めながら尋ねる。そして、その趣味の悪いピエロマスクを小馬鹿にするように歪めてケラケラと笑いだした。

「芸が無いですねぇ、それで攻撃を覚えて大技で反撃。それしかやらないじゃないですか。絵面が同じで飽きますよ。」

「何をくだらん話を…」

「裏(むこうがわ)の極み『歪曲世界(パラレルワールド)』:止(クロノスタシス)」

「ッ…!う、動けん!」

罪姫の追撃は空間全体が固定されたような感覚とともにピタリと止まる。

「くっ…さすがに強いな…30秒持つかどうか…の、前に。それしかやんなくていいんだよ!僕の必勝法なんだから!」

「つまんないです、はい。それはもうみんな『観ました』。なんなら剣術だけならボロ負けじゃないですか、肉弾戦成長しませんねぇ…」

「いちいちうるさいなぁ「ゲームじゃないんですよ?パターンやりたいなら12世界でやってください」

「待て」

ラミアの極みが解けたと同時にうちかかる罪姫の刀をヴァサラが二人の前に立ちはだかり、受け止める。

「儂がやる。グチグチと敵前で言い争う貴様らに拳骨の一発でもくれてやりたいところじゃが…おそらくどちらが戦っても確実に苦戦を強いられ大怪我を負うじゃろう…お主らは別の世界を回ってくれ」

「ほう…覇王が出るか…ならば…惑の極み『蠱惑色』:幾億少女(ナンバーガール)」

罪姫のスピードは更に上がり、背後を取ると、フェンシングのような流麗な連続突きを見舞う。
しかし、その突きは空間を掴んだヴァサラによって白刃取りのような形で阻まれ、そのまま水のような受け流しを喰らい、逆にダメージを負ってしまった。

「くっ…その技はあのピエロの…」

「過去に一度共鳴をしたが、なんとも掴みどころのないクセのある力じゃ…」

「おのれヴァサラ!呪の極み…ぶっ!!」

土の極みと共鳴したヴァサラは地面から岩のボールを作り出し、投げない方の腕を前に突き出してひらひらとさせる独特な構えをすると、罪姫が極みを放つ前にそれを顔面に思い切り投げつけた。

「プリッツボールという技らしい…ふむ…コイツもちと命中に不安が残るか…」

いきなりの投擲の急襲に思わず声を上げてしまった罪姫だったが、威力がまるで無いそれは彼女を一瞬だけ止めたものの怯ませるには至らない。
しかし、ヴァサラにはその一瞬で充分だった。
地の極みの韋駄天モードに入ったヴァサラは罪姫の背後を取り、腕に雷の力を溜めると、動脈めがけて放電する。膝がガクッと崩れかけたのを好機と見たヴァサラは、火の極みをまとったハイキックを見舞う。

罪姫はその蹴りで脳が揺れ、地面に倒れ伏した。

「ぐあっ!くそっ…覇王…なんという力だ…なかなかやる…」

「あの時ともに異世界に行った者達の力をもってしてようやく一度倒れた程度か…予想以上の防御力じゃ…」

「ハハハハ!あの二人を逃がしたのは失敗だったようだな!覇王!私を攻撃しなければよかったものを!」

「!」

どこかのタイミングで一撃入れられていたらしいヴァサラは、片脚に激痛を覚えた。
耐久力も凄まじいヴァサラだったが、彼女の刀に上書きされていたらしく、脚からこみ上がってくる痛みで自身の防御力が一般隊員並みになっていることを悟る。

「そんな痛みは久しぶりだろう?覇王…安心しろ、すぐに世界とともに消してやる!」

「『止(クロノスタシス)!』」

「なっ…!」

ラミアのよりも更に上回る力で動けなくなった罪姫にヴァサラは斬撃を与え、蝕の極みで強引に傷を止血し、距離を取る。

「勘違いするなよ罪姫。儂が一人で戦うと言ったのはお前を倒せるからじゃ…それに、並行世界を知っているあの二人には多くの人間を助けに行ってもらわないといけないからのう…さぁ、宴といこうか…古の魔女姫・罪姫!」

ヴァサラの凄まじいオーラに罪姫は気圧される。


第8世界2024年。東京:有楽町

罪姫が産んだ分身体は、強き波動を有するものに引かれるらしい。それは街の喧嘩自慢やプロの格闘家にも及ぶらしく、各地で『刀のようなもので刺された後、雑巾のように絞られた遺体』が各地で見つかるニュースが世間を賑わせていた。

分身体が集まったのは平日の有楽町。通勤ラッシュでサラリーマンがごった返し、ひどい暑さに苛立ちながら仕事へ向かう。
そんな場所にまるでコミケのイベントかのような格好の分身体の集団。集団は着物を着て、老眼をかけた老人に一斉に襲いかかる。

取り出した刃物を見てこの集団こそが噂の事件の犯人だと誰もが気づく。

ーその時の様子を通勤中のモーター製造業の田中一郎氏(34)は次のように語っている。ー

「いや〜。僕も止めに入るつもりでしたよ。相手が殺人犯とはいえ、襲ってるのは老人だ…え?結局止めにいかなかったのかって?そりゃそうですよ。僕が話してるのは『一般の老人の話ですから』。いや〜YouTubeで見たのを生で見れるなんてねぇ、すごかったですよ、『達人』塩見景三郎」

分身体は塩見という名前らしい老人に片腕を取られ巻き込まれるように吹き飛んだ。

ー さらに、田中一郎氏はこの時の様子を事細かに語っている ー

「吹き飛んだのも驚いたんですけど、問題はその後です、もう『グルン』って感じで回ったんですよ。自社のモーターでもあんなに回らない…それを人でですよ!?地面に落ちた犯人からものスゴい音がしました。グチャ。みたいな、ドチャッ。みたいな…トマトを床に落とした時みたいな。え?塩見さん?何事もなく帰りましたよ。お散歩の延長みたいでした」

ー 同時刻、渋谷で起きた同一犯行グループと見られる女性の通り魔事件の状況説明をしていた名張浩二氏(21)も次のように語っている ー

「いや、俺もケンカ自慢ではあるんスけど、だめっすね、通り魔見たら震えちゃって。そこに現れた大槻独虎ですよ。知らないッスか?『虎殺し』。え?素手じゃ危ないって?いやいや、俺は通り魔の方が心配ですね。」

どこかセンスのおかしい服を着たアフロの男、独虎は暴れ狂う通り魔に対し、強烈な正拳突きを見舞う。

「いやいやいや、あれは人が殴られた音じゃないっすよ。銃撃みたいな。パァンって…通り魔が一瞬で人形みたいに倒れて動かなくなってたし。近くにいた女の子とか『死んだんじゃないの〜?』ってざわついてたし、居合わせた警察も、俺達もポカーンとしてる中、仲間の通り魔を次々と殴ってったからね。いや、ホンモノは違うっつーか。」


第7世界

2024年:東京・新島

東京都という名前が全くピンとこない、スマホの電波も人工も少ないその島で罪姫の分身体と戦うのは一人の女性。

島に似つかわしくない分厚いコートに学生服と現代日本に似つかわしくない派手な金髪を揺らす彼女は、群れをなす分身体と戦っていた。

「くっそ!こんなのどこの歴史にもないっての…武器は…鉄パイプしか無いけど…やれるだけ…」

女性は現代人とは思えないほどの力で応戦していくが、数発打ち込んだところで鉄パイプが折れてしまった。

「やっぱり君は知ってたみたいだね。この世界の分身体はだいたいやつけたよ。あとは任せて。裏の極み『歪曲世界』:殻(ブラックホール)」

断末魔をあげる間もなくラミアが掌に作り出したブラックホールが分身体を次々と飲み込んでいく。

「第七世界が一番危険だって聞いたからね。なぜか強い人たち別のとこに行っちゃってるし…じゃあ…飛ぶよ。東京でいい?」

「ありがと、キャベ…ラミア。」

「…飛ばさないよ、君」

「もう、そんなんでスネないで!一応東京でいいから、お願い」

眉間にシワを寄せるラミアをなだめ、女性とラミアは東京本土へ転移する。

第7世界:東京・新宿

「まだまだ分身体は…「潰(ジャム)」

生み出された分身体は異空間に飲まれ、プレス機のような強烈な圧力でぐちゃぐちゃに潰された。正方形の現代アートのようになったそれは、ラミアの手によってゴルフボール程に小さく圧縮され、ポイ捨てや吐瀉物でひどく汚れた街に捨てられる。

分身体達は、身体を再生しようにもラミアの力が邪魔をし、元に戻ることが出来ず、何も知らないホストと同伴する泥酔状態の嫌らしいブランドを身に纏った女に踏み潰された。

「うえっ!ジャムの袋踏んだかも!最悪〜」

「全容知ってる身としてはかなりグロい…ま、いいや。ありがとね、ちょっと親戚の様子見てくるわ」

「うん、気を付けて。僕ももう少し色々回ってみるから」

ラミアは女性と別れ、『歌舞伎町一番街』と書かれたゲートを抜ける。その背後ではホストと同伴していた女性と借金取りらしい男二人組が揉めているらしい声が響いていた。


第3世界

「相変わらずひどい趣味ですねえ…」

うじゃうじゃと集まっていた分身体と、キュリオをマグロの解体ショーのように軽々とさばいて創造主が彼女らの死体を持ち込んだのは『とある作家』の家。

作家は分身体の身体を器用に切り分け、保存用のタッパーにしまい、その一切れで赤ワインステーキを作り、口に運ぶ。

「おや、やはりこの世の人間ではないような味がしますね…燻製肉のような味覚でありながらとても柔らかい…まるで数年熟成されたワインのような深い味わいだ。」

「ハリーさんのお口に合ったようで良かったです…では、私はこれで」

「ところで、あなたはいつかお会いした方だ…このようなプレゼントとはどういう風の吹き回しですか?」

ハリーと呼ばれた男は食事をする口を止めることなく、視線のみをちらりと創造主に向け、尋ねる。

「いえね、世界を壊そうとする不審者が入ってきたので。この領域に入れるのは私だけでいたかった…キャベ蔵くんとヴァサラ総督でも不愉快なのに…まぁ、エゴです。それに…どうやら『ここじゃない』ようですね…」

「?」

「こちらの話です、ところでその味…満足いきましたか?」

創造主の問いかけにハリーは片側の口角を上げ、笑う。

「ええ、もちろん。」

第8世界

創造主の言っていた分身体の親玉はここにいた。

5歳ほどの少女になった罪姫の片割れは木々や人間、動物を喰らい、倒れているキュロを丸呑みし、学生くらいの年齢の女性に変貌する。

従来の罪姫のような上書きや改変の力、分身体のような再生能力はないが、その全てを剣技や、腕を異形のものに変形させ、様々な近代兵器に変える力に集約しているのだ。

そして彼女はその力を存分に振るい、第8世界に転送されたルトをはじめ、ハートランド、下柳、そしてケインと対峙する。

「『贖罪の種』」

ビキビキと変形する腕はガトリングのような形になり、ライフルの球のようになった骨をそこから乱射する。

「私の後ろに回れ!」

ハートランドは傘のような物を広げ、骨の弾丸全てを受け止めると、柄の部分についたボタンを押し、閃光弾を見舞う。

「くっ…目が…おのれ小細工を…」

「雷の極み『閃光万雷』:雷牙の太刀!」

ルトの渾身の一突きは完全に分身体を貫いたかに見えた。ケインはクンクンとニオイを嗅ぎ、ルトを思い切り引っ張ると、分身体の首を落とすように刀を振る。

「死のニオイがしない…俺の攻撃もだ。」

「よく見抜いたな、盲目の剣豪。」

オルフェが使っていた刺されたふりをする技『樹洞』に似たその技は、グニグニと肉体を変形させ、二人の刀を取り込んだ。

「こいつはかなり危険だ…」

ケインは刀から手を離し、ハートランドが持ってきていた小型のナイフを拾い上げ、手裏剣のように投げつける。

「機械なんぞに頼るからそうなるんじゃ!緒廉もどき。どかんかい!」

分身体に極みの力を放電させたルトにより、彼女の身体を覆う防護壁が崩れたのを修羅場をくぐり続けてきた下柳は見逃さない。
分身体の腹部を日本刀で思い切り貫き、綿菓子でも作るかのようにグリグリと臓器を捩じる。

「ナメんなや…ワシが女だから手加減する思うたんか?」

「まだだ!そのままヤツを刺しておけ!」

ライフルに弾を込めたハートランドは、分身体の眉間を的確に撃ち抜いた。

「くそっ!やつの極みで防護壁が!」

ダラダラと血を流し、下柳に飛びかかる分身体の前に電光石火の速度で現れたのはルト。

「終わりだ!『閃光万雷』:雷鳴の太刀!」

ルトの一閃は分身体を確実に絶命させるものだった。

「まだだ…」

何か違和感を感じたケインは転がるその体を串刺しにするが、凄まじい稲光りと轟音とともに雷を纏った分身体が復活する。

「極みを食わせてもらったよ。ありがとうね。」

第一形態の罪姫と同じ口調になった彼女は、ルトと同じ速さでケインとルトを殴り飛ばす。

「ぐはっ…まるでニオイも気配も感じなかった…」

「こ、この威力は…ボクの閃光万雷!!」

「アンタの探知力は厄介だからね。先に消させてもらうよ。」

「舐めるなよ、女。」

分身体も凄まじい剣豪ではあるが、ケインはそれと同等の力で鍔迫り合う。

「正々堂々やり合うつもりか?」

ケインが武器をしまった事に一瞬呆気に取られた彼女は、その親指の力で鞘から押し出された刀に喉を突かれ、片膝をつく。

ケインは隙を見逃さず、分身体の片腕を容赦なく切り落とした。

「よくやった、あとは俺達に…「正々堂々なんて言ったかい?」

「!!」

切り落とした分身体の腕の骨は、弾丸のようにケインの腹を貫き、意識を昏倒させる。

バラバラになってしまった腕はまるで時間を巻き戻すかのように分身体に生えていく。
ルトの波動を吸収した彼女は再生能力も身につけていたのだ。

力が増す感覚に浸る間もなく飛び散る自身の頭。下柳が持っていた拳銃を乱射したのだ。

「便利な体じゃのう。なんぼ殺しても文句は言われんようじゃなあ!!」

頭の一部と両目を持っていかれた分身体は、成す術なく下柳にマウントポジションを取られる。

「再生するんだ、卑怯とは言うまいな?」

ハートランドは分身体の両手足に特殊な爆弾を装着し、吹き飛ばす。
その爆風により多少の怪我を負うことも構わず、下柳はそのまま分身体の体を日本刀で上から滅多刺しにする。

「敵のアタマを初めて取ったときを思い出すのう!あん時は無我夢中じゃったわ!」

「アンタ…みたいな…人間が…一番…消しやすい」

「離れろ!」

ハートランドは炸裂弾のようなもので二人を引き剥がそうとするが、何を考えているのか下柳は分身体を掴んだまま離れない。

「ルト、行くぞ!」

「うん!」

「来んなや!!!」


下柳の怒声と共に、再生した分身体は巨大な刀で彼を貫く。

下柳は大量の血を吐きながらも分身体の体を離さない。

「こ、この男…離せ!」

「女に…命令…されんのは嫌いなんじゃ…」

タバコを咥え、火を点けると自分の血と紫煙がが混じったそれを嘲笑うかのように吐きかける。

「極道モンはのう…根性で負けたら終いなんじゃ…ワシを殺すために力使ってくれてありがとうのう…こちとら一度死んどんじゃ…」

「!!」

分身体は自身の身体に防護壁が無くなるほど下柳に力を使っていることを悟り、慌てて刀を引き抜こうとする。

「これ抜いたら、ワシがお前のことぶち殺しちゃるけぇの…それにもう遅いわ。のう、緒廉もどきに広山もどき」

ピッピッピッピッというカウントが鳴る野球ボールが二人の間で炸裂し、大爆破を起こす。

下柳の身体は、まるで役目を終えたかのように冷たくなり、消えていく。

「こ、この程度の爆発なら…」

「俺を見失ったようだな」

背後から現れたハートランドが身につけていた安い腕時計のようなものから、凄まじい電流が流れる。

ケインや下柳が戦っていた時に宅配便のような男からハートランド宛に送られてきたものだ。

その威力はルトの力ほどの電力だった。

「ザ・ロイヤルが君の力を参考にたった今作り上げたものだが…失敗だ…」

分身体の意識を一瞬奪うほどの凄まじい威力だったが、その時計は今の一撃でボロボロに壊れてしまった。

「そりゃそうだよ、ボクもまだ制御し切れないんだ。作れただけ大したものだと思う。あとは任せて!雷の極み『閃光万雷』:雷皇の陣!」

全身に雷の力を纏ったルトは分身体を寄せ付けることなくズバズバと切り刻む。

「君が吸収したのはこの時のボクじゃないだろ?終わりだ!『雷王の太刀(らいおうのたち)』!!」

「ば、バカな…極みも持たぬ者達に…」

分身体は霧散し、何処かへと消えていった。

「深手を負ったこの男を運ぶ。手伝ってくれ」

「うん!え?」

ルトの体は役目を終えたように元の世界へと還っていった。

「仕方ない。また会えるのを楽しみにしているぞ、若き強者よ…」

ケインを肩に抱え、ハートランドは微笑む。

第1世界

罪姫の力により存在を上書きされなかったのはオルフェだけではなかった。過集中の状態が解け、ひどい汗と消耗により肩で息をする彼を虎丸は優しく座らせる。

「貴様…っ」

「ありがとうございます。お若い剣士さん、おかげでゆっくりと休めました…」

深々と斬られたその傷を古い布で止血した虎丸は、丁寧な言葉でオルフェを労う。

「どうやら時間切れみたいです…もう一段階進化したあの力…あなたに任せます。」

ゼェゼェと息を切らすオルフェは、集中で忘れていた激痛が込み上げ、眠るようにその場に倒れ込んだ。

「おや?オルフェ君と私意外みんなを消した『あの姿』にならなくてよろしいのですかな?」

「上書きできぬお前にはこちらの方が都合がいいのだ…わかっているはずだろう?虎丸」

「虎丸?そいつはもうはるか昔に死にました。極刑です。当然だ。史上最悪の人斬りなのだから。」

虎丸は罪姫の剣戟に合わせ、凄まじいスピードで彼女の刀を払い落とす。

「私の名はヒジリ。国王軍のヒジリだ。」

虎丸改め、ヒジリは何かを吹っ切ったように凄まじい剣術の連撃を見舞う

『なるほど…そういうことか。今程度の剣術なら』

上書きの力が使えない罪姫だったが、なにか秘策があるようにふわりと浮き上がる。
灯烙の鎧が彼女に呼応するように薄紅色に輝き、肌に取り込んだ極楽蝶花の紋様が浮かび上がる。

「躊(ためらい)の極み『誘惑色』:麗極・黔夜一叢千刃驟雨(れいきょく・こくやひとむらせんじんしゅうう)」

「!!」

上空を覆うは数億の刃。ギチギチと虫の鳴き声のように聞こえるのは蝶のように舞い踊る刃がぶつかり合う音。

罪姫が手を振り下ろすと同時にそれは、ヒジリに襲いかかる。

『避けきれないか…それなら』

ヒジリは自身に降り注ぐ刃を弾き返し、致命傷にならない部分のみ差し出す。

「ぐっ…流石に凄まじい威力ですね。だが…」

ギラリと光る刃が罪姫の眼前に迫る。

「質量攻撃は人の動きをを失念しやすいものです。虎月一刀流『壱ノ型』:一文字!」

顔面の直撃をどうにか避けることはできたが、それを察したヒジリが剣の流れを変えたことで、腹部に真一文字の深い傷跡が刻まれる。

ヒジリはそのまま刀を右腕に突き刺し、罪姫の操る極みを止めた。同時に刃が音を立てて崩れ落ち、極楽蝶花の力が沈静化したことを悟る。

「おのれ、ならば!躊の極み『誘惑色』:骸極・奇骨歪形殻案山子(がいきょく・きこつわいぎょうからがかし)」

罪姫を中心に手の足生え方が逆の骸骨面の氷の結晶が群生する。
それは逆立ちのような動きでペタペタ奇怪な音を立て、全身から棘を生やしてヒジリに襲いかかった。

「虎月一刀流『参ノ型』:枯山水!」

神速の斬撃が氷の化物を一瞬で斬り伏せる。氷は溶けたようにしおしおと小さくなり、大地の水分を奪うと再び復活した。

「ソラくんは不死…氷の復活…なるほど、あなたは妖刀と持ち主の極みを複合して自分のもののように使っているわけですか…」


ヒジリが何度氷の兵を斬り裂けど、次々に復活するそれは、罪姫を守るかのように更に群生していく。


「やれやれ、困りましたね。…私の間合いがそれほど狭いと思われているとは。虎月一刀流『特式』:華厳ノ滝(けごんのたき)!!」

空中に大きく飛び上がり刀を三度振ると、数手に分かれた滝のような飛ぶ斬撃が氷の兵と罪姫を襲う。

罪姫は兵を操り、スクラムを組むような体制で自分を守らせるが、ヒジリの斬撃はそれを軽々と貫通し、その一つが首から肺にかけて突き刺さる。

「ゴホッ…骸の力も超えゆくか…伝説の人斬りめ…」

肺を潰され激しく吐血するとともに操る力を失った極楽蝶花と骸が吐き出される。

「ケッ!汚え汚え!下水みてぇなニオイがプンプンするぜ!オイオイ!人間共、好き勝手俺様を巻き込みやがって!持ち主が還っちまった今、こんなとこにいる意味がねぇや。あばよ」

「妾を異物のように吐き出すとはどこまでも不快な女だ。その食道を切り裂いてやりたいところだかこれ以上不純物が纏わりつくのは気が滅入る。持ち主の元へ還るとしよう、美しく若き使い手よ。そちらの極楽蝶花の呪いもいずれ消えゆく…君には感謝する」

骸は血で塞がれた口に残る異物を吐き出してそこにいる人間達に悪態をつきながら、極楽蝶花は防水スプレーをかけた服のように罪姫の血を弾き、オルフェにだけ感謝を述べると、先代の持ち主を追うように光に包まれて消える。

「あと四本…」

「そううまくいくかな?初代村正は私と完全に融合している。見せてやろう。躊の極み『誘惑色』:蝕極・葬刻呪詛憎痕(しょっきょく・そうこくじゅそぞうこん)」

罪姫が極みを唱えると同時に、ヒジリがつけられた傷口が広がり、癌細胞のように全身に増殖していく。

「ぐあああっ!!」

ただれるような痛みと著しく広がる傷跡にヒジリは声を上げ、倒れ込む。
完全に融合した初代村正。
この痛みを引き連れてこの先罪姫と戦わなければならない事を痛感しつつも苦しいものになるだろうと考えていた。

「どうした?来ないのならこちらから行くぞ。」

「耐えきれぬ痛みではない…」

「動きが鈍いぞ!躊の極み『誘惑色』:憎極・戯朧朧逢魔時(ぞうきょく・あじゃらろうろうおうまがとき)」

ゆらゆらと揺らめく黒炎が死霊のような形に変貌し、ヒジリの太刀を躱して纏わりつく。炎はヒジリを焼きながら巨大化し、その掌でヒジリを焼き尽くそうと強く全身を握る。

「虎月…一刀流『弐ノ型』:唐竹割!」

どれだけの鍛錬を積めばその威力が出るのかと聞きたいほどの渾身の一刀が死霊を両断し、罪姫が後方へ飛び退く動きに合わせ、右目に刺突を浴びせた。

「この人もいっぱい殺してくれる。どこまで行くの?戻らなきゃ、戻らなきゃ。」

憎しみの業火は勢いを無くすように鎮火し、苦しむ罪姫から吸血白百合がカラカラと虚しい音を立てて遠くに転がる。
白百合はもう一本の妖刀を奪い取ったファーコートの男の足元に落ち、男はそれを容赦なく踏み折った。

「同じ妖刀は二本もいらねえ。価値が下がる。」

光とともに消えていく白百合を見ることなく、ファーコートの男はどこかへと去っていった。

「あと…二本…」

刀を杖代わりに使用し、血が足りずに震える体を起こし、虎月一刀流の構えを取るヒジリに罪姫は数千年ぶりの恐怖心を抱く。
妖刀が剥離しているとはいえ、再生能力もある自分が有利なのは間違いない。それでも首に刃を当てられているかのような悪寒が抜けないのだ。

「まだ立つか。私の作戦は全て完璧に進んでいる!」

「それはそうですね。こんな死に損ないの男と傷が治る貴方。勝敗は明白です。何をそれほど恐れているのですか?」

「恐れ?この世界を壊せる歓喜にうち震えているだけだ。躊の極み『誘惑色』:災極・空繰屍慚鬼魍魎(さいきょく・からくりかばねざんきもうりょう)」

「ッ!!」

筋繊維が、神経組織が罪姫に操られているのがわかる。
ヒジリは喉元へと動いていく自身の腕を、切腹するかのような位置へ持っていき、思い切り突き刺す。

「動けまい。ヒジリよ。認めよう。貴様は数千年の歴史の中で最も強い剣豪だった…」

「虎月無刀流『壱ノ型』:付喪堕とし(つくもおとし)」

罪姫の太刀筋に合わせたヒジリの掌底は、武器を払い落とし、カウンターのように罪姫の両足を切断した。

吹き飛んだ両足からはボロボロのルフが落ち、光に包まれる。

「我を従わせようとは愚かな女だ。魔女姫罪姫…貴様を平伏させられなかった事だけが…今生の…心残り…だ」

「あと一ぽ…ん?」

罪姫の周辺の木々が、水が、全て枯れ、干上がっていく。再生した腕に生えるはダンザイを模した巨大な刀。
それは周囲の生命エネルギーを吸い取り、トドメの一撃を与えんと波動を増幅させる。

「ダンザイと他の妖刀は相性が悪くてな…妖刀に分散させていた波動を一箇所に集めた。正真正銘最後の攻撃だ…躊の極み『誘惑色』:断罪・終幕一断(だんざい・しゅうまくのひとたち)」

ー 瞬間、剣技を極めたヒジリは悟る。巨大な、何もかもを両断するその一振りは受け止める事はかなわず、避ける事もできないと ー

『凄まじい一撃。だが、それでも…決定的に足りないものがある。』

ヒジリは斬撃をモロに受け、息絶えたかのように見えた。

「やった…私の勝ち…「心技体。あなたに足りないものです。」

「ば、バカな!」

紙一重で急所のみ外したらしい血塗れのヒジリの刀が首筋に当たる。
職人が刺し身を切るかのように鮮やかな斬撃は、罪姫自身が敗北したことを悟らせる。

「あなたと私の差は何かを守りたい、後世に何かをつなげたいと思う『心の差』かつての私に無かったものの差だ。虎月一刀流『特式』:魔女狩り。」

ずるりと落ちた首を突き破るようにダンザイが落ち、消え始める。

「寂しいなあ…みんな僕を置いてっちゃって。待ってよ〜。ヒジリのお兄ちゃん!楽しかった!どこかで会ったらまた戦おうね!」

「このような時に返事をするのが難しいですが、ぜひとも、お会いしましょう。」

刀を鞘に収め、優しくダンザイの血を拭い、微笑む。

「ぼ、母体よ。戻れ!」

罪姫は最期の力を振り絞り異世界に点在している自身を呼び戻す。

「な、何が起こった!!なぜ貴様は蝕界呪念の力を失っている!!」

落ち行く首で彼女が見たものは元の姿に戻り、胸元に巨大な切り傷がある自分自身。消したはずのジンが、ヒルヒルが、イザベラが元の世界へ戻ったのだ。この状況に罪姫は慟哭する。

「まだだ…まだ。終わらぬよ」

罪姫は自分自身に手を添えた。

数刻前:狭間

「くっ。速度も上書きされたか…なかなか難儀な極みじゃ。」

「惑の極み『蠱惑色』:理性感受(リビドー)」

ゆらゆらと不規則に波打つ刀を模した波動がヴァサラに突き刺さる。

「弱くなったな、覇王…呪の極み『魔女裁判』:突蝕!これだけの傷だ。更に上書きさせてもらうぞ!」

「炎帝:白炎!」

罪姫力に蝕まれるのを防ぐための業炎は、彼女の力の発動を一手遅らせる。
ヴァサラがそのスキを逃すはずもなく、一本の刀では到底できうるほどの連続突きが罪姫を貫いた。

「百八龍」

「そんな技、何度やっても同じだ。」

罪姫の体はヴァサラの攻撃の速度を上回る程早く回復していく。

「どうかのう。儂が認めた隊長達の力じゃ。相当効いているように見えるが?」

「なんの根拠が…ゴハッ!」

炎の極みで肺が焼かれ、百八龍で全身を貫かれた傷跡が再び浮き上がり、激しく喀血する。この能力には覚えがあった。それはこの形態になった、万象を上書きする自分自身の持つ力。

『ば、バカな…この短時間で私以上に使いこなしたというのか!?』

「わかる。そういう反応になるよね、うん。意味わかんないもん。本来こうはならないし。」

いつの間にか帰ってきていたラミアは、罪姫の反応にうんうんと頷きながら同調する。
自身が数千年をかけて培ってきた呪いの力、万象を上書きし、歴史に介入する術。
その全てが一瞬にしてこの男に共鳴されたなどと受け入れられるはずもない。

それでも、脳が、目の前の光景が、それを受け入れざるを得ないのだ。

「惑の極…「遅い」

『速度が戻った!?いや、更に早い!』

雷の極みと共鳴したヴァサラは、罪姫が極みを放つ前に間合いに入り、その頭に向けて刀を振りかざす。

「くっ!」

苦し紛れに突き出した刀はヴァサラの心臓を串刺した感覚があった。

「やったか?」

「虎月一刀流『唐竹割り』!」

罪姫が貫いたのは『魔の極み』と共鳴したヴァサラが作り出した幻影。
視野の死角に立っていたヴァサラから繰り出された一撃は、文字通り罪姫の体を唐竹割りにする。

砕け落ちた蝕界呪念の鎧は、地面に落ち、ヘドロのように溶け消えた。

中から出てきたのは虫の息の元の姿になった罪姫。彼女はヒューヒューと喘鳴を漏らしながら、ニヤリと笑い、自分自身の首の頸動脈を刀で斬り裂く。

「殺さないように手加減したのか…つくづく甘い覇王だ…知っているぞ。冥界という…場所が存在することを…」

「まずい!」

創造主が何かを行使しようとする前に、罪姫は息絶える。

「まずい事になりました…冥界…私の力でも補足できていない、介入できぬ場所。ヤツがあちらで力を手にしたら…」

「そうでもないようじゃが?」

「いや!できてるー!!!!え?なんで!?」

創造主の力を駆使し、なぜか冥界の扉を開いたヴァサラは、その中へと入っていった。創造主とラミアもそれに続くように罪姫を追う。

冥界

「あわわわわわわわわ!大変じゃ〜!!大変じゃ〜!!あちこちの冥界の扉が開きっぱなしじゃ〜!!これはまだまだ魔女姫が暴れるぞ〜!お前らは何をしていたんじゃ!」

「閻魔王さん。それは説明したじゃないですか。」

小さなサングラスにまるまると太った体にボサボサの髪を振り乱しながらドスドスと走り回る閻魔王にジャスティは、呆れたように頭を抱えながら言う。

そして、その表情を怒りに変え、ジンとヒルヒルに怒号を浴びせる。

「ヒルヒルさ…じゃなくて…ジン!ヒルヒル!お前達は事の次第をちゃんと把握しているのか!俺達は『存在が消されかけてここにいる』んだぞ!」

「へぇ~!魂解(こんかい)ってのもすげえ力なんだな!ユウタ!」

「ジン!お前もスッゲーなぁ!!その極みってのと隊長ってのに俺もいつか会いてぇよ!」


ジンはユウタと冥界に来るなり意気投合し、自身の身の回りのことや隊長達のこと、冥界で行われる戦いについて目を輝かせて話し、ジャスティの声も届かないほど盛り上がっていた。

「おい!!」

「落ち着け。主人公同士がクロスオーバーして意気投合するのはよくある話だ」

「くろすおーばー???それより黒麒麟さん、俺が言った子は見つかりましたか?多分アイツは俺たちより先に…」

ジャスティは心臓を貫かれたイザベラは確実にここにいると思い、黒髪に凄みのある男、黒麒麟に捜索依頼を出していた。
本来閻魔王に依頼を出していたのだが、パニック状態の彼には届いていなかったらしく、黒麒麟がかわりに探すことになったのだ。

「すまない、まだ見つかっていない。冥界は広いからな。それに、もしかしたら…「おい!ショウタとか言うの!お前顔がやっぱり俺様にそっくりだぞ!まさか冥界にまでファンがいるとはなぁ…」

「どこが似てるんだよ!俺はお前みたいなわけわかんないアフロじゃねぇぞ!」

血気盛んな髪を逆立てた少年、ショウタは言いがかりをつけるヒルヒルと口論を繰り広げていた。その大きすぎる声は黒麒麟が話そうとした大事な手がかりをかき消し、ジャスティの怒りのボルテージがさらにあがる。

「落ち着け!中の人が同じなだけだ!」

「「な、中の人?」」

黒麒麟の言葉に一瞬首を傾げはしたものの、依然としていがみ合う二人に、ジャスティが『うるさい、黙れ!』と怒鳴ろうとしたのと同じタイミングで、躓いて転倒し、まるでボールのようにコロコロとユウタの眼前に文字通り転がり込んできた閻魔王は過呼吸のように肩を揺らしながら、全員に冥界武術会の会場に来るように告げた。

冥界武術会の会場では、逃げ込んだ罪姫が暴れ回り、D級C級といった低級の悪魔たちどころではなく、B級以上の悪魔も次々と刻まれ、吸収される文字通りの地獄絵図となっていた。

「ファイアパンチ!」

「微温い。こんなもんで悪魔を救済した私を止めるつもりかい?」

赤髪の男が渾身の力で繰り出した一撃は罪姫に片手で受け止められ、たった一発の斬撃で気絶させてしまった。

「待ちな…お嬢ちゃん」

その中で立ち上がる男が一人。
パンツ一丁に出っ張った腹にネクタイ。
顔にはサングラス、口にはパイプといかにも変態な男に女性達の悲鳴に近い歓声が上がる。

「ベレト様〜!」

「ベレト様逃げて〜!」

「その人は化け物よ、ベレト様!」

『まずい…』

心中で呟いた言葉を飲み込むようにパイプに口をつけるパンツ一丁の男、ベレトは罪姫に殴りかかる。

罪姫は防御の構えすら取らず、そのパンチをそのまま顔で受け止め、まるで効いていない様子で『何か』を得たかのような笑みを浮かべた。

「所詮D級…私もアンタらの力は覚えたよ…『魂解』というらしいね…さっきの男よりも貧弱なパンチ力のアンタに何ができるんだい?」

「ちっ…それでも俺は戦うぜ…ここは武術会場。道場破りの姉ちゃんはお呼びじゃねぇ…」

今の一撃で誰もがわかるほどの圧倒的すぎるほどの力の差。
誰もが意気消沈し、武術会場とは思えぬほどの静寂が辺りを包む。
それでもベレトは自信満々にファイティングポーズを取った。

「魂解…」

罪姫は禍々しいオーラを纏い地面に手を添えると、土が美しくも奇妙な砂金の刀に変わる。

「『万象停滞刀(ゴーイング・ステディ)』」

「ほぉ…まだ強くなるのか…大したもんだぜ。姉ちゃん…」

ベレトはパイプを咥え直し、大きく煙を吐き出して殴りかかっていく。
罪姫はその砂金の刀を槍のような形状に変形させ、ベレトの脇腹に突き刺した。
刺された部分にある臓器の本来果たすべき機能が全て停止したかのような感覚。
ベレトはその激痛とおかしくなってしまった体が原因で、膝が崩れ落ちそうになるのを自身の拳で思い切り叩き、どうにか耐え忍ぶ。

「悪いなぁ…姉ちゃん…」

「アンタの臓物は最早ガラクタ。さっさと降参しな、どうあがいても絶望しかないだろ?」

「あぁ…?関係ねぇなぁ…ここには客も、俺のファンも、仲間もいる。全員俺の背中(うしろ)で避難してる、立たねぇわけにはいかねぇだろ…絶望?知ったことか」

「くだらない。どうしてそうまでしてコイツらを守る?種族がどうあれいずれ裏切るものは裏切る。最愛の恋人ですら裏切る時も来る。」

「だからなんだ?それでも俺は背負うぜ。」

「何故そう言い切れる。」

「俺がハンサムだからだ。」

その自信に満ちた背中に悪魔の子供の声が聞こえる。

「頑張れ!!変なネクタイのおじさん、頑張れ!」

それに呼応するように武術会の観客も続く。

「頑張れベレト!」

「アンタの試合最高だった!」

「ベレト様〜守って!」

「ベレト様、あたし達は一生ファンよ!」

「ベレト様〜やっぱりあんたは世界一のハンサムよ!」

ベレトは握力がなくなりだらりと垂れた拳をしっかり握り殴りかかる。

ー 彼の魂解は『羅武攻流(ラブコール)』彼に投げかけられたポジティブな言葉を力に還元する事ができる。その時、彼に投げられた嵐のような賞賛は、罪姫に放った一撃をA級悪魔以上の威力へと変貌させた ー

「ぐあああああっ。き、きさ…ま」

『ば、バカな…!し、視界が歪む…なんて威力、何たるスピード!』

「俺の一撃はA級以上だ…」

キャアアアアという黄色い完成とともに、親指を天高く突き上げ、ファンに向かって笑顔を向ける。

「あとは…頼んだぜ…兄弟」

ベレトは罪姫の元へ辿り着いたユウタを見て、気合で立っていた体をついに地面に着けた。

「ベレト!!罪姫とかいうやつ!お前だけは許さねえ!!」

「奴は今弱っている。少年漫画らしくないが、ここは四人で一気にやつを叩くぞ!」

「任せろ!魂解!!『連打連打(リンダリンダ)』」

ショウタは自身の魂解を発動し、罪姫にパンチの連打を浴びせるため、懐に飛び込む。

「ラッシュの速さ比べかい?惑の極み『幾億少女』!」

魂解の力、大元から自身に宿る極みを複合させた罪姫の連続突きは、ショウタの凄まじいラッシュを上回り、その突きをショウタのガラ空きの心臓に向けて放つ。

「魂解『鋼騎士(メタナイト)』」

二人の間に割って入った鋼鉄化した黒麒麟が罪姫の刃を受け止め、ジャスティとジンとユウタに攻撃の合図を出す。

「太陽パンチ!!」

「ジン、なんでお前が炎帝の力を!?」

「炎帝?ああ、あの赤髪のおっさんか。なんだろうな。最初に喋ったときからどーも他人な気がしねぇんだ。未熟な無の極みなのになんか異常に共鳴しやすいんだ。」

「当然だ、同じ役者なのだから。「同じ役者って何!?」

「それよりも早くしろ!このスキを逃すな!」

言われなくても、とばかりにジャスティは全身に豪炎を纏う。罪姫が太陽パンチで一瞬後ずさったその隙を彼は見逃さなかったのだ。

「火の極み『焔岩漿溶』:紅熔穿纏(こうようがてん)!!」

マグマがまるで洋服のように罪姫にまとわりつき、その皮膚をドロドロと溶かしながらひどい火傷を負わせていく。

「まだだ!火の極み『焔岩漿溶』:龍頭(ドラゴン・ヘッド)!!!」

刀から打ち出された龍をかたどったマグマが罪姫を更に焼き尽くす。

「ぐあああ!やってくれるじゃないか!!でもあんたくらいの攻撃、すぐに再…生…」

「それ以上喋るな。その火はお前の体内の酸素を焼いている…このまま呼吸ができなくなるのを待て…と言ってもお前は聞かないか…」

「もう一発!連打連打!!」

ショウタの凄まじい連撃が罪姫に直撃する。

「麒麟一揆!!!」

次いで黒麒麟の突き。

「うおお!なんだこのデブの背後霊みたいなの!さっきのおっさんの力か!」

「頭に浮かんだ技を放て!」

「おう!ビッグバン・パンチ!!」

ジンの背後に浮かぶ太った霊体のようなものが渾身のパンチを罪姫に浴びせる。

「「「「ユウタ!!」」」」

「うおおおおお!カサーベル・ストライク!!!」

罪姫に全員の攻撃が確実に決まった。

「再生まで1.5秒…なかなかやるね」

「な…に?」しかし、冥界の者達の魂によりパワーアップした彼女の再生速度はそれを上回るのだ。

ショウタは自身の拳に反動が来たことで最早戦える状態ではなくなってしまった。

四人は苦悶と絶望の表情で罪姫を見つめる。

「諦めなよ、終わりだ。」

「いや、こんなところで弱気になんかなれねえ。そうだろみんな!」

ユウタの激励にジンも笑顔を取り戻す。

「そうだよな!俺の名はジン!現世で覇王になる男だ!!」

「凄んだところで何ができるってんだい?惑の極み『蠱惑色』:殖媒停滞刀(ジーザスフレンド)」

「避けろ!ショウタ!」

「くっ!」

動きが一歩遅れたショウタを庇うように鋼鉄化した黒麒麟だったが、罪姫の『上書きの力』と魂解で習得した『万象を停滞させる力』を織り交ぜた斬撃により、鋼鉄化を消された状態で斬撃をモロに浴び、気絶する。
崩れゆく黒麒麟をブラインドのように使い、ユウタの反撃が間に合わないほどの速さでくるりと体を反転させると、初速を速めた斬撃で、ショウタの体を斬り裂いた。

「ショウタ!!」

「焔朱雀(ほむらすざく)!」

「!!」

ジャスティの放つマグマの鳥は罪姫の頬を一瞬かすめ、ショウタにとどめを刺そうとしていたその手を止めさせる。

「ナイスだジャスティ!ビッグバ…ん?」

ジンの背後に立っていた背後霊のようなものは、ガリガリの頼り無い男に変わっていた。

「その力は炎帝も使いこなせてねえんだ!ジン、危ない!」

「運は私に味方しているようだね!惑の極み『透明少女』」

ショウタを斬り裂いた凄まじい初速の斬撃がジンの頭を割るように振り下ろされる。

瞬間、ジャスティが極みを放とうと手をかざしたのを罪姫の脅威的な動体視力は見逃さない。

ジンへの攻撃をやめ、ジャスティの方へ飛び退くと、空中で回し蹴りを入れ、ドミノ倒しのようにユウタにぶつけ、助けに入ったジンの腹を突き刺す。

「く、コイツ…強ええ…」

「さて、冥界にも馴染んできたね…」

罪姫はなにもない空間に触れ、冥界の扉を開く。そこへやってくるはヴァサラとラミアと創造主。

「やばいよ、援護…「よい。」

駆け出そうとするラミアをヴァサラは手で制し、あちこちに開いた冥界の扉から人間界へ繰り出そうとする悪魔を一撃で仕留める。

「こういう輩がたくさんいるじゃろう。ふむ、創造主、ラミア。地味な仕事は嫌いか?」

「いやいや、これは活躍のチャンスですよ。さっきの私の戦闘はダイジェストでしたから」

「いやいや、このままじゃ負けちゃうだろ!助けないと」

「戯けがッ。この程度で負けては覇王になどなれんわ!のう…小僧」

「ヴァサラのじいちゃん…うおおおお!!」

自身を鼓舞するように空に大声で叫び、ジンは奮起して立ち上がる。

「大丈夫だ、ジン!お前が…いや、お前らが立ち上がれるまで俺がずっと守ってやるからな!!」

罪姫の攻撃をたった一人でボロボロになりながら受けるユウタに触発されたのか、ジャスティは再び刀に炎を灯す。

「お前は終わりだ。『女皇切開(じょうおうせっかい)』」

「ぐあああ…切られた傷が…開いて…」

ジャスティは今まで傷つけられた刀傷が開き、噴水のような血を噴き出す。

「ジャスティ!」

「目障りな男だね、凄まじい火力を持っている…」

「まずいよ!これじゃあ本当に死んじゃ「安心せい。」

「う、うおおおお!させねえぞおおお!!」

不格好な構えで突撃するヒルヒルをまるでコバエでも払うかのように軽々と払い除け、再びジャスティを殺そうと、刀を振り下ろす。

「くっ…俺が身代わりになっているうちに逃げろ!」

振り下ろされた刀はユウタの身体に止められ、またも殺害には至らなかった。


「今だ!土の極み『土蜘蛛』:スーパーハイパーウルトラスペシャルダイヤモンド蟻地獄!!」

冥界にも存在する地面。
それを広範囲に揺らし、罪姫は急停車する電車に乗っている老人のように体のバランスを崩す。

「ちいっ。またこの技か!ザコの分際で!!」

罪姫は自身の眼前に冥界の扉を作り出し、悪魔達の魂を吸い取ることで、さらなるパワーアップを図る。

それは我先にと人間界へ行こうとする悪魔達の魂も吸い取るほどの力だった。あの三人さえいなければ。

「いやいや、だからそっちの世界は私のなんですってば。」

冥界の扉に入ろうとする低級の悪魔たちを、人形劇でもやるかのように、得体の知れない力で掴み、そのまま木っ端微塵に消し飛ばすと、ジン達の戦いを心配そうに眺めるラミアの頭を小突く。

「終わんないですよ?集中!」

「集中!じゃないよ!気になるだろ!」

「いいから!」

「よくないよ!」

「あれですよね。ラミアさんって。仕事ができないタイプ」

「は?」

「いいですか?物事には優先順位があって、今何をすべきか、どういう状況かをしっかり見ないと」

「っっ!!ああもう!うるさいなあ!」

創造主の嫌味にイライラしたのか、爪を噛みながら冥界の扉を守り続ける。

「おのれ…それでも。この冥界の扉はどこかの世界の強者の魂に…」

ーー パァン ーー


罪姫が扉を覗くと同時に、全てが一瞬静まり返るようなたった一発の銃声。
それは罪姫の額を的確に撃ち抜いていた。
冥界の力、極みの力、不死の術、全てを会得した罪姫にライフルなど効くはずがない。

それでも過去の記憶、額を撃ち抜かれた記憶が、彼女の体を深刻なダメージを負ったかのごとく仰け反らせた。

冥界の扉の先でライフルを向けていたのはエプロンを着けたただならぬ雰囲気の男。

ユウタはその男と目が合うなり、歯を見せてにっこりと笑う。

「ウォルターのおっちゃん!!」

「油断するな、ユウタ。済まないが俺にも用がある…助けはこれだけだ。」

「おう、ありがとな!」

「フッ。見覚えのある扉が開いたから来たまでだ。状況は察した。そしてこの一発は、レオーネの礼だ」

ウォルターと呼ばれたエプロン姿の男は軽く微笑むと、扉の奥へ姿を消していった。ボロボロのユウタとボロボロのジン。
依然として劣勢には変わらなかったが、ユウタは魂解のポーズを取り太陽のように笑う。

「次は俺の番だぜ!魔女姫罪姫!魂解『全逆襲(フルリベンジャー)』!!」

「全逆襲…?おそらく受けたダメージをカウンターのように当てる技…不意を突かれたがその程度の一撃を避けるのは造作もない…」

『確かにそうだ…コイツの動きを止めないと、ボロボロでユウタも頑張ってるんだ…くそっ。ここでやらねぇと覇王になんかなれねぇ…思い出せ、思い出せ!黒麒麟とかいうやつより硬くて、ショウタのパンチよりも力強くて、炎帝の一撃よりも重い…そんな力があっただろ!思い出せ!思い出せ!』

ジンは悔しそうに奥歯を噛み締めながら、ヴァサラとの修行の日々を想起する。

「あいつら…悔しいが俺はこの二人を安全な場所に運ぶことしかできん…」

「俺様も手伝うぜ…畜生…俺様は何も役に立たなかった」

「それは違いま…そいつは違う。お前の一秒があの狙撃に繋がったんだ…お前のおかげだ…」

「な〜にメロドラマやってんだよ?」

「ヒヒヒヒ、罪姫様から分け与えられ力、ここで試さなくていつ試す?」

「俺達は悪魔、お前らを殺すのも娯楽なんだよ!」

意識のないショウタと黒麒麟をジンたちから遠ざけるジャスティとヒルヒルの前に力を分け与えられた低級悪魔達が我先にと群がる。

悪魔は背負ったショウタを庇うジャスティの開いた傷の部分を、鋭利な縫い針のようなもので突き刺す。
ジャスティは激痛により、声にならない悲鳴を上げる。ヒルヒルは力を得た悪魔達にまるでリンチのように魂解の応襲を受けたが、それでも背負った黒麒麟は落とさなかった。

ジャスティは数か所串刺された悪魔達の武器を自身の身体から乱暴に引き抜くと、武器を落とさぬように強く刀を握る。

「瀕死の二人に対しよってたかって攻撃をするなど、貴様らは卑劣の姑息のアンフェアの卑怯者だな」

ポカンとするジャスティをよそに、次から次へと湧いてくる悪魔達を薙ぎ倒していく雷。

罪姫に斬られ、冥界へ戻っていた青龍が助太刀し、次々と悪魔を倒していくのだ。
ジャスティとヒルヒルもそれに続くがジャスティとヒルヒルは罪姫に受けた傷の影響で極みが出せないほどに追い詰められていた。

「この一瞬だけでいい、力尽きてもいい、出てくれ!!火の極み:『焔岩漿溶』熕炎(こうえん)」

絞り出した極みは、ロウソクの最後の煌めきのように、凄まじい火力を生み出し、おびただしい数の悪魔を焼き尽くした。

「えと…助けてくれてありがとうございます…気絶してるヒルヒルさんにも後でよろしく言っておきますから。」

立つこともできないボロボロの体で必死にペコリと折り目正しいお辞儀をしようとするジャスティに青龍は苦笑する。


「あなたにはしっかりとお礼を、いつか、改めて。」

「そんな物はいつかお前がこちらに来てからでいい。」

「そうですか…では、これだけ。火の極み『灯』」

青龍の胸元に当てられた炎は文字通り命の灯火を照らし、罪姫に斬られ、完治しきっていなかった傷を癒し、生命力を底上げする。

「では、俺は…「待て」

「はい…」

「お前は現世の…?」

「ヴァサラ軍です。四番隊ってところで副隊長を…」

「フッ。隊長はライバルの好敵手の宿命の相手というわけか」

「そこまで大袈裟なものではないですが…その隊長の妹がこちらにいるはずだ。写真の女性なんですが、見ませんでしたか?」

「…すまない」

「俺は…その隊長の妹を死なせてしまった…」

「その妹はこちらで探しておこう。麒麟とショウタもこちらで引き受ける。守ってくれたことを感謝する。」

いえ、それもヴァサラ軍の使命ですから。

「向こうももう終わりのフィニッシュの終焉の最後の一撃だ。見ろ」

『ずっと思ってたけど変わった話し方をする人だな…』

青龍が指差した方向に見えるのは、激しいオーラを纏ったユウタだった。

「世界は…私の手で…「終わらせねぇ!!絶対に!」

苦し紛れに振られた罪姫の刀を、顔面で受け止めたのはジン。
目の周りに独特な隈取りのような模様が象られたその姿で、エイザンの極みをコピーした事がわかる。

しかし、ジンの不完全なコピーはどれをとってもエイザンほどのものではなく、罪姫の一撃に木刀で殴られたような痛みが走り、奥歯が数本折れる感覚を味わう。

『痛ええええ!でもッ!』

「根性!!!」

激痛をどうにか耐え、罪姫を掴む。

「今だ!ユウタ!!」

「お前を信じるぞ!ジン!!うおおおお!」

「こ、このガキ!!」

「言っただろ…?世界は終わらせねぇってな!これぞ、見様見真似!金剛夜叉明王!!!」

「な、なんという力…は、離せ!」

「俺達の世界は俺達が護る!うおおおお!貫け!カサーベル・ストライク!!」

ジンがエイザンの極みで羽交い締めにした罪姫をユウタの渾身の一撃が貫いたことで、冥界の罪姫は霧散する。

「痛っっってえええ!!!ち、ちょっと斬れた!!まだ全然エイザン隊長みたいにはいかねぇな…」

エイザンがしていたよう全身の硬化が上手くいかず、ジンの身体には大きな刀型の痣が出来上がった。

「まただ…『閉狭(へいきょう)』!」

「「うわあああああ!」」

最後の足掻きのような力で、時間の狭間に閉じ込められたジンとユウタは罪姫と共にどこかの世界へと飛ぶ。

あらゆる世界で酷いダメージを負った罪姫は『時を操り、万象の始祖になり得る力』と『万象を上書きする力』が失われつつあったのだ。

創造主の『気まぐれ』のおかげもあったが、どうにか罪姫が世界を消すことを防ぐことができた。なにより冥界で出会った友と呼べる少年、ユウタの手助けがジンを冥界での勝利へと導いたのだ。

罪姫が二人を戻したのは『今まで戦っていた世界』どうやら力が上手く作用しなかったのはこの世界でオルフェとヒジリが罪姫を相手に奮闘し、追い詰めていたかららしい。

ジンが見たものはヒジリがこの世界の罪姫を一閃する瞬間。

無理な力を酷使し、体力が底をつき倒れたまま動くことができないオルフェも安堵したようにため息をつく。

「妾の中から罪姫の力が…『呪いの祖』と思い込まされていた記憶が消えていくのを感じる…オルフェ…こ度はお主に助けられた…礼を言うぞ」

「っ…はは…ありがとう。僕は約束したことはいつもま…も」

もはや声を出すこともできないほど疲弊したオルフェは、小さく微笑みながら口をパクパクさせて何かを呟く。
極楽蝶花は何も言わず、彼に応えるかのようにゆっくりとオルフェの掌に収まった。

「はぁ…はぁ…終わった…?」

首を綺麗に落としたヒジリの一撃は、冥界から戻ってきたジンたちの目線では罪姫を完全に倒したかに見えた。
しかし、ジンとユウタと戦っていた罪姫が時間を巻き戻し、『あらゆる時代の罪姫』と融合する。

いや、融合というよりは、かつての罪姫へと回帰していくというのが正しいだろうか。

「ここまで追い詰められるとは私もとんだ誤算だった…目障りな敵どもめ。そして…随分…痛めつけてくれたな。」

彼女の姿は禍々しいものではなく、眼鏡をかけた地味な女性。それは伝記に書かれていた『元の姿』の罪姫だった。

「忌まわしい…この『何もなかった頃』の姿に戻るのは何千年ぶりだ?しかし、『力』は再び私に宿ったのだ!!」

罪姫の腕はみるみるうちに蝕界呪念の形を成し一本の巨大な剣になる。

「呪の極み『魔女裁判』:万象廻忌屍理(ばんしょうかいきしかばねのことわり)」

彼女の繰り出した一振りは疲れ果てていたヒジリを一瞬で切り裂き、ジンとユウタに瀕死の重傷を与える。

「土地が…ねえ…!」

ジン達が吹き飛ばされた場所から右側にあった土地は全て今の一撃で消え、海の水面が虚しく揺れていた。

ヒジリは刀を支えにゆっくりと起き上がり、懐に入れていたため血塗れになってしまった自身の時代の地図を取り出す。

「『無い』のではありません…この土地ができたのは数十年前のこと…そしてこの海抜…はるか昔…この場所に土地ができるより更に昔の時代に戻したのでしょう。住民ごと、全て消してしまった。そして、あの一撃を食らった私達も…」

自身の掌が幽霊のように徐々に透けゆくのを感じた三人は最期の力を振り絞り、罪姫に刀を向ける。

同時に、ジンとユウタの心が共鳴する。

『この世界を救う』という心が。

「ジン、これはいけるぜ!俺に合わせてくれ!」

「お、おう?」

ジンは見様見真似でユウタと同じポーズを取る。

「「同調合体(シンクロユニゾン)!!」」

二人の体はまばゆい光に包まれ、一人の戦士へと合体する。

「な、なんだ貴様は!」

「「ユウタとジンでユウジンってとこかな。『なんだ』…だって?俺は『覇王になる男』でも『最強を目指す勇者』でもない!俺はお前を倒す者だ!」」

ユウタとジン改めユウジンとなった二人は、罪姫に斬られ消えかけていた体がみるみるうちに治っていき、万全の状態で鍔迫り合う。

「ほう、かなり強くなったようだが…まだ私には敵わない…ガキ二人が合わさったところでだ…『増怨(ぞうえん)』」

呪怨の塊のような斬撃はユウジンに大きな傷を負わせ、更に罪姫の力を肥大化させる。

「「ちっ…まだ力の差があるのか…」」

「貴様の未来も消えるぞ…」

元々達人レベルの剣技を持つ罪姫は、自身のあらゆる技をもってユウジンを追い込んでいくのだ。

「「くそっ!また体が透けてきやがった。ここまで来て諦められるか!」」

『お〜い、勇者ユウタよ。聞こえるか〜』

『小僧、聞こえるか?』

体が消えゆくユウジンの元に届いたのは閻魔王の声とヴァサラの声。
伏魔殿の閻魔王の椅子の隣でヴァサラは腕組みをしているのが何故かはっきりとわかる。

「「閻魔王のおっちゃん!?ヴァサラのじいちゃん!?」」

『ワシは全世界にチャンネルを合わせて声を届かせることができるんじゃ。このヴァサラは初見でやってのけたが…』

『小僧、お主は一人で戦っていない。ちとばかし力を貸してやろう。光の極みの本質は…万物に力を分け与える!』

ヴァサラの体が光りに包まれ、その光をユウジンの刀に移す。

『勇者ユウタ、そしてジン、お前達の積み上げてきたものを見せるのじゃ!』

「「ありがとう、でも…」」

罪姫の周りに倒れているのは今まで戦っていた者達。彼ら全員を罪姫の周囲から離さなければ巻き込んでしまうことは明白だ。

「火の極み『焔岩漿溶』:焔陽牢(ほむらかげろう)」

自分自身も瀕死の重傷を負っているだろうジャスティは渾身の力で周囲に炎熱の陣を作り出し、罪姫と自分自身以外に境界線を作った。
刀から伸びるそれは、線香花火のように点滅を繰り返し、数秒と持たないことを物語っている。

「技を放て!」

「「バカ野郎、お前も巻き込んじまうぞ!」」

「気にするな!ここにいる奴らを未来を消したいのか!俺一人では数秒も持たん!」

「その通りだ、今、全員楽にしてやる。呪の極み…」

罪姫が極みの構えを取ったと同時にジャスティは左脚に強烈な激痛を覚える。
伸びているのは鋼の茨。
炎が弱まっている場所からオルフェの腕が伸び、遠くのものを手繰り寄せるかのように極楽蝶花をジャスティの脚に触れさせているのだ。

「分かってないね…彼らは君も生かしたいに決まってるだろ。それに、君に死なれたら一番怒るのが今日この場にいるだろ?」

オルフェは鋼の茨をロープのように利用し、力強くジャスティを引き寄せた。

「「やるじゃねえかお前ら!お前らはホントに未来の救世主かもな!!」」

ヴァサラが与えた光の力が巨大な光の刀を形成する。ユウジンに聞こえてきたのは多くの『声』。

『今回はお前に譲るぜ!やっちまえ、ユウタ!』

『お前のおかげで変わることができたのだ。お前は強い。この私に勝ったのだからな』

『兄弟、今のお前さんは俺に負けないくらいハンサムだぜ。だから誰にも負けるこたぁねぇ』

『あ〜ら♡素晴らしい力じゃない♡流石アタシのダ〜リン♡』

『撃て、ユウタ、お前の持ちうる最も最強でナンバーワンにストロングで最も強い一撃をな。』

『うおおお!やっぱり合体は強えな!やっちまえブラザー!!』

『こういう時は全員の力を借りて合体技を繰り出すと確実に決まるものだ。クロスオーバーでは特にな』


『流石わしの弟子じゃ。ユウタ。何も言うことはない。いけ。』


「「へへっ、こいつは外すわけにはいかねえな」」

『喋ってねえで集中しろ。』

『お疲れ様だね〜ジンくん〜。これが終わったらゆっくり休むといいよ〜』

『ホッホッホ…心技体。今のお前さんなら完璧じゃ。』

『ジン!自分を信じて撃て!大丈夫!私達も応援する!心に火を絶やすな!』

『絶対勝って来なさいよ。負けたら治療費倍取るからね!』

『大技は必ず当てる。武術の基本アル』

『良いか、ジン殿!力を貸してくれているユウタ殿への感謝を忘れるな!』

『めんどくせぇな。さっさと決めちまえよ。』

『やっちゃいなよジンちゃ〜ん。これで倒せなかったボクちゃんがかわりにその人喰べちゃうよ〜★ぺろりんちょ★』

『俺様の言う通りにやれば勝てるぞ!ジン!』

『今回は譲ってあげるよ。覇王の座は譲らないけどね!』

『儂の言いたいことはわかるな?』

ジンとユウタとかつて戦った強敵が、ライバルと呼べる者達が、そして仲間の意志が刀に宿る。

「「終わりだ、罪姫!!うおおおおお!!『全反撃共鳴カサーベル・ストライク(ファイナル・カサーベル・ストライク)』!!!」」

「私は…忌まわしきこの国を…」

仲間の力が集まった一撃は罪姫を完全に捉え、その呪いとともに完全に消滅させた。

「「や、やった…俺の…」」

限界以上の力を使い果たした二人の合体は解け、ドサッと倒れ込む。
一歩も動くことができない二人だったが、ユウタの体が冥界の入口に吸い込まれていくことでジンは勝利と同時に別れを悟る。

「じゃあな、ユウタ!次に会う時は俺は覇王だ!」

「ああ!今度は互いに力を借りず、こんなボロボロにならないようにしよう!約束だ!」

固い握手を交わし、ジンは名残惜しみながらユウタを見送った。


冥界

「ユウタがいたから楽しかった。ドジで明るくて、優しくて。そんなユウタがみんな大好きだったから、これで敵四天王シリーズの話は、おしま…「いや勝手に殺すんじゃねえよおおおお!!!!」

閻魔王の勝手なナレーションに帰還して早々にツッコミを入れるユウタだったが、自身の力量以上の力を使った反動か、そのツッコミだけで倒れてしまう。

「無茶をしたな。あの技に耐えられるほどの修行が必要だ」

「ユウタ、一緒に強くなろうぜ!」

「おう!ショウタ!よーし、傷が治ったら修行だ修行!どんな薬にも治療にも耐えて速効で怪我を治すぞ!良薬は口に辛しだぜ!」

「苦いんだぜブラザー!」

赤髪の男のツッコミと共に、冥界にいつもの風景が戻る中、閻魔王は一人ヴァサラのことを考えていた。

『修行をしたユウタがあれだけの疲弊…しかもたった一振りで…覇王ヴァサラ…やはり恐ろしい力だ…敵じゃなくてよかったぁ…』


第1世界

未来

「オルフェ…すまない…俺のせいだ。お前の妹を助けることができなかった…っ」

心臓部に大きな刺し傷を作り、依然として目覚めぬイザベラの近くに佇むオルフェにジャスティは深々と頭を下げる。その手は、悔しさと申し訳無さで震えていた。

「ぷっ…あはははははは!めちゃくちゃおセンチじゃんよ青カビ〜」

パチっと目を開け、ゲラゲラ笑いながらからかうイザベラに青筋を立てる。

「め、目覚めているなら先に言え!俺はお前が死んでしまったと…」

イザベラは胸元の大きなポケットから分厚いロケットペンダントを取り出す。
今回の戦いでボロボロに壊れてしまったそれは、ところどころ錆びついた青い宝石を模したイミテーションの飾りがついたきれいなものだ。

「これは…」

「青カビが小さい頃にくれたやつだよ。運良くこれに守られたみたい。まあまあ刺さったけどね。もっと守れるやつにしてくれんと〜」

「こんな昔のものを今でも…」

「ありがと、ジャス。またアンタに守られちった。マジであたしのヒーローだね。」

いたずらっぽく舌を出して笑うイザベラに呼応するようにジャスティも微笑むと、言葉を続ける。

「護るに決まっている。お前がオルフェの妹だからではない。あらゆる人々を護るために俺はヴァサラ軍に入ったのだからな。」

「…言わなきゃよかった。最悪。帰る。」

イザベラは頬を膨らませてむくれると、ジャスティと目を合わさず、先に歩きだしてしまう。

「オルフェ…俺は今なにか失礼なことを言ったか…?」

「はぁ…分かってないね」

ジャスティに聞こえないようにつぶやくと、過去のヒジリが持ってきていた年表に目を通す。
改変され、罪姫が滅龍の祖であること、妖刀の呪の祖であることが書かれた項目が消えていく。

「解決したみたいだね、ヒジリさん、ヴァサラ軍の…」

オルフェはお礼を改めて言おうと周囲を見回すが、そこにはジャスティと歩いていくイザベラ、そして『見慣れた時代の建物』だけが並んでいた。

「どうやら帰ってきたようだな…挨拶をしたかったところだが…」

「そうだね。一言くらい言う時間が欲しかったかな。」

オルフェは年表をジャスティに渡し、微弱な極みでそれを燃やすと。
隊員の待つ隊舎に帰っていった。


過去

「ひ、ヒジリよ!!どうしたのだその怪我は!!おい!医療班を早く!」

「いや~国王様、面目ない。つい先刻討ったテロ集団の残党が大量の仲間を連れてきまして…休日だったので皆様にはお伝えしないようにした結果、一人で戦いこのような結果に…」

ボロボロのヒジリはペコペコと恰幅の良い国王に頭を下げ、痛む体を治療してもらう。

『苦しい言い訳だったかな』と考えながら…

「そ、そうだ!マリアお嬢様に新しい絵本を!滅龍の祖は…魔女姫という…」

オルフェが持っていたらしい『改竄された絵本』を話をそらすためのダシに使い、罪姫が居たはずのページを開くと、そこはヒジリの血で全ての文字が潰れていたため、国王と共に慌てて本を隠す。

「も、申し訳ございません!国王様!」

「よ、良いのじゃ、良いのじゃ!お前が無事ならそれで!ほ、本はきちんと処分してくれればな…」

「は、はい…」

読めなくなった字、表紙に居た罪姫が消えたことで、ヒジリはゆっくりと微笑み、その本を自身の部屋のゴミ箱に捨てた。


第7世界

「なんで僕がこの世界にいるのさ…」

「めんどくさいんですもん!自分で帰ってくださいよ!」

「君が帰すって言ったんだろ!」

「じゃ!!」

右手を軽く挙げ、フランクに挨拶をすると、創造主はラミアを第7世界に残して消えていった。

「自由すぎるんだよ…裏の…「すみませーん!ボール取ってくださ〜い」

第1世界に帰ろうとしたラミアの足元にバスケットボールが転がってくる。
遠くから元気な声をした少年が大きく手を振り、こちらへと近づいてくるのを見て、ゆっくりボールを投げ渡すと、用事が済んだはずの少年はこちらへ近付き、ラミアをまじまじと見つめた。

「うお〜!すっげー!!マジで本物のラミアみてー!劇場版面白かったっすよね!試合と重なっちゃってリアルタイムでは見れませんでしたけど…これからイベントかなんかっすか?」

「劇場…?イベント…?まぁ僕はラミアだけど…」

「あ、すみません。俺、大和タケルって言います!俺も同じ漫画の大ファンなんすよ!あ、先輩呼んでるんで行きますね!」

元気な声をした少年、大和はラミアをコスプレイヤーと勘違いしたまま元の場所へと戻っていく。

『元気な子だな…あとあの球遊び面白そうだな…今度僕の街でやってみよう…』

一人取り残されたラミアはバスケをしている大和達を見て、『自身の街で取り入れてみようかな』と考えながら、第1世界へ転移した。

『本物のラミアなんだけどね…』

新島で共に戦った何かを知っているらしい女性は小さくつぶやき、なんとなく開いたスマホの画面に映るネットニュースに青ざめ、『福岡 新幹線』と検索し、地元に戻るための手はずを整える。

ネットニュースにはこう書かれていた。

ー白昼の福岡市の商店街で激しい銃撃戦、大規模抗争か。市民一名死亡。
買い物中の主婦数名が重傷。指定暴力団海皇会直系大沢組若頭、広山辰二容疑者を全国に指名手配ーと。


第1世界

未来

「なぁ、オルフェ。」

「なんだい?」

「罪姫が時間を歪め、妖刀を呪った時、初代の持ち主が来たことで村正以外は二本になったよな?」

「そうだね。」

「極楽蝶花は三本のはずだろう?お前の母親が現代で持っているはずだ。」

なぜ彼女は戦いに参加しなかったのか、巻き込まれなかったのかというジャスティの疑問にオルフェは珍しく黙って考え込む。
そして、一つの結論に至り、らしくない笑い声をあげる。

「あはははは!僕も君も気付かないもんだね。こんな簡単なことを。」

「?」

「極楽蝶花は世界一美しい母上を世界一愛している。それだけの事だよ」

「それが呪いと何の関係があるというんだ?」

ジャスティは首が捩じ切れそうなほど大きく首を傾げる。

「『恋は盲目』ってやつさ。母上のことが好きすぎて、自身の呪いの出所が変わったことすら気づかなかった。それだけの話だよ。長年愛し合った夫婦は相手がそこにいるのが『普通』だろ?」

オルフェは『なるほど』と感心している(あまりピンときていないのか、『なるほど』に?が付いてはいるが…)ジャスティを横目に、紅茶を一口すすり、極楽蝶花の鞘を優しく撫でた。

「オルフェ、『妖刀:ルフ・タダンラシュ』はイザベラが持ったままか?」

「そうだね。そこそこ仲良くやってるみたいだ…」

オルフェは窓の外を眺めて自身の妹と彼女の持つ妖刀の事を考える。

「フランス料理屋さぁ…「その呼び名をやめろ。あと我でレモンを切るな」

ボロボロの刀に擬態していないルフを包丁のように使い、サクサクとレモンを切るとそれを絞り出し、即席のハイボールを作りシーシャと共に堪能する。

イザベラは楽しそうだが、ルフは心から扱いに対して不満そうだ。

「あたしのとこ居たら一生この扱いなんよね。離れないでいてくれるんは嬉しいけど、大事な相棒だし。」

ルフは笑ったのか刀身がギラリと輝く。

「で、イタリアンを食いたいって言うルフのアイディアなんだけど…」

イザベラはルフを『今日の食事』と書かれたダーツの的に投げる。

「当たりました〜ァ。中華に決定で〜す。」

「おい、活躍したのは我だ。我の…「当たりました〜ァ」

「おい!」

二人の騒がしいやり取りは続いていく…

「あ、でも。」

イザベラは小さな瓶に入ったライマを手に取る。

「新人の意見も聞かんとね〜。中華でいい?」

「お前聞く気無いな…?」


現代

「…ん。痛ッ!!」

目を覚ますと同時にラディカは激痛に苦悶の表情を浮かべる。
皮膚呼吸ができないほど全身に火傷を負っていた自分が随分綺麗になったものだと感心する。
危険な戦いだった。特に終盤、自身が本当に勝てたのかまるで記憶にない。

「ずいぶん寝てたわね、無茶するからよ。」

「私は…「勝ったわ。危うく引き分けになるとこだったけど」

ハズキは包帯まみれのラディカが目を覚ましたことをカルテに記すと枕元に村正を置き、部屋の扉を開け、立ち止まる。

「さっさと治しなさいよ。ただでさえ人手不足なんだから、休んでる暇なんかないわ」

「そう、悪いわね。早めに治すわ」

ラディカは村正を鞘から抜くと刀との対話を始めた。

「初代は罪姫に喰われた。完全にな。他の妖刀と違い最早この世に欠片も残存していない…そして、その力が俺に宿った。負の感情とは違う。最悪な気分だ。酷く気持ちが悪い、10日間風呂に入っていない力士に囲まれたような気持ち悪さだ。体調だけがすこぶる良くなっているのが更にイライラを増幅させてくる。」

ネチネチと初代の力を得たことを嫌味混じりに解説する村正にラディカは苦笑する。

「そう。いいんじゃない?少なくとも私は『負の感情』とやらで過去をある程度精算できたわ。それにアンタ、初代も二代目も嫌いでしょ?」

「…そうだな。」

ラディカはハズキの計らいで置かれていた『彼』の遺品を握りしめて『仇が討てたこと』を改めて実感し、小さく微笑んだ。
窓の外を眺める彼女の瞳からは、一筋の雫が零れ落ちる。

かつてのヴァサラ軍の隊長、アサヒの名が刻まれた墓の前で猫の姿で丸くなっているソラは、風呂敷に変形していた骸からお供え物の果物を取り出し、墓に供えて、再び座る。

「しかし無茶苦茶な敵だったな。村正二本以外が犠牲にならなかったの奇跡だぜ。ま、二本目の刀は全部取り込まれちまったがな。」

「まだあちこち痛くて情報屋もできないし、当分は療養かな…」

「隊舎にも行かねえのかよ?」

「アサヒ隊長のとこにいるのが一番落ち着くからね。しばらくここでいいよ」

「話が合うな。俺もあいつら嫌いだからな。ここでいい」

「頼むから総督とかにはそれ言わないでね?」

「ケッ。うるせえ野郎だ」

ソラは骸を再び首輪に戻し、くるりと丸くなり、スヤスヤと眠った。

山奥の寺子屋にとある男が訪れたことでエンキは臨時休校の旨を生徒たちに伝え、『秘伝の激辛料理』を振る舞う。

「こぉ〜して見ると随分老けてんだなあ…お前。」

「お前も随分見た目が違うが?」

「ま、そうだな。俺の脚もこんなだしな」

先の大戦で吹き飛ばしてしまった片脚をひらひらさせ、エンキは苦笑する。
鎌鼬は強かった。自身の波動を吸収し続けるダンザイの及ぼした『中途半端な呪い』の影響はエンキだけでなく、この男を全盛期に還し、かつて隊長だった頃と同等の『命のやりとり』を楽しむことができたと思う。

「だが、やっぱり生きてたか。ダンザイの持ち主はそうでなきゃいけねえよ」

「と…なると…来た理由もわかってると捉えていいか?」

「当然!」

「何度でも来いよ、楽しくてしょうがねぇ」

「これが老後の趣味ってやつか?楽しませてくれるぜ」

エンキと鎌鼬は地面に刺したダンザイの前で『普通の刀』を抜き、笑いながら刃を交えた。

「どっちもがんばれー!!」

ダンザイから可愛らしい少年の声が響く。

シンラの前で頭を抱える京都弁に着流しの着物を着た眼鏡の男は、一枚の地図を渡す。

「困った事になったわあ…これ見てや」

「ご苦労様です。メイネさん。ありがとうございました。」

京都弁の男、メイネは『堅苦しくせんでええて』と言うと、依然として行方のわからない妖刀『吸血白百合』の居場所について話し始める。
柔らかい物腰この男、かつてはヴァサラ軍の一番隊隊長を務めていた実力者だ。

「ここは娯楽都市ルピナス。バカでかい賭博施設や。ここのトップのファブナーって男はどえらい強いで。」

「それは存じてます…白百合はそこにあると?でしたら全員の傷が癒えるまで…」

「せやなあ…傷が癒えるまで『黙っとけ』って事や」

あっさりと白百合を捨て、何を思ったかどこかへ消えてしまったシロツメの行動を奇怪に思う間もなく、シンラはメイネに依頼し、回収することができなかった(捨てたはずの場所になかった)その妖刀の存在する場所を探していた。

「白百合の場所はほぼ確定や。それともう一つ、どーもルピナスに怪しい『妖気』が漂ってるんや…私はそういうの探るの得意やろ?ほな、もう少し調べてみるわ」

「あ、ありがとうございます。」

メイネはひらひらと手を振り、隊舎を後にする。

メイネが調査していた場所に転がっていたのはジンとユウタが倒した罪姫の一部。
子宮のような形をしたそれは母親の胎のように蠢き、融合した村正がそれを貫くことで二つは融合する。

罪姫だったはずのそれは一人の男性へと変貌し、持ち主のいない妖刀を探すためその足はルピナスへ向かう。

ここは娯楽都市ルピナス。
今日もギャンブルで全てを失った数多の債務者が労働施設へ送られ、豪雨のように現金が舞い散る。

豪華絢爛な指輪をつけ、ファーコートを羽織った男は、目を閉じて『何かを見る』きらびやかなドレスを着た女性と、スーツを着た男性に話しかけた。

「ココ、何か見えたか?」

「『もうすぐ刀を欲する者が現れる』ですかね」

ドレスを着た女性、ココが答えると同時に、額縁に入れた吸血白百合を賭場に飾る。

「カイナ、今回は今まで以上に現金が飛ぶ、相当モメるぞ。頼んだ…そして、『刀を欲する野郎』は俺が仲間に引き込む」

「はい、ファブナー様」

スーツを着た男性、カイナは、莫大なレートを上げた吸血白百合についての説明を始めた。

「この刀は『最も人を殺した』曰く付きの妖刀だ。だが、我々はそんなものを恐れない!そうだな?レートは上げておいた、この島全てが賭場だ。」

カイナの演説に華を添えるように、豪華絢爛な指輪を着けた男、ファブナーが続ける。

「ここでのやり方はテメェらもわかってるな?『奪え』!『賭けろ』!欲望は全ての力になる!!」

「すまない…」

村正と融合した『あの男』がカイナに話しかける。

「あの刀は誰にでも渡せるのか?」

「あなたは…?」

「俺の名は…罰夢(ばつむ)、と…呼んでくれ」

融合した男、罰夢とカイナの会話を横目に、ファブナーは別室に呼ぶようジェスチャーをする。

「一足遅かったわ。こらぁ…アカン。」

ルピナスに乗り込んでいたメイネは二人を尾行し、別室に侵入した。

「ナムちゃん。なんでここにきたのー?」

「仕方ないっしょ?しゃれら。社長命令なんだから。」

チャラい見た目の舌に奇妙な入れ墨を入れた僧侶のような服を着た男、ナムと、刀から輸血チューブが繋がった子どものような喋り方のかわいらしい女性、しゃれらは娯楽都市から少し離れた謎のテロ組織の旗が揺れる岸辺に上陸しながら、面倒臭そうに話す。

「周辺にテロ組織、娯楽の街…シンラさんの言う通りなかなか骨が折れそうだネ。」

刀を二本腰に携え、短髪に眼鏡の女性は、同行してきたヴァサラ軍の伝令係に言伝を頼む。

ヴァサラ軍、隊舎

「伝令です!」

シンラは女性が上陸した合図を聞き、あまり傷を負っていない隊員達を集める準備を始める。

「その前に…今は休息だな。」

疲れ果て、ぐっすりと眠る若き三人を見てシンラは呟いた。

ー【劇場版ヴァサラ戦記】FILM:SWORD 妖刀と呪いの始祖ー
終わり


おまけ

時は罪姫の呪いがまだある頃に遡る。

「ゔ〜…」

ベッドに横たわる美しい女性は高熱にうなされるように何かをつぶやく。

「極楽…蝶花」

「だから、刀は風邪ひかんのよ!お前ホントに重症じゃんか!!」

「心配するな…ワタシは…お前とともに…いるぞ」

極楽蝶花をぎゅっと抱きしめる女性は、苦しそうに起き上がり、看病していた左目に大きな傷のある男が用意したリンゴを一口齧ると、再び倒れるようにベッドに不時着する。

「すまない…熱を出してしまった…弟子にも謝ってくれ…」

「いいから寝てろって!薬調合うまいやつが仲間にたくさんいるんから。とりあえず刀は置けよな」

「ダメだ…何故かダメだ…そんな気がするのだ…」

「んん?」

『あのクソ青髪男!妾がどれだけ必死に呪いを堪えているかも知らずに!ああ、我が美しき主人。妾の呪いでこんな姿に…解けなければ、妾が魔女姫を…』

「ゔ〜…すまない…あの時買い物に出かけなければ…」

「気にすんなって。薬貰ってくるわな」

極楽蝶花最後の一振りはこのようにして人知れず戦いに巻き込まれなかったのだ。

おまけ2

「いや~!ヴァサラ軍カレーは美味しいな!」

「閻魔のおっちゃん!何観光してんだよ!」

戦いを終えたジンの隣に並ぶのは部外者の閻魔王。彼が功績を話したのは全ての事情を知っているハズキ。
そうしてこのような形で肩を並べて食事をしているのだ。

「罪姫の魂は冥界に行ったんだろ?いいのかよ、いなくて。」

「何じゃ、心配するな!次は冥界武術会の三回戦。ちょっと暴れたいやつがいるから任せただけじゃ!」

「暴れたいやつ?」

冥界にいるのは罰夢に力の殆どを奪われた、『魂解』のみの罪姫。
彼女は再び蘇るため、閻魔王を襲おうと画策していたのだ。それを止めるのは般若面のようなマスクをした白髪の男。

「噂の魔女姫も、随分力を失ったようじゃのう。」

「なんだと?」

「いや、これなら三回戦の準備運動にはなるか」

冥界の天候は荒れ、大粒の雹が降る。

第??世界

珍妙なマスクをした男は『こちら』に向けて話しかける。

「劇場版、楽しんでくれたかな?今回は、『シネマンガテレビ』感を強めたらしい。…俺は出なかったけどな。」

マスクの男は襲いかかる二人の男を斬り伏せ、話を続ける。

「おいおい、自己紹介がまだだぜ。俺はデッドドゥーム。え?お前なんかどうでもいいから雹がどうなったかって?それはこれからのお楽しみ。」

映画のフィルムをパラパラとめくり、デッドドゥームは『続き』を公開する。


第3世界

「おや、外は雹のようですね…せっかく外に行けたのに、残念だ。」

男はナイフとフォークを取り出し、メトロノームがやかましく鳴る部屋に結束バンドで手足を拘束した女性を連れ戻した。


第8世界

「通信障害!?くっ、雹の影響か?」

「エージェントハートランド。こちらは予備電源で対応している。雹で高性能通信機器の本拠地からの連絡が途絶えた。次は潜入時に連絡する」

「了解」

『こんな時に…』とハートランドはぼやき、任務の場所へ潜入する。


第1世界

「ふーっ。どうにか雹に打たれずに済んだ…」

「イテテテ!イテ!イテ!」

軽やかに食堂へ走り込むルトと、雹に当たりながらどうにか入り込んだヒルヒル。
ヒルヒルは閻魔王をみるなり大声で叫ぶ。

「お前!」

「誰?この人?」

「しー!いちいち話してたらカレーが冷めてしまうわい!自己紹介は後後!それに、始まったようじゃからのう。」

各世界を覆う空はいっそう暗くなり、雹は勢いを増していった。

ここは忘れ去られた島、そこには海龍が住み、佇むのは一人の少女。「雹…?この島では何年ぶり…?」

少女は降り落ちる雹に手を翳し、物憂げに空を見つめた。

ここはとある王国。
どこで買ったのかいかにも胡散臭い都市伝説系の本を抱え、ドタバタと四人の従者の元へ走っていく。

「皆さん!これを見てほしいですわ!」

「ん…?エタンセル…に伝わる妖刀:ルフ・タダンラシュ…と…悪魔の…遺跡…?この…本…」

「姫様、お言葉ですがこんな古臭い都市伝説今では子どもも信じませんよ…」

「こういうのは信じるところからですわ!!」

「一理あるわね。優れた学者は好奇心から生まれるもの。」

「姫様、その遺跡に行く際は私も同行いたします」

「よーし!!大っっっ冒険ですわ!」

姫らしき女性は空にビシッと指を立ててキラキラした目で言う。

「〜で、おっさんは何の用だよ?」

ジンは改めて閻魔王に尋ねる。

「ふーむ。実はな、冥界以外にも『地底の国』があるそうなんじゃ。わしも行ってみたくてな。」

「地底の国?それって…「ええい!言うな言うな!わしの楽しみがなくなるじゃろう!腹ごしらえが済んだらわしは地底の国に行くぞ!カレーおかわり!ハラミ一丁!!」

「おい!俺の分まで食うな!!」

おまけ〜終わり〜












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