【スパイ映画あるある】奪われた化学兵器【凄まじい破壊力の兵器を取り戻す雰囲気】

酩酊状態とは今のようなことを言うのだろう。
もう何杯飲んだかわからない。
かつてはデルタフォースのランドーといえばそこそこ名が通っていたにも関わらずなんてザマだと自分を嗤い、グラスに残ったウィスキーを勢いよく飲み干した。

「うっ…」

しまった。このタイミングでこの飲み方はまずかった。
時すでに遅し、ランドーはぐるぐると回る景色と共に机の上に勢いよく突っ伏して昏睡する。

「…さん」

「お客さん!もう閉店だよ。そろそろ帰ってくれ!ったく、アンタ飲みすぎだ。ホラ、水飲んで帰んな!」

何時間眠っていたのだろうか、明らかに苛立った声をしているバーの小太りの店主が自分を叩き起こすのがわかる。
頭がぐらぐらする。立ち上がるのにも時間がかかりそうだ。

ランドーは出された水を飲み、どうにか酔いを覚ますため、さらに30分ほどバーの椅子に腰掛ける。

「ハァ…アンタ外で車に轢かれたりするなよ…」

「心配ない…多分な」

「多分じゃ困るんだよ!うちのバーで死人出したなんて、客足が減っちまうだろ?」

「その人、私が引き取るわ。ごめんなさい、店主さん」

「あ?姉ちゃんの連れか。だったら早く迎えに来てくれよ…あああ!!オイ!こんなとこで吐くな!」

真っ赤なドレスに特徴的なベレー帽。今まで沢山の女性に出会ったが、この女が『一般人』じゃないことはわかる。何よりの証拠に、自身に触れたときに当たった服の感触。
これは明らかに『武器を仕込んでいる』感触だ。
戦場経験が長かった自分が嫌になる。すっかり酔いが覚めて今は『警戒』状態だ。この女が銃火器か、はたまたナイフか、どちらを抜いてもすぐに相手の首の骨を折る体勢は整った。

「邪魔したな。」

少し震える手で勘定を置き、女と共に店を出る。店主が『道で寝るなよ!』と声を張り上げるのに適当に手で返事をし、女に声をかけようと口を開いた瞬間、マフィアの男達に銃口を向けられていることに気づく。

「おい、女。お前何者だ?」

「詳しい話はここを切り抜けてからでいいんじゃない?ねぇ?ミスターランドー。」

「俺の名前も筒抜けか、ますますお前の素性を聞かないわけにはいかなくなった…な!」

な!のタイミングで、泥濘んだ地面の泥を蹴り上げ、目の前の男の視界を潰し、力いっぱい顔を殴打する。

「ブハッ…!」

勢いよく鼻血を吹き出し、気絶した男の銃を奪うと、銃口をこちらに向けた男の肩を撃ち抜き、戦闘不能にする。

「伏せろ!」

女の眼前に構えられた銃。ランドーは奪った銃をリロードし、そちらに向けるが、一歩早くその女の小綺麗なネイルアートから小さなカッターナイフの刃のような物が飛び出し、敵の片目を潰す。

「うああああ!目が!目がぁ!!」

「っ!この女!」

スカートに巻いていたベルトは外れると同時に金属製のメジャーのように伸び、隣の男に強烈な電流を浴びせる。

「大丈夫。これでも全身武装してるのよ?」

「…それは頼もしい」

ランドーは遠くの敵を銃で撃ち抜くと、背後に立つ男に強烈な肘打ちを打ち込み気絶させた。
数分で片はついたものの派手に暴れてしまった。バーの主人に気付かれていないかと少し不安になる。
警察でも呼ばれたら事が大きくなる。それだけは避けなければならない。

「ったく…あの野郎、ゲロまみれにして帰りやがって…次来た時に清掃費用ふんだくってやる。」

幸い店主はこちらの揉め事に気づいてはいないようだった。
ランドーは女が横付けしたBMWに襲ってきた男たちをトランクに入れ、成り行きでその車に乗り込み、その場を離れる。

「ごめんなさい。名乗り遅れて。私は『カレット』とでも呼んで。綴りはカクテルの『Karetto』と同じ。」

「カレット…?そいつはゴッド・マザーの…「その名前はあまり好きじゃないからやめて。武器を作ってるだけで『神の母親』呼びはちょっと…」

ランドーはカクテル名のコードネームと武器を作っているという発言からこの女性、カレットがどこで何をしているのかすぐに分かってしまった。

「あんた、ザ・ロイヤルの…?何故狙われている?こいつらはどこの組織だ。」

「ちょうどいいわ。それに関しての依頼よ。私と『とある兵器』を回収してほしいの」

「あそこには凄腕の武器商人がいるとは聞いていたが…まさかこんなに若い女だとはな。で?なんの依頼かと思えば武器の横流しか?」

「ただの武器なら別に作ればいい、別に私は自分が作ったものの力を試してもらえるなら横流しにも目を瞑ってる。今回のものじゃなければね。」

カレットが手元のボタンを押すと座席が後退し、大きなスクリーンが降りてくる。
そこに映し出されたのは大量の化学式。

「俺は化学専攻じゃないぞ?」

「黙って聞いて。この兵器の名前は『ナノ粒子』。ザ・ロイヤルでも使用は禁止されている…」

「ナノ粒子?そんな兵器聞いたことねぇぞ。」

「私が作って存在から消したの。この小さな瓶で都市一つの人々の細胞を喰って内部から崩壊させる…」

カレットはゴテゴテの金属ケースに入れられた小さな瓶を見せる。

「もう一つの問題点は、増殖させる方法が簡単すぎること…まだ敵は気づいていないみたいだけど…遅かれ早かれ確実に気付かれる…もってニ日ってとこかしら?」

「二日?そりゃちょっと早すぎんじゃねえのか?弾丸ツアーでももっと時間をかけるだろ」

「だからあなたに頼んだのよ。これを流した裏切り者は私が見つけて対策はした…でも遅かった。すでに兵器はこいつら…『ネルガーサイエンス』の手に渡っていた」

「ネルガーサイエンスだと?」

ネルガーサイエンスとは、軍需産業を中心とした大企業ネルガー重工の化学部門で、兵器開発のためにはどんな手も使うことで悪い噂も絶えない場所だ。

それほどの企業を敵に回すなど明らかに話が違うとランドーは舌打ちをする。

「こいつらはそのネルガーサイエンスの送り込んだ刺客というわけか。」

「そうね、この程度の雑兵なら余裕だけど、会社の中心部に行けばそうはいかない。特に私一人じゃね」

「ザ・ロイヤルの仲間は?」

「悪いけど、助けは期待できないわ。『ナノ粒子』の流出なんて有象無象の暗殺者が集まるあの場所で言えないもの。だから今求職中のあなたに頼んだの」

「求職中ね…」

やけ酒とばかりにスキットルを開け中身を飲もうとするが、カラな事に気づき余計に苛立ちが募る。

「今から私達は『運命共同体』つまり『家族』。ファミリーは見捨てないんでしょ?ミスターランドー。」

その言葉を言われると弱いなと大きくため息をつき、このまま本拠地に行こうと声をかけようとするが、突然閉められた車のブラインドと、それに比例して暗くなった車内に気を取られ、口を閉じる。

「ごめんなさい。でもここは秘密なの。とりあえず装備を整えましょ。『私の自信作よ』」


ザ・ロイヤル:武器開発ラボ

「随分と警戒されているんだな」

「ここは武器の製造、流通の全てを請け負う場所。私と武器製造に携わる数人しか知らないわ。ナノ粒子を盗んだ男も入れるくらい優秀だったのよ」

『とにかく』とランドーの言葉を制すと、カレットの『K』が刻まれた武器を広げる。
戦場経験が長いランドーにはこの武器がどれをとっても素晴らしい出来…いや、それ以上の性能を秘めていることが持つだけでわかった。

「凄いな…」

「全部私の作った特注品よ、当然でしょ。ザ・ロイヤルの殺し屋たちにも流通させてないものもある」

「・・・・・・」

「…ちょっと聞いてる?」

「悪い、真剣に選んでいた。とりあえずこれは必須だな」

無言、かつ真剣に武器を選ぶランドーが最初に取ったものはマシンガン。
幾多もの戦場をこれだけで渡ってきた自負も当然の如くあるぶん手に馴染むのだ。
予備の弾丸をたすき掛けにし、カレットに声を掛けるが、『待って』と静止される。

「もっとたくさん持ってきなさいよ」

「戦場で馴染んだ武器でいい。この手榴弾も素晴らしい性能だ。これで充分戦える」

「これもどうかしら?」

「ん?」

カレットが投げ渡したのはランドーの服にそっくりのもの。
素材が少し軽いのは肌触りでわかるが、わざわざ着替える意味はないだろうと、自身の服のニオイを嗅ぐ。

「そういう意味ではないのだけど…」

「それ以外ならなんだ?ゲロでもついてるか?」

「武器商人が渡してる時点で気づいてもらえると嬉しいのだけど…」

カレットの言いたいことも伝えたいこともわからなくはない。
しかし、それでも今手に持っている服の素材が、手触りが、軽さが、『臭う(あるいは汚いものがついている)から着替えろ』と言われているようにしか思えないのだ。
防刃チョッキや防弾チョッキの類は性能と引き換えにそれなりに重さもある。
だからこそこの状況を、服の性能を飲み込むことができない。

『ここはザ・ロイヤルの武器商人を信じてみるとするか』

ランドーは着慣れたタンクトップとズボンを渡されたものと取り替え、準備ができたことを告げる。

「隠し武器は無し?変わった人ね。」

「生憎戦場育ちでな。細々したものを扱うのには慣れてねえ」

有事の際の手榴弾や予備の銃器をベルトに装着し、再びBMWの扉を開ける。

「ん?」

車を開けるとともに感じる違和感。
とりあえずといった形で隠した敵の姿がない。
ザ・ロイヤルの行動はこうも迅速なのかと恐ろしさすら感じる。

「さ、行くわよ。敵の本拠地へ」

「…案内は任せた」


『ー顔認証・照合ー コードネーム:Karetto、運転ヲ許可シマス』

無機質な機械音とともに赤外線による認証が行われ、ひとりでにエンジンがかかる。
これなら盗難の心配はなさそうだ。

「フッ…この程度じゃもう驚かん。カレット、このまま目的地まで一直線か?」

「…ッ!」

「おい、聞いてるのか?」

カレットはスピードを制御するボタンを何度も推しながら、明らかに意志に反して動いているハンドルを強く握る。

「…やられたわ。さっき倒した奴らに車が細工されてる…おそらくネルガー重工製の傍受機…私は外部からハッキングして車を制御してみる。運転代わって。」

「いーや、そういうわけにもいかなそうだ」

いつの間にか武装した車にまるであおり運転でもされるかのようにピッタリとつかれている。
その車から箱乗りのように顔を出してこちらを狙うネルガーサイエンスの刺客。

「直すまではもたせてやる。俺を振り落とすなよ。」

ランドーはそう言って車のドアを開け、ボンネットに乗り、マシンガンを構えた。

「うおおおおおお!!!」

凄まじいスピードでぐるぐると回る車。
照準の合わない銃撃はけん制程度にしかならないことはわかっていた。

「だが、それはお前らも同じこと!」

銃の構えでわかる。それなりの修羅場はくぐってきているのだろうが、一人一人の銃撃は到底戦場で通用する代物ではない。

ハンドルの回り方はランダムだが、敵がこちらを狙う時に横付けするタイミングは一定。
ランドーは自分自身を落ち着けることで、回転する車と敵が重なる瞬間を見極め、発砲する。

「うあっ!!」

「こ、こいつ、的確に俺たちを狙って…!!」

「どうだ?車の修復はできそうか?」

「今やってるわ!」

「次から次へと襲ってきやがる!長くは持たねえ!」

「わかってるから黙ってて!」

二人の悶着はタイヤの向きとはまるで違う方向に車がズリズリと引きずられていくことに気づいたことで止まる。
何かに引き寄せられているのだ。

「トラクタービーム!?ネルガー重工の科学力も捨てたもんじゃないわね」

「褒めてる場合じゃねえぞ!外部から引き寄せられちゃ、どうすることもできねえだろ。奴らの車でも奪うか?車の中にガトリング砲。装甲はちと柔いが、俺が今みたいに援護すれば問題ねぇ」

「いや、スピードで振り切れない分不利になるわ、方法は一つだけ…時速88マイル(約141km/h)にこの車が達することができれば…」

「88マイルだと!?勘弁してくれ…こんな敵に囲まれた場所で、ビームに引きずられて!?出しようがないだろう?」

「この先に直線の道がある…そこからどうにか…」

「俺はトラクタービームの車を破壊しろってことか?無職使いが荒いぜ…」

ランドーはぶつぶつと文句を言いながら、強引に道を塞ごうと迫ってくる二台の車のタイヤを打ち抜き、同時にクラッシュさせ、カレットから渡されたヨーヨーのようなものでトラクタービームを放つ車とこちらのBMWを繋ぎ、まるで滑車のようにその間を行き来する。

「くっ!この野郎!」

「さっきの道具を使っている時にもうわかった。あの時点で俺を撃ち殺せない程度の戦闘経験ではこの状態になった場合の勝敗は見えている」

銃を抜こうとする男の目の前にあるフロントガラスを蹴破り中に入ると、あっという間に二人の男を絞め落としてしまった。
コントロールを失った車は車道を外れ、近くの池に沈んでいった。

「ふうっ。振り切ったか?」

「これで振り切れたら苦労しないわよまだまだ後ろから着いてくるわ」

「ちっ。しつけえ奴らだ。おい、スピードは?」

「現在時速55マイル、65、75、85、よし!時速88マイルに到達!!」

カレットの運転する車はまるで滑走路から離陸する飛行機のように高く飛び上がった。

「こいつは驚いた。空飛ぶ車とはな。まだまだ科学的に実用不可能って聞いてたんだがな」

「鋭いわね、これは飛んでるんじゃなくて『滑空』よ。数百メートル行けば着陸するわ。でも充分。数百メートル先に『敵の本拠地』があるもの」

ランドーが聞きつけたのは敵のヘリの追跡音。

「充分…?」

「何もなければね」

「ああ、またこんな感じか!クソっ!人生で二回も空から落ちる人間なんているのか!ちくしょう!」

「…そういう事はもっと早く言ってくれる?アンタとはもう一生乗らない」

「その一生が今終わっちまうかもしれねえぞ!!避けろっ!」

敵のヘリが射出したミサイルを辛うじてかわし、機銃掃射はその頑強な車体によりどうにか防ぐ。
それでも空中用の反撃武器がない時点でいずれやられる事は確定しているのだが…

「弁償代、二割ほど負担して貰うわよ」

カレットは車につけられたガラスで守られたボタンを押し、煙幕弾を敵のヘリにかけ、完全にエンジンを停止させた車を視界が悪くなった機体にそのままぶつけ、大爆発を起こした。

スカイダイビングのように落ちていく二人。

「めちゃくちゃだな、アンタ。」

「仕方ないでしょ。パラシュートはきちんと渡したんだから文句言わないで」

「ここで撃たれたら終わりだな」

「確かにね。まぁ、これは運よ」

「…めちゃくちゃだな…アンタ」

同じセリフをため息をつきながら言い、銃を構えて最低限の迎撃の準備をしつつ、ゆっくりとパラシュートを開く。
カレットの誘導と説明は分かりやすいとつくづく思う。行ったことも見たこともないネルガーサイエンスの裏口に軽々と着陸する事が出来たのだから。

「思ったより襲われなかったな。資金不足か?」

「いや、どうせ入れないと思ってるんでしょ」

重く閉ざされた電子扉、暗号パスを入れるらしい横の認証キー。
物々しく動き回る監視カメラとドローン。
そして侵入者を蜂の巣にせんと並ぶ銃器の数々。
明らかに他者を入れさせまいとする作りになっていた。

「…それにしても、カメラは飾りか?」

「あんたの着替えが遅いからその間に仲間がハッキングしてくれたのよ。ただ、問題はここから…」

カレットはベレー帽から小さな電子器具を取り出し、門につけられた認証キーの端子にそれを繋ぐ。

彼女が装着したサングラスに大量のプログラミング言語と数式が現れ、手元のノートパソコンでパズルを解いていくかのようにあらゆるセキュリティを開けていく。

「侵入者だ!」

「おいおい、あんたまさか戦えないとか言わないよな。」

「よくわかってるじゃない、戦闘は任せたわ」

「クソっ!」

結局そうなるのかと舌打ちし、わらわらと集まる敵をマシンガンで倒していく。

「くっ!」

無我夢中で放たれた敵の銃弾が腹部に直撃する。
死中の相手のがむしゃらの一撃は警戒しなければならないと分かっていたのに不覚だ、止血のみでここから何分動けるかと脳内で計算しているうちにランドーは銃弾を受けた場所に違和感を覚える。

銃弾は貫通どころか服に傷一つついていない。
痛みは相応にあるが全く致命傷になっていないのだ。
ザ・ロイヤルの特別製の服。便利なものを支給してもらったと改めて思う。

「こいつはありがたい贈り物だ…」

それならばと力の限り引鉄を引く。

『おかしい…なぜこいつらは無線で上に侵入者の情報を通達しない…』

ランドーが疑問で思考を一瞬敵から逸らした瞬間、凄まじい激痛と共に、自分の体が宙を舞う。

「コイツは困ったねぇ…もうこんなとこにいるなんて」

「お前は…」

顔面に直撃しただろうか。奥歯が数本折れたのを感じる。
鼻も折れているだろうか、大量の鼻血で呼吸がし辛い。
侵入者を発見しても何の連絡も入れなかったのはこいつがいるからかと合点がいく。
戦いに出向いているとは思えないほどラフな黒い服に短髪、ランドーはこの男の噂を聞いていた。

「まさかこんなところで顔を見れるとはな…最強の傭兵、ラルフ・E・ラムシュタイン」

ラルフと呼ばれた黒服の男は、ボリボリと頰をかきながら『困ったねぇ』と呟く。

「こんなおじさんを買いかぶりすぎだよ…ただ、ちょっとヤボ用があるんでね、悪いが本気でやらせてもらうよ…」

ラルフがファイティングポーズを取る。
ランドーは迷いなくナイフを取り出し、対峙する。
喰らった一撃でわかる。この男は普通の人間ではない、知恵がある以上獰猛な獣の数億倍厄介な相手だと。

「日本の羽田空港は時間がタイトらしいんでねぇ…出し惜しみはしないよ…」

ラルフは独特な構えで力を込める。
ランドーはマシンガンを向けるが、長い戦場経験から、『何か』を察し、全身が悪寒に襲われ、銃を引いて回避に専念する。

一瞬遅かった。爆発的な筋肉の動きに合わせたパンチは凄まじいスピードですでに自身の銃を持つための腕に迫ってきている。

「ちっ!!」

咄嗟に小さな手榴弾を投げ、その爆風で自身とラルフとの間に距離をつくる。

「いい判断だ…」

「ぐっ…」

それでも一瞬遅かったらしい。
ラルフの一撃はランドーの肩に数センチかすり、腕が数分使えなくなるほどの激痛が走る。

『あれだけでこの威力…化け物め。』

「正々堂々とやり合いたいとこだけど、仕事でねぇ。こちとらこれで飯食ってるから、容赦はしないよ。」

ネルガーサイエンスの兵よりも明らかに屈強な体躯をした男達がカレットを狙う。
ハッキングをしている彼女は明らかに無防備の状態。ランドーは仕方なくラルフに背を向け、男達に応戦する。

「カレット!ハッキングはまだか!」

「今やってる!何分もつ?」

「数分も持たん!」

「仕方ないわねッ…!」

ドレスに隠していた小さな袋状のそれは、一瞬で膨らみ、クッションのようにラルフのパンチを跳ね返す。

そして、カレットは女性とは思えぬほど俊敏な動きで、ラルフの背後に回り、時計から射出されたワイヤーで首を絞める。

「驚いたな、すごい運動神経だ。」

「ザ・ロイヤルの特注品よ。脳波を操ってプロの格闘家と同じ動きを再現する。」

「こりゃまたとんでもない。」

「へぇ~。困った困った。これはちょっとやそっとじゃ抜けられないねぇ…」

ギリギリと喰い込むワイヤー。涼しげな顔のラルフがその表情を歪める。

「でもそれは『表の世界の話』だけどねぇ」

自身の首に括られたワイヤーに力を込めると、それはどんどんと緩んでいき、ついに紐が切れるかのようにブチブチと千切れた。

「!?」

「女を殴る趣味は無いんだけどねぇ」

ラルフは切ったワイヤーを思い切り引き寄せると、カレットに小さな手刀を打ち込もうと手を振り上げる。

「ちっ!」

カレットは刃物が出たベレー帽を至近距離からラルフに投げつける。

「おっと。油断も隙もないねぇ。かる〜く気絶させようと思ったが…」

ラルフは静かに拳を握る。

「いや、私の勝ちよ…この勝負は私の勝ち」

「…?」

カレットの放り投げたベレー帽。
そして完全に視界から消えたランドー。
ラルフはふわりと靡いたカレットの髪から見える骨伝導式の無線機を発見し、小さく舌打ちする。

「このUSBを挿せばいいんだな?」

「そうね。」

ベレー帽を投げつけた本当の目的、それは解錠データの入ったUSBをランドーに渡すことだったのだ。
最初からラルフとやり合うつもりなどないということがわかったときにはもう遅かった。

多少の手傷は負っているものの、屈強な兵達を殲滅したランドーはUSBを扉に繋ぐ。
重苦しい音と共に開いた扉にカレットを先に押し込み、ラルフにマシンガンを向ける。

「うおおおおおお!!」

銃を乱射しながら扉を閉め、ラルフと完全に自身の体を隔離する。

「ちっ、この喧嘩は俺達の負けだ。ま、仕事はさせてもらうよ。こちらラルフ・E・ラムシュタイン。侵入者が研究施設に入った。」

「ラルフ。お前にはもっとすべき仕事があるだろう。ナノ粒子の製造のUSBは別の科学者に渡している。ネルガーサイエンスが崩壊するのは痛いが、無くなれば足すだけだ。空港へ行くぞ、お前の任務はなんだ?」

「はいはい、わかってますよ。狙いは豊臣財閥でしょ?」

「わかっているなら急げ。」

乱暴に無線を切られたラルフは『人使いの荒い雇用主だねぇ』とつぶやき、脚に力を込めて大きくジャンプすると、半開きのシャッターにぶら下がり、力づくで二人が入った扉を完全に封鎖した。

「まずい!」

時すでに遅し。
ラルフが勢いよく力づくで締めたシャッターは酷く歪み、もはやハッキング機器による操作すら受け付けないほど損傷していた。

「これで俺達は出られなくなったか…あの野郎、絶対に俺達を帰したくないらしい」

「再び我々が優勢になったようだね、ミス、カレット。」

その男は白髪混じりのくせ毛をくしゃくしゃとしながら、手元のスイッチで小型のドローンを数十体二人の周りに配置する。

「汚ならしい格好ね、人と会うときは身なりをきちんとしたほうがいいわよ、特にあなたみたいな一流企業の社員はね。」

「君ほど暇じゃないんだよ、一流企業だからね。お風呂に入る時間も勿体ないくらいさ」

「それが汚いって言ってるのよ、新聞で見た写真よりもっと無頓着なのね。ネルガーサイエンス科学長。いえ、ネルガーサイエンス武器開発長、コードネーム:0(バースデイ)」

白髪混じりの癖毛の男、バースデイはカレットの挑発を鼻で笑うと、ナノ粒子が格納されているであろう何重ものセキュリティがかかった扉の奥へと入っていった。

『この場で増殖されたら終わる…でも…』

シャッターに閉ざされた入り口、激痛に腕が痙攣し、照準がぶれているランドー、ラルフに掴まれて壊された仕込んだスパイグッズの数々。
状況は明らかに絶望的だ。

「ねぇ、ランドー。貴方、生命保険には?」

「生命保険?とっくに失効したよ、こんな無職に信用があるとでも?」

「…そうよね」

「アンタこそ、この件は労災がおりるのか?」

「プライベートでおりるわけないでしょ。怪我したら実費よ」

「チッ、やっぱりか。」

「なら…」

二人はシャッターの前で互いに背中合わせに銃を構える。

「「ここを生きて帰るしかないな!!」」

https://twitter.com/v__rhythm/status/1825925773498429617?t=xvufjB8w_VwytssD-ZqPag&s=19

(BGM:AGENT 作曲:ボーさん)

二人はドローンと敵兵に向けて引き金を引く。
ザ・ロイヤルのマシンガンは反動が異常なほどに少なく、乱射するのに向いている。
しかし、それでもラルフに殴られた痛みによる銃口のブレは修正することができない。
それどころか銃のわずかな反動が痛みを悪化させているようにすら思える。

いつもの自分なら多少素早い程度のドローンなど軽々と撃ち落とせるが、これでは狙いが半減してしまう。

「反撃が来るわ!」

「わかってる!」

ドローンにつけられた小型の機銃は、殺傷能力こそないが、ピンポイントで防具をかいくぐる場所を正確に撃ち抜いてくる。
カレットは防弾服の裏に隠したハッキングツールを狙われないよう身をかがめた体勢でドローンを狙っていたため、スカートから覗く膝を撃ち抜かれ、深手を負った。

ランドーはカレットをかばうように彼女を伏せさせ、数機のドローンを撃ち抜く。
一度身を隠そうと勢い良く身を翻したと同時にザ・ロイヤルの基地でこっそりと入れたウイスキーがたんまりと入ったスキットルが落ちる。

「早く言いなさいよ…余計な怪我をしたわ」

「こいつは俺が気を紛らわすためのただの…「いいから。ちょっと借りるわよ」

ポケットから十徳ナイフを取り出し、スキットルに穴を開けると、小瓶を酒浸しにした地面に落とす。
同時に、自分たちのいた床が一瞬にして燃え上がり、ドローンを焼き尽くす。

「微弱なアルコールでも証拠隠滅できるようにするための特殊な薬品よ。ウイスキーなら当然こうなるわ」

「恐ろしいものを持ってるな…」

ぼやきながら目に入るカメラを全て撃ち抜き、ランドーが増援を防ぐと、カレットは先ほどの入り口と同じようにハッキングを開始する。

鍵をハッキングする際の電子回路は複雑だ、例えるなら、ピンセットでつまむほどの小さなパズルを難解な数式を解きながらやるようなものだろう。

『その中でもこれはとびきりね』

微細な分岐、繋がっていないダミーの回路。
間違えて繋げば一瞬で毒ガスが噴出するブービートラップ。
どんな天才でも二日はかかるだろう構造式。
カレットはそれを一つ一つ開けていく。

「こちらエージェントカレット。二割は開いたわ。そっちで構造式の解析は済んだ?」

「ああ、こちらももうすぐ解析が終わりそうですよ、あとUSBの件はこちらで…」

「さすがマスターね。この件は」

「承知しております。我々だけの秘密…ですね?」

「ええ、よろしく」

通信を切断し、最後の鍵を開け、幾重にも重なった自動ドアが開く。

想像以上のスピードだったのか、バースデイは一瞬眉をピクッと上げたが、すぐに冷静な顔に戻り、手元にあるスイッチに手をかける。

「遅かったな、エージェント:カレット!ナノ粒子の増殖についての解析は完了した。あとはお前らで威力を試すだけだ!」

遅かったかとカレットは唇を噛む。
確かにバースデイも凄腕の科学者。
二日などと悠長な事を言った自分の責任だと諦めにも似た溜息を漏らす。

「ふふ、さようなら。ザ・ロイヤルの武器商人…」

ガキャッ!っという鈍い音が部屋に響き、バースデイの言葉が止まる。
完全に弾切れしたマシンガン。
ランドーが持っているのは外の傭兵が使っていた手に馴染まない粗雑なライフル。

彼はそれでバースデイの持つスイッチと連動するわずか五センチほどのセンサーを凄まじい遠距離から座ったままの姿勢で撃ち抜いたのだ。

「ふーっ。やれるもんだな。さっきのラルフのがいいヒントになった。連動する精密機器で、媒介があれだけなら。多分今のでガラスケースはもう開かねえ…」

「アンタやっぱり戦場が向いてるのよ」

「だろうな。さて、ナノ粒子を取り返す…なんだ!?」

今まで通ってきた道に起こる連鎖的な爆発。

バースデイは勝利を確信したかのように笑い、奥の非常扉から逃げるように去っていく。

「USBがあればいくらでも増やせるさ。さようなら、愚かなエージェント達。ああ、カレット、いいことを教えてあげよう。この扉は僕以外の人間が『いかなる手で解錠しようと』爆発する仕組みなのさ。」

爆風はネルガーサイエンスを一瞬で焼き尽くし、二人のいる場所は火炎地獄に包まれた。

「ランドー、ナノ粒子は動いてないわ。ケースを壊せる」

「当たり前だ」

マシンガンの台尻をまるで野球のようにフルスイングし、強化ガラスを叩き割ると、中のカプセルを取り出し、カレットに渡す。
バースデイは念入りに非常扉に鍵をかけており、火の手が上がるなか、二人は他の非常扉を探さなければならなくなってしまった。

「カレット、三階だ!あそこに避難用のタラップがある!」

「目がいいのね…行くわよ!」

二人は火の海になりつつある一階を背に、避難用タラップへ向かっていく。

「馬鹿め、『念には念を』。ジャパンのことわざを知らないのかい?」

バースデイはヘリにゆっくりと乗りながらもう一つのスイッチを押す。
同時に避難用タラップへと続く階段に大きな爆発が起こる。

どうにか登りきったランドーにナノ粒子のカプセルを投げ、カレットは一階へ落ちていく。

その腕を掴んだのはカプセルを懐にしまったランドーだった。

「手を離して逃げなさい!それがどれだけ大切なものか説明したでしょう?」

冷静なカレットの慟哭。
ランドーはそれに動じず、燃え盛る瓦礫が背に乗り、ラルフに殴られた腕はカレットを支えることでミシミシと悲鳴を上げていく。

「アンタは雇い主だろう。つまり仲間…ファミリーだ。『俺達は仲間を見捨てない』俺は隊長からそう教わった…死ぬ時は一緒だ」

ブルブルと震える腕で必死に支えるランドーだったが、下方から燃え上がる炎はついにカレットに燃え移る。

「う、うおおおおおお!!!」

渾身の叫びと共に最期の力を振り絞り、カレットを持ち上げる。
同時に激痛と腕が折れる音がした。
完全に使い物にならなくなった腕を破った服でギプスのように固定し、ゆっくりとタラップで降下する。

「どうにか取り返せたわね、ありがとう。ミスターランドー。ザ・ロイヤルは今後あなたに協力するわ。私が口を利いてあげる」

「勘弁してくれ、俺は酒場に戻るとする。酔いが冷めちまった」

ナノ粒子のカプセルを投げ渡し、フラフラとした足取りでランドーは酒場へと向かおうとするが、意識を失い、ネルガーサイエンスへ続く道に倒れてしまった。

「治療費はツケとくわ。また会いましょ」

カレットは彼女なりの感謝の言葉を述べると、マスターに車の手配を要請した。

「お疲れ様です、カレットさん。あとはお任せを」

「よろしくね。悪いけど研究の前にシャワーでも浴びてくるわ」

「ごゆっくり」


とある一室

「バースデイ、さすがだな。これがあればお前の勝ちだぜ」

「ああ、そうだろう?お前は凄腕の兵士、俺は科学者、ザ・ロイヤルどころかネルガー重工も欺ける」

玄関に響く大きな銃声。

まるで自分の家かのように不躾にズカズカと入り込む二人の男。

「おいおい、お前んとこの警備兵は挨拶もできねえのか?」

「俺が挨拶したら寝ちまったよ、労働時間は守らねえとな。」

「えーと…コードネーム:ハッピー「バースデイ」

長髪を後ろで結った男はアフロの男の言い間違いを正す。

「そうだ、バースデイ。お前さん身だしなみに気を使ったほうがいいぜ。なんで身だしなみに気を使ったほうがいいか知ってるか?」

アフロの男がラフな会話を続ける中、長髪を結った男は大量のUSBを次々と引き抜き、パソコンを破壊していく。

「ひ、人は身だしなみで印象が決まるから。科学的なデータもある」

「ヒュー♪流石科学者、エビデンスまできっちりた。脳味噌いっぱい詰まってんな、やっぱり」

「あ、ああ…ありがとう」

「おう、ところでバースデイくん。USBを無くしちまったんだが、知らないか?」

「し、知らない」

「知らない?俺が落としたのはお前のパソコンに刺さってるやつによ〜く似てるんだが…」

「テメー!言いがかりを…」

もう一人の男が銃を向けるよりも早く、アフロの男はその男を射殺する。

「おい、俺はお前に聞いたんだよ!USBを返してくれるのか、くれないのか?」

「で、データを…中のデータを見せてくれないか?」

『コピーしてネルガー重工に送れば俺の地位は…』

「おい、なんでそっちの大きなパソコンに繋ぐんだい?」

長髪を結った男は眼前に自身のノートパソコンを置き、繋ぐように促す。

「わ、わかった。わかったよ…やる!やるから!な!操作だけ、操作だけは俺に…」

バースデイが言葉を言い切る前に二人は銃の弾が切れるまで彼の体に乱射する。

「っ!ああ!また俺のバレンチノのスーツに血が!」

「USBの返却料金の一部でクリーニング代は出しておこう。なぁ、USBの中、ちょっと見てみるか?」

「化学式だろ?俺は理系が苦手なんだよ」

二人は死体に目もくれず、USBを回収するとそのまま出ていってしまった。


数日後

レンタル品だろうか、明らかにボロボロの旧車に乗ったカレットは『謎の鎧』の群れに炸裂弾を放ち、ピンヒールに仕込んだ小型の爆弾で跡形もなく吹き飛ばす。

ハートランドは紳士的なスーツに身を包み、カレットの車へゾンビのように歩き出す鎧達を、体に仕込んだ武器と徒手空拳で次々となぎ倒し、彼女の車へ乗り込む。

「最悪、ハンドルにひどい曲がついてるわ。」

「仕方ないだろう。あの車はまだ修理中だ。ところで、どういう風の吹き回しだ?『ナノ粒子』を使え。などお前らしくない」

「依頼が来たのよ、この目障りな鎧の討伐依頼がね。」

「ナノ粒子を使う…ということは大きなとこか?」

「豊臣財閥と西園寺財閥よ」

「ジャパンの二大財閥だな。しかも豊臣財閥といえば武器にも精通してる。随分と大きくなっているようだな。この話は。」

「お二人共、その話はザ・ロイヤルの会議室にてゆっくりと…」

高級車を華麗に運転するマスターが優しく後部座席の女性をエスコートする。
10代だろうか、見た目が若い金髪の日本人女性が降りてきた。

「こ、こんな高級車初めて乗ったわ。いや、シャコタンのスポーツカーは…なんでもない。」

日本人女性はマスターに促され、白熱電球に照らされた『鎧』と『とある女性』の写真についての説明を始める。

それは、にわかには信じがたい話。
今この世界の時間が歪んでいること、たくさんの世界があり、その世界を壊さんとする魔女がいること。

「お願い!信じて!この世界が終わって…「なんで貴女はそれを知ってるの?」

「そ、それは…」

カレットの疑いの目に日本人女性はたじろぐ。
何か言えないことがあるのだろうか。

「彼女…ミス・ツカハラは『タイムリーパー』です。大丈夫、彼女の身元は私が保証する。こういう事も起こり得ることはあなたが一番わかるはずでは?ハートランド。」

確かにハートランドは過去に一度『別の世界』に行ったことがある。
目の前の日本人女性…ツカハラも同じように時を渡っているのかと妙に納得できるものがあった。

「カレット、やはりナノ粒子が必要なようだな。」

「20分…私に時間を頂戴。とりあえず任意の数増殖させとくから」

「…取り返して良かったですね、貴女には感謝しますよ、カレット」

「そうね。ランドーにもお礼言わなきゃ。彼とは『また会う』気がするわ。ここ、ザ・ロイヤルで」

ー【スパイ映画あるある】奪われた化学兵器【凄まじい破壊力の兵器を取り戻す雰囲気】おわりー

ー劇場版ヴァサラ戦記 FILM:SWORD 妖刀と呪いの始祖に続くー


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