【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の中谷信也(ナカタニシンヤ)-
「嘘〜」
「嘘じゃないよ」
「じゃ、あたしの目、見てよ」
「見るよ」
「…あ、今逸らした~」
「逸らしてねぇよ~」
深夜のファミレスだ。
確かに深夜のファミレスだ、と
納得する中谷信也である。
中谷は、背後の席にいるカップルの会話を耳にしながら、iphoneにてメモ画面を開き、『カップル』という単語の前に『バ』と付けて打ってみる。
「天才だな、この単語を考えたヤツ」
中谷の呟きは宙を滑り、
自分が一人、ファミレスで延々とコーヒーを飲み続けているという虚しさを際立たせる。
今日、彼女を振ってやった中谷信也である。
振ってやった、というのは、上から目線なのではない。
第三者的な立場の作者としての言い分だ。
彼女に中谷以外の好きな男が出来たのだ。
そのことが中谷にもまるわかりだというのに、
彼女はいつまで経っても全くその事を口に出さず、しかも毎度中谷と会う度に辛そうな顔をするので、
仕方なく、
「わかれよっか」と切り出したのである。
お人よしな中谷信也である。
昔からそうだった。
給食で牛乳が足りなかったとき、
「牛乳が嫌いだからやる」と申し出たが、家では毎日2リットルは牛乳を飲むような牛乳好きだったし、
みなが嫌がるあのぬめぬめした水道の排水溝の掃除は買って出た。
金魚の水槽がアオミドロまみれになった時も洗ったし(そもそもは生き物係の怠慢だった。)、
友達が好きだった女子を自分も好きだったのに友達の恋の応援までしてしまい、
帰ってから祖母にもらった赤紫の毛布に包まって泣いたりした。
中谷信也、23歳である。
まだ若い。
未来もある。
絶望するにはまだ早い。
「あ~もう終電ないし~」
「帰らなきゃいいじゃん」
「でも、ともくんの家に化粧落としないし~」
「買ってやっから」
背後のカップルの空気がねとつくようだ、と溜息を付くは中谷信也、23歳。
悔しいのでこの思いをポエムにしようとしている中谷だが、iphoneの画面には『バカップル』の一単語のみしか表記されていない。
点滅するカーソルに苛立ち、ホームボタンを連打する。
「明日は明日の風が吹くっつって、寒風吹きすさぶってか。いろいろさみぃーよ。」
テーブルに突っ伏し、嘆きの呟きを吐く。
突っ伏したせいで眼鏡が鼻の頭を強く押し、地味に痛い。
彼女に褒められた眼鏡である。
「眼鏡かえるか~」
明日の予定が決まった。
起き上がって店員を呼ぶ。
「チョコサンデーひとつ」
夜中に甘いものを食べるのを控えていたのは、祖母の言い付けを地味に守り通していたからであるが、今日ばかりは破ってみようと思う中谷信也、リーマン、彼女いない歴3.5時間である。
背後のバカップルは退席したが、出ていくときの後ろ姿を見たら完全に蚤のカップルであり、計らずもにやけてしまった中谷は、チョコサンデーが来るまで、手元のiphoneでエロ動画を再生するに至る。
とある深夜の中谷信也。
今日の深夜が明日の信也の糧となるよう祈るばかりである。
合掌。
しろくまʕ ・ω・ )はなまめとわし(*´ω`*)ヨシコンヌがお伝えしたい「かわいい」「おいしい」「たのしい」「愛しい」「すごい」ものについて、書いています。読んでくださってありがとうございます!