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ノーシロの悪夢

その時、雷鳴がとどろいた。
何かが大きな声で、というより頭に直接響いてくるようだった。
「我は、川べりのタエ龍神。ヘーロクとテシータのことなどすべてお見通しである。泳がせておくがいい。実ってからすべて刈り取るのだ」
あな恐ろしや、タエ龍神!

マッチャスは一匹狼の霊体賞金稼ぎであった。いわゆるゴーストバスターズであった。
突然彼の首筋が逆毛を立てるように何かを感じた。
思わずマッチャスはウインチェスター銃を構えた。銃には銀の銃弾が込められている。
突然空気が揺らいだ。
「あいつだ!」
銃を構える。
すでに遅かった。
何かが目の前で膨張した。
人の顔のようなものの目のあたりからまばゆい光がマッチャスをとらえた。
一瞬のうちに・・・
風が吹いた。
マッチャスであったものの灰は一陣の渦巻く風に吹かれて舞い上がった。
「ひーっひっひっひ!」
笑い声がこだまのように辺りに反響している。
タエ龍神は最強であった。
龍神を倒すハンターはいるのであろうか。

イトッチョーという少年のような眼をした身体の大きな男が南の国の山奥にいた。
その男は何事も疑うことを知らない純真無垢な男であった。
何を言われても、動じることなく、「あ~、そうなんですか」と笑顔を絶やさない男であった。
ある日、マッチャスの息子だという、まだ年端の行かない少年がイトッチョーに会いに来た。
「親父がタエ龍神にやられた。敵を取ってください」
イトッチョーは、「あっしには関係のないことです。どうぞお引き取りを」
取りつくシマもなかった。マッチャスの息子は肩を落として戻って行った。
だが、イトッチョーには北の国から得体のしれないものに襲われて逃げてきた人々の声を聞いていた。
その日のうちに、あくまでも「しょうがねえなあ」という体を装いながら、握り飯を3日分、つまり特大9個を握って、北に向かった。
向かう先は「ノーシロ」という町であった。

大きな川が流れている。
ヨネシーロ・リバーという。
河口から少しさかのぼると「ブカカイ」という廃墟がある。屋根が落ち、昔は何かの宴が催されていたと思しき舞台がある。有名なマジシャンのアーマノが人体浮遊の魔術を披露してノーシロの人々を驚愕させたという伝説の場所でもある
イトッチョーは当たりをつけていた。
奴はそこにいるに違いない。
川べりのタエ龍神は水辺が好きである。
一日に一斗樽で水を100杯ほど飲むという。龍の化身やもしれぬという噂が立っていた。火のない所に煙は立たない。何百年、何千年も生きているという噂のタエ龍神である。誰かが長い間に水をごくごく飲む龍神の姿を見ていたのかもしれない。

ヘーロクとテシータは、したたかに酔っていた。今宵を慰めてくれる女子たちは皆タエ龍神を恐れて家の中に引っ込んでいるのだ。
タエ龍神は若くて美しい女子に恨みがあるらしいとのもっぱらの噂であった。
仕方がないので、ヘーロクとテシータは他にすることがなかったので、早乙女という米から作った酒をただひたすらに呑んだ。
テシータの饒舌ぶりにいささか閉口気味のヘーロクであったが。

イトッチョーはじっと川べりで待っていた。
気配を殺しただひたすらに。
忍耐こそが彼の特技である。
ブカカイの側の川べりで小半時も過ごしたであろうか。
廃墟から一人の小袖を着たそれは美しい娘が川べりに降りてきた。
娘は川べりに立つと突然身を震わせ始めた。両手を天に掲げ「お~~~!」と声を上げ始める。身体の周りの空気が揺らぎ始める。
空気が振動した。
周囲がぼやけはじめ、見事な竜が出現した。
竜は長い首をとうとうと流れる川の真ん中まで伸ばし、ごくごくと水を呑みはじめた。
ず~~~と一飲みするごとに下流の水が枯れるほどの勢いで飲んでいく。
やがて満足したように首を上げて、口の周りに付いた水を払おうと頭を振った時にイトッチョーと眼が合った。
「ぐるるる~~~」
竜の姿をした物が唸った。
先ほど一飲みにした、男二人の仲間か?
竜は思った。
したたかに酔っていた男達は煩悩の塊であったがゆえにタエ龍神にとっては何よりの珍味であった。一飲みにしてやった。
だが、今対峙している男は違う。
「もしやっ!」
「この物こそが、私を救うもの!」
しかし、タエ龍神の哀しい性がその思いを遮り、おそろしい二つの目から光がその男に向かって放たれる。
イトッチョーは武器一つ持っていない。
恐ろしい赤い光がイトッチョーに向かう。
分解される!
だが、イトッチョーの緑色のキラキラした穏やかな眼がその光を受け止めている。
怨念をすべて受け止めるように静かにたたずんでいる。
突然、赤い光が消えた。
再び空気が揺れて、霧のようなものがその姿を包み込む。
やがて霧が晴れて行く。
す~っと。
そこには美しい小袖をまとった若い娘が倒れていた。
ゆっくりとイトッチョーが娘に近づいて行く。
肩を抱き半身を起こし、額に手を当てる。
奔流のように娘の意識がイトッチョーの頭に流れ込んでくる。
やがて娘は意識を取り戻し、大粒の涙が頬を伝い始めた。
イトッチョーはすべてを理解した。
恋する男がこの娘を裏切ったのだ。
娘はその男を想うあまり、飢え渇き、ヨネシーロ・リバーの水を一口すすった。もう一口、もう一口。
やがて娘は川面に写る自分の顔が竜に変わっていることに気付いた。
「おのれー!」
夜な夜な竜となった娘は男というものを恨み、その魂を食らって生きてきたのだ。

「もういい」
イトッチョーが静かに言った。
お前の想いは俺が汲んだ。
「もういいんだ」
娘は、全てをわかってくれるものに出会った。
若い時のあの美しい梅の花のような小袖をまとったタエに戻った。
「お前が愛おしい」
イトッチョーが言った。
タエは頬を染めた。

ヘーロクとテシータは、同時に目を覚ました。
「俺は恐ろしい夢を見たぞ。竜に魂を吸われてその後に身体ごと呑みこまれた」
とテシータ。
「俺もだ!」
ヘーロクも同じ夢を見ていた。
びっしょりと汗をかいていた。

少し離れた部屋で、タエは・・・
くくっと笑った。

エピローグ
そののちのいつかの暑い日。
イトッチョーの息子のケンジーはヨネシーロ・リバーのほとりにやって来た。
そこには黄金に輝くタエ姫の像が、少しうつむき加減に川面を見つめているように建っている。
ケンジーは静かに手を合わせた。
「母上・・・」

※この物語は、フィクションであり、登場人物はあくまでもワタクシの創造であります。
酔っ払いのワタクシは一切の責任を負いません。

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