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ひまわり

「これがいいの!」

「でも、これもう小さくなってるでしょう?小百合にあげて里沙は新しい浴衣を買ったらいいじゃない」

「いいの!!もう、うるさいなぁ」

絶対に渡したくなかった。大好きなひまわり柄の浴衣。
毎年おじいちゃんもお父さんも、可愛くて里沙にぴったりだって言ってくれる。
特別な浴衣。

「もう、勝手にしなさい。手が短いから不格好なのに、まったくあなたは頑固なんだから」

「おかあさーん、小百合、新しいのがほしいー」

「はいはい、じゃあ小百合の浴衣、買いに行きましょうね」

トントンと階段を降りる音。ほっとため息。だって言ってくれたんだもん。

「折川、ひまわりの浴衣着てたよな? 俺、覚えてるもん」

転校していった楠本くんが今年の夏祭りに来るってクラスの男子が言ってた。
私の事、覚えててくれてる、かな、、、?

「小百合ちゃん、可愛いピンクの薔薇ねぇ。大人っぽいわよ。あら、里沙ちゃんは今年もひまわり?可愛いけど、ちょっと小さいんじゃないの? 腕が、ねぇ」

道路でバーベキューをしながら、花火に備えて準備している近所のおばさんの声。
笑う小百合としかめっ面の私。
濃紺の地に小さいピンクの薔薇がちりばめられた浴衣は、確かに色白の小百合によく似合っていた。
結い上げたお団子頭のうなじが綺麗で、短い髪の私はなんとなく悔しくて目をそむける。

自分の浴衣に目をやると……
薄い黄緑色の地に黄色と茶色のひまわりが大きな柄で入っていて、とても可愛い……なのに

「……腕が」

たった一年で長く成長した私の腕が突き出していて、なんだかお祭りのはっぴみたい。
なんでだろう、憂鬱なのは。着たいって駄々こねたのは私なのに。

「あ!あれ楠本先輩じゃない?おねーちゃん、同じクラスだった! うわ、かっこよくなってるよ!」

小百合の声にびくっと反応した身体をごまかすようにして、
恐る恐る振り返る。

黒いシャツに細身のデニム。私と変わらなかったはずの身長は頭二つ分くらい高くなっていて……
見知った顔の男子たちと笑い合っていた。どうしよう、わけもなく胸が苦しい。

慌てて人混みに駆け込む。見つからないように背を丸めて。

どうしよう、どうしよう、と固まる私の耳が、はしゃいだ高い声を捉えた。

「あっれー?楠本じゃん!ひさびさ〜」

「やっばーい!背え伸びすぎじゃん?自分」

やだ、聞きたくない!楽しく話す声とか、女の子にどんな言葉かけるのとか。
私は逃げるように歩き出した。

「ちょっとおねーちゃん、どこいくの?」

「いいから、ほら。行こ。お父さんに頼まれた、たこ焼き買わなきゃ」

ちらりと見ると、髪を複雑に結い上げたクラスの派手めなグループの女の子たち。紫の地に白い蝶の柄。ピンクの地に水色の小花柄。
きらびやかな浴衣姿でお化粧もしているみたい。

うちのお母さんはまだ早いって買ってくれない口紅。
精一杯の色付きリップ。短くて、ただ耳にかけただけのそっけない髪型。
飛び出したみっともない腕。

楽しみにしていた今日が、大好きなお祭りの夜のわくわくした気配が。
遠のいていく。

「あ!彩ちゃんだ!ちょっと挨拶してくる!おねーちゃん、ここで待ってて!」

嬉しそうに友達に浴衣を見せに行く小百合を見つめる。
私も新しい浴衣だったら、挨拶くらいできてたのかな?

「……ちょっと!」

ぼんやりしていたら、肩を叩かれた。道を塞いでしまっていたのにも気づけなくて。

「あ!すいません」

頭を下げたら、すぐ上から面白がったような声が降ってきた。

「じゃなくて、折川だよな? 久しぶり」

「え」

精悍な眉。優しげに細められた大きな瞳。

「ひ!ひ、さしぶり。来てたんだ、楠本くん」

「おう、佐藤たちに誘われてな。言っても、俺の中学そんなに離れてねーから。高校でまた誰かとは一緒になると思うし」

「そう、なんだ。元気そうで、良かった」

何か気が効いたこと、何か話のネタ!ないの!?私!

「折川、今年もひまわり着てたのな」

「え」

「去年、花火の時見かけたって言ったの覚えて、ないか」

「あ、その」

「俺、ひまわり好きなんだよね」

「……へ?」

真っ直ぐに見つめられて、耳たぶまで熱を持っているのがわかる。

「ひまわりの柄でそういう、なんか明るい色の浴衣って見たことなかったから」

「あ、うん、へへ、気に入ってたの、これ。ちょっと小さくなっちゃったんだけどね」

「……似合ってるよ」

「え」

小さな声で言われて見上げたら、恥ずかしそうな楠本くんが目をそらした。
斜め下を見ながら口元に手を当てる癖、文化祭でみんなにからかわれた時なんかによく見た、大好きな癖。

「おーい!楠本」

「あ、佐藤だ」

丈の短い浴衣をからかうのが好きそうな男子の名前に、私は首をすくめる。

「わ、私も妹が待ってるから。楠本くん、またね」

そそくさとその場を去ろうとする私に、

「おう、またな」

にかっと笑顔で大きな手を降ってくれた。少し日に焼けた顔、こぼれる白い歯。

「おねーちゃん!やったじゃん!」

彼のもとを離れるやいなや、目をキラキラさせて飛びついてきた小百合のおしゃべりは、正直、全然頭に入らなくて……

似合ってるって。特別な人にそう言ってもらえただけで。
この夜がものすごく素敵で、幸せなものに感じられて。ああ、私ってなんて単純なんだろう。

ひまわりの色をした打ち上げ花火が上がるたび、彼を想って。
彼も、もしかしたら私を想ってくれていないだろうか、なんて馬鹿なことを考えながら。
追求してくる妹とともに花火を楽しんだ、夏の夜。

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