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向日葵 会社編


「部長って花に例えたら、ひまわりっぽいですよね」

会社企画のビアガーデン。
壁に貼られたポスターを見て、不意にアルバイトの子が言った。
ジョッキを持ったままぼんやりとその声を聴く。

「おー?そうかぁー?」

「俺、なんとなくわかるな〜」

「ですよねぇ?」

「ね!平井さんもそう思いません?」

若い女の子たちに顔を見られて照れている部長。
いつも朝礼で、まっすぐみんなを見つめながら話しているおじさんの、俯いた顔が可愛くて

「わかるかも」

微笑んで同意した。

あくまで客観的に。
大丈夫、誰にもバレてない。

ゆっくり呼吸して、ゆっくり、温くなりつつある金色の泡を、こくりと吞み下す。

「あ!部長!お疲れ様です!」

「おぅ!坂口か!久しぶりだな!」

他事業部の社員さんも挨拶に来る。人気者のおじさん。
撫で付けられた七三分けの髪。
全然かっこよくなんかない。

なのに……

会話に聞き耳を立ててしまうのはなぜだろう。
明るい笑い声。笑うと細く細くなって、くっきり深くなる目尻のシワ。

この密やかな想いは、そのままで。
形になるはずのないもの。なってはいけないもの。

社会と私生活との間に道があるなら、そこにそっと漂う、モヤみたいな感情。
見ないふりをして、アルバイトの子達の輪に加わった。想いをかき消すように。

次の休日。

駅地下のアクセサリーショップを通り過ぎた時、
鮮やかさに目を奪われて、思わず足を止めた。

キラキラと色を投げかける、ピンク、黄色、水色、緑色の小物たち。

少女に戻ったような懐かしい気持ちで。
部屋用にと、髪を束ねるクリップをたわいもなく探して。

見つけてしまった。

最初は見ないふりをしてたのに。
気がついたら、手にとって、鏡の前で自分に合わせていた。

淡い黄色の天然石が嵌め込まれた、華奢な金色のネックレス。
嵌め込まれた台座の形は……

無言のまま、レジに向かい、無言のまま、店を出て他の買い物を済ませる。
カバンの中に常にその存在を意識しながら。

帰った後も、敢えて気づかないように、
洗い物をして、洗濯物を取り込んで。

ようやくそれを取り出すことができたのは、眠る前。

チャラリとかすかな音を立てて、手のひらに滑り込んだ金色の鎖。

「……可愛い」

声に出して言ってみる。
そう、ここには私以外誰もいないから。

身につけて、鏡の前に立つ。

大人びた顔と昔から言われていた。
つり目で背の高い私には似合わない、
華奢で可愛らしい向日葵のネックレス。

いつか、彼が話していた。
自分の子供が彼女を連れてきたと。
誇らしげに語る優しい瞳が。
落ち着いた声が。
何かあった時、誰かをかばう背中が。

……好き、だった。

届かなくて、いい。
当たり前だもの。

妻子持ちで、背が低くて、中年太りかお腹も出てて。
なんでそんな人を、いつも追いかけてしまうんだろう。
欠陥品の私の目は。

クスッと自嘲的な笑みがこぼれ、気がつくと涙がこぼれていた。
誰にも相談なんてできない、馬鹿馬鹿しい憧れ。

そっと外されて、宝石箱の、誰にも触れられない場所におさめられた。

私の小さな片想い。

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