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視る。あるいは眼という窓。

2ヶ月ほど前からほぼ毎日、アーユルベーダのセルフマッサージというのをやっている。太白胡麻油を使って、頭頂から足の裏まで自分でマッサージする。毎回驚くのは、最初に頭頂部にごま油を少し乗せたときにそれまでより視界がクリアになることだ。今まではぼやけて見えていたということにそこで気がつく。マッサージ中何度かクリアになる時があり、ぼやけたりクリアになったりしているようだが、ぼやけた時は気がつかない。クリアになって初めて今までぼやけていたことに気がつく。

2011年の夏、知人に誘われて八ヶ岳に住んでおられる画家の方のお家にお伺いしたことがある。「東日本大震災があって、もう、どうしたらいいかわからなくて。だけど、『わたしはボランティアに行って力仕事をすることも、マッサージすることもできない。わたしは絵を描くことしかできない』と思って、早起きして毎日庭をスケッチすることにしたの。」と言われて、「夕食ができるまで良かったらそのスケッチブックを見ていてください。」とスケッチブックを見せてくださった。「種はぱぁーっといっぺんに撒くのよ。他の植物を絞め殺す蔓ものを取る以外はなんにもしない。そのまま。」という庭のスケッチブックを何冊か見せていただいた。その夜はその方のお宅でお食事をいただき、友人の方のチェロの演奏をお聴きしたり楽しく過ごして宿に戻った。翌朝、宿の外に出て驚いた。垣根や宿の玄関近くの草むらが今までになく鮮明に、クリアに、美しく見えた。世界が美しい珠のように輝いて見えた。「わぁ〜!」と息を呑み、しばらく飽くことなく眺めていた。その状態は3日間ほど続いた。いつの間にか元の見え方になっていた。初めは理由が分からなかったが、画家の方のスケッチブックの絵をたくさん見るうちに、そのかたの眼の、見え方がわたしの眼の見え方を変えたのではないか、と気がついた。その方がスケッチされていた時の眼のちからがわたしの眼に入ってきて、わたしの眼を3日間ほど変えたのだと思っている。

眼は共有することができない。同じものを見ていても、他の人がどう見ているかは確認のしようがない。絵や写真でその輪郭を知ることができることはある。以前はフィルムカメラ(マニュアル)を使っていたが、撮った写真をポストカードにして知人に送ったら「最新は写真をやっているの?(わたしは以前映像作品を作っていたことがある。)このカードの写真はあなたが撮ったんでしょう?この眼はあなたの眼だ。わかります。僕は眼は魂だと思うんです。」というご返事をいただいたことがある。

瞑想センターで深く瞑想に入ったとき、それから一心に田植えをした後にも今までと違って世界がクリアに見えることがある。

2年ほど前に「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」という催しに参加した。暗闇の中で知らない人たちと共に過ごし、土に種を巻いたりした。真の暗闇で見えない中では聴力や嗅覚が鋭くなったように感じた。触るという行為、触覚は今までになく深く、暖かかった。

以前仕事で、20年ほど前に病気で中途失明したという一人暮らしのお爺さん(80歳過ぎだったか)のお宅を訪問したことがある。お掃除やお料理のため訪問ヘルパーを利用していたが、(5分おきだったかに)音で時刻を教えてくれる時計を置いて、衣類や食べ物、お薬まで、自分で置き場所や引き出しの位置を決めて一人暮らしされていた。糖尿病のためのインスリン注射も、音で単位を確認して自己注射しておられた。「目が見えなくなってしばらくは本当に辛かったよ。」「でも今は大丈夫。ヘルパーさんの力を借りながら、2年前までは寝たきりの女房の介護もしたんだ。」と笑顔で話されていた。「毎朝5時に起きて、まずは野良猫、その後狸がご飯をもらいにくるからあげるんだよ。音でわかるよ。」訪問するわたしのためにサツマイモを蒸してくれていた。本来は訪問先では頂かないが、断れなくていただいた。「一緒に食べましょうよ。」というと「わしは11時半にインスリン注射をしてから食べるから。その芋、美味しいだろ?」とニコニコされていた。

「視る」ということから離れてしまった。視るということだけではなく、「視る」「聴く」「匂う」「触れる」など感覚を通して、わたしの現実が立ち現れている。わたしが変われば、立ち現れる現実も変わる。そして当然、それは一人一人別物である。



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