第11話 千尋の夢


今日は保育園実習当日です。…なんですが、真美ちゃんが疲れで寝込んでしまったみたいで来られないことに。真美ちゃん大丈夫かなぁ。それも心配なんですが、今は自分の心配をしないといけなくて。というのも……


母  「千尋、ひとりで大丈夫なの?」
千尋 「うん、駅からは真美ちゃんと一緒だから」(言っちゃったぁ!)
母  「そう。なら安心ね。でも気をつけて行っておいで」
千尋 「ありがとう。行ってきまーす!」(頼むなら今なのに。ほんとは真美ちゃんいないのにー……)
ガチャ

(なんで無理してあんなこと言っちゃたんだろう。あぁでもいまさら引き返して泣きつくわけにもいかないし。駅から5分って書いてあったから、とりあえず最寄り駅まで行って、なんとかがんばるかぁ。人生最大のピンチだよー。祐介くん、無事にたどり着けるようにお祈りしててー!)


◆◆


   「こちら改札になります」
千尋 「ありがとうございました」
   「ここから大丈夫ですか?」
千尋 「はい、ありがとうございます」(また言っちゃったぁ!)

(えぇっと、どうしたらいいんだっけ。あ、そういえば前田くんがGoogleマップのナビ機能が使えるって言ってたっけ。たしかダウンロードだけしてたはず。えぇっと、目的地は西町保育園だったよね。なるほど、北に300メートル進んで左に曲がればいいのか。え、北ってどっちだ!えぇっと、たしか線路が南北でこっちからきたからぁ……)

(ん?なんか北に進むって言ってる。あれ、距離が遠くなってるー!!これ逆来ちゃったのかも。えぇ!どうしよう。とりあえず駅まで戻るしかないよね。わぁ、これほんとにたどり着けるのかなぁ)

(50メートル先左って言ってる。目的地までの距離も縮まってるし、一応あってるのかなぁ。え、待って、でもこんなペースじゃ間に合わないじゃん!!どうしよう。泣きそう。あ、後ろから足音がする。え、声かけてみる?でも怖い人だったら、無視されちゃったらどうしよう。あぁでも、このままじゃ遅れちゃうし。あぁ、どうしたらいいのー?!か、神様助けてー!!)

千尋 「あ、す、すみません!」
   「はい?」
千尋 「え、あの、西町保育園ってどっち行ったらいいですか?」
   「あぁ、保育園なら私もこれから行くとこなので、よかったら一緒に行きますよ?…ん?もしかして松川さん、ですか?」
千尋 「え、あ、はい……?」
   「私、去年ゼミ一緒だった西村です。ごめんなさい。半年ぶりだから一瞬気づかなくって」
千尋 「え、あぁ!西村さん!」
恵里花「こんなところで再会するなんてね。一緒に行きましょ」
千尋 「ありがとうございます。これで無事にたどり着けます」

千尋 (はぁ、命拾いしたぁ)
恵里花「そっかぁ。真美ちゃん寝込んじゃったんだぁ。大丈夫かなぁ」
千尋 「心配なんですよね。でもご飯は食べられてるみたいなんで、少し休んだら元気になりそうって言ってました」
恵里花「そっかぁ。あ、着いた。ちょっと時間ギリだから急いで着替えよっか」
千尋 「はい」


西村さんに助けられて、なんとか無事にたどり着きました。もう三日分の体力消費した気分なんですけど、これからが本番なんですよね。私の役目は蒼くんと陸くん、元気いっぱいなふたりのちびっ子のお相手をすることのようです。よし、がんばるぞー!


先生 「ふたりとも千尋お姉ちゃんの言うことをしっかり聞くのよー」
蒼&陸 「はーい!!」
千尋 「え、えっと、蒼くんと陸くんだよね。きょ、今日はよろしくね」
蒼&陸 「よろしくお願いしまーす!!」
千尋 「えっとー、ふたりはなにして遊びたい?」
青  「おにごっこー!」
陸  「さんせー!」
蒼  「じゃあおれおにやるー!」
陸  「よし、じゃあ10びょうな。にげろー!」
蒼  「1、2、3……」
千尋 「え、あ、ちょっと……」
蒼  「9、10!ちひろねえちゃんターッチ!」
千尋 「え、あ……」【あわあわ】
蒼  「つぎはちひろねえちゃんがおに。にげろー!」【ドタドタ】

陸  「ねえちゃあーん!おいかけてこないとずっとおにのままだぞー!ここまでおいでー!」
千尋 「そっちか。まてー!!」
陸  「こっちだよー!!」【パチパチ】
千尋 「よーし捕まえてやるー!」
陸  【ひょい】「ほらほらこっちー!」
千尋 「今度こそ捕まえた。あっ……」【ドテッ】
蒼  「わぁ!ねえちゃんがころんだー!」【ケラケラ】
陸  「ねえちゃんかっこわるーい」【ケラケラ】
千尋 「なにをーっ!」
蒼  「ほらほら、こっちだよー」【パチパチ】

   「わっ、みゆちゃんすごくじょうずー。え?恵里花お姉ちゃんのこと描いてくれるの?かわいーく描いてねー」【にこっ】

千尋 「はーはー」
蒼  「あぁ、楽しかったー。つぎどうする?」
陸  「おすもうごっこしようぜ!」
蒼  「よっしゃきまりー!じゃあさいしょはりくとちひろねえちゃんな」
千尋 「え、私?」【はーはー】
蒼  「はっけよーい…のこった!」
陸  「おりやあっ!」【ドン】
千尋 「今度はそう簡単にはやられないよ」【じりじり】
陸  「ね、ねえちゃんつよいー。う、ひっさつ、こちょこちょこうげきー!」【こちょこちょ】
千尋 「ははは、そ、それはなしだってー……」
陸  「すきありー!」【ドーン!】
千尋 「わーっ!」【よたよた】
蒼  「りくのかちー!」
陸  「よっしゃあっ!!」
千尋 「くーっ!」


そんなこんなであっという間の1日で、もうへとへとです。でも最後に「きょうはたのしかった。ありがとう。またあそびにきて」なんて言われちゃったら、もう疲れが吹っ飛んじゃいますよね。


◆◆


次の日は大学で集中講義です。真美ちゃんも復活したみたいで、元気そう。どちらかというと私の方が昨日のダメージが残ってしまったみたいで、病み上がりの真美ちゃんにさっそく心配されちゃいました。


真美 「昨日はごめんね」
千尋 「なんで謝るのー。それより真美ちゃん、もう体調大丈夫?」
真美 「うん、ありがとう。私はよくあることだから。いつも一日休めば、だいたい元気になるんだよね」
千尋 「そっか。よかったぁ」
真美 「それよりひとりで大丈夫だった?保育園初めて行くところだからすごく心配で」
千尋 「んー、なんとか大丈夫だった」
真美 「千尋ちゃんはほんとすごいなぁ。私だったらぜったいに無理だぁ」
千尋 「へへ、それほどでもー」(この際西村さんに最後助けられたのは内緒にしとこうっと)
千尋 「よいしょ…あ痛たたたー」
真美 「千尋ちゃん、大丈夫?」
千尋 「大丈夫は大丈夫なんだけど、ちょっと筋肉痛で……ちびっ子のパワーはすごいよ」【とほほ】
真美 「よっぽど大変だったんだね。お疲れ様」
千尋 「いやぁ、私が運動不足なだけだよー。情けない限りで……」
真美 「でも千尋ちゃん、すごく充実した顔してるね」
千尋 「うーん、たしかにもしかしたら私、子どもと関わるのが好きなのかも。走り回ったり、両側から引っ張られたり、いろいろ大変だったけど、でもあんなに本気になったのいつ以来かなぁ……」
真美 「そっかぁ。私も行きたかったなぁ」
千尋 「今度は一緒に行こうよ」
真美 「そうだね。今度は熱出さないようにしないと」


◆◆


彩芽 「はー、疲れたー!」【ドサッ】
ピロリロリン
彩芽 (ん?だれ?あ、千尋から電話だ。珍しい)
千尋 「もしもしー」
彩芽 「もしもし、やっほー!千尋から電話してくるなんて珍しいね。どうしたの?」
千尋 「んー、なんとなく」
彩芽 「もしや彩芽ちゃんに会えなくてさみしくなったんでしょ?」
千尋 「はは、そうかもね。そっちはどう?アメリカの生活にも慣れた?」
彩芽 「なんとかねー。最初はなにするのもドキドキだったけど、やっと落ち着いてきたかなぁ」
千尋 「さすがだなぁ。そっちの大学ってどんな感じなの?」
彩芽 「いやもう予習で読まなきゃいけない本の量がすごくって。英語めちゃくちゃ難しいし、私も要領悪いから遊んでる暇なんてない感じ」
千尋 「そうなんだぁ。でもやってけてることがすごいよー」
彩芽 「やってけてるのかなぁ。もう学期末のタームペーパーが恐ろしくって…あ、そうだ。千尋の方は最近どうなの?」
千尋 「私?実はこの間保育園実習に行ったんだけどね。それで、保育士を目指してみようかなと思って」
彩芽 「えぇ、すごいじゃん!なんでまた保育士なの?」
千尋 「んー、子どもたちってなんの遠慮も偏見もなく本気でぶつかってきてくれるんだよね。それでこっちも気づいたら本気になっちゃってて。今までどこいっても気を遣われることばっかりだったから、それがすっごくうれしくって。それにあの子たちが楽しそうにしてたら、こっちまで幸せになるじゃん」
彩芽 「そっかぁ。でも保育士さんっていろいろ大変そうだけどー?」
千尋 「んー、それはそうなんだよね。ほんとに見えない私にできるのか自信はないんだけど。それでも20年間生きてきてやりたいって思えることに出会えたの初めてだからさ、ちょっと本気でがんばってみたいなって思って」
彩芽 「いいなぁ、応援するよ」
千尋 「ありがとう」
彩芽 「なにか私にできることあったら協力するよ。もし子どもの相手する練習したくなったら、いつでも子ども役になってあげるから」
千尋 「え、あ、うん、ありがとう。はは、彩芽ちゃんはどこいっても彩芽ちゃんだね」
彩芽 「へへ、もうこの性格は変らなさそう。じゃあ、おやすみ、なのかな?」
千尋 「うーん、こっちはこんにちはかな。付き合ってくれてありがとう。おやすみー」
彩芽 「うん、じゃあまたね」


おしまい

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