第1話 大学生活スタートの日


私はこの4月から未来大学に通うことになった、松川千尋と言います。自分で言うのも変な感じするんですが、ちょっと控えめなふつうの女の子です。でも実は私視覚障害があって、中高と盲学校だったので、晴眼の人たちと一緒に勉強するのはすごく久しぶりなんです。あぁ、緊張するなぁ。

今日は待ちに待った大学生活スタートの日。私は最初の授業がある教室を目指しているんですが……さっそく迷ってしまったー!!
そんなに広いキャンパスじゃないし、春休みの間に何度も練習したから、大丈夫だと思ってたけど……この間はあんなにスムーズに歩けたのになぁ。やっぱり緊張してるのかな。あぁ、入学早々遅刻はしたくないのに。あぁ、泣きそう。


   「あ、あのー。なにかお手伝いしましょうか?」
   「えっ、あっ、えっとー……」
   「あ、ごめんなさい。私はこの4月から社会学部に通うことになった吉村真美っていいます」
   「えっ?実は私も社会学部の1年生で……」
真美 「えっ?ほんとに?じゃあ1限は必修の英語だね。よかったら一緒に行かない?」
   「本当ですか?ありがとうございます」
真美 「同じ新入生同士なんだから、敬語じゃなくていいよ。で、案内するときってどうしたらいいの?」
   「あ、えっと、ひじをもたせてもらえるとうれしいんだけど……」
真美 「えっとー、こうすればいいのかな?」
   「あ、うん。ありがとう」
真美 「歩くスピードはこれくらいで大丈夫?」
   「うん。大丈夫」
真美 「ふーん。こうやって案内すればいいのかぁ」
   「これ、手引きっていうの」
真美 「へぇっ、そうなんだ。そう言えば、失礼なこと聞いちゃうかもしれないけど、少しは見えたりするの?色はぼんやり分かるとか……?」
   「失礼じゃないよー。今はもう全く見えないんだ。光を少し感じるくらい」
真美 「それは大変だね。困ったらなんでも言って。同じ学部みたいだし」
   【タタタッ】
   「ヤッホー!真美!」
真美 「ん?あ、彩芽。おはよう!」
彩芽 「おはよう!その子は?」
真美 「あ、さっき会ったばかりなんだけど、おんなじ社会学部の1年生なの。目が見えないんだって。えっとー、名前なんだっけ?」
   「あっ、ごめんなさい。まだ言ってなかったですね。松川千尋って言います。で、そちらの方は?」
彩芽 「私?国際学部1年生の山口彩芽。真美とは高校生のときから大大大親友なの!」
真美 「ちょっと彩芽。恥ずかしいじゃん」
彩芽 「あ、ごめんごめん。千尋ちゃんだっけ?よろしくね」
千尋 「あ、はい。よろしくお願いします」
彩芽 「同じ1年生同士なんだから、そんな気は遣わないで。で、その右手に持ってる白い棒はなに?」
千尋 「あ、これは白杖って言って、歩くときとかに足下を確認するのに使うんです」
彩芽 「へぇ!すごい!魔法とかは使えないの?」
千尋 「えっ……?」
真美 「もう。千尋ちゃんが困ってるじゃない。彩芽はこういう人だから、あんまり気にしないで」
彩芽 「ちょっとそれどういう意味?」
真美 「はいはい。あなた講義室けっこう遠いんじゃないの?初っぱなからいきなり遅刻かましても知らないよー」
彩芽 「あぁ!!ほんとだ!!早く行かないと。じゃあまたねー!!」【バタバタ】

真美 「それじゃあ、私たちも行こっか」
千尋 「うん」
真美 「あ、上り2段あるから気をつけて」
千尋 「うん、ありがと」

一時はどうなるかと思ったけど、真美ちゃんのおかげでなんとか助かったー。真美ちゃんすっごく優しいし、(彩芽さんはちょっと怖いけど)、これからなんとかやっていけそう。


◆◆


真美 「301だからこの教室だよね。えーっと100人くらい入れる教室で、右手に黒板がある感じ。もう前の方しか空いてないから、前の方に座るね」
千尋 「うん」
真美 「えっと、椅子がここにあってー……」
千尋 「ありがとう」

真美 「えっ?それたためるの?」
千尋 「うん、そうなの。すっごく便利なんだよ」
真美 「へぇ、そうなんだ。あ、もしなにか案内の仕方が悪いとかあったら、遠慮なく言ってね。私慣れてないから」
千尋 「真美ちゃんの案内すっごく分かりやすい。初めてとは思えないくらい」
真美 「そう?ならよかった。あっ、先生来られたよ」


◆◆


   「真美、千尋、お疲れ様!」
真美 「あ、お疲れー」
千尋 「彩芽さん?…いつの間に……?」【きょとん】
彩芽 「ん?2限から一緒にいたよ?…あ、そっか、ずっと黙ってたから気づかないのか!…てことは、今ちょっと声かけただけで私って分かったってこと!?千尋天才じゃん!!」
千尋 「え、まぁ、天才ってほどじゃ……」
真美 「いやぁふつうにすごいと思う。きっと私たちにはない感覚をいっぱいもってるんだろうなぁ」
彩芽 「じゃあさ、私と真美どっちが背高いかとかも分ったりするの?」
千尋 「…んー、自信ないけど彩芽さんの方が大きい?」
彩芽 「え、すごい!なんで分かるの?」
千尋 「真美ちゃんはさっき手引きしてもらったから私よりちょっと高いくらいかなぁって気がしてて、彩芽さんは声がもっと上の方からするなって思って」
彩芽 「声のする高さで分かるんだ。すごいなぁ」
真美 「ほんと、千尋ちゃんにはなんでもお見通しなのかもね。あ、ちょっと私用があるから、彩芽、千尋ちゃんをよろしくね」
彩芽 「オッケー!まっかせといてー!」
真美 「ちょっと心配だなぁ。千尋ちゃんによけいなちょっかい出しちゃだめだからね」
彩芽 「それはするかもー」
千尋 (えーっ!なにされちゃうのー!?)
真美 「んもー。まぁ仲良くしといて。じゃあね」【バタバタ】

彩芽 「じゃあ千尋ちゃん、一緒に食堂行こっか」【ガシッ】
千尋 「う、うん……あ、あとできれば後ろから押すんじゃなくて、ひじをもたせてもらえると助かるんだけどー……」【ビクビク】
彩芽 「あ、ごめん。こんな感じ?」
千尋 「うん、ありがとう」
彩芽 「ね、私でかいでしょ?」
千尋 「う、うん……」(コメントに困るー!)

彩芽 「千尋ちゃんはサークルなに入るかもう決めたの?」
千尋 「えっとー、点字サークルっていうのがあるみたいだから、うわっ!」

彩芽 「あー、ごめん。階段は言ったげないとだめだったね。大丈夫だった?」
千尋 「うん、大丈夫。ひとりで歩いてるときとかはよくあることだから」

彩芽 「えーっと今日のメニューは、カレーライス、カツカレー、親子丼、カツ丼、あっ私これにしよーっ。それと味噌ラーメン、塩ラーメン、未来ラーメン、うん?なんだそれ?きつねうどん、かけうどんがあるよ。どれにする?」
千尋 「えっとー、どうしよっかなぁ」
彩芽 「ごー、よん、さん」
千尋 「あ、ちょ、ちょっと待ってよ……」
彩芽 「にー、いち、はい時間切れー。じゃあ千尋ちゃんは未来ラーメンっていうよく分かんないやつで」
千尋 「え、えーっ!」
彩芽 「カツ丼と未来ラーメンで」
千尋 「て、もうたのんでるしー」
彩芽 「嫌いな味だったら私のと交換してあげるから」【ひそひそ】
千尋 「えー、そういう問題?」【ひそひそ】

彩芽 「あ、でも見た目的にはわりとふつうのラーメンっぽいよ。チャーシューちょっと多めな感じかな」
千尋 「よかったー」

千尋&彩芽 「いただきまーす!」
彩芽 「千尋はさ、将来の夢とか決まってるの?」
千尋 「いやー、まだ決めれてないんだ。彩芽さんは?」
彩芽 「私は大学生の間に、ぜったいお金貯めて留学に行きたいの。それで卒業後は国際機関で働きたいんだよね。世界中の困ってる人のためになにかしたくって」
千尋 「へぇ、すごいなー。もうそんな立派な夢があるなんて」(私はまだ自分がなにしたいのかも分からないのに。同い年とは思えない)

千尋 「うわっ!からーっ!」
彩芽 「あはははは!大丈夫?そのラーメン、辛子が入ってるみたい」【パチパチ】
千尋 「いや、ぜったい彩芽さんが入れたんでしょ」
彩芽 「あ、ばれちゃった?」
千尋 「ばれちゃったじゃないでしょ!もう、せっかく彩芽さんのことすごいなって感心してたのに。なんか損した気分」
彩芽 「あぁ、ごめんごめん。お茶もう1杯もらってくるから」
千尋 (なんかこの人といると疲れるな。でもおかげで退屈はしなさそう)


◆◆


   「今日は点字サークルの新歓に来てくれてありがとう。僕は会長の張本祐介です。2人の名前も聞いていいかな?」
千尋 「あ、あの。松川千尋です」
   「福田広樹です」
祐介 「松川さんと福田君ね。よろしく」
千尋&広樹 「よろしくお願いします」
祐介 「そう言えば松川さんは点字読めるんだよね?」
千尋 「あ、まぁ一応」
祐介 「じゃあこれ読んでもらえない?」
千尋 「あ、はい。こ・ん・に・ち・わ。・は・り・も・と・ゆ・う・す・け・で・す。・よ・ろ・し・く・お・ね・が・い・し・ま・す」
祐介 「うゎーっ!すごい!やっぱり読めるんだ!読んでくれる人がいるって感動するなー!」
千尋 「いや、まぁ。幼稚園のころからやってますから」(この人すっごくいい感じ。声もかっこいいし)

祐介 「あ、紹介するの忘れてた。3年生の中谷先輩です。点字のことならなんでも知ってる点字博士みたいな人なんだ」
   「中谷茜です。まぁでも点字ネイティブの人が入ってきたら、さすがに私もかなわないだろうな」
千尋 (張本先輩。なんだろう、この感じ。これってもしかして、初恋?いやいやきっと新学期で浮かれてるんだ。ちゃんとしないと……)
祐介 「…わさん。松川さん?」
千尋 「は、はい。」
祐介 「ここにパーキンスと点字用紙があるから、なにか打ってみて」
千尋 「あ、はい」
茜  「松川さんさっそく張本部長に惚れちゃったんじゃない?」
千尋 【どきっ!!】
祐介 「中谷先輩、今日が初対面なんですよ?きっと初めての大学で疲れてるんですよ。それに、いきなり新入生にちょっかい出すのはやめてください」
茜  「そうかなぁ……?」
千尋 (うわー、女の勘って怖いなぁ)
祐介 「あ、福田君。ごめんごめん。え、ずっと五十音表見てたんだ!」
広樹 「いや、おれ、こういうの読むの好きなんで」
祐介 「へぇ。すごいな。君は上達が早そうだ。これは頑張らないと会長の立場がなくなるな」


そんな盛りだくさんの初日も無事に終わりました。これからなんとかやっていけそうです。疲れてお風呂でうとうとしちゃって、母に起こされたのは内緒にしててくださいね。


つづく

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