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祖母のお線香

祖母が亡くなった。

とはいえ98歳という大往生で、悲しく思うと共に、どこか「お疲れさま」という気持ちでもあった。
祖母にはとても可愛がってもらっていたこともあり、頻繁に仏壇に手を合わせに行っていた。

ある日、その家の奥さんから相談があると言われた。

「お線香がすぐに消えてしまうのよ」

聞けば、何度点けても、どんなに対策をしても、ちょっと目を離した隙に火が消えてしまうのだとか。

「それでこの間、原因が知りたくてずっと見張っていたら、目の前で突然火が消えてしまったの」

最初のうちは偶然だと思っていた奥さんも、遂に目の前で火が消えたことでさすがに恐怖を覚えたらしい。
話を聞き終わったあと、ふと、頭に何かが過ぎった気がした。

「明日、新しいお線香を持ってきますよ」

そう言ってその日は帰宅した。


翌日、約束通り新しい線香を持って祖母の家を訪問した。

「これを使ってみてください」

そう言って、線香を差し出した。奥さんは不思議そうな顔をしながら、線香に火を点けた。
しばらく2人で黙って眺めていると、突然火が消えた。

「ほら消えた!」

奥さんは小さく叫んだ。なるほど、確かに消えてしまう。

「明日、また新しいお線香を持ってきます」

そう言って、持ち込んだ線香を受け取り、帰宅した。


更に翌日、また新しい線香を持って祖母の家を訪問した。

「これを使ってみてください」

奥さんは怪訝そうな顔をしながら、線香を受け取り、火を点けた。
2人で黙って眺めていると、また火が消えた。

「また消えた!」

奥さんは震える声で叫んだ。
怯える奥さんを宥めながら

「明日、また新しいお線香を持ってきます」

と言って、持ち込んだ線香を受け取り、帰宅した。


その更に翌日、また新しい線香を持って祖母の家を訪問した。

「何度やっても同じよ。もう構わないから」
「いえ、これを使ってみてください」

嫌がる奥さんに無理を言って、また新しい線香に火を点けてもらった。

「きっとまた消えるのよ。恐ろしい」

奥さんは怖がって線香を見ようとしない。
しかし、線香はいつまで経っても消える気配がない。
10分ほど経っただろうか。

「お茶を淹れ直しましょう」

奥さんは絞り出すような声でそう言って、台所へ向かった。

仏壇の前でお茶を頂くこと30分ほど。遂に線香は燃え尽きた。

「どうして……何度やっても消えていたのに……」

驚いて口を覆う奥さんに、祖母の遺影を見つめながら言った。

「祖母は香りの好みにうるさい人でした。だから、もしかして香りが気に入らないんじゃないかと思いまして。
奥さんが使っていた線香も、お持ちした線香も、香木や漢薬系の香りでした。
祖母は花が好きだったから、それならと思って、祖母の好きだったカモミールの香りがする線香を用意したんです。
そしたらほら、消えない。やっぱり、香りが気に入らなかっただけなんですよ」

つい、笑いをこぼしてしまったが、奥さんはぽかんとしていた。

「今度からカモミールの線香を焚いてみてください。もしまた消えることがあれば、何か他に祖母が好きそうな香りを見繕ってきますよ」
「……ありがとう。いや、でも、まさかこんな……」
「ほんと、いつまでもわがままですよねえ。ははは」
「……は、ははは」

戸惑いながらも、奥さんもようやく笑顔を見せてくれた。


その後、奥さんによるとカモミールの線香は必ず最後まで綺麗に燃え尽きるんだそうだ。
最初は呆気に取られて気付かなかったが、つまり、家に祖母の霊がいるということなのではと思うと、そういう類が苦手な奥さんは気が気でないこともあったらしい。
それでも、線香以外に何か不思議な現象が起こることもなく、世話になった故人が今でもそばにいると思うと、恐れる気持ちもなくなったそうだ。

さて、わがままな祖母のために、何かいいお線香でも探しに行こうか。
次はどんな花の香りがいいだろう。
気に入ってもらえるといいな。

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