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ジェントリフィケーションへの抵抗を 解体しようとする者たち

2019 年 8 月 25 日(日) 集い処・はなにて行われた 「⼤阪・釜ケ崎、沖縄ー政治に揺れる街の声」(岸政彦×⽩波瀬達也対談) の酒井 隆史さんによる批判

描き起こし文を公開しています。最後に、釜ヶ崎の問題を考える際の参考資料も掲載致しました。併せてお読みください。

※有料で配布している文章ですがnoteの仕組みを使って全文を有料掲載する試みを行っています。

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■酒井 隆史 ―現代社会を権⼒論の視点から分析/都市における⽂化表現―
1965 年⽣まれ。早稲⽥⼤学⼤学院⽂学研究科博⼠課程単位取得退学。⼤阪⼥⼦⼤学⼈⽂社会学部専任講師などを経て、現在、⼤阪府⽴⼤学⼈間社会学部教授。
 著書:『⾃由論―現在性の系譜学』(⻘⼟社 2001)
    『暴⼒の哲学』(河出⽂庫 2016)
    『完全版 ⾃由論: 現在性の系譜学』 (河出⽂庫 2019)他
 訳書:『<帝国>グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』A・ネグリ M・ハート(以⽂社 2003)
    『負債論 貨幣と暴⼒の 5000 年』デヴィッド・グレーバー (以⽂社 2016 監訳)
    『官僚制のユートピア』デヴィッド・グレーバー(以⽂社 2017)他
    『通天閣 ― 新・⽇本資本主義発達史』(⻘⼟社 2011)で 2012 年サントリー学芸賞。

1.はじめに

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 『福⾳と世界』というキリスト教の雑誌があります。いま、保守化のとどまることのない⽇本の⾔説世界のなかで、とてもはじけている注⽬すべき雑誌だと思います。この雑誌がオリンピックと万博を串刺しにして批判する特集をやりたいということで(「現代のバベルの塔ー反オリンピック・反
万博」(新教出版社 2019 年 8 ⽉号)というタイトルです)、私にも原稿の依頼がありました。特集全体も、バベルの塔というキリスト教の聖書のシンボルになぞらえながら現代を読み取るという⾯⽩いものになっています。ただ万博って、⼤阪ではそれなりに騒がれていますけど、関⻄でも京都の⼈なんか、あまり知らなかったりするのですよね。東京ではなおさら知られていません。もちろん、なにやら⼤阪が異様なことになっているというのは、なんとなく知られてはいるのですよ。
 吉本の問題も含め全国に⼤体知られている。都構想や、維新が選挙で負けないことも。そもそもまだ万博が続いていること⾃体がおかしいのですが。
わたしは万博を中⼼にジェントリフィケーション*1を視点におきながら書いていくという感じで、原稿を求められていました。ここで『中央公論』2017 年7⽉号)に掲載された岸政彦*2さん(⽴命館⼤学院教授)と⽩波瀬達也*3さん(当時:関⻄学院⼤学准教授)の対談「⼤阪・釜ヶ崎、沖縄ー政治に揺れる街の声」の批判も⼤きなところでしなくてはと考えていましたので、少しふれています。2 ⼈の対談への批判はその前に、⾮常にマイナーな『理論と動態』という学会誌のなかで⼀度書いたんですが、もっとパブリックな場所で議論しなければいけないと考えていました。ここで、あらためて対談の批判の切り⼝にしようと思いました。この2⼈の対談は、研究者の⽴ち位置などもふくめて、⽇本のいまの状況をよくあらわしていると思えるからです。

*1 Gentrify(⾼級化する)ルース・グラスが 1964 年にロンドンで⽣み出した⾔葉。
「古びてみすぼらしいアパートや⼩屋は、賃貸契約期間が終了すると買い取られ、
エレガントな⾼級な住居へと変えられてきた」原⼝剛(神⼾⼤准教授)訳
『ジェントリフィケーションと報復都市』(ニールスミス著ミネルバ書房 2014 58 ページ)
*2 岸政彦(きしまさひこ) 1967 年⽣まれ。
2002 年、⼤阪市⽴⼤学院⽂学研究科社会学専攻。
06 年より⿓⾕⼤学教員。17 年より⽴命館⼤学⼤学院教授。
著書に『同化と他者化』他、⼩説『ビニール傘』で芥川賞と三島賞の候補になる
*3 ⽩波瀬達也(しらはせたつや)
1979 年⽣まれ。2008 年、関⻄学院⼤学⼤学院社会学退学。
桃⼭学院⼤学准教授。「あいりん地区まちづくり会議」に有識者として参加

2. 「釜ケ崎論」にみる保守化の流れ

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 いま、アートの世界もゆれていますが、研究者世界も同じです。というか現実に、関連しあっていますが。総じていうとだんだん保守化、右傾化して
いくというような状況がありますが、⼆⼈の対談を読んで、ついに釜ヶ崎を語る議論にまで、こうした全体の流れに乗っかるようなものが出てきたかと、最初は驚きました。しかも、おそらく⽴ち位置的に、かれらは、さして右派ともみなされていない⼈たちなのではないかと思います。その⼈たち、とりわけ東京中⼼の「論壇」のなかで影響⼒のあるような⼈たちが、『中央公論』という、⾮常に「権威」のある雑誌でこのような発信をする。これはおそらく、重⼤なターニングポイントだと思いました。これについて何も反応しないのはダメだろう、とくに私のように、中⼼とはいわないまでも、何らかのかたちで釜ヶ崎を研究対象としている者なら、なおさら何かいうのは義務であると考えました。

3. 釜ケ崎を病理とみなす差別的まなざしは維新の西成特区構想を後押しする

 この⾔説にはいろいろ問題があります。たとえば、⽩波瀬⽒の岸⽒におもねるような態度は、正直、愉快なものではありませんが、そういうのはおいておきます。最⼤の問題は、かれらがはっきりと⻄成特区構想*4に賛成していることです。そして、その肯定に関して、さまざまの下からのボトムアップであり、悲願であるというかたちで、「全体」の流れに追随するというかたちでいわれています。あたかも「⺠意」に沿ったふうなかたちで、⾃⼰の⽴場を主張しているわけです。さらに、そのポジティヴな内容は、監視カメラの増設、警官の増員、暴⼒団対策としてです。⽣活保護受給者の就労⽀援、治安や衛⽣⾯の拡⼤、そして星野リゾートの建設*5です。これはなんの検討も抜きによいことになっていて、しかもそれが地元の悲願であることを経由して肯定されているのです。

 橋下維新は、それを強⼒に進めてくれたということで評価されます。ひとつひとつが、検討に値するテーマです。⻄成特区構想が都構想と関係していることもさらりと述べていますが、都構想に対しての判断も⽴場表明もありません。暴⼒団の取締強化で警官増員*6という現象に、はたして即、うなずける歴史を釜ヶ崎がもっているでしょうか。⽣活保護受給者の就労⽀援も、維新の政策が即、肯定できる内容なのでしょうか。⽣活保護費の削減やきびしい受給制限、さらには⽣活保護受給者への差別、それらを橋下維新が強⼒に促進してきたことへの考慮はいっさいありません。さらに治安と衛⽣の拡⼤という⽬線は、釜ヶ崎への戦前からつづく差別的な⽬線と、どこが違うのでしょうか。

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