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1011gの命から産まれたモノ




■忘れもしない9月10日


9月10日に、”1011gの命”に触れた。27週1日目での出産だった。




時はさかのぼり9月6日。
前日からお腹が痛くて朝一で病院に駆け込んだ。(その時はわからなかったが陣痛だった)


子宮口が1cm開いていて、子宮頚管の長さが8mmしかない!

大きな病院に緊急搬送します!


医師の慌てている姿と只事ではない雰囲気に、とても恐怖を感じた。


「もしかすると今週中には産まれてしまう」


その一言に心臓がバクバクとした。頭が真っ白になってなにも考えられなくなった。

赤ちゃんはまだ26週5日。



今産まれたらどうなるの?
助かるの?死んじゃうの?




私達の大切な赤ちゃんはどうなっちゃうの?

私の何がダメだったの?
何か原因なの?
どうしてこうなっちゃったの?



…たくさんの疑問が生まれたけれど
声には出せなかった。

答えを聞くのが恐ろしかった。



現実を受け止められなくて涙すら出なかった。




****


救急車で搬送されている途中、

やっと現状を受け止めることができ、目に涙が浮かんだ。


私がここで泣いたり
弱気になってしまったら

赤ちゃんに良くないし、きっと不安でいっぱいになるだろう。


だから気をしっかり持って、親の私がしっかりしなきゃ。



大丈夫、大丈夫。
何度も心の中で唱えた。



…そんな私を励ますように
赤ちゃんは病院につくまでずっと元気にお腹の中で動いてくれた。



*****


入院生活が始まった。


医師が驚くほど経過が良好で、2日で点滴を外すことができた。(私の場合は陣痛がはやくきたことが原因で、感染や子宮頚管無力症などの問題がなかったので経過が良好だった)


点滴を外してからもお腹の痛みがなく、
このまま順調に行けば週末あたりで退院できるとホッとしていた。




■覚悟を持てた時



もう少しで9月10日になりそうな時刻。


これはもう産まれるかもしれない


そう思うお腹の変化があった。


週末には退院する気満々で
3ヶ月も早く産まれるだなんて
未知の世界すぎるから、心の準備なんてもちろんしていない。



医師の診察を受けると
産んじゃいましょう 
そう言われて…


無理です

できないです


いつも使わない言葉を私は放った。

『私にはできない』

そんな言葉、いつぶりに使ったっけ?




大丈夫ですよ〜!
赤ちゃん準備万端なん今産んだ方が良いですよ



…そっか……
産んだ方が良いのか……


緊急搬送時に他の医師から

『もし出産になったら、赤ちゃんへの負担を減らすために帝王切開になります』



そう説明されていたので、
“未熟児なので帝王切開ですよね?”



少しだけ受け入れられた私は
出産方法を聞いた。



返ってきた答えは

自然分娩



え?27週で自力で産まれてこれるの??
途中で体力無くなったりしないの?


とてもじゃないけれど
まだ1000gしかないのに自力で産まれてこれる想像なんてできなかった。



え、無理ですよ


私の頭は恐怖でいっぱいになった。


私にちゃんと産めるのか?
無理でしょ。
できないよ。

不安と恐怖でいっぱいで
できることなら帝王切開で赤ちゃんを取り出して欲しい…。




『お産の進み方的には順調すぎるので、今産めば安産。赤ちゃんの準備が整っているので、お産を止めるよりも産んだ方が良いかと思います。この先どうなるかわからないので……⁡』




命がかかっている決断







恐怖や不安で頭がいっぱいだったけれど

ふと思った。





素人の私よりも
今までたくさんのお産に関わってきた
医師の方が正確な判断ができる。



それに、もし本当に危なかったり
高リスクであればお産を止めることだろう。


もちろん早産はあらゆるリスクがとても高くなるけれど、現代医療は凄く、そこまで心配がいらない。


だからこそ、医師は私の目を見て、堂々とまっすぐお産を勧められるのだろうと感じた。





それに、

赤ちゃんはこんなにも
強い意志を持って準備万端に整えてくれている…。




正産期に産んだとしても死産している子もいれば

病気になっている子もいる。

障害を抱えている子もいる。



わずか300g代で産まれても、何も障害なく、元気にすくすく成長している子もいる。




どんなに気をつけていても事故に遭うし

どんなに健康に過ごしていても病気になる。



毎日元気いっぱいに過ごしていても、次の日には命を落としていることもある。




生きる


ということは、理論で語れるものではい。





こうしたから病気になった
こうしたから死産になった
こうしたから障害を抱えることになった
こうしたから命を落とした

こうしたから、こうなった



そんな理由なんてない。




こればっかりは、

なるようにしかならない。







母として、どんな運命になろうが
それを全て受け入れよう。

どんな結果になっても
全てを受け入れ、前向きにできることを
全力で取り組んでいこう。

この子の命がある限り、
幸せいっぱいに満たせるよう努力していこう。


そんな覚悟を持てた。





『産みます!頑張ります』
そう医師に伝えた。



■息子の強さ



『驚くほど順調なお産です。赤ちゃんと息ぴったりです!』


子宮口が全開になるまでの間に
何度もそう言われた。







“息子が私に合わせてくれている”




それだけの『産まれたい』という
強い意志を感じられ
私自身も覚悟を強く持つことができた。


子宮口が全開になって息む前まで
息子はずーーっとお腹をポコポコ蹴ってくれていた。


ずーーっと母親である私のことを励ましてくれていた。


私よりも、たったの1011gの息子の方が強かった。


息子は、しっかり力強く
自分で産道を通って産まれてきた。





結果、4時間の安産。




小さな、小さな足。




手のひらサイズの命。




本来ならお腹の中で成長する時期を


自分で呼吸をして
自分で母乳を消化して
自力で日々成長してくれた息子。


その力強い命に触れて

息子も頑張っているのだから
私ももっと真剣に人生を生きよう。


そしてもっと
周りの人に恩返しできる自分になろう。


息子の力強く輝く命のおかげで
そう決心することができた。



■美✖️チャリティーで社会に貢献できる経営者になる


3ヶ月早い出産となり、
仕事と両立しながら搾乳をしていました。

1011gで生まれた息子にとってミルクは
腸が壊死する原因になるため、
母乳が出るように毎日必死でした。



そんな時、
代表理事である水野教授のTwitterを見つけ
母乳バンクの存在を知りました。



“もし母乳が出なくなっても、
母乳バンクがあるから大丈夫”

という安心感が生まれ
肩の荷がおり、
会社経営に打ち込むことができました。







『今は数百gで産まれても生きられる時代
1000gもあれば全然大丈夫。
元気に成長してくれますよ』



日本の新生児医療は世界トップクラス。

息子がいるNICUに3ヶ月間通ったからこそ
管理体制、技術の素晴らしさを肌で感じました。


だからこそ、
元気付けて下さった
看護師さんの言葉を信じることができ


息子の成長が楽しみになり
家族3人で一緒に過ごす未来を想像できるようになりました。


部門日本一位などを受賞できるほど
安心して仕事に打ち込めました。




そんな自らの経験から、
売上の一部を周産期センターや
母乳バンクなどに寄附する
ブランドを立ち上げたいと思い
この1年間、準備を進めてきました。




全ての女性が安心して妊娠・出産ができ、
そして安心して社会で活躍できるように…という
願いを込めた自社商品の美容ブランドになります。




女性を支える母乳バンクや
周産期センターは膨大な費用がかかることが現実問題にある。



【美×チャリティー】で女性を幸せにし
社会で活躍する女性を支えていくブランドにしていきます✨


これが、1011gから産まれた“モノ”


たくさんの人を幸せにしてくれてありがとう
新しい夢を与えてくれてありがとう
たくさんの勇気を与えてくれてありがとう
産まれてきてくれてありがとう




あなたの強く、逞しい命から与えてもらったことを大切に

ママ、ビューティージャパン日本大会も頑張っていくよ。




いつもありがとうございます♡本など学び代に使わせて頂き、皆様により良いものを届けられるようにします!