見出し画像

世に問う

 来た!、ついにこの日が来た!!私は、密かにこの日を待っていた。誰にとっても面倒で、どうでもいいといえばどうでもいい日。運転免許の更新日である。

 私は自慢ではないが、人相が悪い。そこはかとなく犯罪者の顔だ。よく箱根の『関所』の入り口で、入場出来ずに気分が悪くなり座り込んでいる人たちがいる。前世というものがあるのかないのかはわからないが、ほぼ全員が悪人顏だ。なんとなしお互いに顔を合わせ、気まずそうに軽く会釈などを交わし合っている。もちろん私も座り込んだ一人で、前世犯罪者アベンジャーズたちに会釈を交わしたものだ。

 そんな私の運転免許証の写真は、ごたぶんにもれず『悪人顏』である。ということで、私はこの機会を待っていたのだ。そして迎えた免許の更新日。私は万全の体制で臨んだ。ちょうど少し前にTVの収録の話があり、髪と身なりを整えた後で、清潔そうに見えるようヒゲも少々短めにしてみた。精神的にもかなり余裕を持たせることが出来た。睡眠も十分で、更新の日程を選べるのもそれを助けた。笑顔も自然に作れ、この感じなら銀行が融資すらしそうである。

 会場に到着すると、当然のように『不快』が漂っていた。梅雨の湿気も重なり、この不快はナウシカですら滅入りそうなレベルだ。誰も彼もほのかに腹を立てており、ドアの開け閉めやボールペンの返却に怒りの感情を垣間見せる。

 危ない危ない、この連中と関わってはいけない。免許の更新はすでに始まっているのだ。待たされるのも当たり前、指示がわかりづらいのも常なのだ。それでいちいち腹を立てては、せっかくの写真が台無しになってしまう。何年もおつきあいする写真だし、何より私は悪人顏なのだから。

 『印紙?、、、え、ここでは売ってないのですか?』係の人は、まるで話すのを惜しむかのように『会場では買えない』旨の小さな文章を指差し、目を細め、ロボ的にしゃべる。なにやら遠周りをしなければいけない建物を案内され、私はそこへ向かい、総合受付で入り口を教わり直し、さらにフロアを間違えていることに気づかず、なかなかに良い運動を続け、やがてお目当ての印紙を購入する。このダンジョン的な行き来は、現実では全く面白みがない。役所では特にそうなのだ。

 また元の受付に戻るまでに、私と同じように印紙を買い求めるための人の流れに出くわす。不快レベルが明らかにさっきよりも上がっている人たちだ。危ない危ない、私も彼らのようになるところだった。少しばかり運動をしたところで、それが一体なんだというのだ。むしろ写真を撮るための準備運動だと思えば、ちょうどよいではないか。私は自販機で、選んだかのようにまさかのヌルい缶コーヒーを買い、栄養ドリンクがヌルいよりは数段良かったと納得しつつ、心を落ち着かせた。

 しばらくし、2度の横入りをされながら受付を済ませ、不親切な書類の記入の指示を受ける。もちろん数回の記入漏れを指摘されるも、この人はよほど心に深い傷を負った人なのだろうという考察のもと、さらりと指示に従う。しかし、まさか裏にまで記入事項があるとは知らず、さすがに『なら、最初から言えや』的な表情になってしまった。

 そして暗証番号記入、視力検査などが忙しく続き、『少しお待ちください』と座らされたベンチがまずかった。黒板を爪で引っ掻いたように嫌なトーンでしゃべる女性の『ここの対応、ひどくありませんか?』賛同者募集コーナーだったのだ。なんでも彼女は引越して来たばかりで、手続きは終わったものの、これから自分が住む街をより良くするために意見するタイミングを見計らっているとのことだった。

 なだめる紳士、舌を打つ若者、異様に匂うブルーベリーガムの子供、そして早く時間よ過ぎろと祈る私。気がつけば名前が呼ばれ、流れ作業のように椅子に座らされた。こちらも見ない係が鳴り止まない電話を取りつつ、おもむろに片手で雑にシャッターを押し、私の撮影は終わった。

 意識がなく、その時間は過ぎ去っていた。おそらく、私の今回の免許証も、『悪人顏』だろう。以前にも増して。

 私は思う。どうして、免許証の写真は、誰も彼もが不満気なのか?ひょっとして、不満でないといけないのか?不満顔で統一したいのか?

 あなたたちはどしてみんなそうなんだい?そんなに言葉数を減らしたいのかい?作業を省きたいのかい?
あなたたちの過去に一体何があったんだい?戦うために生まれた戦士なのかい?それともすでにロボなのかい?

 それでも、いつか私は実現させたいと思う。何年、いや何十年後の世界かもしれない。溢れんばかりのゆとりを持ち、そこはかとなく笑顔になりかけの、そんな自然な表情の写真を載せた、免許証の発行を。

2016.6.23