梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書


 梅棹忠夫の『知的生産の技術』(青版 722)は、1969年に第一刷が刊行されているが、いま読んででも全く古びることのない名著である。1969年といえばいまから45年も前のことであり(筆者は1980年生まれなのでまだ生まれてすらいない)、当然ながらパソコンもスマートフォンもインターネットもろくに存在していなかった。つまり情報”技術”という点でみれば、現代は格段に進化しているはずなのである。しかし「知的生産の技術」という点において、梅棹が同書で示す方法論は全く古びていないどころか、現代でも名前を変えて生きている。
 たとえばこの数年――ちょうどiPhoneをはじめとするスマートフォンが出始めた頃からだろうか――「ライフハック (Life Hack)」という言葉がICT/Web業界で働く人間を中心に広まっている。例えばプログラマー・デザイナー・ディレクター・コンサルタントなど、まさに梅棹のいう「情報を生産する」仕事に従事する者たちの日常的な業務を、ICTツールで「ハック(英語では「いじる」というニュアンスの言葉である)」し、効率化していこうとするこの試みは、どちらかといえば大企業で働く人よりも、100人以下の小組織やフリーランスに近い立場で働く人々の間で浸透している印象だ。
 ライフハックでは具体的にこんなことをする。一番有名なのが「GTD(Getting Things Done)」だ。これは「その日やらなければならないタスク(ToDo)を、すべて紙やそれ専用のWebサービス/アプリ等に書き出しておく」というものである。そしてあとは簡単だ。その日のうちに、たんたんとそのタスクリストを1つずつ「潰していく」。ポイントはタスクリストを脳内から全て「吐き出し」、目に見えるように「可視化」しておくことで、「思い出す」というプロセスを取り除くことにある。なぜなら人間の脳は「思い出す」というプロセスが苦手で圧倒的に非効率だからだ。ならばそれを「外部化」したほうが効率がいい。
 この「GTD」をするためによく使われるライフハッカー御用達のツールが、「Evernote」というサービスである(筆者もこの数年愛用している)。「永遠のノート」という名前を冠した同サービスのコンセプトは、ずばり「第二の脳」というものだ。メモやノート、写真に文書まで、ありとあらゆるデータを保存し、いつでも検索で引っぱり出すことができるサービスである。
 例えば筆者はこんなEvernoteの使い方をしている。読書をしていて、重要な箇所を線でマークしながら、「このページはあとで参照・引用したいな」と思うことはよくある。通例、そういう場合は付箋をはっておくか、ページの端を折るかである。しかしこれだとどこに何のページがあったかわからなくなる。そこで私の場合は、スマートフォンのカメラで本のページをまるごと撮影して、Evernoteに保存しておくのである。最近のスマホのカメラは解像度もよいので、十分に文字も読める。一冊の本をまるごと「自炊」して電子書籍化するのは手間もかかるが、重要なページだけEvernoteに保存していつでも読めるようにしておくのは非常に効率もいい(読者の皆さんにもお薦めしたいライフハック術である)。 
 そして『知的生産の技術』を読まれた方であればお分かりのように、「GTD」や「Evernote」に見られる基本的な思想/技法は、まったくもって梅棹忠夫のカード活用法と共通しているのである。まさに梅棹もこう書いている。「カードにかくのは、そのことをわすれるためである。わすれてもかまわないように、カードにかくのである。標語風にいえば「記憶するかわりに記録する」のである。あるいは、「頭にいれずにカード・ボックスにいれる」のである」カード・ボックスをEvernoteに置き換えれば、そのまま通用する文章だ。実際梅棹はこの文章に続けて、カード・ボックスはコンピューターに似ていて「忘却の装置」だとまでいっている。梅棹はEvernoteのようなサービスの登場を45年も前から予見していたのだ。
 梅棹は同書で「ノート」ではなく「カード」という点にこだわる。同書にも登場する川喜田二郎の「KJ法」もそうだが、まずは情報をカードという単位でばらばらに記録し、そのカードを「こざね式」につないでいくことで原稿を書いていくのだと梅棹はいう。実はEvernoteも当初は「ノート」風のUI(ユーザ・インターフェイス)が中心だったが、途中からまさに「カード式」の見え方も選択できるようになった。
 梅棹忠夫がいま生きていたら、おそらく夢中でEveronteを使い倒していたに違いない。
 梅棹忠夫その人はいまこの世にいないとしても、「知的生産の技術」は脈々と受け継がれているのだ。

※補足:

いま僕はEvernoteじゃなくて全部Google KeepとNotionに分割/移行しました。ふせんはKeep, ノートはNotionですね!おすすめです。どっちも個人無銭だし。
 
 
  
 
 


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