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3色ボールpenish 3


(私の胸のエイリアンの続きの話)

術後3回目の受診

ドアをノックして診察室に入るとDr.ヤマネコとキノコちゃん(医療クラーク)が、いつも通りこちらを向いている。
今日のヤマネコは水色のメディカルオペマスクをゆるくかけて、背もたれのあるクルクル回る椅子に座り左の肘をアームレストに乗せてゆったりと座っているが2週間前のように首を傾げてはいない。寝違いは治ったのだな。

私の椅子もくるくる回るタイプの椅子で、私は回る椅子とコロつきの椅子がとても苦手だ。いつも通り座るのに少し手間取っている間に、こんにちはだの、よろしくお願いしますだの挨拶をする。ようやく腰掛けて先生の方を向く。

「はまぐり子さんね、こんにちは。先日から‥‥お薬、どう?全部飲めた?」

全部飲めない人がいるのか?と不思議に感じたが答える。

「はい、全部飲みました」

「どう?何か変わったことある?」

「いえ、何もありません」

すると、Dr.ヤマネコはオペラを観ている観客のような優雅な調子で拍手をしながら、

「あぁ、そう!?それはよかったねぇ」

と私から見れば少し大袈裟に喜ぶ。その喜びようから少しだけ不安になる。

「何か‥あるものですか?ある人が多いのですか?」

「いやぁ、そんなことはないよ。人によるかなぁ。傷の調子はどう?まだ硬いかな?何か困ったことはない?」

「特に困ったことはありません。硬いところはマッサージして揉むようにしています。腕も動かして体操するようにしています」

「そう。硬い部分のマッサージはお風呂でするといいねぇ」

Dr.ヤマネコは3色ボールペンをカチカチやりながら、じっとこちらを見ていたが、目尻に少しシワをつくってくるりとキノコちゃんの方を向く。

「じゃあ次の予約の日までのお薬出しておくね」

よし次は三ヶ月後かな、と思っているとキノコちゃんがこちらへ向き私と目を合わせてこう言う。

「次回の受診は一月になります。術後三ヶ月なので超音波検査をします」

キノコちゃんが長い文章を話すのを初めて聞いた。キノコちゃんは白いしめじのような可愛らしい容姿から想像するのとはちがうしっかりとハキハキした口調で言った。服薬のために三ヶ月ごとに受診すると思い込んでいた。だから少し素っ頓狂な声がでる。

「そうなんですか?」

超音波検査があるのか、そりゃそうだ、切除したとはいえ、転移していないとはいえ乳がんなんだもの。

私の素っ頓狂な声とは違いドクターのヤマネコはいつもと変わらない調子でこう言う。

「そうみたいだねぇ」

笑ってしまった。そうみたいだねって先生。

ありがとうございますと伝えて、クルクル回る苦手な椅子から立ち上がる。

「じゃあ、気をつけて帰ってねえ」

診察室のドアを開けて、出る時に中を向いて笑顔でペコリと挨拶する。



術後4回目の受診

術後三ヶ月目には血液検査とエコー検査があると一ヶ月前にキノコちゃんに教えてもらったとおり、今日は両方の検査後に診察があった。

ヤマネコ先生は白いマスクで見えない部分が多くいつものように淡々とした視線であったが、ひとまず新年初めての受診のため「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」と伝える。すると「あけましておめでとうございます」と頭を下げてくれた。
くるくる回る椅子に着席する。コンピュータのモニターに映っている先程のエコー検査の画像をみながら、ヤマネコが言った。

「エコーの検査の結果はいいですよ。左の脇の下も、右の胸もね。ここ、腎臓のところに嚢胞があるね、2センチないくらいかな?まあ悪いものではないだろうから。何かお変わりないですか、薬はどうですか?」

「特に変わったことはなくて体調は良いです。薬も飲めてます」

「傷の具合はどうですか」

「調子いいと思います」

「ちょっと見せてもらおうかな」

診察用の上着の前を開け、傷を見せながら「硬くなっていたところは柔らかくなってきています」と答える。

「あぁ、ここは柔らかくなってきたね。でも、ここはケロイドになってきてるねぇ」

手術跡の傷とドレーンのチューブの入っていた部分を触りながらヤマネコはそういった。その時「ケロイド」という単語に頭をがーんと殴られたようなショックを受け、マスクで隠れていたものの私の口は開いていた。

コンピュータに向き、キーボードでかちゃかちゃと入力する。ヤマネコは何と打ち込むのだろう。注目していると

「外側 ケロイド」

とタイプされた文字が変換されていく。外側?傷の外側?外側ってどこのことだろう?
少し前から傷跡が赤みを増して幅が広くなってきていた。手術後はどこに出しても恥ずかしくないほど綺麗だと褒められていた私の胸のエイリアンの跡がいきなりケロイド認定とは!!すごくがっかりしている気持ちをなんとか奮い立たせ私はヤマネコにこういった。

「もともと傷が残りやすいほうで、跡も残りやすいみたいなんです」

「ああ、そうなんだ。腕は上がる?寒くなってくると色々とね、あちこちが痛くなったりするでしょ」

「はい、上がります。そうですね、寒くなかった時と比べると少し傷が痛むような感じはします」

今日はいつものような楽しい雰囲気がなく、いつも以上に淡々としていた。何か嫌なことがあったのか疲れているのか、わからないけど、私にしてみればちょっと残念ではあった。それから、傷がケロイドになってきていることにショックを受けてもいる。

「お薬、出しとくね」

ありがとうございましたと立ち上がり、ドアのところで一礼しながらもう一度ありがとうございましたと伝えドアを閉めた。

クリニックからの帰り道ずっと「外側 ケロイド」の外側はどこのことだろう?と考えてようやく思い当たる。外側といえば内側だから、皮膚の外側ってことかなと。私は傷の脇の下側の硬くなって当たって痛い部分だけをずっと気にしてきたが、傷自体の色味や様子も確認すべきだったとは。

術後三ヶ月、ひとまずサバイブ出来ていることや、日常生活に戻れており仕事にも復帰できている喜びが勝り、細かなことは気にしていなかった。なるほど。次回の診察からは90日ごとのサイクルになり、血液検査、エコー検査、服薬の処方箋ということになるようだ。抗がん剤治療をしている乳がんの友たちと比べたら通院の頻度も治療の重さもまるで違う。それだけでもラッキーであったと思っている。だからケロイドくらい、なんだ!なんてことはないじゃないか!

お風呂あがりに久しぶりに左胸の写真をスマホで撮影し、傷の具合を確認した。そしてわかった。外側の意味が。傷は全体で17cmくらいあり胸の真ん中から6cmくらいのところまで普通の傷だがそこから外側へ向かって赤みが増しケロイドになっている。

外側ってこれかあ!

その場で聞けばなんということはないことで、教えてもらえただろうに。必要以上に先生の時間を取らせたら悪いなという気持ちもあり、私は診察の時少し気持ちが慌てている。これからはもっと普通に受診することにしようと、反省とも決意とも違うほろ苦い気持ちになった1月の中旬であった。

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