ゲンロンSF講座第3回梗概感想に対する反省

半分言い訳、半分戒め

第3回梗概全感想失敗

これに関しては本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。
事前に指摘されていた通り、どう考えても時間が足りなかった。が、『何かやらなくては』という気持ちに駆られてスタートしてしまったというところが大きな問題点。
その中にある小さな問題点を見ていくと、『①一作品にかける時間を決めていない』『②感想なのか分析なのかはっきりさせていない』『③自身の生産性への過信』がある。

①に関して、全員に同じ分量のものを返すのがフェアである正当であるという信念で感想を書いたのだが、たぶんこれが失敗。信念自体の是非ではなく、分量=文字数としてしまったことが失敗。感想は『文字数』ではなく、『時間』を基準に書いた方が適切な気がする。
最初の武見さんの梗概で自分自身の手持ちの札からある程度話ができ、10分である程度の文字数をかけてしまった。その後、当然ながら『同じ文字数』を『同じ時間』でかけるわけもなく、同じ文字数の感想を書くのに2時間近くかかった作品もあった。ここから②と③の原因にもつながっていくのだが、
つまりは感想(=個人の印象)の話なのだから、むしろ『その作品に触れた時間に対して浮かんだ印象』を書くべきであって、『文字数』での規定は逆にアンフェアな気がする。
ではなぜ、文字数での規定を自分に課してしまったのか

②感想なのか分析なのかはっきりさせていない、からである。『文字数を規定してある程度の内容が書けるまで作品を読む』というのは分析の方法であって、感想ではない。書いていた当時はそれが自己鍛錬になると思っていた(とはいえ勉強・鍛錬にはなった、失敗としても)のだが、実際は6作で力尽きてあのざまである。
加えて、分析的な書き方をした場合、どうしても『その日最初の作品』と『その日最後の作品』とで、内容に差が出る(=フェアでない)のである。なぜなら、僕の体力はさほど多くないからだ(ちなみに、載せた順番と書いた順番は同じではない)。
ではなぜ、そんな状態でスタートしたのか。

③自身の生産性への過信、である。
はい。
はいじゃないが。
そもそも、カンフル剤の使用を前提に考えるのは無能のやることで、管理体制がなってないのである。とりあえず始めてしまえばなんとかなるだろうしやりきれば訓練にもなるだろう、という思想は脳筋も良いところ。
あとは『感想の有用性』への勘違いもある。全梗概の感想は今野さんが既にやっていたので、なにか違うことをせねばこの感想文を公開する意味(=有用性)はない、と勘違いしていた。
とりあえず『感想』というだけで嬉しいのである。少なくとも僕は、自分の作品の感想をもらったら嬉しい(前書きにもそう書いてただろうに……)


今後どうするか

まずは前提として、
・梗概提出から当月の講座までの一週間以内にできることをやる
講座以降は皆実作に取り組むことが多くなるはずなので、講座以降では梗概の感想は必要とされない。加えて、僕も梗概の感想よりも自分の実作に時間を使いたい。

なので、

その一週間に使える時間を、提出作で割って『その時間内』という制限時間付きで感想を出力する。

ということを第5回梗概はやってみようと思う。
第4回は振り返りとインプット期間。

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