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エネルギー・トランジションをめぐる2023年10月〜2024年3月の動き─(1)能登半島地震が及ぼす影響

はじめに

『エネルギー・トランジション:2050年カーボンニュートラル実現への道』の原稿を白桃書房に提出したのは2023年10月のことであり、本書には、2023年9月末までの事実がカバーされている。その後、校正、印刷、製本、配本などの手続きを経て、本書は、2024年4月に刊行されることになった。

この半年のあいだにも、エネルギー・トランジションをめぐっては、いろいろな動きがあった。本稿では、2023年10月〜2024年3月のエネルギー・トランジションをめぐる動きのなかから、特に重要なものとして、まず、(1)令和6年能登半島地震の東京電力・柏崎刈羽原子力発電所再稼働への影響を検討する。

(2)として「GX(グリーントランスフォーメーション)の進展と次世代燃料の具体化」も公開している。合わせてお読みいただきたい。


能登半島地震が、志賀原発に与えた影響は小さい

2024年元日に発生した能登半島地震で、北陸電力の原子力発電所が立地する石川県志賀町では震度7を記録した。志賀原子力発電所では、変圧器が破損したり油漏れが起きたりしたが、2011年の東京電力・福島第一原子力発電所事故の場合とは異なり、地震・津波による被害は部分的、限定的なものにとどまった。原子力発電に批判的な一部メディアは、能登半島地震で志賀原発の再稼働に大きな否定的影響が出るかのように報じたが、それは、事実ではない。そもそも志賀原発は、現在、稼働しているわけではなく、原子力規制委員会の審査を受けている状況下にある。被害が限定的だったことをふまえて能登半島地震後も、原子力規制委員会の再稼働を許可するか否かの審査が粛々と進行中なのである。能登半島の断層調査の進展具合等により審査期間が多少延長されることはあっても、再稼働への道筋に大きな変更は生じないであろう。

軽視されている柏崎刈羽原発再稼働への影響

むしろ、能登半島地震の影響で、再稼働への道筋に狂いが生じかねないのは、東京電力・柏崎刈羽原子力発電所の方である。この点については、原子力を批判するメディアもあまり報道していない。

最新鋭の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)であり出力も大きい柏崎刈羽原発の6・7号機(発電出力はいずれも135万6000kW)については、原子力規制委員会が2017年12月に新規制基準に適合しているとの決定を下し、2020年10月には保安規定を認可した。しかし、その後、東京電力のテロ対策の不備が相次いで発覚したため、2021年4月に原子力規制委員会は、柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働への許可を凍結し、事実上の運転禁止命令を出すにいたった。この運転禁止命令が解除されたのは、2年8ヵ月後の2023年12月のことである。つまり、能登半島地震は、柏崎刈羽原発6・7号機が再稼働へ向けて大きく動き出した、まさにその矢先に発生したことになる。

運転禁止命令が解除されたことを受けて、東京電力が柏崎刈羽原発6・7号機を再稼働させるうえでの残された課題は、地元了解を取り付けることに絞り込まれた。この地元了解を取るというハードルをかなり高いものにしたのが、ほかならぬ能登半島地震なのである。

再稼働に必須である地元了解の困難さ

地元了解の肝は、花角英世新潟県知事の同意である。花角知事はかねがね、柏崎刈羽原発の再稼働に際しては、「県民の信を問う」と言い続けてきた。その場合、「信の問い方」としては、花角知事が再稼働への同意を表明したうえで、出直し知事選挙を実施するという見方が、地元では有力であった。しかし、能登半島地震を受けて災害時の避難計画への懸念が高まっている状況下で、花角知事は知事選挙に勝つことができるだろうか。この点に関連しては、能登半島地震では新潟県内にも相当な被害が発生し(新潟市西区での液状化現象など)災害時の避難計画への関心が高まっていること、「政治とカネ」の問題で岸田文雄内閣の支持率が落ち込んでいることが花角知事サイドには選挙の際に逆風となること、などの事情に目を向ける必要がある。

しかし、最も目を向けなければいけない事情は、新潟県が東京電力の供給エリアではなく、東北電力の供給エリアであるという点である。原発事故時の避難計画は地元自治体が作成するが、当該原発を運転する電力会社はその避難を全力をあげて支援しなければならない。電力会社が十分な避難支援を行うためには、当該地域の電力供給体制や需要状況を熟知していることが、必要となる。それらを熟知しているのは、その地域を供給エリアとする電力会社である。柏崎刈羽原発の場合、地元の電力供給体制や需要状況を熟知しているのは東京電力ではなく、東北電力である。この点こそが最大の問題であり、新潟県民は、能登半島地震が起きる以前から、「東京電力の避難支援は不十分なのではないか」という懸念を持ち続けていた。能登半島地震は、その懸念をいっそう強めることになったのである。

これらの事情を考慮に入れると、花角知事は、「出直し知事選挙」の実施を避けるかもしれない。ただし、その場合には、どのような形で「県民の信を問う」のかという、難題に直面することになる。地元了解のハードルは高くなったのであり、能登半島地震で再稼働への道筋に影響を受けたのは志賀原発ではなく、柏崎刈羽原発だと考える理由は、ここにある。

では、どうすれば東京電力は、柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働に辿り着くことができるのか。そのためには、避難協力への新潟県民の懸念を軽減することが、必須となる。具体的に言えば、避難支援に関して、東北電力の全面的な協力を得ることが必要となる。新潟県民の納得を得るためには、「新潟の電力需給に詳しい東北電力も一緒に、避難支援に取り組みます」というお墨付きを示すことが求められるのである。

もちろん、東京電力は、東北電力の協力に関して、対価を払わなければならない。それは、柏崎刈羽原発6・7号機が再稼働した場合、その発生電力をすべて東京電力の供給エリアに送るのではなく、その一部を新潟県向けに供給するという形でなされるべきであろう。このような方式を導入すれば、東北電力は、新潟県内の電気料金を下げることができるかもしれない。また、柏崎刈羽原発6・7号機から新潟県向けに供給される電力で水の電気分解を行いカーボンフリー水素を生産すれば、新潟県が推進するGXのプロジェクトに貢献するかもしれない。さらに言えば、柏崎刈羽原発6・7号機から東京電力エリアへの送電量を減らせば、関東地区で危惧される再生可能エネルギー電源の「出力制御」を抑制できる可能性も生じるのである。

柏崎刈羽原発の事業主体見直しの必要性

この論点と関連して改めて強調しておきたいのは、本来であれば、柏崎刈羽原発を再稼働させるためには、福島第一原発事故を起こした東京電力から事業主体を変える必要がある、別言すれば東京電力は同原発を売却すべきである、という点である。この点に関しては、筆者は別著で詳しく論じたが(『エネルギー・シフト:再生可能エネルギー主力電源化への道(第7刷)』白桃書房、2022年12月26日、75-78頁参照)、ここでは、その要旨を再確認しておこう。

福島の事故の事後費用は、廃炉・賠償・除染費用の合計で、少なくとも23兆4000億円に達するとされている。事故を起こした東京電力が支払える金額をはるかに超えており、電気料金への組み入れ等を通じて、やがて国民が負担することになるのは避けられない。そうしなければ、福島復興はありえないからである。

しかし、ものごとには順番がある。まずは東京電力自身が徹底的なリストラを遂行することが重要で、そのあとで初めて、国民負担は行われるべきである。

東京電力の徹底的なリストラとは、柏崎刈羽原発の完全売却にほかならない。その売却で得た資金は、全額、福島第一原発の廃炉費用に充当すべきである。「福島への責任」のとり方として、第一義的に東京電力が実行すべきなのは、柏崎刈羽原発の完全売却にほかならない。

巨額の国民負担が生じるにもかかわらず、事故を起こした当事者である東京電力が、たとえ他社と連携する形をとったとしても、柏崎刈羽原発を再稼働し、原子力発電事業を継続することになれば、日本国民や新潟県民の怒りはおさまらない。国民や新潟県民がそのような状況を許すとは、考えにくい。つまり、柏崎刈羽原発の再稼働が起こりえるのは、本来、東京電力が同原発を完全売却し、当事者でなくなった場合だけだということになる。現実を直視すれば、東京電力の手による柏崎刈羽再稼働が実現する可能性は、もともと小さいと言わざるをえないのである。

柏崎刈羽原子力原発の売却は、東京電力改革の「はじめの一歩」にもなる。東京電力は、誰に対して柏崎刈羽原発を売却するのだろうか。買い手候補の一番手として名前があがるのは、柏崎市や刈羽村を含む新潟県を供給区域とする東北電力である。

ただし、東北電力は、柏崎刈羽原発を買収するだけの財務力を有していない。国の支援が求められることになるが、直接的な原発国営に関しては、財務省筋からの強い抵抗が予想される。そこで、出番があると考えられるのが、日本原子力発電(原電)である。原電の最大株主は東京電力であるが、東京電力は現在、国の管理下にあり、原電は、事実上、準国策企業だと言えよう。

準国策企業である原電が購入先として登場することによって、柏崎刈羽原発は、準国営の状態におかれることになる。準国営の柏崎刈羽原発で生み出された電力は、卸電力取引所に、中立的な価格で「玉出し」される。それは、電力卸取引の拡充をもたらし、電力小売自由化の成果を深化させることに貢献するだろう。

柏崎刈羽原発の売却後も東京電力は存続できる

柏崎刈羽原発を売却した場合、東京電力は存続できるのかという疑問が生じようが、筆者は存続が十分可能だと考える。発電設備売却後の東京電力は、東京の地下を東西および南北に走る27万5000Vの高圧送電線とそれに連なる配電網、世界有数の需要密集地域で営業する競争優位、揚水式水力発電を含む大規模な再生可能エネルギー発電設備などを経営の基盤にして、ネットワーク会社、小売会社、および再生可能エネルギー発電会社として生き残る。これらの条件を活かせば東京電力の存続は可能であり、獲得する収益の一部を長期にわたって賠償費用に充てることもできるだろう。

柏崎刈羽原発を売却したのちも、東京電力は、傘下のネットワーク会社・東京電力パワーグリッド、小売会社・東京電力エナジーパートナー、再生可能エネルギー発電会社・東京電力リニューアルパワーなどが、安定的な収益をあげ続けるため、従業員にボーナスを支給しつつ、半永久的に福島への賠償を継続することができる。柏崎刈羽原発や世界有数の需要密集地域で営業する火力発電所で働く人員は別の会社にそれぞれ引き継がれる(火力発電所の人員はすでにJERAに継承済み)ので、雇用の確保や電力の安定供給は担保される。一方で、東京電力自身の従業員数は大幅に減少し、リストラ効果が拡大する。

東京電力が柏崎刈羽原発の売却によって得た収入は全額廃炉費用に充当されるため、柏崎刈羽原発の発電設備を買収する(あるいは、それへ資本参加する)他の事業者は、「福島リスク」から切り離される。「福島リスク」とは、他事業者が東京電力のかかわる施設の運用に関与することによって、福島第一原発事故の事後処理費用の分担を求められるリスクのことである。東京電力による柏崎刈羽原発完全売却は、他事業者を「福島リスク」から解放し、柏崎刈羽原発の運営にかれらが参画することに道を開くのである。

ここでは、能登半島地震の東京電力・柏崎刈羽原発再稼働への影響について検証し、考え得る方策を提案した。日本政府や東京電力は、本来あるべき解決策(柏崎刈羽原発の事業主体の東京電力からの変更)とは異なる方法で、再稼働を急ごうとしている。しかし、そのために必要な地元了解を取り付ける作業は、けっして容易には進行しないであろう。

2024年4月20日 記
橘川武郎(国際大学学長、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授)

(編集注)(2)GXの進展と次世代燃料の具体化「上」の公開に合わせ、その告知のため文言を一部修正した(2024年4月24日)。

『エネルギー・トランジション』詳細ページ

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