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文化政策の魅力的なアイディアが横溢─中村伊知哉氏(iU:情報経営イノベーション大学学長)書評

本書『クリエイティブ・ジャパン戦略─文化産業の活性化を通して豊かな日本を創出する』は、アートやコンテンツなどクリエイティブ産業を活性化する文化経済政策を分析し、展望する。私も参加した東大・未来ビジョン研究センターの研究会によるアウトプットだ。
  
座長の河島伸子さんは「クールジャパン政策」が2000年代に始まったものの、その後変遷を遂げ、焦点が定まらず、政策としての本気さに欠けるという。米韓と比して、文化産業の国際プレゼンスが低いという認識である。クールジャパンは三原龍太郎さんが指摘するように、米ダグラス・マッグレイ氏の2002年論文が嚆矢となった文化経済ブームだが、政策としては成功していないという問題意識だ。
文化政策・産業政策を二元の軸と見た場合、米国は民間主導の産業政策、韓国は国家主導の産業政策、そしてフランスが国家主導の文化政策に重心を置く。それぞれが独自のプレゼンスを発揮する。これに対し、日本の政策ポジションはどうか、という問いでもあろう。
  
一方、実はこのところ日本のコンテンツ業界は元気だ。2022年の市場規模は前年比4.5%増で過去最高、長年の課題だったデジタルシフトと海外シフトも進んでいる。ポケモン、キティ、アンパンマンなど世界IP収入トップ25の半分が日本発だ。
スーパーマリオの映画が世界アニメ興収史上2位を叩き出し、YOASOBI「アイドル」がBillboardのグローバル・チャート1位を獲得、「君たちはどう生きるか」「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞を受賞するなど、アニメ、ゲーム、映像、音楽の各ジャンルが気を吐いている。
  
コンテンツ政策は内閣府知財本部、文化庁、経産省が連携し、成果を上げていると言えよう。特にここ数年は文化庁が「文化経済」を標榜するというかつてない姿勢をみせ、文化政策と産業政策の融合を図った。
しかし「クールジャパン」となると、コンテンツやアートに、食、工芸、観光などクリエイティブ産業とは言いにくいジャンルもぶらさがり、政策対象が不明瞭となった上、国交省、農水省、外務省など関係者も増え、それが政策の評価を難しくさせている。
コンテンツは全産業の触媒となる「中間財」と政府・知財本部は整理する反面、ここ数年、コンテンツ政策とクールジャパン政策とは乖離していて、その融合が改めて課題となっている。
  
これに関し、小田切未来さんは「文化を起点とした省」と「文化経済政策のドゥータンク」の創設を提言する。前者は私も「文化省」を希求するところであり、民間ドゥータンクは自らデジタル政策フォーラムを形成するなど活動していることでもあって、共鳴する政策である。
また、水野祐さんが企業のアート支出を促進する法制度を提案し、鷲尾和彦さんがパリの「15分都市」やバルセロナの「デジタル・シティ計画」など都市論を唱えるなど、魅力的なアイディアもてんこ盛り。
だから生稲史彦さんが「クールジャパンからクリエイティブ・ジャパンへ」と総括するとおり、これまでの政策を総括したうえで、コンテンツ政策とクールジャパンとを融合した新しい文化産業政策=クリエイティブ・ジャパン戦略を構築することと、その政策プライオリティを上げることが求められる。
  
本書が積み残したのは、このところ、急激に進化・普及しつつあるAIへの対応だ。AIはコンテンツを爆発的に生成し、関連産業を塗り替える可能性がある。期待に胸が膨らむ一方、危機感を表明する向きもある。規制色の明確な欧州、チャンスとみる米国、それらをサミットの場で調整する日本。改めて政策のポジションが問われている。これは次なるクリエイティブ・ジャパン戦略の行方を左右する。本書をベースとして、次の議論へと向かいたい。

中村伊知哉(iU:情報経営イノベーション専門職大学学長)

『クリエイティブ・ジャパン戦略』書評

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