ロシアンチョコルーレット

やっと寒くなってきた
こんな日は甘いチョコを食べたくなる

2月14日

それは甘い日付である。

そう、ヴァ、ヴァレンタインデー。

男子は「意識してないよ」という感じを出しつつもその甘い響きにそわそわし、ほとんどの女子は友チョコの交換に励むその日の、

前日。


「ロシアンルーレットとかしようや」

友人Fは友チョコで何を持ってくるかという話をしている女子を横目に、手を頭の後ろで組みながら言った。
今からはや6年前(え?)、私とFが中学三年生だった頃の話である。
「ロシアン、ルーレット?」
「そそ、たこ焼きとかであるやん、一個だけワサビ入ってるやつ。あれ生チョコでやろうや。皆で一斉に食べて一個だけ外れ作ろう。」
バレンタインという神聖な季節に思いつくには最悪の発想だったが、中三の私には何とも魅力的な計画であった。
「おもろそう、やろうやろう」
「よしゃ、ほな薄情者作ってきてな」
「おけおけ……あ?」

友人Fも薄情であるので、発案だけしてロシアンチョコの製作は私に丸投げされた。家に帰るとこういうときに限って母がいる。「食べ物で遊ぶな」というまともな教育を受けてきた私はワサビ入りチョコ作りを母に見られることが憚られ、母の風呂タイム20分の間に全てを終わらせることにした。そして実に、それは成功した。一瞬でチョコを刻みレンジでチンして溶かす。牛乳を加えて再度チンしたら速攻冷凍庫に入れ冷やす。10分ほどでなんとなく固まったので、中身を入れて丸める。
そして焦っていた私は4個のチョコのうち3個に中身を入れた。ロシアンルーレットとは外れが1つあるものだが、このチョコは4個中3個が外れというロシアもびっくり鬼畜なものと化したのである。
味は、ワサビ、にんにく、生姜である。チューブを絞りありったけの量を生チョコに注入した。
チョコを丸め終わると冷蔵庫の奥の方へと押し込む。そこで母が風呂からあがってき、私は興奮しつつもいたって平静を装い自室へ戻った。


バレンタインデー、当日。

朝から友チョコの交換は活発に行われていた。私とFは誰かのタッパに入っていたおいしい生チョコをもきゅもきゅと食べながら、顔を見合わす。私は懐からスッと、ロシアンチョコを取り出した。
「よくやった。」
Fは深く頷く。
「4個のうち3個がそれぞれワサビ、ニンニク、ショウガです。」
「ロシアンルーレットちゃうやん。―――まあいい、私が参加者を集める。次の休み時間に開催しよう。」
そう話しながら、私とFは周りから供給されるおいしいチョコを堪能した。

ロシアンチョコルーレットは、昼休みや放課後ではなく、なぜか授業と授業の間の10分休みに開催された。
Fは冴えない男子に「チョコあげるから来なよ」と優しく声をかけ、冴えない男子はチョコが欲しいのか拍子抜けするほどノコノコついてきた。世界は残酷である。
私は作ってくるという役割を果たしたのでルーレットへの参加は免除された。
Fと、冴えない男子3人が私の机の周りに集う。
役者は揃った。
Fは、なんとなくそわそわしている男子どもに言う。

「今から、ロシアンチョコルーレットを始めます。」

ざわっ
男子3人はようやく自分たちがデスゲームに巻き込まれたことに気付き、顔色を変える。
私はうろたえる彼らの目の前に、生チョコの入った袋を突き出す。バレンタインなのでちゃんとリボンでラッピングしている。一見ただのチョコレートだ。
「この中には普通の生チョコが一つ、他三つはやばい中身が入った生チョコです。今から皆さんには、一斉にこのチョコを食べてもらいます。」
「嵌められた!」男子の一人が叫んだ。「おかしいと思った」「こんなはずじゃなかった」「おれは降りるぞ!」口々に騒ぎ出す冴えない男子共。
Fはぴしゃりと言った。
「この勝負に勝った者は、女子が作った普通の生チョコを食べられます。」
男子たちの動きがピタリと止まった。
「(薄情者)が、昨晩手作りした、おいしい生チョコです。ね?薄情者」
私は小さく頷いた。冷やす時間を抜くと制作時間は3分ほどだったが、それは言わなかった。
「よく考えな。4分の1の確率で、バレンタインデーに女子の手作りチョコを食べられるんだぞ。今日!貴様らにチョコをくれる女子がいるのか?」
冴えぬ男どもはごくりと唾を飲んだ。
「否、もらえない!このチャンスを逃せば中学最後のバレンタインデーというこの日に貴様らはチョコの甘みを感じることはできない!貴様らは中学生活で一度もチョコをもらえなかったということだ!!だがしかし!この勝負に勝てば!おいしいチョコを!それが薄情者であろうと!女子がお前らのために作ったチョコを享受できるのだ!!!」

そうしてロシアンチョコルーレットが始まった。
参加者4人が私を中心に扇状に並び、目を閉じて右手を真っ直ぐに伸ばす。私はラッピングのリボンを解き、異臭がする生チョコを一つずつ、彼らの掌に置いていった。そして「いいよ」と言うと4人は目を開けた。掌に載ったそのチョコを見て、フーっと天を仰ぐ。
「じゃあ、いくで。」
Fも緊張した様子で言った。男3人も覚悟を決めた顔で頷く。
「せーのっ」

キーンコーンカーンコーン

2時間目が始まるチャイムが鳴る。まだ先生は来ていない。
「うぼあっ!!!」
一人が口を抑えて床に手をつき、机の下に見えなくなった。
「ぐふおあっおふっうっっっつ」
顔が真っ赤になっている。どうやら「ワサビ」に当たったようだ。
そして口を抑えたまま教室を出て一目散にトイレに駆け込んだ。
彼はそのまま一時間帰ってこなかった。
男T。後に学年の男子3分の2以上が入部するペットボトルキャップ野球部を創立し、伝説の「キャッパー」として学校にペットボトルキャップ旋風を巻き起こす男である。
T、再起不能(リタイア)――――
「うーーん……なにこれ……」
ショウガを食べた男は、もきゅもきゅと咀嚼しながら首を傾げた。
残念なことに、こいつが誰だったか全く覚えていない。「ジンジャー?」とか言って記憶に残らぬリアクションをとっていた気がする。
男∞、記憶に残らず再起不能(リタイア)――――
「もくもく…ん?ラーメンの味…?ニンニクかあチクショオオオ」
男I。平均40点くらいの数学のテストで毎回100点を取っていた学年随一の秀才である。顔もキリっとしていて意外とカッコいい。しかしその体毛の濃さから中一の頃「あいつ眉毛つながってる」と噂され、「眉毛君」の異名を得るなんだか可哀想な奴であった。
「うん、うまいうまい。」
Fは再起不能になってゆく男たちを眺めながら、当たりの生チョコを味わっていた。彼女はこの前「弾丸の雨が降っても一発も当たらず道を渡りきる自信がある」と言っていた。

そして先生が来るとトイレに行った男T以外はみな散り散りに席に着き、ロシアンチョコルーレットはFの一人勝ちで終わった、はずであった。
しかし事件は起きる。
国語の授業の最中、「班での話し合い」があった。近くの席の人と4人で机を動かして向き合い、課題に対して話し合うのだ。
私も班の人とディベートを始めようとしたそのとき、後方から「きゃあっ!」という女子の悲鳴が上がった。
「く、くさい!!」
振り向くと、その班にはニンニクを食べたIが座っていた。
「お前、ニンニク臭いぞ!!」
「え?」
「うわ、しゃしゃべったらあかん!!やばい!!」
「ま待ってみんな落ち着いて!大丈夫だって!」
「黙れって!!」
私はその様子を見て昨晩注入したニンニクチューブの量を思い出し、「やりすぎだったか…」とちょっと可哀想に思った。

想像以上にきゃあきゃあと騒がれたIは、頭の中でなにかがプツンと切れたらしい。
大きく息を吸い込むと、
ハアアアアアアとゆっくり息を吐きながら班の人を襲った。
その様子はさながら火炎放射を吐くゴジラであった。

班員の叫び声は教室に広がり、教室の中でミンティアとフリスクが飛び交う異常事態となった。遠くの班にいたIの友だちらが、友人の危機を救おうと己のミンティアを宙に投げたのである。キャッチボール形式で、Iの元にミンティアが運ばれる。
それをキャッチしたIの班員が、「これでもくらえ!!」と言わんばかりにIの口に苺のミンティアを放り込んだ。
Iはピタリと止まりミンティアを咀嚼し、口を開けた。
隣の席の女子が「ひっ」と鼻をつまむ。
「苺とにんにくがまざって、よりくさい!!!」
第2形態と化したIは、ピンク色となった吐息を再び周りに吐き続け、班員はついに席を立ち逃げ惑った。Iはそれを追い、別の班にも被害者が出始めた。
新任の国語教師にこの騒動を止める裁量は無く、授業は「Iがくさい」というだけで終わってしまった。
トイレから帰ってきたTはその惨状を見て言葉を失うと、Iに駆け寄り肩を抱いた。

Fはゲラゲラ笑っていたが、なんと終盤は眠くなったらしく教室の端っこで寝ていた。


今考えれば迷惑な話だ、先生ごめんね。
恐ろしいのはこれがまじで脚色なしの実話ということだ。私でもほんま?て言いそうになる。
あほでおもろい中学時代でも思い出して、現状の困難にも立ち向かっていこうぜ!

ほな!アデュー!

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