ホイスコーレ13日目

私は人に怒るのが本当に苦手なんだなと、大きな発見があった日でした。
しゃべるの好きだし、感情を言葉にするのは得意な方だと思ってたんだが…
まあ聞いてくれ。



昨日ネパールのスーヨグをミュージックルーム待ち続けたのが、結局彼は来なかったという事件があった。
ディナーのあとにそれを伝えると、彼は「だってなんのプランもなかったでしょ?だから行かなくていいと思ったんだよ」と言って笑って去っていった。
珍しくいらっと来る薄情者。
それを見ていた人たちも怒った。
そして私は夜、彼に言う文句を考えルームメイトのショーコの協力のもと英語にし、今日それを伝える準備をしたのだった―――――


今日の昼、昨晩の出来事を見ていたクレラが「昨日スーヨグと話したよ」と言った。びっくりした。
「あなたの態度は薄情者へのリスペクトがなかったよ、って話したら理解したみたいだったよ。」
「ありがとう…!でも自分でも言うこと考えてきたから話してみるよ。」
デンマークの人には、問題をなあなあにせず話し合いで解決する風潮があるようだ。

そして昼が過ぎ、スーヨグと何人かでケーキを食べたものの何も言えぬまま時が過ぎる。

あとで言おう!あとで言おう!
そう思いながらも、なかなか言えないものだ。
いざ声をかけよう!と彼を目の前にすると、何も言えなくなる。本当に勇気がない。
それに別に言わなくたっていいのだ。
もう今仲良く喋ってるわけだし、別にもう怒ってないし、言う必要がない。
しなくてもいいのになんでこんなにエネルギーを使わなくてはならないのか。


「ヘイ、スーヨグ」
「ヘイ!(にこっ)」
「…can I..we have a time to talk about the music class yesterday?」
「what?」



用意した言葉しか言えないので、理解していないスーヨグを強引にソファに連れていく。
「あの、怒ってない、怒ってないの」
「昨日のこと?ごめんね」
「いや、ちがくて、、英語うまくしゃべれないから、、用意してきたんだけど…ごめん、本当に怒ってるわけじゃなくて、へへ」
スーヨグの顔が見れない。
用意してきたノートを開き、覚えてきたのに、それを見るふりをして、あたかも私の言葉でないような素振りをしてしまう。
「なんというか、へへ、うん…ごめんね…」
「大丈夫、大丈夫だよ。」
スーヨグは優しい。
「俺が遅れて、君がずっと待ってたことだよね?俺の責任だ。俺が悪い。本当にごめんね。」
いや、そうじゃない、そんなことに収束するのならなんのために昨日英語で伝えたいことを書きだしたのか。
腹をくくってノートを読み始めた。


スーヨグは本当に悪いと思ってなかったらしい。俺の性格なんだ、まじごめん、俺が君ならそんな怒ってないよと言った。
遅刻したことにそんなに怒るなんて思ってなくて、びっくりしているようだった。
いや遅れたことに怒ってんじゃなくて、そのあとの態度が悪かったんだよ!
しぼりだして言ってみた。
伝わってるかは分かんない。
めっちゃ謝ってくれた。
もう泣きそうになった。
謝んなくていいんだよこんな薄情者に。
おもろくしてくれよ。
なにをそんな本気で謝ってんだ。
私は君を責めていない。責めてるわけじゃなくて、分かってほしかったんだ。
だから謝らないでくれ、怒ってない、
ごめんごめんね
そんな顔させるつもりじゃなかったんだよ

「It's OK, It's OK」
私は半ば逃げるようにスーヨグの視界から出ていった。
涙が出てきそうだった。
部屋に戻った。
ベッドに突っ伏した。
すぐ後にディナーがあったので変な顔にならないよう涙を堪えた。
もう何もしたくなかった。
昨日、質問の意味も分からんのに「あなたの意見は!?」と聞かれたときよりよっぽどしんどい気持ちになった。
なんだ?
なんでだ?
なんだこれ????

切り替えが早いことだけが取り柄である。
五分後、私は起きてパソコンを開き、ここに自分の感情の整理を始めた。何もしたくない気分だったのに、もう全然ごはんに行ける気分だった。


なんだったんだろう?あれ?


私は人を傷つけたくなかったのか?
人の謝罪に対して責任を持ちたくないのか?
いや、そんな綺麗な人間ではない。時に人を平気で傷つけるような行動をする。
しかし、たしかにこっそりしている気がする。
というか問題があったら避けている。
こんなに正面から向き合ったのはいつぶりだ?
いや、なんだ?それだけじゃない。
スーヨグに愛着が湧いていたから、悲しそうな顔にさせたのが辛かったのか?
英語で言葉にするのが難しいから、ストレスが溜まったのか?
たぶん日本語で同じことをしたらこんな気持ちにはならなかったんじゃないだろうか。すぐ言えるし。
「私が悪いのにスーヨグが謝ってる」みたいな構図になってた(自覚)のが原因な気がする。私悪くないんだけど、なんでだ?

自分の気持ちを伝えたいのにうまく伝えられなくて、相手に違う理解をさせえてしまうことが、悲しかったんじゃないか…?

「うまく伝えられない」というところが、私の責任だったってことか…?

そうっぽいな。腑に落ちた。
どうやらそうっぽい。
「そうじゃないのに、悲しい気持ちにさせてごめん、怒ってるわけじゃないのに、謝らなくていいのに」
申し訳なかったんだ。

ああ

そうかー

普段会話が成立しなくても、別にそこまで困らない。アハハと笑っている。

私とスーヨグは、今回、会話によって感情の共有をしたんだな。

究極のコミュニケーションを、言葉によってとろうとしたんだな。

だからだ。

これは、疲れるわ。

これがフォルケか。

対話による感情の動きによって、人の成長を図る。

英語力は少なからずあの今日の数分のために、かなり上達した。
知らない単語や知らない言い回しを覚えた。
でもそれだけではない。私にとって何が成長したんだ?

彼とうまくコミュニケーションはとれたのか?
とりあえず言いたいことを言って、逃げるように去ってきたよな。
あなたは彼の「ソーリー」を、「分かってる、大丈夫大丈夫だから」と言って受け取ろうとしなかったんじゃないか?受け取る責任が持てなかったんじゃないか?誠心誠意のソーリーを、もっとどっぷり受け取るべきじゃなかったんだろうか?「イッツOK」は彼を許すためでなく自分のために言っていたな?

生きてきた文化が違う、性格も違う。当たり前が違う。

ここにきて、色んな文化を学んだ。「これはなんて言うの?デンマークではなにが有名なの?これはこの国の食べ物?おいしいね。」

文化交流しているようで、そうなんだけど、どこか表面的な交流だった。


今回初めて、彼の人となりに向き合おうとした。

褒める文化はいいと思っていたが、思ってもいないのに褒めているような気もする。

「怒る」「責める」というのは、褒めるよりももっと、人の人となりに迫る行為な気がする。怒るには相手を傷つけたり不快にする責任があって、その上で、それを分かったうえで行動を起こすというのは本当に難しい行為だしよくよく考えなければならない。


いい経験をした。

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