傷跡と記憶と

「はい、おしまい」

目の前の痛々しい傷と火傷の跡を手早く覆った包帯を片付けながら、白亜は薬箱の蓋を閉じた。
白亜に包帯でぐるぐる巻きにされた男――自らを白亜の息子である「夜重」だと名乗るその男は、手際良く取り替えられたまっさらな包帯をキョトンとした顔で眺めた後、「ありがとう、母さん」とだけ呟いた。

「どういたしまして。君の『母さん』じゃないけど」
「母さんは頑なだな。心愛たちや父さんは受け入れてくれたのに」

この「夜重」と名乗る男は、この世界にいる「夜重」とは別物である。――と、少なくとも白亜は思っている。どうやら夜重を取り巻く他の人々にとってはそうでもないらしいが。
「夜重」という青年は、確かに白亜の息子である。
しかし、この白亜の目の前にいる青年――「ヤエ」と呼ぶことにするが、ヤエは夜重が辿るかもしれないし辿らないかもしれない、どこかの未来の「夜重」の姿なのである。
ヤエは何よりも愛して止まなかったかけがえのない家族や、仲間までも奪われた未来に絶望し、まだ生きている自分の家族を求めてこの過去へとやってきたのだった。

――まるで、どこかで聞いた話だ。
などと、誰にも言わずに白亜はそんな感想を抱いていた。

「普通はそんなあっさり受け入れられないものなの。それより、」

深く掘り下げられてはたまらない、と白亜はその話題を切り上げて、気になっていたことを尋ねてみることにした。
ちょうど今しがた治療した、彼の体に大きく残された傷のことだ。
生々しい傷跡と、体の大部分に広がっている焼け爛れた皮膚。
家族を奪われたときにできた傷だとヤエは説明していたが、白亜にはそれだけでは納得がいかなかった。

「どうして傷を治さないの? 確かにひどい怪我だけど、それくらいなら数日もあれば治せるでしょう?」

夜重は普通の人間ではない。普通の生き物ですらない。
フォトンで構成され、フォトンを摂取し、フォトンを操る。謂わば「フォトンの化身」とも呼べる存在。フォトンが存在する環境にいる限り、体の傷を治すことくらいは容易いことのはずなのである。
それなのに、ヤエの体には生々しい傷が残ったままで、こうして何度も包帯を替える必要ができてしまっている状態なのだ。

ヤエは、替えてもらったばかりの包帯の下の傷を眺めて、瞳を揺らした。

「あのときの熱さを、痛みを、…………憎しみを、一生忘れないために」

そのときのことを思い出していたのだろうか。
ぽつりと呟いた彼の表情には、「夜重」の持つ穏やかさは一切なく、ただただ悲しみと憎しみに胸を焼き尽くされたような感情に支配されたかのようだった。
彼の妻であった少女のものを取り込んだ瞳を赤く燃やして、ヤエはどこか遠くの見えない「仇」を見据えていた。

「ふうん」と小さく相槌を打った白亜は、手を伸ばしてそっとヤエの頬に触れた。その手の下にも、痛々しい火傷が残っている。
ざらりとした感触が白亜の手に伝う。

これはきっと、ヤエにとっての家族との唯一の繋がりなんだ。

痛まないように優しく頬を撫でながら、白亜は「どうかこの子が少しでも穏やかな未来を見つけられますように」と願うことしかできなかった。


――――――


「……それはそれとして、苅への甘え方をもうちょっと考えて」
「だって父さん甘えさせてくれるし……。あ、えっちしようってお願いしたらしてくれると思う?」
「は?」