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「衝撃因子」と訳した学者に、衝撃を受けた!

白楽の研究者倫理 」というブログを書いているお茶の水女子大学・名誉教授の白楽ロックビルです。

先日、まったく知らない麻生一枝(あそう・かずえ)さんから、日本評論社経由で『インパクト・ファクターの正体』(日本評論社、発売日 : 2021/1/19、176ページ、¥2,860)という本が送られてきた(以下の本の表紙出典:アマゾン)。麻生さんはこの本の著者である。

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まったく知らない人から本が贈られてくることは珍しい。

どうして送られてきたの? と思って奥付を見ると、麻生さんはお茶の水女子大学・理学部数学科を卒業している。

白楽は生物学科・教授だった。数学科の学生向けの講義はしていなかった。一般教養の講義もほんの少ししかしたことがない。多分、教え子ではない。

お茶の水女子大学を卒業後、麻生さんは、オレゴン州立大学の「動物学科」を卒業し、プエルトリコ大学で海洋生物学の修士号、ハワイ大学で博士号(Ph.D)を取得した。専門は動物行動生態学とある。

数学科卒の女性が米国の大学で「動物学」の分野に進むとは、ユニークな経歴である。イヤ、男性だって珍しいというか、日本人でそういう人生コースを選んだ人は麻生さんしかいないだろう。

推測すると、著者の麻生さんは、20代に相当、屈折した人生を過ごしていたに違いない。こういう人は、斜めから、横から、裏から、さらには、無理やり数枚はがして現実社会を見るタイプである。

専門は動物行動生態学なのに、科学ジャーナリズム海外修行準備中とある。荒波と刺激のある人生が好きらしい。

そういう人が書いた本だから、同じように屈折した白楽は、読んでみようと思った次第である。贈ってくれた本でもあるし。

しかし、タイトルが『インパクト・ファクターの正体』だから、読む前から、大衆受けしないだろうと感じた。芥川賞・直木賞の候補にはならない。

でも、お茶の水女子大学の川上弘美、楊逸、藤原正彦、土屋賢二などを越え、イヤ、越えるのは相当大変だ。マー、科学ジャーナリストとして、彼(女)らとは別の領域を開くかもしれない。

あ~、本の紹介に入る前に、前置きが長くなってしまった。

『インパクト・ファクターの正体』を読み始めると、インパクト・ファクターの説明と問題点が丁寧に書いてある。

だいぶ前、「impact factor」を 「衝撃因子」と訳した高名な物理学者に衝撃を受けたことがある。高名な物理学者はさも「専門家です」という顔で「衝撃因子」の説明をしていた。

しかし、「衝撃因子」と訳した段階で、ド素人であることは明白だ。白楽は注意してあげるべきだったかもしれないが、相手は高名な方です。口をはさめませんでした。

この領域の知識が少しでもある人は「impact factor」を「衝撃因子」とは訳さない。「インパクト・ファクター」とそのまま訳す。

この本は、その「インパクト・ファクター」を正面から、詳しく解説している。内容は屈折していない。本書一冊で、インパクト・ファクターの全部がわかる。白楽が取り組んでいるネカト問題(研究不正)との絡みもつかめてくる。

ただ、この手の本のつらいところは、本質的に「重要」な内容なのに、というか「重要」だからでもあるが、話が「硬い」。

しかし、「重要」なので少し骨のある社会人や学生、それに、当然ながら、研究者・院生・研究評価者・科学ジャーナリストなどには読んでもらいたい。

このような「硬い」内容を、多くの読者に喰いこんで読んでもらうにはど~するか? 

それで、著者は「硬い」話を柔らかくしている。さらには、著者が研究者として体験したエピソードもそえるという工夫もしている。

読者は、硬い歯で喰らいついて読み、自分製の消化液で吸収すべきだ。

かつての同僚の藤原正彦の口調で言うと、シッカリ吸収しない「卑怯な奴」は「ぶん殴ってやる」(藤原正彦は「卑怯な奴」と「ぶん殴ってやる」が口癖だった)。

そして、麻生一枝さんは科学ジャーナリストとしてさらなる挑戦を続けて欲しい。

最初はレビューを書くつもりで書き始めたのだが、感想と期待になってしまった。「ぶん殴ってやる」。

白楽ロックビル(お茶の水女子大学・名誉教授)
haklak@haklak.com

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