見出し画像

欲しいのは光【方向音痴あるある】

 かなりの方向音痴である。そして車の運転も若干苦手である。

 日帰りで夫の実家に帰省した時、高速道路のサービスエリアで休憩した後、長時間の運転で疲れたであろう夫を労うために「ここからは私が運転するね。」と伝えたが、夫は案の定「いや無理しなくていいから、俺は大丈夫だから、このまま運転させてくれ。」と言う。
 ん?させてくれ?いやいや、そんなに遠慮しなくてもと「大丈夫。がんばるから。」と嫌がる夫を助手席に乗せ、ハンドルを握ってから「えっと、出口はあっちだよね。」と先ほど入ってきたばかりのサービスエリアの入り口を指さしたところ、夫は真剣な顔になって「頼むから、俺に、俺に運転させてくれ。」と懇願された。おそらく命の危機を感じたのだろう。

 ちょっと方向感覚がなくなっただけだから、違うよ出口はあっちだよと、教えてくれたら、私だって、人生で2度目か3度目の高速道路の運転はできた、はずなのだが。あんな不安そうな夫の顔は久しぶりに見た。


 だいたい建物の中にいても、ひとつの部屋に入ると、入ってきた方角がわからなくなる。

 学校だろうが、市役所だろうが、デパートだろうが、いつも自分がどこから入ってきたのか、どこから外へ抜け出せるのか、見当がつかなくなり、森に捨てられたヘンゼルとグレーテルが、森に入っていく道すがら帰りの道しるべにと落としていったパンくずのように、どこかに落ちているはずの出口への道しるべを探すのである。


 ましてや、知らない町の知らない店で買い物をした日などは、お店から出たら、とりあえず深呼吸をして、私が来たのはどっちの方角でしょうか?と脳内クイズショーが始まる。その中で一番無責任で根拠のない自信を持った解答者が「あ、たぶん、こっちです。」と指さす方向があるので、素直にそちらに向かえば、ブザー音とともに赤いバツ印が見えて、不正解の結果が出るのである。


 そんなに方向音痴でも、車の運転でナビを使えば大丈夫でしょう、と思われるかもしれないが、ナビを使っても道に迷う。「この先100m先、信号を左方向です。」と言われても、どのあたりが100m先なのかわからないのだから、そう言われてから、ずっとどこが100m先だろうと緊張し始める。方向感覚がない上に距離感覚もたぶんおかしいのだ。

 そしてああ、きっとこの辺りがナビが言っていた信号だろうと左折してしまうと、ナビが行き先を見失い「ルート再検索中」の文字が浮かび上がり、私もとたんにルートを正そうと自分なりのルート再検索中モードに入る。
 ナビと私のルート検索ごっこが始まるのである。


 ただ、そもそも私は自分の方向音痴を直したいとか、さほど悩んでいないのも問題なのかもしれない。

 息子の大学受験の帰り道、ナビに従って帰路についたもの、いつものようにナビはルート再検索を重ね、これは普通に家に辿りつくのはひどく困難なことのように思われ始めた矢先、人も車の気配もない急斜面の細い山道に連れていかれ、いくら何でもこれは危険だとUターンしたその後も、来た道の面影さえ残っていない知らない集落に辿りつき、地元の人しか通らないような秘密の抜け道のようなところを通り抜け、最後は地図にない道を走るという偉業を成し遂げた。

 やっとの思いで国道に出たときは、二人でインディジョーンズ並みの冒険をしたような歓声をあげ、無事帰還できたことを喜んだものだが、いやいや違う違う、喜んでいる場合じゃないわ。こんなことで息子に迷惑をかけてはいけないと深く反省し、なんなら今でも、息子よ、あの時はすまない、と思っているが、どこかに出かけるとなると、やはり地図を見ることもなく、またしても一番無責任で根拠のない自信を持った解答者が、まぁどうにかなるさ、今度は大丈夫と、私にささやくからである。


 いつかラジオで、方向音痴の人は、間違いなく地図を見ることもしないし、調べることもしない。その上で、なぜか根拠のない自信をもって、「あ、たぶん、こっちです。」と感覚だけで進んで行く、と聞いたことがある。やっぱりいたのだ、無責任解答者。そのとおりだが、ひとつ反論するとしたら、方向音痴の人は地図を見ることをしないのではなく、見ても理解できないのである。


 もう少しナビも、右や左の音声案内や、矢印や地図表示だけでなく、方向音痴にわかるような案内をしてもらえないだろうか。(いや、たぶん充分してるだろうけど)

 例えば、感覚でわかる何か。車のフロントガラスから見える景色や道路に、勇者が向かうべき道のり的な仕掛けはできないものか。そして、あれ?あそこの辺りが光っているから、たぶんあっちの方角だろうよ、とか、この道だけが光っているからきっとこの道であっているよ、とか。

 そんなことを考えながら、これからもやっぱり自分の感覚を信じて、小さな冒険を続け、道に迷い続けながらも意外とそれを楽しみながら生きて行くんだろうな。夫と息子よ、すまない。これからも頼みます。


玄関に置いているアイリッシュモス。みんな光の方に向かって伸びてました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?