2022農大学長杯

(枕)
 デブ活、太るための努力、という言葉をご存じですか?高校時代にラグビー部に所属していた私は、とにかく、とにかく体重を増やす必要がありました。身体を大きくするために、私は1日5合、米を食べ続けました。高校3年間で体重を30kgも増やし、デブ活に成功したのは、田舎で祖父が作ってくれたお米のおかげです。
 
(理念)
 私のデブ活を支えたのは、私の祖父を始めとする日本の農家です。日本を支えてきた農業。その農業の土台は何か。それは文字通り土、肥料です。本弁論の目的は、肥料が食料安全保障の土台であることを示し、日本の肥料自給率を高めるための政策を提言することにあります。どうぞ最後までお付き合いください。
 
(基礎知識)
 私が取り上げるのは、肥料の3要素の一つ、リンです。皆さんが小学校で習って来た肥料の3要素、カリウム・窒素・リン。どれが欠けても、植物が育つことはできません。リンが不足すると、花が正常に咲かなくなります。リンを与えないで野菜を育てると、収穫量はなんとリンを与えた野菜の10分の1にまで落ちてしまいます。リンは代替不可能な肥料であり、リンなしでは農業の生産性を高めることはできません。
  肥料の3要素の中で、なぜ私がリンに着目したのか。リンはDNAに必要不可欠な元素であり、人間をはじめとするほぼ全ての生物が体内にリンを蓄えています。土壌に含まれるリンを植物が吸収し、食物連鎖によって動物が利用する。そして排泄物や死体からリンが溶けだし、土へと還元される。かつては、このようなリンのサイクルが成立していました。しかし、人口が増加した現代において、このサイクルは破綻しました。さらに、半導体の製造にもリンが必要なことから、リンの消費量はさらに増えています。リンの循環構造が壊れたことにより、リンの、ひいては農業の持続可能性が失われているのです。
 肥料の3要素のうち、カリウムと窒素は既にリサイクル技術が実用化されています。しかし、リンのリサイクルはまだ道半ばです。だからこそ、私はこの弁論でリンについて扱うのです。
 
 
(現状分析)
 農業に不可欠なリン。しかし日本は、リンの全てを輸入に頼っています。しかも、リンの生産国は非常に偏っています。肥料であるリン酸アンモニウムの96%は、中国から輸入しているのです。日本がどんなに食料自給率を高めたとしても、農業の基盤である肥料を諸外国からの輸入に頼っているのならば、それは本当の食料安全保障たり得るのでしょうか。実際、すでに日本の食料安全保障は危機にさらされています。ここ最近のウクライナ侵攻と円安によって、肥料の値段は大幅に上がりました。令和2年から今年までの2年間で、リン肥料の原料であるリン酸アンモニウムの価格はなんと3倍になり、肥料を使用する農家を苦しめています。
 さらに、世界のリンは遠くないうちに使い切ってしまうことが予測されています。リン鉱石の可採年数は、残り40年。しかも、そのうち肥料用に使える不純物の少ないリン鉱石は限られます。貴重な資源を守るために、すでに、アメリカは外国へのリンの輸出を禁止しました。さらに中国も、リン鉱石に一時期120%という高い関税をかけ、輸出量を制限するなど、リンの囲い込みを進めています。
 
(批判)
 もちろん、国も対策に取り組んでいます。化学肥料を減らす取り組みを進めると共に、値段の上昇分の7割を補助しています。しかし、私は問いたいのです。補助金による一時しのぎに満足し、産業構造に目を向けなくていいのか、と。
 「全ての人が、どんな時でも、十分で安全かつ栄養ある食料を利用できる状況」と定義されている食料安全保障は、重視するべき目標として食料供給の安定性に着目しています。食料安全保障を実現するためには、生産の土台となる肥料の供給の安定性も考える必要があるのです。現在の政策は、リンを輸入に頼り続けており、食料安全保障に逆行しているといえるでしょう。
 
(現状分析2)
 実は、日本は国内にリンの都市鉱山を抱えています。それは、下水処理場と、製鉄所です。これ以降、下水処理場や製鉄所から再生したリンのことを、「回収リン」と定義します。下水処理場や製鉄所では、下水を浄化する、もしくは鉄を作る過程でリンを多く含む廃棄物が排出されます。このリンを含む廃棄物を処理することで、リンを回収することができるのです。これらの施設においてはあくまでも副産物としてリンを回収するため、回収リンの生産費用を下げることができます。
 日本では、1年間におよそ14万トンのリンが肥料として使われています。仮に人間が出す生活排水と製鉄所からの廃棄物の9割を回収できれば、なんと12~13万トンのリンを回収することができるのです。
 しかし、リンがない日本において、命綱ともいえるリンを、我々は惜しげもなく捨てています。下水処理場の廃棄物の80%、製鉄所からの廃棄物の95%近くが、単価の安いセメントや道路工事用に使われています。農業に必要不可欠な資源であるリンをこれほど浪費することは、未来の私たちを飢餓に陥らせていると言っても過言ではありません。
 
(原因分析)
 では、我々がここまでリンを無駄にしているのはなぜか。それは、現在、回収リンの取引の安定性が確保されていないことです。そのために、自治体や製鉄所が設備投資に二の足を踏んでしまうこと、これこそがリンの回収が進まない原因なのです。 
 実際に、研究者からの聞き取りに対して、リンの回収を行っている福岡市は次のように答えています。「リンの回収に当たっては、価格と同じくらい取引の継続性も重視している。なぜなら、仮に肥料会社との取引が停止されたとしても、下水処理場の操業を止めることは不可能であり、肥料の在庫が積みあがってしまうリスクがあるからだ」さらに、日本製鉄も、回収リンの課題として「リン肥料の受け入れ可能性と需要量の確認が必要」と述べています。ゆえに、リンの回収を進めるために、我々は回収リンの引き取り手を確保する必要があるのです。
 
(プラン)
ここで私は、1点のプランを提案します。それは、国内で生産されたリンの定額買い取り制度を導入することです。各地の下水処理場や製鉄所で回収されたリンを、その重さに比例して国が買い取ります。国は買い取ったリンを備蓄しつつ、一定価格で肥料会社や各地の向上に販売します。
 
(解決性)
 このプランによって、工場はリンのリサイクル量に応じて安定した収益が見込めます。さらに、国がリンを買い取ることにより、下水処理場や製鉄所は製造したリンが回収されないリスクを考える必要がなくなります。これにより、自治体や企業はリンの回収プラントを作りやすくなり日本のリンの自給率を高めることが可能になります。
 
(重要性)
 重要性は2点あります。1点目。人は、食なしには生きていけません。そして、食を支える農業は、十分な肥料抜きには成り立たないのです。「肥料なんて海外から買えるし、そもそも食料を海外から買えばいいじゃないか」と考えている人もいるでしょう。しかし、想像してほしいのです。既に、諸外国はリンの囲い込みを始めています。農作物の輸出を停止せざるを得ないような状況に陥った国がのんきに日本にリンを売ってくれるとは、私には想像がつきません。食料安全保障のためには、肥料自給率を高めることが重要なのです。
  2点目の問題は、長期的な農業の持続可能性です。先ほど説明したように、リンは農業に必要不可欠であるにも関わらず限りある資源です。地球の人口が増えるにつれ、それを養う農業が必要とするリンの量も増えていきます。今、私たちは地球の遺産であるリン鉱石を食いつぶしています。未来に向けて農業の持続可能性を高めていくためにも、リンを回収するシステムを構築することが重要なのです。
 
(緊急性)
 リンの価格上昇が、今日本の農業を苦しめています。しかし、私はこれはチャンスであると考えます。今までは輸入するリンの方が価格が安いために対策が先送りにされてきました。輸入リンの価格が上がり、回収リンが価格競争力を獲得し始めた今だからこそ、我々は真剣にこの問題に取り組む必要があるのではないのでしょうか。
 
(オチ)
 日本の農業に持続可能性をもたらすために。私が、一日5合のコメを食べ続けられますように。ご清聴ありがとうございました。

(2022/11/27, 3434字, 10m27s)

以下質疑
・資金はどれくらいかかるの?
A.大坂大学大学院の大竹教授が2010年に発表した論文では、「かつてはリン回収コストは天然のリン鉱石の14倍も高い費用が掛かったが、今は天然のリン鉱石とそれほど変わらない費用でできる」と書かれています。リン鉱石の価格は、2011年の1月で1kgあたり283円です。仮に円安を考慮してリンの買取価格を1kgあたり400円で計算したとしても、日本のリサイクルリンを13万トンと見積もるとわずか500億円です。覚えておいてほしいのは、日本政府はリンを買い取るだけではなく、市場の動向に応じてリンを売るということです。2022年のリン鉱石の値段は1kgあたり994円であり、日本政府の逆ザヤも期待することができます。

・補正予算はどれくらい出てるの?
政府の補正予算の中で、私が批判したものにつけられた予算は45億円。
政府のリンの買取量は一定だが、政府は売る時期を調整できる。リンの市場価格が高いときには多くリンを売って、安いときには売る量を少なくすることができるからコストは見かけほどかからない。

・肥料化じゃダメなんですか?
A.農業への悪影響とリンの確保という2点の理由により好ましくない。
まず、ゴミから作った堆肥は、成分が一定ではない。さらに、複数の成分が含まれていることが多い。土の中の栄養分は多すぎてもダメで、収穫量を増やすためにはさまざまな元素を一定の量に保つ必要がある。例えば、リンだけ何グラム入れたいみたいに。そうすると、成分のばらつきが大きい堆肥ではなくリンまで戻した方が農家にとってメリットとなる。
2点目。リンは、農業用だけではなく工業用にも使われていて、半導体の生産にも重要。もしリンを回収できれば、工業用にも転用することができる。これは食料安全保障のみならず日本の資源安全保障にとっても重要である。

・農家は肥料をどれくらい使っているの?
私の祖父の例。稲作の単作。春の代掻き前に一回、夏の中干後に一回の合計2回使っている。日本全体では、1haあたり250kg程度利用している。これは世界平均の2倍程度の肥料。日本の農業の生産性の高さは、労働集約性の高さのみならず肥料の多さにもある。

・なんで生産者への補助金じゃなくて買い取り制度なの?
A.すでに複数の自治体は、リン回収を実用化している。弁論中でも述べたように、自治体の懸念はコストもあるが、第一義的には「継続して取引が続けられるか」である。作って終わりの補助金では、リンを将来まで処分できるかどうかが不透明なので、自治体や製鉄所の不安にこたえられず、問題を解決できない。国が買い取れば、取引の継続性が担保されるので自治体や製鉄所が処理設備を作りやすくなる。

・なんで農家への補助金じゃないの?
→長期的に見れば、農業技術を活用しつつリンの使用量を減らしていく必要がある。しかし、農家に補助金を出すと簡単に肥料を買うことができるため、リンの使用を減らすインセンティブになっていない。私のプランなら、リン鉱石の消費量を減らすことが確実にできる。
→そもそも農業は、天候や世界の作付け状況に左右されるために予測可能性が低い。限りある国の予算を配分するのなら、継続性が大切。肥料の小売りという最後の段階で値段を調整することは対症療法的なものでしかない。肥料の生産に先手を打つ方が望ましい。
→補助金はその使い道を決定できないから、受給対象者の行動をコントロールすることが難しい。それでも無理やりコントロールするために、大量の書類を提出する必要があるので、農家にとっても不利益になっている。

・回収リンに安全性は確保できるの?
→神戸市・岐阜市などで既に実用化されている。私のプランでは、リンを買い取った国は肥料会社にそれを転売する。肥料会社が販売する肥料は、肥料取締法が定める品質基準を満たさないと販売できない。だから、安全性は担保される。逆に、国が買い取ったリンということで安全だというイメージを農家に持ってもらうことも可能になる。

・そもそも、食料自給率を高めるのはなんで?
 食料がないと人間は生きていけない。他の国から買えばいいと言われているが、なにか有事があったときに1か月でも食料が止まったら、日本人は生きていけない。加えて、リンの輸入は中国に依存するところが大きい。中国が農作物の輸出を止めるときは、同時に肥料の輸出も止めるだろう。
 仮にこの点に納得がいっていないとしても、このままでは残り40年でリンを掘りつくすことは確実。今でも、リン鉱石は質が低いものが増えてコストが上がってきている。長期的に考えても今から始めるべき。

・FITは恒久制度だから意味がないのでは?
40年後には掘りつくして値段が上がってるから耐える
だんだん条件の悪いリン鉱石しか残らないから、長期的にもリンの価格は上昇するはず
かつては、リン鉱石中のリンの割合は40%以上はあった。今は質が下がり、30%以下のリン鉱石が増えている。



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