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シアトル~異国の地で初めて知る日本語への飢え

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000001870

「銀色の轍」~自転車世界一周40000キロの旅~(6)
記者名 木舟 周作
2006-10-23 21:02

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撮影者:OhmyNews

 6月22日の夜、僕はシアトルに着いた。アメリカ本土の北西端に位置するシアトルは、潮風の吹く坂道に摩天楼の並ぶ都会であり、また東洋系の住民比率が多い町でもある。ここまでの道すがらも、ときおり漢字やハングルの看板を見かけることがあった。アラスカやカナダでは1人も日本人に会わなかった僕だが、およそひと月ぶりに日本語を話すことになるかと思うと、不思議な緊張感があった。

 しかし僕が最初に話した相手はガーナ人だった。港のそばのユースホステルは満室で、臨時のテレビ室に泊めてもらったのだが、先客が彼だった。シアトルへは仕事を探しにきたのだという。自転車旅行だと答えた僕に、肩をすくめて言い放った。

 「自転車? 信じられないね。俺はたとえ1万ドルもらえると言われても、そんなことをするのはごめんだな」。そう言われてカチンと来なかったかといえば嘘になる。しかし出稼ぎ目的の彼と、所詮遊びの旅にすぎない僕とでは、ハナから話が噛み合うはずがなかった。

■最初の旅の先輩■

 その場に居づらく、また空腹であったことを理由に、僕は食堂へ移動した。旅行者が自由に使える台所設備と、雑誌などが置かれた談話スペースがあった。

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シアトル北部の田園風景
撮影者:木舟 周作

 僕はここで4人の日本人と出会った。彼らは今季からイチロー選手が加入したマリナーズの話題で盛り上がっていた。恐る恐る近づいていくと、逆に1人の青年が話しかけてきた。

 「チャリダーさんですよね」

 チャリダーというのは、自転車を意味するチャリンコとバイク乗りを意味するライダーから成る造語で、自転車旅行者のことだ。ハセガワと名乗った彼は、僕が自転車を持ってユースホステルへやって来たところを見かけたのだと言った。

 「こちらのタナカさんもチャリダーですよ」

 「ロスから走ってきました。よろしく」

 眼鏡姿で朴訥とした印象のタナカさんは、僕より年上で、以前は2年ほどの年数をかけ、アジアを走ったことがあった。今回はまず北米を旅したあと、飛行機でメキシコに飛び、そのあとは南米まで行くのだと話した。

 「僕も北米のあとは南米です。そこからヨーロッパかアフリカに飛んで、最後はアジア。カラコルムハイウェイを越えて、中国、そして日本を目指すんです」。触発されるようにして、僕は揚々と世界一周の計画を語った。ガーナ人には話せなかったことが、同じ日本からの旅行者には言えた。

 「カラコルムを越えるんか。あそこは冬期閉鎖やな、たしか」。タナカさんが思い出すように言った。カラコルムハイウェイとはパキスタンから中国へ抜ける道。現代のシルクロードであり、僕の旅の、最後に控えた大きな目標だった。

 「すごいなあ。いいですねえ」。ハセガワくんたちに感嘆され、僕はまんざらでもなかった。

■次に会うとしたらメキシコやな■

 それから3日間、僕はシアトルでのんびりと過ごした。タナカさんやハセガワくんたちと野球を見に行ったり、缶ビールを買い込んで飲み明かしたりした。

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マリナーズの本拠地セイフコフィールド
撮影者:木舟 周作

 シアトル鉄道駅の東側は国際地区と呼ばれ、中国をはじめ、韓国、ベトナム、フィリピン、カンボジアなど、各国人の経営する商店やレストランがひしめいていた。その中には日系のスーパーもあり、ふりかけや納豆といった日本食を手に入れることができた。タナカさんに誘われ、日本の書籍が売られている本屋も訪れた。同じように立ち読みに興じている日本人が大勢いた。

 シアトルを発つ日、宿の前で見送ってくれたタナカさんが、僕に1冊の文庫本をくれた。僕はそれまで『地球の歩き方』を除けば日本語の本を持っていなかったのだが、1冊持っていれば出会った旅人と交換できるし、活字に飢えることもなくなるからいいよと教えてくれた。

 旅先で日本語に飢える。それは今まで長くても大学の夏休み、すなわち1ヶ月程度の旅行しか経験のなかった僕にとって、初めての概念だった。

 「次に会うとしたらメキシコやな」

 タナカさんは僕にとって、最初の旅の先輩だった。

【出発から2287キロ(40000キロまで、あと39684キロ)】


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オーマイニュース(日本版)より

※引用文中【画像省略】は筆者が附記


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本を読むしかすることがないから本を読むというのはありますね。日本語に飢えるという経験はありません。だからちょっと感覚がわからないです。