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菊芋(キクイモ)

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000003215

東京郊外「花散歩」
こきかほる
2006-11-18 11:17

 鮮やかな黄花が目に入った。玉川上水の「境橋」に接した土手の上、日の当たる場所に、離れたところからでもわかる菊芋(キクイモ)の花が咲いていた。

【画像省略】
北米原産で、幕末のころ渡来。花が菊に似ていて地中に大きな塊茎を作るためこの名に(切り絵も、こきかほる)

 この花は顧みられない荒地に咲く。地中の根が芋状になり、イヌリンという糖を含んでいてアルコールの原料になるため、戦時中にたくさん栽培された。それが野生化して、この辺では畑の隅や、放置された宅地跡などによく見かける。

 その菊芋が咲くだけあって、夏の間歩かずしばらくぶりだった玉川上水の土手は、いつになくすさんで見えた。土手沿いの道路がきれいに舗装され、土手と道路の間に柵ができてから、人はみな土手を通るようになった。このため土手は踏みつけられ土が丸出しになっている。道路とは反対の、川の側も柵が内側は低木が茂り放題だ。

 玉川の流れが昭和61年(1986年)に復活してからは、一輪草や二輪草、狐剃刀(キツネノカミソリ)などが咲くようになっているが、秋口の今は、荒々しい笹竹や苧(カラムシ)が繁茂し、低木に葛(クズ)の藁葉が覆うジャングル状態である。大きな桜の切り株に白いキノコがいっぱいついていた。

 かつて土手のこの辺りは、人の往来が多かったと聞く。江戸、明治、大正、昭和とその時々に、人々が上水沿いの桜を讃えてきたからだ。羽村に発し、淀橋浄水場(現在の西新宿高層ビル街)経由で都心部に飲料水を提供した玉川上水には、都心部から郊外へ約34キロにわたって桜並木が続いている。都心から歩き出し、帰りの時間を考えると、ちょうどここ武蔵境から小金井ぐらいが、折り返す限界点だったらしい。

 花を眺めて歩いてきた多くの人たちが、ヤレヤレと休んで盃を交わしたり、団子を食べたりできるようにと、このあたりは川辺の幅もグッと広かったようだ。周辺で商売をする店も多く、ベンチなどもたくさん置かれていたらしい。

 そんなことをぼんやり思い浮かべながら、菊芋の咲く「境橋」から西に向かって歩き、「もみじ橋」「くぬぎ橋」「新橋」を抜けた。今はわざわざ眺めにくる人もいなくなった桜の古木を見上げ、隔世の感を覚えながら、小金井公園の前の「梶野橋」を渡って、反対側の土手を戻った。(キク科)

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 東京郊外「花散歩」3茶(チャ)
 東京郊外「花散歩」2時鳥草(ホトトギス)
 東京郊外「花散歩」1秋海棠(シュウカイドウ)

オーマイニュース(日本版)より

※引用文中【画像省略】は筆者が附記
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この記事についたコメントは1件。

1 安住るり 11/21 18:25
かほる様
るりと申します。もうすぐ還暦です。
すばらしい文章と切り絵のシリーズを発見して、とても嬉しく拝見しました。

きょう(11月21日)掲載された私の「教師とは・・・」の記事に写真を出しました83歳の老母は、玉川上水の南に住んでおります。
もともとは宮城県の者ですが、念願の東京に家を持つに際して、選びに選んで、まわりに住宅などが立ち並ぶ心配の無い一画に土地を買い家を建てて40年。
庭を丹精して茶道用のめずらしい花などを大切に育てていたのですが、いまはボケて、庭に出ることもなくなりました。
私は鎌倉の先の逗子に住んでいますが、週の半分は、ケアのために母の家ですごします。
私は風流よりも春の摘み草が好きです。
玉川上水を歩きながら、キク科の雑草の芽生えを摘んで、てんぷらやおひたしにします。

これからもたのしみに見させていただきます。


うちの近くでは見かけない花です。どこかで食べたことがあるかもしれませんが、キクイモの~との料理名で食べた記憶はないかな。キクイモ餅とかあるみたいなので機会があったら食べてみようかと思います。