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【トラベル】札幌出張で北斗星の旅

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000003005

ゆったりした旅、一度お試しあれ
中台 達也
2006-11-10 11:36

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撮影者:中台達也

 夕方のJR上野駅。中央改札口にずらっと並ぶ自動改札機は、家路を急ぐ人々をさばくのに大忙しだ。出発を待つ列車内はすでに人で埋まり、次の列車で着席しようとする人で、ホームにはいくつもの列ができている。

 10月末の金曜日、記者は大きなオレンジ色のかばんを肩に下げて、そんな上野駅をうろうろしていた。目当ての列車は「北斗星3号」、札幌行き。札幌までの1200キロあまりを、16時間以上かけて走る列車だ。切符は前日にあらかじめ購入しておいた。B寝台の下段で、寝台券、特急券、札幌までの乗車券代をあわせて2万5270円。

 記者は、飛行機が好きである。札幌に住んでいたころ、何も用がないのに、市内の丘珠空港までプロペラ機の離発着を見に行った。離陸して旋回する様子を見ながら、自分が操縦している気分になったものだ。

 記者は、飛行機に「乗る」のが嫌いである。高いところがどうしてもダメなのだ。東京タワーで言えば、高さ150メートルの展望台ならなんとか耐えられるが、高さ250メートルの特別展望台はダメだ。以前、札幌のテレビ塔の展望台に上がったとき、あまりに怖くて上がったエレベーターでそのまま降りてきた。筋金入りの高所恐怖症である。

 今回、札幌に出張することになった。飛行機には乗りたくない。なんとかして列車で行きたいが、札幌への出張で列車を使う人なんてほとんどいないだろう。社内の稟議を通すため、私は一計を案じた。「北斗星で行って、乗車記を書きましょう」。飛行機に「乗る」のが嫌いな読者のみなさん、次の出張は列車で行きませんか?

* * * * *

 北斗星3号は上野駅13番線の発車である。中央改札を抜けて直進すると、平面でそのままホームの一番手前に到着する。ホームの10メートルほど手前にはラーメン店がある。

 発車時刻は19時03分。30分ほど前に到着した記者の腹は空いていた。ラーメン店に入り、ビールセットを注文。ギョウザをパクつきながら、生ビールを流し込む。2杯目を頼もうと左手を挙げると、まくれた上着の袖から時計がのぞいた。18時58分!! 追加注文して目の前に置かれたばかりの熱々ギョウザを、無理やり口に詰め込んだ。先の思いやられるスタートだ。

 記者の席は2号車。カバンを揺らしながら走る。北斗星3号は11両編成で、前が1号車。ラーメン店は一番手前の11号車より前にある。「こんなことなら、ちゃんと行っとけばよかった……」。記者は、月会費を払いながらほとんど通っていないジムのエントランスを思い浮かべた。
 
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B寝台車は上下段に計4つのベッドで1つのユニットになっている。上段のベッドへは、中央の階段を使って上がる
撮影者:中台達也

 息を切らせながら席に着くと、向かいのベッドのカーテンがすでに引かれていた。ベッド脇には黒い革靴が並べて置いてある。隙間から少しのぞくと、どうやら男性のようだ。顔が赤い。2号車内を見渡すと、大手旅行社の名札を付けた女性がいる。修学旅行生の引率だという。「他の人もいるから騒ぐなよ」という声が聞こえた。こちらはどうやら先生のようだ。

 B寝台車両は、片側に幅約1メートルほどの廊下があり、線路の向きとは垂直にベッドが並ぶ形だ。上下段あわせて4つのベッドで1つのユニットになっているが、ユニットの入り口にドアはない。自分とほかを隔てるのは、ベッドを囲むように備え付けられているカーテンだけだ。

 ガッタン

 定刻通りに、ゆっくりと動き出した。カン高いメロディーとともに、車掌が車内放送を始める。「大宮19時28分、宇都宮20時27分、郡山には21時54分に停車します……」。青函トンネル通過は翌朝5時07分~45分の間、函館着は6時34分だという。日の出を見るのは道内に入ってからだな、などと考える。

 発車からしばらく聞こえていた、カタッ、カタッという足音が、大宮を過ぎるころからスッ、スッというすり足の音に変わった。見ると、ほとんどの人が備え付けのスリッパに履き替えている。

 上野を出発してから車窓に目立ったホテルやパソコンショップのネオンサインは10分ほどするとかなり減り、大宮までは多く見られたマンションの明かりも大宮を過ぎると気にならなくなった。夜だ。車窓が吸い込まれそうな黒色に変わる。

 そんな感傷に浸っていると、今度は女性の声で車内放送があった。食堂車が19時45分から営業するという。さっきギョウザを詰め込んだとはいえ、あわてて詰め込んだせいで食べた気がしない。「腹減ったな……」と条件反射的に立ち上がると、続けて、21時05分までは予約の人しか対応していないとのアナウンス。予約のない人は、21時15分からの“パブタイム”で食事ができるというから、そこまで待つしかない。

 空腹を紛らわすため、カーテンは開けたままとりあえず横になる。アルコールを入れたせいか、まぶたが重くなってきた。「今、睡魔に負けたら、後で記事に書くことがなくなってしまう……」と思っていると、列車が闇の中で急停止した。時計を見ると20時07分、宇都宮まではまだ距離がある。

 まもなく車内放送があった。「踏切で異常を知らせる信号があり、確認中」だという。結局、異常はなく4分ほどの停車で出発したが、このときの遅れが原因となり、札幌到着は30分以上遅れた。車掌によると、北斗星は単線区間を多く走り、行き違う列車も多いため、一度遅れが発生すると「ドミノ倒し的に」遅れが拡大するという。

 20時38分ごろ、約10分遅れて宇都宮に着いた。ホームでは、男性2人が立ち食いでソバをすすっている。「あぁ、腹減ったなあ」と思わず声を上げると、ガタッという音とともに、タイミングよく車内販売が回ってきた。スナック菓子で腹を癒す。

 スナック菓子でのどが渇いた。今度はお茶を買おうと、1号車から折り返して戻ってきた車内販売の女性をまた呼び止める。女性がお茶を取り出す間にワゴンをのぞくと、キーホルダーやチョロQなど、北斗星グッズが5~6種類ほど見える。850円の携帯ストラップをいっしょに購入。聞くと「日によって差が大きいですが、(北斗星グッズは)多いときは20個以上売れますよ」という。

 ……、ハッ。スナックを食べて満足した私は、今度はあっさり睡魔に負けてしまった。起きると22時過ぎ。なんとかまだ食堂車は営業している。ハァと胸をなで下ろす。食堂車の描写で記事の1段落を作ろうとしていたのに、営業時間を寝過ごしたではシャレにもならない。「食堂車ご利用の際はスリッパはご遠慮ください」という放送を思い出し、急いで靴に履き替えた。

 食堂車は7号車のため、揺れに体を揺さぶられながら2号車から廊下伝いに歩く。7号車の手前、6号車はソファーが並び、誰もがくつろげるロビーカー。入ると、缶ビール、ペットボトルの焼酎、カップ酒などがテーブルに所狭しと並んでいる。社員旅行のグループ20人ほどが宴会をしていたのだ。以前、JRは北斗星を“走るシティホテル”と売り込んでいたそうだが、ここはさながら“走る宴会場”。「にぎやかな列車も悪くないな」と酒のにおいに惹かれつつ、記者は7号車の扉を開けた。

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食堂車の風景。落ち着いた雰囲気になっている。生ビールは北海道限定のサッポロ・クラシック
撮影者:中台達也

 パブタイムの食堂車では、ビーフシチュー(1600円)やビーフカレー(1200円)、パスタ(1200円)のほか、北海道や東北の素材を使ったソーセージや漬物などを、ワインやビールとともに楽しむことができる。生ビールには、北海道限定の“サッポロクラシック”が使われており、飲食ともに北海道の味を先取りできるのが特徴だ。ちなみに記者の懐では到底無理だが、予約制のディナーコースでは、フランス料理(7800円)と懐石料理(5500円)が食べられるそうだ。

 食堂車は26席。記者が入ったとき、客は15人ほど。照度を落とした照明の優しい光と、低音中心のクラシック音楽のせいで、落ち着いた雰囲気になっている。その雰囲気の中でも、紺の制服を着た給仕役の女性2人は忙しそうだ。食堂車は食事を出すだけでなく、車内の売店の役割も持っている。食事を出し、皿を下げる合間に“売店のお姉さん”役も務めなければならない。酒が切れたのだろうか、6号車にいた男性がビールを買うために何度も往復していた。

 車掌によると、北斗星3号の乗車定員は250人ほどで、この日の乗車率は9割を超えたという。「昼の段階で空席は17との連絡を受けていた。そこからさらに埋まっているだろうから、今、空席は10くらいだろう。(混雑しているのは)紅葉など、今は北海道の観光にいい季節だからね。朝晩は寒いけど、まだ昼間はある程度暖かいから」。

 パブタイムのラスト・オーダーは22時30分。23時の営業終了とともに食堂車を出て、午前0時ごろに到着した仙台駅の様子を見てから、ベッドに横になった。ベッドは、173センチの記者が横になると、少し余裕があるかなという程度。幅は1メートル弱ほどで、寝返りはうてそうもない。

* * * * *

 シャー、シャー

 ガタン、ゴトンという音とは別に、高く耳に残る走行音に、私はぼんやりと目を覚ました。ふとんを取ると、寒い。車両内は暖房で22度ほどに保たれていたが、外からの冷気が下にたまっているようだ。二重窓の一部が曇っている。時計を見ると、6時前。「あぁ、青函トンネルか……」。まどろみの中でそう思いつつ、私は再び目を閉じた。

 午前6時40分ごろ、朝一番の車内放送に目を覚まし、20分ほどまどろんでから起き上がると、ちょうど車窓から津軽海峡の日の出が見えた。同じ車両の修学旅行生はみな起き上がって日の出に見とれ、発車時から床に入っていた私の隣の男性は、次の函館駅で降りるのだろうか、着ていた浴衣をたたんでいる。木古内―函館間では、列車はほぼ海岸に沿って走るため、日の光をさえぎるものが非常に少ない。「太陽って、こんなに大きかったっけ?」と感じた。

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津軽海峡の日の出。太陽が大きく見える
撮影者:中台達也

 函館には7時ごろ着いた。ホームをぱっと見ただけで、40人ほどが降りただろうか。「どこで降りる人が多いかって? そりゃあ札幌が一番多いけど、函館もかなり多いよ。函館は年間通じて海産物がおいしい土地柄だからだろうねえ」という昨晩の車掌の言葉を思い出す。ホームの売店はまだ閉まっていたが、駅弁売りの男性は出ていた。食堂車で和洋の朝食が提ともに1500円で提供されていたが、おおむねこちらの弁当の方が安かった。

 紅葉に囲まれた大沼公園を駆け抜け、長万部、洞爺、伊達紋別、東室蘭と停車していく北斗星は、さながら道内各都市を結ぶ都市間特急のような雰囲気になっていく。全車指定席で寝台席しかないため、道内から乗る人は実際にはほとんどいないのだが、道内に入ってそわそわする人の様子が、そんな雰囲気を醸し出すのだ。寝ている人はもうほとんどいない。ベッドに腰かけお喋りする、廊下の簡易椅子で外を眺める人の様子は、普通の都市間特急とあまり変わらない。

 札幌には11時40分過ぎに着いた。到着予定時間の11時11分からは、30分ほど遅れている。人々はほどなく、乗換列車や札幌観光に散っていった。

オーマイニュース(日本版)より

※引用文中【画像省略】は筆者が附記


この記事についたコメントは6件。自己削除されましたのでシステム上は5件です。

5 わだっち 11/10 18:55
高所恐怖症ですか。大変ですね。
飛行機が自動車より安全だと理論的にわかっているのに、駄目みたいですね。
日常生活に支障が出る場合など、健康保険が適用になるケースもあるようですから、心療内科で相談されてはいかがですか。

ロシア、中国、台湾、韓国へは、日本からフェリー、貨客船などが出てます。福岡(博多港)から韓国のプサンへは高速船(3時間)が出てます。そちらの旅行記もいかがですか。

北斗星には、B寝台の個室もありますよ。値段同じです。

4 W辺 R 11/10 17:56
実用性の面では、東京~大阪間はどうでしょう。何度か利用したことがあります。
夜遅く出発、朝早く到着というスケジュールが組めます(・∀・)
食堂車はたぶん無いですけど・・・

3 たろちゃ 11/10 17:00
とても楽しい旅行記でした。
僕もつい先日、北斗星/カシオペアで北海道へ行く計画を立てていたのですが、A寝台は競争率が高くて簡単に取れないという話や食堂車は料理が高いという話で諦めかけていました。
B寝台でも充分に楽しめるし、パブタイムでも食事が取れるんですね!
記事を読んで、もう一度計画し直してみようかなあ、、、と思い始めました。

ぜひもっとたくさんの旅行記をお願いします。
今度は「たかまつ」で四国への旅なんてどうですか?
#ってまた寝台だったらあまり変わらないか?(^^;

2 WilЬur Wright 11/10 14:20
 色々な事を、考え、気付き、計画し、やってみて … 。
 「このぐらい観察力があり、普段からモノを考えていれば人生もっと楽しいだろうなぁ」 と思いました。
 日々の努力の賜物なんでしょうね。
 旅行前の計画は、やっぱり大事ですね。
 「北斗星を見に、上野に行きたいなぁ」 と思う自分にスケールの小ささを感じます。

1 Mint 11/10 13:20
さすが、臨場感ありますね(あたりまえか)。

私も無理を言って出張の帰りに当時の八甲田を乗り継いで夜行列車を体験しました。
青函トンネルをくぐりたかったのです。

トンネルを出ると日の出に遭遇してとても感動しました。

私は夏で札幌着が10時ころですから、朝の4時ころだったのでしょう。

#ついでに、札幌の紹介も記事にして北海道の観光に貢献してくれませんか。


「北斗星」に乗ったことのない人には疑似体験を、「北斗星」に乗ったことのある人にはそうそうあったあったと思わせる面白い記事だと思いました。

この記事が掲載された当時の状況を含めて書くと、オピニオン会員から好かれていた中台記者(編集部)が書いたから高評価を得ていた印象もあります。似たような記事を他の編集部記者さんが書いたら「日記を記事にするな」とか書かれていたと思います。好きだ嫌いだという感情はコメントをつけるという行動に大きな影響を持ちますね、やっぱり。

青函トンネルを抜けて見る朝日はちょっと見てみたいですね。