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MNP(番号継続制度)のスイッチングコスト ~ 佐藤義典コラム5

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/OhmyColumn.aspx?news_id=000000002799

佐藤義典
2006-11-01 07:53

■携帯電話の番号継続制度

 電話番号を変えずに携帯電話会社(キャリア)を変更できる「番号継続制度」、いわゆるMNP(Mobile Number Portability)が10月24日から始まった。当日私も量販店の店頭に行ったが、平日にも関わらず販売員が競って販促をしていた。ソフトバンクが直前に値下げを発表するなど、各キャリアの動きをマスメディアも盛んに報道している。

 MNPがなぜそんなに話題を呼ぶのだろうか。今まではキャリアを変えると、電話番号が変わってしまった。ご存じの通り、電話番号が変わると色々な面倒が起き、それがキャリア乗り換えの障害となっていた。キャリアを乗り換えても電話番号が変わらなくなるMNPの導入で、その障害が大幅に減り、キャリア間の民族大移動が起きる可能性があるから、ちょっとした騒ぎになっているわけだ。

■スイッチングコスト

 携帯電話に限らず、今使っているものからの「乗り換え」、例えばパソコンのウィルスソフトの乗り換え、住む場所の乗り換え(つまり引っ越し)、を考える際には、

 乗り換えるメリット > 乗り換えるデメリット

のときに、「乗り換える」決断をする。左辺の「乗り換えるメリット」は、携帯電話の場合、新しいキャリアにしかない機種・サービスが使える、電話代が安くなる、などだろう。これを右辺の「乗り換えるデメリット」と比較して決断を下す。右辺が大きければ、乗り換えない。このような計算を、意識的にあるいは無意識的にしているはずだ。

 右辺の、「乗り換えに当たって発生するデメリット」を、「スイッチングコスト」(Switching Cost)と呼ぶ。スイッチ(乗り換え)する際にかかるコスト(デメリット)、というそのままの意味だ。デメリットは「費用」と「手間」に大別できる。携帯の場合、「費用」は乗り換えの際の手数料、長期割引の放棄、などだ。「手間」は、電話番号が変わったことを会社・友人・知人などに連絡する面倒、などがあろう。

 スイッチングコストが小さくなる、ということは、

 乗り換えるメリット > 乗り換えるデメリット

の右辺が小さくなることだ。その結果、左辺(乗り換えるメリット)が相対的に大きくなり、乗り換えしやすくなる。キャリアを乗り換えても電話番号が変わらないMNPは、スイッチングコストを下げ、乗り換えやすくする狙いがある。当たり前のことのように思えるが、マーケティングの理論は、このように身近に起きていることを体系化したものでもある。

■スイッチングコストとマーケティング

 スイッチングコストが大きいと、乗り換えが起きにくく、顧客が「囲い込まれた」状態になる。例えば、マイクロソフトオフィスを多くのビジネスパーソンが使っているだろうが、あの操作に慣れてしまうと、今更他のソフトの使い方を覚えるのは面倒になる。乗り換えるデメリットが大きいので、乗り換えずにマイクロソフトオフィスを使い続けるわけだ。気分を変えて新しい所に住み替えたいと思っても、賃貸の場合は新居の敷金・礼金、引越の費用と手間、新しい場所に慣れる手間、友人に連絡をする費用と手間などが大きいと感じれば、引っ越さない、ということになる。

 あなたの給与振込の銀行口座は、新入社員のときの口座から変わっただろうか。私は、新卒の就職のときから使っている口座を給与(社長なので厳密には役員報酬)の振込先として今でも使っている。それは、公共料金、クレジットカードなどの引き落としをその口座に集中させており、今更引き落とし口座を変更するのが面倒だからだ。このような行動を取る人が多ければ、銀行は、学生に対して口座開設を働きかけることが重要になる。就職後に、給与振り込みが始まり、各種引き落としを給与振り込み口座に設定した後だと、乗り換えが面倒になるからだ。スイッチングコストが大きい場合には、一番最初の選択が重要になる。大学生のときに携帯電話料金などの口座引き落としを始めるのであれば、さらにその前の大学入学以前に口座勧誘をしなければならない。

 逆に、競合からの乗り換えを促進するにはスイッチングコストを下げてあげればよい。マイクロソフトのExcelには、未だにLotus123のファイルを読み込む機能がついている。Excelが出た当初に優勢だった表計算ソフト、Lotusで作成されたファイルを読み込めるようにして、Lotusからの乗り換えをラクにした(スイッチングコストを下げた)わけだ。

 このように、スイッチングコストの大きさやその上げ下げは、マーケティングに大きな影響を与えるのだ。

 さて、携帯のMNPの帰結はどうなるであろうか? 電話番号は変わらなくとも、メールアドレスは変わる。今まで買った着メロ・着うたも使えなくなる。その分のスイッチングコストをどう見る顧客が多いか、というのも一つのポイントだろう。私のような無精ものの場合、変えること自体も面倒だし、乗り換えるメリットとデメリットを計算して比較すること自体がスイッチングコストになってしまうのだが……


【さとう・よしのり】 早稲田大学政経学部卒、ペンシルベニア大ウォートン校MBA。NTT、外資系メーカー、外資系マーケティングエージェンシーなどを経て、2006年コンサルティング会社、ストラテジー&タクティクス株式会社を設立、代表に就任。著書に、現在第5刷の『図解実戦マーケティング戦略』(2005年 日本能率協会マネジメントセンター)など。読者数1万5千人の人気無料マーケティングメルマガ、『売れたま!』の発行者としても知られる。

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オーマイニュース(日本版)より

この記事についたコメントは14件。

14 tpcdx 11/08 22:54
>13

分かりました。僕の読解力がありませんでした。オーマイニュースの記事とコラムを区別していませんでした。佐藤記者には失礼しました。今後気をつけます。

13 編集部(平野) 11/08 11:53
>12tpcdxさんへ
>それ以上に、Windowsとの相性や、オフィス自体に大きな魅力があるから、乗り換えずにマイクロソフトオフィスを使い続けるのだと思います。

だから、それが佐藤氏がお書きになっている「乗り換えるデメリットが大きい」ということですよね。

>9tpcdxさんへ
オーマイニュースでは今まで報道されていませんし、佐藤さんのようにきっちり整理されて書かれていた例は寡聞にして知りませんでしたので、十二分に掲載する価値があると判断いたしました。

12 tpcdx 11/07 17:53
>乗り換えるデメリットが大きいので、乗り換えずにマイクロソフトオフィスを使い続けるわけだ。

それ以上に、Windowsとの相性や、オフィス自体に大きな魅力があるから、乗り換えずにマイクロソフトオフィスを使い続けるのだと思います。

11 kyota 11/06 17:47
佐藤記者はMNPをマーケティング的に考えるとこういう仕組みなんだよ、と言うことを解説しただけなんじゃないですか。
コラムタイトルが「身近なニュースから鍛えるマーケティング脳」なんですから、マーケティング的な考え方で世の中の事象を解説しているコラムだと思います。

OMNの記者投稿がなんでもかんでもSB擁護記事であるというフィルター越しに読まれているような気がします。

9 tpcdx 11/03 14:52
この記事に書かれていることは全てMNPが始まるだいぶ前からニュースで報道されていて、今更MNPのメリット・デメリットを書く記者は滑稽だと思いました。

8  11/03 12:33
この記者が何をおっしゃりたいのかサッパリわかりません。

7 リュウ 11/03 11:19
何故ここまで露骨にソフトバンクを擁護する記事が多いのですか?

6 保憲 11/03 09:23
携帯に関する記事は公平に書いた方が良いと思うが

とはいってもNTTの施設負担金没収に
比較すると許容範囲かもしれません。

5 保憲 11/02 07:45
携帯に関する記事は公平に書いた方が良いと思うが

とはいってもNTTの施設負担金没収に
比較すると許容範囲かもしれません。

4 世界平和 11/01 22:07
 孫正義の事をよく知らなかった人も、今回の騒動で彼の本質がどういうものであるのかを理解した人が多いと思う。
 MNP騒動でソフトバンクが失ったものはあまりにも大きい。
 もう取り返しがつかないんじゃないか。

3 金本 11/01 20:03
スイッチングコストを最大限に利用したのが今回のソフトバンクなんですけどね。。
0円で入りを呼んで、出は割賦の清算を持って実質不可能にすると。
でも、MNPで流出超過になったということは、スイッチングコスト以外の要因が大きかったみたいです。

2 暇人A 11/01 16:10
ソフトバンクからの流出が予想以上に多かったので今度はMNPのデメリットを強調して流出防止ですか?
デメリットなんてMNPが発表された時からさんざん言われてることだろ。
そんなことよりソフトバンクが総務省や公取委に調査された現状を記事にしろよ。

1 MK 11/01 10:49
>公共料金、クレジットカードなどの引き落としをその口座に集中させており、今更引き落とし口座を変更するのが面倒だからだ。

頭が固いですね。逆の発想で引き落とし口座を変更するのではなく、お金を移動すれば良いだけの話では?


当時のコメント欄では「ソフトバンク擁護の記事」との意見も出ましたが、わたしはこの記事(コラム)は良い記事だと思いました。記事中の言葉を借りれば、スイッチングコストを支払っても乗り換えるメリットがある場合には乗り換えが起こるという当然とも思える内容です。ともすればボンヤリとしか把握できない概念を言語化し、具体例も交えてわかりやすく解説しているという点でこのコメント欄の記事への評価は不当といえるでしょう。ま、当時の日本版オーマイニュースのおかれた状況(本家韓国オーマイニュースが北朝鮮へ資金提供した)を考えると仕方ないことでしたが。


少しだけ真面目にColaboのバスカフェ事業について書きます。一般社団法人Colaboが都市を深夜に徘徊する生活に困窮した若年女性を対象に食料等の提供を行なう事業がTsubomi Cafe(通称バスカフェ)です。

事業内容はホームレスへの炊き出しと本質的に変わりありませんが、基地となる設備の外観や提供品に工夫をこらし対象者が訪れやすくなるようにしています。ホームレスへの炊き出しといえばつい最近@HikakinTV氏が行動されていたようなので貼り付けておきますね。打ち上げの模様も別チャンネルで投稿されていますので興味があればどうぞ。

バスカフェ事業起ち上げにあたってColabo代表・仁藤夢乃氏が参考にした(と思われる)韓国における家出青少年へのアウトリーチ事業「動く青少年センターEXIT」についての調査報告は以下。

韓日における子ども・若者の生活困難状態への路上アウトリーチ(深谷弘和他、立命館産業社会論集 第54巻第2号、123ページ~136ページ、2018年9月)

なお「動く青少年センターEXIT」の活動は現在は電源プラグのラッピングバスの別団体へと引き継がれているようです(ここでは触れません)。

余談ですがマスメディア等で「絆(きずな)」「つながる」等、他者との結びつきを強くうながす肯定的なキャッチフレーズが前面に押し出されてきたのが民主党政権が始まる前後(2009年頃)と記憶しています。東日本大震災(2011年3月11日)以降より一層強く叫ばれるようになったのではないでしょうか。MHFでも絆が大きく叫ばれていた時期がありました。

公式サイトによると、一般社団法人Colaboの事業は困難を抱える10代女性へのアプローチとして以下が示されています。

  • 相談受付・食事提供

  • シェルターでの宿泊支援、シェアハウスの運営

  • 10代の女性たちによる活動

  • 講演・啓発活動

後者2者については論点が散らばるので割愛、相談受付・食事提供(バスカフェ事業)とシェルターでの宿泊支援・シェアハウスの運営(シェルター事業)について考察します。

■シェルター事業について。活動報告書によるとアパートなど宿泊可能な施設を準備、家庭に帰ることが困難な問題を抱える若年女性を一時保護、あるいは中長期にわたって生活できるよう住宅の支援を行なうとされています。そのような問題を抱えた若年女性が安定した収入を得ているはずもなく、Colaboでは必要と判断した利用者にはスタッフが同行して生活保護の申請も行なわれています。支給された生活保護費(生活扶助・住宅扶助)からColaboでは一定額を家賃や光熱費として徴収し施設の運営費用に当てているようです。生活保護制度の概要ついては以下を参照。

医療扶助に関する基礎資料集(社会保障審議会生活困窮者自立支援
及び生活保護部会(第13回)令和2年12月17日)

生活保護費の支給が銀行口座への振込なのか窓口払による受け取りなのかは不明ですが、銀行口座や健康保険はマイナンバーと紐づけることにより名義人本人と強く結びつけることができますので、不正な支給あるいは不正な受取が行われることはないでしょう。

■バスカフェ事業について。

善意により寄付された物品を10代女性に配布しておられるようですが、10代であるという確認はどうやってとっているのかという疑問もあるようです。性善説にもとづいているのでしょうか。

個人に強く結びつき身分証明書としても使用可能なマイナンバーカードを、物品の受け渡し時に提示してもらうという提案をわたしはしたいと思います。生活に困窮し身分証明書の代表ともいえる自動車運転免許証など所持しているとは考えられない10代の女性にとって、自らの身分を証明する手段としてこれ以上ないものと考えます。家庭に困難をかかえ家出同然に街を放浪する10代の女性にとって自立への道の第一歩につながるものと信じます。

またこれはColaboのバスカフェ事業にとっても良い点があります。上記記事のように「本当に10代女性に渡したのか?」との疑問に「マイナンバーカードによる年齢確認を行なっている」と明確に回答することができます

2023年5月11日を目処にスマホにもマイナンバーカードの機能が(一部)搭載されることが決まりました。

15歳未満の場合でも特別な理由がある場合には市区町村長が認める任意代理人によりマイナンバーカードの申請が可能ですので、バスカフェで10代女性から相談を受けて自立支援に向かう方向で話が進んだ場合以外でも、マイナンバーカードの取得を勧めていただけると良いのではないかと愚考いたします。


【まとめ】国から多額の支援を受けている事業を遂行する団体として、マイナンバーカード普及の一助となるキャンペーンをすることは団体としてのイメージアップにつながる。