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三宅島~生々しく残る噴火の爪痕

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000003370

自然の凄さを学び、暮らす人々を応援するために
木舟 周作
2006-12-04 07:05

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三宅島地図。ピンクの部分が高濃度地区
撮影者:三宅島観光協会

 2000年に噴火を起こして住民が一斉に避難した三宅島を11月に訪ねた。

 05年2月には住民の帰島が始まり、続いて同年5月からは観光客の受け入れも行われている。釣りやダイビング、イルカやクジラの観覧など魅力的な観光資源はあるのだが、いかんせん噴火が完全に収まったわけではなく、まだまだ復興は道半ばといった状況だ。

 最大の理由として考えられるのが、未だに噴出が続いている有毒性火山ガスの存在だ。風向きの関係で二酸化硫黄濃度が高くなりやすい島内の2つの地区は、依然高濃度地区として滞留が禁止されている(交通手段が三宅島一周道路しかないため車での通過はできる)。当然そこに住んでいた元住民は、帰島しても自宅に住むことはできず、仮住まいを続けるほかない。噴火以前4000人近くいた人口は、今年10月1日時点で2910人までしか回復していないという。

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高濃度地区内の無人の集落
撮影者:木舟周作

 また、高濃度地区内に位置する三宅島空港は閉鎖されたままであり、東京から島へ渡る手段は1日1便の船(竹芝から往路22:30発5:00着、復路14:20発20:30着)のみである。さらに高濃度地区以外の地域でも日によってガス濃度が高いことがあり、訪れる観光客にもガスマスクの携帯が義務づけられている(実際に着用している人は少ないが、ガスへの耐性は個人差あるので注意が必要)。このことも観光客が伸びない原因になっているのだろう。

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黒々とした溶岩と白く枯れた木々
撮影者:木舟周作

 実際に島を巡ってみると、随所に噴火の爪痕を実感できる。空き家のまま放置された民家や黒々とした溶岩流の塊、そして真っ白く立ち枯れした木々が、被害の甚大さを伝えている。

 一方で自然の生命力と、そこで生きる人々の強さを感じることもできる。私は昨年から何度か島を訪れているが、感動するのは白い枯れ木に混じって新しい緑が増えていることだ。こういう言い方に語弊がなければよいが、天災というのはどうしても防げない部分があり、自然のすごさと人間のちっぽけさを感じてしまうのだ。

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御笏神社と柏槙の大樹と江戸時代の役場跡
撮影者:木舟周作

 そこで古来より人々がどうしてきたのかといえば、第1にはただ手を合わせ祈ることである。三宅島には小さな島とは思えないほど神社が多い(人口比で日本一とも言われている)。豊漁を願い、豊作に感謝し、時として山や海の怒りを鎮めようと祈った人々の謙虚さがそこにある。高濃度地区のほど近く、泥流にずっぽり呑み込まれた椎取神社の鳥居が残り、その隣には真新しい社が建てられていた。これからも島と共に生きようとする島民の決意の表れだろうか。

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泥流に埋もれた椎取神社の鳥居と建物
撮影者:木舟周作

 自然の偉大さを学びに、そこで暮らす人々の応援の気持ちを込めて、ぜひ一度三宅島を訪れてみてはいかがだろうか。

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三宅島の遠景と立ち上る噴煙
撮影者:木舟周作

オーマイニュース(日本版)より

※引用文中【画像省略】は筆者が附記
この記者さんの原稿はこちら


この記事についたコメントは2件。

2 ふねしゅー 12/04 21:53
>ブ−ゲンビリア様
コメントありがとうございます。
釣りに関しては、人のいない間に魚が増えたようで、噴火以前に比べて大物が釣れやすく、釣り人の人気を集めているようです(私は釣りをしないので詳しくありませんが)。
温泉は、まだ営業を再開していないはずです。
山にのぼることもできませんし、昔を知っている方から見れば、全然違う印象を持つかもしれませんね。
ぜひ、お時間のあるときに行っていただければ、なにより島の人々が喜ぶのではないでしょうか。

1 ブーゲンビリア 12/04 09:36
三宅島のことは気になっていました。
ありがとうございました。
ずいぶん前に2回、行ったことがあり、たしか90年の4月、この神社に行きました。
山の上には牧場もあり、アカコッコという赤い鳥がいました。
料理はトビウオの刺身が絶品で、民宿の釣り客には黒鯛が釣れていました。
それは見事な黒鯛でした。くさやは勘弁して・・・でしたがおみやげには最適でした。
帰りの船では、おみやげにと島の人が摘んでくれたフリージャの花が、辺り一面ににおっていました。
ああ、行きたくなってきました。阿古地区のみなさんお元気ですか。海岸沿いに、鉄分の多い温泉がありましたね。そうだ、貝料理もおいしかったです。タラの芽を摘んできてくれた人、木イチゴの白い花、来年4月の三宅島は、どんな島になっているのだろうか、ここで書くべきかも知れませんね。元気出さなくちゃ・・・


大島・三原山の噴火がすぐ後に起こったこともあって、三宅島は1983年の噴火の時の印象が強いです。直接ではないにせよ、こう度々噴火を目にする機会が多いとあらためて日本は火山国だと思い知らされます。