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天満敦子とストラディヴァリウス

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=0000000002906

名器の響きに文化を支える多くの人を思う
T田隈 N美
2006-11-09 08:03

 天満敦子が弾くストラディヴァリウスを聴いた。文化の日、広島県呉市、文化ホール。世界を巡るヴァイオリン奏者が、愛器ストラディヴァリウスを携えやって来る。地方ではなかなか得られない貴重な機会だ。

 ストラディヴァリウスから音が流れ出た瞬間、聴衆の息が止まったように感じた。入場前に配られたチラシのカサカサする音がピタリと止まったのだ。初めて聴くストラディヴァリウスの音色は、それ自身感情を持っているかのようだった。あまりに切なげな響きに胸が熱くなった。ヴァイオリンの声を聴いているようだった。聴き手の心が呼び起こされて切なさや哀愁を感じているのだろうが、音はそんな理屈を無視して直接訴えかけてくる。

 東京ニューフィルハーモニック管弦楽団との協奏の中でも、ストラディヴァリウスの音ははっきりと聞き取ることができた。消え入りそうに細い繊細な音でも明確に耳に届く。私は音楽に関して素人だが、それでも波長の違いを感じとれる、澄んだ美しい音色だった。

 ストラディヴァリウス――ヴァイオリンの生産地、イタリアのクレモナの地で、アントニオ・ストラディヴァリ(1644―1737年)によって作られたヴァイオリンだ。彼が生涯で生産した1200挺のヴァイオリンのうち、現存するのは600挺。その音質は300年を経た今も進化し続けているという。「音色の違い」は科学的に証明されているが、その根拠や製作方法は未だ解明されていないらしい。ストラディヴァリには、21世紀に伝説化するほどの楽器を作っているという自負が当時あったのだろうか。それとも、ひたすらに良いものを作った結果として、今があるのだろうか。

 さて、このストラディヴァリウスを奏でる天満敦子。演奏を始めると、さながら鬼かえん魔のような迫力である。ある時は胸を張り威風堂々、ある時は眉をハの字にしてせつなく、ある時は体全部をゆすっておおらかに。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、小林亜星の楽曲など、曲目が変わるたび、ストラディヴァリウスの音色と一緒に表情が変化する。彼女がストラディヴァリウスを「20年来の夫」と表現したとおり、次第にどこからがストラディヴァリウスでどこまでが天満敦子かわからないくらい一体になった。

 鬼かえん魔かとは書いたが、マイクを握って語る天満敦子はなんともチャーミングな女性であった。曲のいわれや小林亜星との縁について、柔らかい口調と飾り気ない姿で、わかりやすく説明してくれた。

 この演奏会の冠にも掲げられた「望郷のバラード」は天満敦子の代名詞といわれる曲だ。ルーマニアの作曲家ポルムベスクが、祖国の独立運動の際に投獄され、獄中で故郷を偲んで書いた作品で、天満敦子が日本での初演を果たした。ルーマニアではポピュラーになりすぎて、地元の演奏家にはもう演奏されなくなったらしいが、彼女はルーマニアに行くたびに必ずこの曲を演奏する。すると大変喜ばれるのだそうだ。ルーマニアでの演奏会を終えて帰国したばかりの彼女は、今EU加盟に揺れるルーマニアを、背伸びしているようだ、と語っていた。

 私の住むような地方の町では、都市部と比べるとこのような演奏会は格段に少ない。しかし、普段日常を堅実に過ごしているのであろう聴衆が、文化の日にひとつの空間で、同じ音楽を聴き、時間を共有した。普段音楽に親しんでいる人もそうでない人も、それぞれ感じ方は様々であるにせよ、何かを持ち帰ることができただろう。

 演奏会を終え、ロビーでサインに応じていた天満敦子の鎖骨のやや下、ヴァイオリンが当たるところには、真っ赤なあざができていた。素晴らしい楽器を作る人がいて、日々音楽を鍛錬する人がいて、音を奏でる人がいて、それらを受け止める聴き手がいる。文化というのは皆で高めていくものだと、改めて感じた。

オーマイニュース(日本版)より

この記事についたコメントは3件。

3 ヤマト 11/10 13:48
以下のサイトで「望郷のバラード」の出だし部分を試聴することができます。美しい曲です。
カザルスが世に知らしめた「鳥の歌」にも共通するような、控えめながら味わいのある佳作かと。
海外の演奏家がアンコールで「さくらさくら」等を弾いて日本の聴衆が喜ぶのと同じなんでしょうな。

http://www.7andy.jp/cd/detail?accd=C1028231

2 akisaya 11/09 17:32
楽しく読みました。天満敦子とストラディヴァリウスの写真や演奏している写真が見たくなりました。次の機会があったら写真もぜひ。

1 ヤマト 11/09 11:55
天満敦子といえば少女時代のイメージしかありませんが、もうすっかりオバサンですか。いや
こちらもオヤジですけど。田舎にいるとCDばかりの耳年増になり勝ちですが、たまのコンサートで
日頃の餓えを癒すのもオツなもの。都会は良いコンサートで溢れていても、財布の方が大変です。


これですね。

「海陽彩都」No.34秋号(平成18年(2006年)9月1日発行)12ページより引用

バイオリン、小林亜星と聞いて「耳をすませば」とか「∀ガンダム」が真っ先に思い浮かぶのが情けないですが、アニオタなので仕方ない。プロの演奏家のコンサートなんて何年行ってないだろうねぇ。一番最後かどうなのかさえ忘れましたが、ベンチャーズの来日公演を観に行ったのが記憶に残るくらいです。

全然世代ではないのですが、グッとくる音楽に世代は関係ないと思うのですよ。カッコイイよねぇ。