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気を使う父親

※これは2016年1月に書いて発表したコラムです。今回、誤字修正や読みやすく書き直しています。

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 飲み会でのこと。知人男性Aさんの電話が鳴った。相手はAさんの中学生の娘だった。普通の感じで話している様子を見て、小さい女の子がいる男性が尋ねた。
「中学生の女の子ってお父さんを嫌がるんじゃないの?」
 Aさんは「すごく気を使ってる」と答えた。
 Aさんは続ける。
「周りの中学生の娘を持ってる父親たちを見ると、結構なことをしてるんだよね・・・。あんなことしたら、そりゃ嫌われるよなあって思うから、そういうことはしないように気を付けてる」

 「結構なこと」と言う時に、Aさんはジェスチャーで“ふざけながら隣の人に触ろうとする仕草”をした。

私はそれを聞いて、嬉しいとか感動みたいなものと、怒りと悲しみみたいなものが同時に湧いてきて、目の後ろが一瞬で熱くなった。

 世の中では「女の子は年頃になると父親を毛嫌いする」って言われてる。
 だけど娘を一人の人間として扱い、「相手が嫌がることはしない、嫌がっていないか気にかける」という当たり前のことを守っていれば、別に娘だって年頃だろうが普通に父親と喋ったりするだろう。それを、世の中ではさも女の子のほうを「年頃になると父親を嫌う生き物」であるかのように語る。

 テレビの情報番組で「女子は、年頃になると繁殖相手として一番認識してはいけない相手(血縁者の男性)を本能的に毛嫌いするようになる」とかもっともらしく言ってるのを聞いたこともある。父親を嫌うのは思春期の女性の「本能」であるという説まである。

 でも、先に父親のほうが、風呂上りに性器を丸出しにしてリビングに出てきたり、ほじり出した耳垢を見えるようにティッシュに並べたり、娘の体や顔の品評をしたり、ふざけて触ったり、他にもいろいろあると思うけど、そういうことをしてる可能性も高いんじゃないだろうか。

 なのに思春期の娘と父親の関係を語る時、父を避ける娘の様子ばかりが言及される。父は何もしてないのに、娘が嫌う、という図式が強調される。
 この話題ではその図式が前提となっているので、娘がどれだけ本気で嫌がっていても「年頃の娘ってそういうものだよね」と笑い飛ばされ、父親側の迷惑行為は「悪気はない」とか「父親なりの愛情表現なんだから」とか「良いもの」として処理される。むしろ「働いてくれてるお父さんに冷たくしたら可哀相よ」とまで言われたりもする。

 そして娘に露骨に煙たがられてシュンとしてる父親に罪悪感を感じることまでもが、娘の仕事になっている。
 最終的には、結婚式で「お父さん、あの頃は一緒に洗濯しないでとか言ってごめんね」とか手紙を読んだりする人もいる。

 強い者はいつでも自分の行いを省みることなく、弱い者の反応の悪さに問題を転嫁して、それを一般化して自分の苦しみを回避し、目をそらして自分の気持ちいい風景だけを求める。

 父親から娘に対するセクハラ的言動が、一般的には「当たり前の家庭の光景」になっているから、Aさんはあえて「気を使ってる」っていう言い方をしたんだと思う。

 だけど本来、気を使うほうが当たり前のことである。いくら親子でも家族でも、他人の人間同士だから。
 そのことを知っていて実行してきた男性が、娘と普通に会話している。その事実が、“私たちの理不尽”を間接的に晴らしてくれているようで、Aさんの話が聞けてよかった、と思った。

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