開会式を観て(追記あり)

 開会式を4時間、けっこうちゃんと生で見た。私はいつも結局踊らされるほうだから、今回の五輪開会式も「なんだかんだで感動☆」と思うだろうと思ってた。それは私が〝感動しい〟な性質だからだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ、っていうのが分かった2021。

 なんとか肯定的に見ようと思った。どの方向からしてもとんでもない事態になっていながら作っている裏方の人たちに対して、ケチを付けたくないという気持ちがあった。すごいなあ、よくがんばったなあ、って思って感動したのも嘘じゃない。真矢みきとか火消しのおじさんたちが出てきたあたりは特に、いいじゃんいいじゃんって気持ちが上がったし、森山未來は大好きだからうれしかった。スタッフのユニフォームが面白かったし、各国のユニフォームの着こなしは毎度のオリンピックの開会式同様とても楽しめた。
 けど、でも、緊急事態宣言の影響で自分の娘達の学校のプール授業や息子の保育園でのお遊戯の保護者鑑賞が中止になったのにこんな祭典をやり始めてる、っていうことの疑念を一瞬でも忘れるほどの感激はなかった。

 まったく知らない外国人がドアップで交互に映り、リモートで「イマジン」を歌う映像が始まった時に、心が折れた。ああ、ダメだ…って。
 こういう映像は、どこの国の開会式でもあった?のかもしれないけど、オリンピックの開会式とか委員会に関わるとろくなことがない、って感じで著名人・歌の権利を持つ人たちが一斉に手を引いてしまった感じがめちゃくちゃ形になってる…って哀しくなった。聖火ランナーすら芸能人・有名人の人気者にどんどん辞退されて、誰も出てくれなくなったから、まったく知らない海外の人が外国語の歌を歌ってるんじゃないのか? としか思えなかった。

 三谷幸喜映画とかシン・ゴジラとか紅白歌合戦とか見慣れすぎてるからなのか、「ここ一番の超豪華演出=とにかく人気有名人・芸能人が次々と出てくる!!きゃー!!」っていうのが私にとっては『最も分かりやすいエンターテイメント=つまり見る人が多ければ多いほど執行される技』になってる。
 だけど開会式は有名人の登場があまりにも少なかった(コロナ禍のソーシャルディスタンスなバラエティー番組よりも圧倒的に少ない)。
 
 この一年半の、国民・生活者の心に徹底的に寄り添わない政治に対しての世論がしっかりきっちり反映されている開会式だと感じた。アート業界と最新技術業界はなんとか力になってくれたけど、「エンタメとスポーツの別離」がそこかしこに溢れてた。

 そもそも招致の時点で「は?」だった。何言ってんの、嘘でしょ、だった。2013年、私は子どもが1歳で、やっと保育園に入れた頃だった。こんなにも保育園が足りなくて「働いて税金を払う」という行為すらさせてもらえない、それをするためにいろいろ役所に通って申請しなければいけない、という社会としては根本がグッチャグチャな状態で、オリンピック(もともとある建物をぶっ壊し、住んでる人たちを追い出し、店を立ち退きさせ、新しいバカ高額な建物を建てる等等等)って何を言ってるんだ??? って意味が分からなかった。アンダーコントロールとか財布が戻ってくるとかおもてなしとか、生活者をバカにしてるとしか思えなかった。
「スポーツ選手のがんばり」とか「どうせ始まったら見ちゃう、盛り上がっちゃう」を人質にとられて。
 東京なんか選ばないでくれ、と思ってた。

 最初から国民置いてきぼり感はずっとあったというかどんどん濃くなりコロナ禍になり、こんなに開催を反対されるオリンピックってあっただろうか。特に開会式にまつわることは、クリエイティブが本業じゃない人たちが命が関わる状況で国民の心に寄り添わない態度を徹底的にとり続けたまま、国のどでかい行事をなんとかクリエイティブしようとするとこうなる、みたいな事態になってて、実際の開会式もそれがそのまんま出てて、お見事、というくらいだった。五輪中止せよ、の声は無視され開催されたが、その世論は開会式にしっかり反映されていたと思う。
 逆に言えば、ここでものすごい強烈に心をつかむ開会式をできてしまう国っていうのは国民が支配されてる証な気もするから、これが正解なような気もする。
 だけど別に、こういう開会式が見たくて反対していたんじゃないわけで。作っている人たち、選手たちをくさしたくない、という気持ちを手玉にとられる2週間が始まった。

 エンタメ要素が抜き取られた開会式、スポーツが全面に出ていてシンプルだった。「そもそもこのくらいでいいんだ(今までの開会式が過剰だったんだ)」という意見も出ている。
 でも私は、オリンピックっていうのはやっぱり、コロナ禍じゃなくても、そこに住んでる誰かの生活を権力で変化させる面があるから、開催する側はその罪悪感でもって開会式を見た者を「アッパラパーーーー!!!!」と一時的にでも覚醒させて目くらましするような、それくらいのパワーを発揮してやっとバランスがとれるのではないかと思う。ていうか、今までのオリンピック(凶暴な面を隠さず権力を行使することでやっと開催できる謎の祭り)はそれで継続して来られたんじゃないだろか。

 オリンピック関連、クリエイティブが本業のテレビ局の中だけは安全って感じだなと思ってた。オリンピックそのものに著名人が関わると、何か自分にも泥や火の粉がつくが、テレビの中の番組でオリンピックを報道する芸能人は無事、ていうかオリンピックっていうここまで来てもやはりステータスのあるものに関わる、というのはトップ芸能人でないと許されない。
 なので、テレビ局のオリンピック特番の司会というのが一番、オリンピックの恩恵というか「オリンピックにおける社会的価値観としての『良い』ポジション(ヒエラルキーのトップであり安全な地点)」だなーって思ってた。

 くりぃむしちゅーのラジオで、上田晋也が司会をやるって言ってて、だから上田晋也が東京五輪で一番の勝ち組だな、事実上の金メダリストだろって思ってた(完全な主観)。
 そしたら今日。オリンピックが始まったこのタイミングで上田晋也がコロナに感染、陽性のニュース。「東京オリンピックは呪われている」って言うのあんましなんの解決にもならないつまらないフレーズだから使いたくなかったけど、単純に呪われてはいるんだと思う。

※以下、追記※ (人物名は敬称略)
 一夜明けて今日は7/26。開会式はすっかり過去の話になった雰囲気だけど、私はまだあの空虚な衝撃がおさまっていない。海老蔵のパートについて改めてモワモワしている。海老蔵が出てくる前の、劇団ひとり登場のところは「やっと有名人きた!!」って上がった。そしてそのあとの東京の夜景を巡る映像ね、あれでしょ、あの映像がないとね。東京2020ですから。むしろあれは一番最初に流すもんではないのか? 東京の夜の開会式始まるよ!っていう感じで国立競技場に到着するみたいなさ。ありがちでもさ。

 ここからちょっと関係ない話なんですが、2016年に、池袋のプラネタリム「満天」でサカナクションの楽曲を使って「東京」をテーマにした回があった。池袋のプラネタリウムは雲のシートとか芝生のシートっていう特別席があって、ちょっと値段高いし数も少ないんだけど、寝転んでプラネタリウムを見られて本当に最高です。しかもいろんなアーティストの楽曲を使う催しがある。サカナクションを爆音で聞きながら星空見てえわ~! と思って当時4歳の娘を連れて行った。
 予約した雲シートに寝転んで見上げたスクリーン全面に、銀座とか新宿の大通りを走る車からの夜景が流れる。
 私は子どもの頃、何かの記念日とかは銀座に親戚たちとご飯を食べに出かけた。しょっちゅう行くわけじゃないから、キラキラした夜の銀座は特別感があった。
 当時の銀座は歩道でカラーひよことかミニうさぎが箱にいっぱい入れられて売られていた。他にも壁にぺったんってくっつけて落ちてくるおもちゃとか、水に入れるとふくらんででっかくなるおもちゃを実演しながら売ってる行商の人たちがいた(昭和だね)。カラーひよことかうさぎが欲しかったけど絶対買ってもらえなかったし、大人達が歩いていってしまって1人でおもちゃをじーっと見ていると、行商のおじさんから「子ども一人ならあっちいきな(どうせ買わないから、という意味)」みたいなことを言われて追い払われたりするのが普通だった。

 私にとっては銀座はその思い出しかない。大人になってからはほとんど行ったことがないし。だからサカナクションのサウンドに合わせて夜の銀座の街並みを走ったら、子どもの頃の感覚がぶわーっっと蘇ってきて鳥肌が立った。小学生に戻ったような感じなのに、横には自分がこないだ生んだ4歳の女の子がいる。「なにこれ…」ってなって喜びのような恐怖のようなわけのわからない気持ちになり、ボロボロ涙があふれてきた。
 東京って、たくさんの人が住んでる。私みたいに子どもの時から東京以外で暮らしたことがない人も、学生の時に東京に出てきた人、大人になって東京を去った人、たくさんの人が交差する都市だ。だから、日本で一番、思い出を感じやすい場所だと思う。

 だから劇団ひとりのパート(荒川静香も美しかった~!)でやっと、東京の夜景をドローンで走る、みたいな映像が出てきて、これだよーって思った。だけどびっくりすることに競技会場とスカイツリーと浅草、くらいですぐに歌舞伎座に行ってしまい、映像はすぐに終わってしまった。
 そのあと海老蔵が出てくるまでは焦らしていたけど、海老蔵のパートも「これだけ?!」で終わってしまった。

 もっともっと、「東京」であることに浸りたかった。せめてさあ。五輪中止せよって声を無視して海外の人たちもリスク負いながら入国してて、住んでるこっちもどでかいリスク背負うんだからさあ、という気持ち。
 東京は、いろんな人の思いがイヤでも交差する街。それを表現するだけで誰でも勝手に自分の東京を思い出すのに。銀座を車で走って撮った夜景をかっこよく流されただけでこっちは泣いちゃうのに。そういう感傷的な時間すら、東京2020開会式にはなかった。むしろ「劇団ひとりのパートは不要」というネットの声が大きいくらいだ。本来あの映像が一番の見せ所だと思うんだけど…(個人的意見)。

 海老蔵がピラミッドみたいな塔の横にいたから、塔に登ったりするのかな、そんでてっぺんから飛んだりするのかなって思ってた。あとでこれは聖火台だと分かって登れるのは大坂なおみだけだと分かったけど。
 海老蔵は着替えをしながら数メートルの距離を動いただけで、目を見開いて終わった。終わった。びっくりした。終わり?!
 カルチャーセンターの歌舞伎入門講座の一日目の「今日はこれをやってみましょう」くらい短かった。ワイドショーの歌舞伎ニュースくらい短かった。海老蔵の後ろに大量の歌舞伎の格好した人たちが出てくるでもなし、perfumeみたいにどでかいスクリーンに巨大海老蔵が映ってそれと戦うでもなし、なんの仕掛けもなし。上原ひろみのピアノももっとすごい演出で聴きたかった。私は正直、海老蔵が可哀相、くらいに思った。剥き出しの海老蔵そのまんますぎて。海老蔵単品すぎて。そりゃ素晴らしいよ、衣装もなんか見たことないどでかい座布団みたいなのでかっこ良かったよ。でも、でも、あんまりにもなんにもなさすぎだと思った。
 紅白の、ど派手演出の中の、美輪明宏が真っ黒な背景で一人で歌うのとかさ、ビートたけしも紅白でそういう風に歌ってた。中森明菜はNHKホールに来ないでニューヨークのスタジオから中継で歌ってた。中島みゆきも別のスタジオで一人で「麦の歌」を歌ってた(マジで最高だった)。

 それは、他のジャニーズとか郷ひろみとかがギャンギャン踊ったり、私服みたいな格好で歌うaikoがいたり、豪華セットありでゴリゴリのキメキメの椎名林檎がいたりのバリエーションの中の一つだし、大御所だったり滅多にテレビに出ない人の特別枠だから成立するわけであって。
 開会式は他のパートも豪華とは言えなくて、むしろ海老蔵の衣装が一番豪華だった。

 私は昨日の記述では、「この一年半の、国民・生活者の心に徹底的に寄り添わない政治に対しての世論がしっかりきっちり反映されている開会式だと感じた」と書いたけど、そういうんじゃない気がしてきた。「国民・生活者の心に徹底的に寄り添わない政治」そのものが丸ごと現れてただけなんじゃないだろうか。開催国の人たちのおもてなしもできなかった、ただそれだけかも。
 海外の人たちがどう思うかとか、あんまりそれはどうでもよくって(気にしてないと思うし)、でもやっぱ「こんなにすごいものが見られるんだな~」って見せつける場所だと思うんですよね、開会式。
 リオ閉会式の安倍マリオのやつはやっぱすっごい!って思ったし、鳥肌立った。映像に入る前の、セグウェイみたいなのに載ったクリオネの精霊みたいなのもよかった。映像の最初に女子高生が出てくるとか個人的に好きじゃない部分もあった(なんでいつも群衆を表現する時に真っ先に制服姿の女子高生をメインにするんだ?そして私はこの件にどうしてこんなに嫌悪感を感じるのか、は今後自分で解析していきたい問題だ)けど、小池百合子のバカ高い着物が雨でびしょびしょになってたことも含め、すごく良かったと思う。↓その動画ここで見られる。 https://sports.nhk.or.jp/olympic/video/5c8c520075ec4990bee343448cf34e77/

 いやー、すごい。この動画…。これでもかと見せてくる… 
 招致に「は?」と思ってた私でもこれを見せられたら「私たちの東京でオリンピックをやるんだ!」って涙がこみ上げてくる。私の東京、私たちの東京、誰かの東京、がめっちゃ伝わってくる。私たちの住んでる都市でスポーツの祭典が行なわれるんだ! って。自分の住んでる都市を、住んでる国の首都を、かっこよく撮って表現してくれるだけで、ものすごく嬉しいものだ。それだけで誇らしくなる。今はとんでもない状況だけど、なんとかやっていけるって一瞬でも思える。
 これを仕上げたチームがごっそりひっそりその役を降ろされた、ってどういうことなんだろう。これを上回るものが観れたなら分かるが。それであの海老蔵単品開会式ってマジで意味が分からない。異常なことだと思うんだけど… 

 私は批判したいわけじゃない。オリンピックを楽しんでる人たちをくさしたいわけじゃない。私だって観戦したい。
 だけど、この開会式を見た時の驚愕するほどの悲しみを、ちゃんとかみ砕きたい。どうしてこういうことになったのか、っていうのは答えが分からなくても、心に留めていたい。っていうか、忘れらんねえわ!


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