ジェンダーニュートラルとしての天樹悠

久能千明著『青の軌跡』シリーズをご存知ですか?

ワープ航法の技術が確立し、惑星連邦が組織された時代。コールドスリープ処置された科学者163名と調査器材を乗せ、未踏査空域の地球型惑星Z-23に向かう惑星探査船『ジュール=ヴェルヌ』は、コンピュータによって心身共に最高の相性だと判断されたバディ(武官と文官からなる2人1組のクルー)達によって航行されている。サンドラ&ロードペアと航行の中間を担うことになった、傭兵上がりの武官・三四郎と月生まれの文官・カイは、両極端な気性等による衝突や航宙船内外で生じる様々なトラブルを克服しながら、少しずつ距離を縮めて行くが...。    Wikipedia『青の軌跡』あらすじ より

『青の軌跡』基本設定はこれです。長編なので全作は無理でも二作目『カタルシス・スペル』は面白いので頑張って読んでください。

『青の軌跡』においてカイと三四郎は生まれも育ちも対照的な初対面のプロフェッショナルです。
自由奔放で個人主義の武官•三四郎と、性の対象を限定しない文化圏で生まれ育った自分を嫌悪して規律で自身を雁字搦めに縛り付けている文官カイが物語の主人公です。

武官サンドラと文官ロードのバディもカイ&三四郎と同じ宇宙船のクルーです。基本的にヘテロである三四郎の好みはサンドラで、サンドラの好みも三四郎。サンドラとロードの間には信頼関係に基づく肉体関係あり。
以上が普通に両立する世界です。

ここで突然ドラマの話になります。
2015年6月放映開始連続TVドラマ『刑事7人』で髙嶋政宏演じる沙村康介のバディは基本的に倉科カナ演じる水田環で固定されていますが、東山紀之演じる主人公天樹悠のバディはシーズンごとにハイペースで交代していきます。
そして第一シーズンから妻子と別居中だった沙村が離婚した=手から指輪が消えた約一年後、それまで頑ななまでに仕事仲間との呑み会に顔を出さないことが本編で強調されてた天樹が、沙村と二人きりで呑むシーンが登場し私を含む全国推定15万人ほどのヒガシFanが動揺しました。

が、冷静になった時50絡みの成人男性の店呑みにこんな騒つくのは「天樹悠はドラマ公式においてジェンダーニュートラルである」という前提を共有してるせいなんです。
あくまで概念と解釈の話ですが、少しお付き合いください。

お仕事もので主人公サイドの登場人物がセクシズムを顕にしたら(主にフェミニズムに親和性のある女性の)視聴者が離れます。その辺『刑事7人』はすごくクリーンで安心して観れます。
レギュラーメンバーは全員ブルーからブラックの間のスーツで揃えており性差はありません。セックスアピールも基本的にないです。

しかし上官にあたる沙村も同僚の水田も、天樹の年齢やルックスや髪型にだけはなぜだか言及します。水田は帰国子女なので大雑把でデリカシーに欠ける沙村と違い、天樹と2人きりのときだけに限定してます。が、多分そのせいで普段はどんな失礼な態度の同僚にもフラットな態度を崩さない天樹が、水田の前では普通の青年っぽい表情をみせています。

付け加えると沙村は確かに天樹の上官ですが、天樹が沙村を叱る場面が存在するのでパワーバランスが対等です。つまり普段の沙村の振る舞いを天樹は許容しているんです。

そしてレギュラーメンバーで身長178cmの天樹より体格が上回るのは185cmの沙村だけ、という演出が徹底しています。ここで演出というのは、現レギュラーメンバーに180強の役者がいるのに、そちらは天樹演じる東山と同じくらいの背格好という撮られ方をしているからです(海老沢芳樹を演じている田辺誠一は公称182cm)。結果、ほぼ毎シーズン男性に拘束または拉致監禁ときどき手酷い精神肉体的拷問のフルコースを受けても単身で生還している無敵の天樹が、意識が遠のき倒れかけると沙村が支えるという場面が存在します(シーズン3第6話)。

話を天樹のジェンダーに戻します。
天樹悠は本編開始10年前に妻子を亡くしてるので義父である解剖医の堂本俊太郎教授(北王子欽也)が唯一の家族です。
堂本は天樹を甘やかします。
堂本は仕事で天樹たちのチームの依頼を受けることもあるので公私の区別はあるんですが、天樹は事件に没頭すると自分の世話を怠ることがあるので年長である堂本が世話を焼くしかないんです。

ここで沙村より更に年嵩の上司で、天樹を沙村に引き合わせた張本人である吉田鋼太郎演じる片桐正敏が天樹の世話を焼いてもいいはずなんですが、
吉田って『おっさんずラブ』以降、同じ制作チームの作品でひとりの男に愛を捧げる役を、当て馬で終わろうと世界観が替わろうと演じ続けるという任務を担っているので(主に女性の)Fanのためにやりません。

状況証拠が揃いすぎてるのですが、それでもこれは願望が見せる幻想では……? というくらいには私も素面なので、以下の検証をしました。
堂本/沙村/水田と天樹との会話で使用される一人称/二人称/三人称に焦点を当てメモを取りつつ本編を見直したんです。

結果、「天樹は勤務中は状況に応じて男性ジェンダーを演じ分けるが、悠という個人はその限りではない」という裏が取れてしまいました。

『HUNTER×HUNTER』クラピカや『進撃の巨人』ハンジはジェンダーニュートラルなのをファンダムが気付いて騒めいた結果公式が認め、現状好意的に受け入れられているわけですが、少年誌連載のファンタジー漫画の登場人物ならともかく、限りなく現代日本に近い舞台設定の完全オリジナルドラマで50歳を越えた立派な成人男性がジェンダーニュートラルというのはなかなかにレアなのではないでしょうか?

久能千明は商業BL黎明期である1995年1月、SFとはいえ現実離れしたパーフェクトマンを主役に据えるのはまずいという真っ当なバランス感覚でアイドル東山紀之のイメージを文官カイと武官三四郎に分けてバディとしましたが、現代日本を舞台に50歳の天樹悠はカイと三四郎を兼任してます。

で、そんなパーフェクトマン天樹悠がどうしてわざわざS2からウエイトをあげ体を鍛え直して(天樹も劇中では一切披露していない)キックボクシングと柔道の腕前を披露した沙村の腕の中に倒れかけたかって言ったら、やっぱりファンサービス以外解釈のしようがないんですけど、どうでしょう?

刑事7人(2015) -telasa.jp

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?