見出し画像

『死に前に跳べ』 第2回 救う会詐欺をおいつめろ! 2016年12月

悲しい事件がおきてしまった。

日本でも脳死移植はできるが、圧倒的にドナーが少ない。そのため、最後の希望として、海外渡航移植にかける患者さんがいる。かつてのわたしがそうだった。

しかし海外渡航移植には、膨大な費用がかかる。そのため救う会を結成して、ひろく公に募金をお願いする。わたし自身、萩原正人を救う会を結成し、募金活動を行なった。

そしてこの救う会には非難がつきまとっている。
なかには激しい言動もあって、「巣食う会」と揶揄したり、「死ぬ死ぬ詐欺」とバッシングする人たちがいるのだ。

2ちゃんやYahooの掲示板は、幼い子供を助ける募金活動にたいして、どれだけ悪辣に非難できるかのゲームのようだ。
「まだ若いんだから、さっさと次の子供を産めよ」など、目を疑う。
想像して欲しい。
誰でもいい。恋人でも家族でもアイドルでも。なんでもいい。大好きな人がこの世からいなくなったら、誰かでは代替できないのだ。

こんかい起きた悲しい詐欺事件は、そんな彼らにを「それ見たことか」と、ますます調子の乗らせてしまう。
それだけじゃない。
なにより大問題なのは、これまではそうでなかった人までもが、救う会の活動を疑うことになりかねない。

──11月9日の産経ニュースから

拡張型心筋症を患う小学1年の男児が心臓移植をするための募金活動を始めたと男児の伯母(36)が8日に厚生労働記者会で発表したが、内容は虚偽だったことが9日、男児の両親への取材で分かった。

 この男児はR君(6)で、父親のMさん(34)によると、R君は元気で学校にも通っている。

 虚偽の発表をした伯母はMさんの姉に当たる。伯母は、R君について、拡張型心筋症を患い米国で心臓移植をするため、「Rくんを救う会」が結成され、8日から募金活動を始めたと発表。産経新聞や一部のメディアが報道した。
──引用ここまで

そしてその日の産経ニュースには、おわびも記載されている。

──11月9日の産経ニュースのおわび
おわび 8日に掲載した「拡張型心筋症の6歳男児、海外移植へ 募金始まる」の見出しの記事の内容は事実ではありませんでした。確認作業が不十分でした。読者と関係者の皆様にご迷惑をかけたことをおわびします。この記事の見出しと全文を削除しました。
──引用ここまで

11月8日、この「拡張型心筋症の6歳男児、海外移植へ 募金始まる」のニュースが、Facebookのタイムラインに流れてきた。

また幼い子供が心臓移植か、募金が集まればいなとシェアをした。
すると、知人の移植関係者である木内博文さんから、この救う会についてはかなり怪しい感じがするので、静観するほうがいいと連絡がきた。

木内さんは1993年にUCLAで心臓移植をしたレシピエントで、現在も再移植が必要となり、国内で心臓移植登録をしている。

「Rくんを救う会」の記者会見が8日、事件発覚が翌日。この詐欺事件では、いち早く移植関係者が怪しいことを見抜き、なんとか被害者がでるまえに告発できないかと奔走していた。
このRくんを救う会詐欺事件の裏側を木内博文さんに聞いた。

──この救う会が怪しいと思った経緯を教えてください。
「そもそも異様だったが、救う会の記者会見です。萩原さんは記者会見をしましたか?」
──栃木県庁でやりました。栃木県知事への移植医療普及のお願いとあわせて、救う会の募金をお願いする形で。栃木は故郷ですから。
「そのとき同席していたのは、誰ですか?」
──詳細に記憶していませんが、わたしを含め妻と息子。それと救う会の会長が代表として記者会見をしたと思います。
「ふつうそうですよね。ところがこの犯人、記者会見が伯母ひとりだったんです。この時点で新聞社も怪しいと思わなければいけない」
──本人は6歳で入院しているとしても、その当事者である両親がいないんですか? それは異常です。だって多額の募金を世間の人にお願いするのだから。
「母親は、息子につきそっていたい。父親は仕事の関係でこられない。仕事どころじゃないでしょ。怪しいと思った経緯に他にもあります。犯人が記者会見のだいぶ前に、他の移植関係者にアプローチしているんです。子供の救う会を経験したお母さんに。犯人は広尾病院に入院していると言っていた。そこではお母さんは、広尾病院では移植の話しができないだろうからと、セカンドオピニオンをすすめたんです。するとその数日後、アドバイスのおかげで転院ができました。東大病院で、国内の移植者登録ができましたと、犯人がいってきたんです。そんなバカな話しはない」
──話しだけ聞くと、筋が通っているようですが。
「私も心臓移植の国内登録しているからわかるのですが、そんな簡単に移植者登録はできない。心臓病の場合は、まず検査で2ヶ月かかる。そして移植施設の移植適応委員会から、移植が適当であるという審査が必要。その審査が通ったをの受けて、日本循環器学会で会議にかけられ、始めて許可がでる。これが数日で終るはずがない。このことで、このお母さんは怪しいと思って、距離をおいたそうです」
──なるほど。知っている人ならすぐに怪しいと気がつきますね。
「そしてもうひとり、国内で心臓移植待機中の人にも犯人はアプローチしてキーワードを聞き出しています。あるいは他にもアプローチして、下調べをしていたかも知れない。しかし、犯人は大きなミスを犯しています。Rくんは補助人工心臓で自宅待機していると言っていた。たしかに植込み式補助人工心臓はあります。しかしそれは大人用で、小さなお子さんでは植え込むほどのスペースがない。そして小児用補助人工心臓もありますが、それは体外式だから埋め込みは不可能。ポンプが体の外にあって太いパイプで心臓とつながっている。外出は不可能といっていい。記者会見の後、ニュースになって、そんな情報が僕のところに入ってきたんです。それで僕も犯人に連絡をとりました。記者会見のあった深夜です」
──犯人と連絡をとってたんですか! その内容を教えてください。
「私は1993年にUCLAにて心臓移植を受けた木内博文と申します。いまRくんはどのような状況でしょうとメール投げると、返信でこんなことを言ってきました。今は自宅療養して待機しております。UCLAメディカルセンターには友達の医師から紹介され渡航先に決まりましたと。これは、決定的におかしいんです。UCLAはいま、日本人患者を受け入れていない。それで、東大に入院している設定になっていたから、さまざまな関係者にあたって裏取りをお願いしました」
──まるで記者みたいですね。
「これがもし詐欺なら、これからの救う会活動が大変なことになります。それで、翌朝午前11時に記者クラブに連絡したんです。すると、当番の読売新聞の記者が電話にでた。怪しいという声があがっていると伝えると、読売の人も、同様の連絡が届いていおり現在確認中ですと。産經新聞も同様でした。自分のなかでは、9割怪しいと思ったけど、もし本当に患者がいたら取り返しのつかないことになるので、患者がいるいないかだけには確信を持ちたかった。すると仲間から、東大にそんな患者いないという情報が入ってきた。詐欺確定です」

最後に、木内さんから了解をいただいて、犯人に送ったメッセージの全文を紹介したい。やんわりと、あなた怪しいですよと指摘しつつ、現在と未来の移植待機患者の現状を綴っている。また、救う会のありようもわかっていただけると思う。なお犯人からの返信は、一部の概略だけに留めている。

──引用開始

■木内博文
こんにちは、はじめまして。
私は1993年にUCLAにて心臓移植を受けた木内博文と申します。
いまRくんはどのような状況でしょう?
幼児ですので急速に病状悪化があったものと思います。
救う会の今後の活動は何か予定がありますか?
街頭活動などありましたら教えてください。


■犯人
概略
・Rは自宅療養。
・UCLAメディカルセンターが渡航先。
・お身体の調子はどうですか?

■木内博文
移植を施して頂き23年が過ぎましたが、お陰様で安定した日々を遅らせていただいております。
何もかにも全てドナーのお陰であり、僕は常に二人三脚でドナーと生きているつもりで、日々感謝の気持ちを忘れない様にしています。
いま幾つか情報が錯綜しているのですが、実は僕のところにも何名かの移植を受けた方から、Rくんについての問い合わせが来てしまっています。
いま自宅療養との事ですから安定しておられるのだと思いますが、テレビ報道では補助心を植込み待機しているとのものもありました。
移植医療はただでさえ疑惑の目で見られており、正確な情報提供ができない状態で情報発信してしまうと、とんでもない事態になります。
ご家族の心情は痛いほどよく理解いたします。しかしまず東大病院から移植についてどのような説明があったのか、その点について多くの移植関係者が疑問を持っています。
病院からは今後の治療についてどのように言われておられますか?
これは渡航をすべきではないと言うのではなく、アメリカならばRくんの病状でも充分に移植待機者のリストに乗る可能性があると思います。
しかし募金をお願いするとなると、アメリカの基準だけでなく、国内の基準でも移植適応と判断されている必要があります。
そうしなければ酷いバッシングに晒されるからです。
もちろんそれから僕達は守る意思がありますが、まずは正確なRくんの病状を把握出来なければ何も言えない状態です。
是非私共の気持ちもご理解いただき、協力して渡航を実現できないか道を模索していきましょう。

■犯人
概略なし

■木内博文
お気持ちお察しいたします。
しかし率直な意見を言わせて頂くと、いくぶん勇み足であることは否めません。
きっとRくんは移植が必要になることはそうだと思います。なので国内で待っていてもチャンスはなく、海外へと話が進んでいくものと思われます。
一刻も早く渡航するという考えはとても良く理解できます。小児用の補助心などをつければ、様々な合併症のリスクが高くなります。
なので補助心を付けるようになる前に渡航という判断も理解することができます。
僕が一番問題視しているのは、現在病院から病状の進行度がどの程度だと説明を受けているのかが、どこを読んでも全くわからないことです。
たいていの場合、医師からの言葉としてあと余命1年であるとか、現在とても危険であるなどの文言が必要なのですが、今回救う会にはそうした医師からの言葉がなく、はっきり言ってしまうと、患者が存在するのかとうかすら分からないのです。
きっと救う会を作っている皆さん、Rくんを目のあたりにして急がなければと思われているのでしょう。それはどこの患者家族も同じです。
しかしだからこそ客観的に落ち着いて行動の取れる第三者に救う会をおまかせする必要が出てくるのです。
いまのRくんを救う会は何も知らないまわりから見たら、不信感だらけでとても募金をしようとは思えません。
ここは是非一度立ち止まって、周りの声に耳を傾け、トリオや支援協会にもう一度しっかりと協力要請をした方が懸命です。
というか、現状のまま進めることは、許されないと思ってください。
Rくんも大変なのはとても良く理解しています。
しかし周りには同様に、もしくはそれ以上に大変な状態のお子さんが沢山おられ、その方々も募金を始めようと思っている。その前にRくんを救う会が世間に対し移植や募金への信頼を失う行為を行ってしまったら、今後に続く多くのお子さんの命が危険にさらさせるのです。
そのような事態に既になっています。
どうか一度冷静に落ち着いて、救う会運営とはどのようにするものなのか、経験者の方からアドバイスを頂き、それも一度や二度ではなく、ずっと横にいて見てもらいながら、救う会を進めていって下さい。
そうしなければ、Rくんが可哀想です。
どうかこの言葉を単なる批判と受け止めず、アドバイスとして受け取って下さるよう期待しております。

■犯人
上記の木内さんのメール以降、犯人からの返信はこなかった。
──引用ここまで

どうであろう。
わたしが言葉を尽くすより、救う会というものを立ち上がるとき、みなここまで真摯に仲間を心配し、また同時に仲間で監視し合いながら支えあっているのだ。

この事件による移植関係者の心配は、ニュースソースとして信頼をおいている全国紙が救う会詐欺を見抜けなかったことだ。今後○○ちゃんを救う会がニュースになっても、また詐欺じゃないかと、疑義の目を向けられてしまう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?