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「イスラム教徒を皆殺しに」 モスク狙ったテロが突きつける課題

●「3日前に警告」されていたテロ
●テロ後に急増するヘイトクライムの卑劣
●“憎しみの連鎖”をどう断ち切るか

■3日前の警告
 「イスラム教徒を皆殺しにしてやる」。男は、そう繰り返し叫んでいたという。ロンドン北部、フィンズベリー・パークで、日付が変わった深夜0時半ごろ、1台の車が、モスクから出てきた人々を跳ね飛ばした。1人が死亡、10人が負傷した。逮捕されたダレン・オズボーン容疑者(47)。ロンドンから250キロも離れたカーディフに住む白人の男だった。イスラム教徒を狙ったテロと見られている。
 事件のあったフィンズベリー・パークは、イギリスでは、イスラム教とテロを結び付けてイメージされやすい街でもある。現場近くにあるフィンズベリー・パーク・モスクは、かつてイスラム過激派の拠点だった。2001年のアメリカ同時多発テロや2005年のロンドン同時テロの実行犯たちとの関わりも指摘されていた。今は穏健派によって再建されているというが、オズボーン容疑者が、ロンドンのイスラム教徒を狙おうと、この街を思い浮かべたのは、想像に難くない。もし、「テロにはテロを」という発想だったのであれば、最悪の展開と言える。
 「反ムスリム」による被害者を支援する団体、Tell MAMAのスタッフが、現場となったモスクを、事件の3日前に訪れていた。英インデペンデント紙によれば、そのスタッフは、モスクに来ていた人々に、イスラム教徒に対する差別や攻撃があったら報告をすること、また、ラマダン中は、その衣服から、イスラム教徒と認識されやすいので、特に警戒を続けるよう伝えていたという。
 「ここ何週間か、反ムスリムの感情が高くなっていた。何かが起きるのではないか、と思っていた」。支援団体創設者の不安は、的中してしまった。

■ヘイトクライムの急増
 イギリスでは、マンチェスターのコンサート会場、ロンドン橋・バラマーケットと、テロが相次いでいる。イスラム過激派に共鳴した男による犯行だった。
 テロが起きた後、イギリスでの「反ムスリム」の“ヘイトクライム”が急増していた。ロンドン市や警察、英メディアによると、マンチェスターのテロ後、報告数が倍になったという。
 具体的な例として伝えられたのは、●マンチェスターのテロでけがをした人々の治療にあたった外科医が、病院に通勤途中、人種差別的な言葉を浴びせられたうえ、「テロリスト」と呼ばれた。●ある女性は、頭から身に着けていたヴェールを切り裂かれた。●ある男性は、ガラスのボトルで殴られた。●スーパーマーケットで「昨夜、お前たちがやったこと(テロ)、恥を知れ」と言われた。●イスラム教徒が通う学校に爆発させると脅迫があった。
 テロが起きると必ず、こうしたヘイトクライムは急増する。2005年のロンドン同時テロの後、イスラム教徒が多く住むコミュニティーを取材したことがある。当時も、イスラム教徒の女性が攻撃の対象となっていた。スカーフをはぎ取られた、つばを吐かれた、という声を聞いた。「お前の母親を殺してやる」と言われた子どもたちの被害も報告されていた。
 相談内容を綴ったファイルを一部見せてもらったが、卑劣極まりない言葉が並んでいた。ただ、これも氷山の一角とみられる。支援団体、キングスクロス・プロジェクトのナイーン共同代表(当時)は、こう語っていた。
 「人種差別にまつわる事件は通報されないことが多いんです。警察に通報しても信用してもらえない、事件がきちんと取り上げられない、と思っていることが主な原因です」
 それでも、イギリス政府の発表によると、「反ムスリム」のヘイトクライムの件数は、2012年度は343件だったのが、2016年度は、1260件と4倍にもなっている。フランスやベルギーなどで相次いで起きたテロが影響していると見られる。


■“憎しみの連鎖”を断ち切るために
 車で歩行者の列に突っ込む、という手法は、フランスのニースやロンドン橋でのテロと同じだ。あえて同じ手法を使った、ということに、報復という意図が強くうかがえる。
 “イスラムフォビア”。イスラム教に対して、嫌悪や憎悪、恐怖を持つ感情のことだ。米トランプ大統領も選挙中に、反イスラムの言動を繰り返したことも、世界での反イスラム感情を煽ることとなった。そもそも、イスラム教とテロリズムを結び付ける考えは全く誤っている。イスラム教の指導者たちは「テロは間違っている」と繰り返し訴えている。
 こうした「反イスラム」の空気を、日本のイスラム教徒はどう感じているのか。断食月最終日の夕刻、都内最大のモスク・東京ジャーミーを訪ねた。日没の礼拝の始まりを告げる、「アザーン」の呼びかけが響く。礼拝堂には、様々な国籍のムスリムが訪れ、断食月最後の礼拝を行っていた。

 「心配ですね、将来的に・・・」
 日本イスラム文化センターのハールーン事務局長は、日本では、今のところ、反イスラムの空気を感じていないとしながらも懸念を示した。
 「コーランには、1人を殺せば、人間全員を殺すことと同じ、という内容があるんです。誤った解釈をする人もいるのですが」
 広報担当の下山茂氏も、強い危機感を持っている。
 「治安当局からも監視されている。イスラム教=テロ、と見られているんですよ。これは憤りというか、とんでもないことですね」
 日本には、10万人以上のイスラム教徒が暮らすとされる。もしテロが日本でも起きれば、一瞬で、自分たちイスラム教徒が敵視されるだろうと、モスクに集まっていた人々は不安を口にした。下山氏は、学校などに呼ばれて、イスラム教について説明をすると、生徒たちから「見方が180度変わった」と言われるという。
 「そんな宗教ではない、とイスラム教徒自身がアピールしなければ、もっと声をあげなければならない、と思っているんです」
 “市民の分断”も、テロの目的の一つだ。全く関係ないはずのイスラム教徒に対する憎悪が、排斥感情やヘイトクライムへとつながり、さらに過激派を生み出すという悪循環―。私たちの世界は、“憎しみの連鎖”を断ち切る、という重い課題を抱え続けている。              (6月27日)

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