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ドリアーヌさんと裸足の青年

貧困家庭で育ち、靴と靴下を一度も履いたことがないまま大人になった青年は、施設を出た18歳から30歳の今に至るまで、裸足で路上生活を送っている。

二月の寒空の下、今日も裸足に空手着のズボン、ランニングシャツ一枚という恰好で、道行く女性たちに正座した足裏をさらしている。

なぜそんなことをしているかというと、OLや学生、主婦といった女性たちが、ストレス解消や靴底の汚れを落とすために、青年の裸足の足裏を踏みつけたり、靴底を擦りつけたりするためだ。女性たちはそれが済むと彼に小銭や食べ物を恵んでくれる。そうやって青年は十年以上も糊口をしのいできた。

青年はいつも女性が多く乗り降りするバス停の近くのガードレールに額を付け、通行人に足裏が見えるようにアスファルトの上で裸足で正座をしている。小石やガラスの破片が皮膚に食い込んで痛いのに、さらに女性に踏まれ、彼女たちの身体の重みがヒールやスニーカーの靴底の突起に集中して剥き出しの足裏に伝わると、あまりの痛さに青年は悲鳴をあげそうになる。だが、彼は自分は男なのだと言い聞かせ、涙をのんでぐっと耐える。彼の裸足は、アスファルトと靴底の板挟みとなり、皮膚が破れ血が滲んだ。優しい女性は「大丈夫?」「ごめんね」「痛かったでしょう」と言って傷口を消毒してくれたり、絆創膏を貼ってくれる。ただ、ボロ雑巾のようになった裸足を見て侮蔑のこもった嘲笑を浮かべ、手当せず立ち去る女性も多い。

この日は寒さが厳しく、彼に足を止める女性はいない。みんなそれぞれの暖かいお家へと足早に帰っていくのだ。温かい食事に入浴。そして就寝前の愛する人とのひととき。三十路を迎えた青年には、そのどれもない。

〘裸足踏まれ屋 10分 100円 女性限定 日頃のストレスを発散しませんか?貴女の靴底の汚れも落とします〙という段ボールに書いた看板を片付けようと立ち膝をついたとき、シャンプーか香水の香りがふわっとして、「あの、すみません」という若い女性の小さな声がした。

振り向くと眼鏡をかけ、ショートヘアの透き通るような白い肌、そしてコートの上からも巨乳とわかる若い女性が立っていた。

「私、ドリアーヌと言います。良かったら、これ、どうぞ」

そう言って彼女は小さな紙袋を差し出した。甘い匂いがする。食べ物かな。中を開けるとチョコレートやクッキー、ワッフルが入っていた。

「今日、バレンタインデーなんですけど、彼氏と別れちゃって。捨てようかと思ったんですが、食べ物に困っている人がいるなら、差し上げたいなと思いまして」

「あ、ありがとうございます!」

青年はそう言ってすぐさま頬張った。生まれて初めて女性から貰ったバレンタインチョコの味は、ほろ苦かった。しかし、何日も甘い物を口にしていなかったし、朝から何も食べていなかったので、本当にありがたかった。

「ご馳走さまでした。さあ、どうぞ、自分の足裏でその素敵な靴の底の汚れをこそげ取り、気が済むまで踏みつけてください」

「え、そんなことできませんよ。裸足の足裏を踏みつけるなんて、とても‥」

「いいんです。自分にはこれくらいしかできませんから。それに、空手をやってましたし、長年裸足で鍛えているので、大丈夫です」

「そう‥では、少しだけ」

ドリアーヌさんは履いていたパンプス(スニーカー)を恐る恐る青年の裸足の足裏に乗せ、軽く擦ってみた。うわ、ものすごく汚い足裏。どうしたらこんなに汚くなるの。人間の足じゃないみたい。毎日裸足だとこんなふうになるんだ。なんだか虐めてみたくなってきた。面白そう。えいっ。

パンプスのヒール(スニーカーの靴底の鋭い突起)が足裏の霜焼けとアカギレで硬くなり割れた親指の上あたりの肉に突き刺さった。

「うっ!がっ‥つ、ぅぅ‥」

青年はあまりの痛さに思わずうめいて、足指を丸め、身をよじった。

ドリアーヌさんは華奢な身体に似つかわしくない巨乳の重みを脚を伝って一気に靴底に集めた。この薄汚い裸足の男の足裏、私の靴を履いた足でさんざん痛めつけて、もう歩いたりできなくなるくらい、ぶっ壊してあげたい♡ドリアーヌさんは内心そうつぶやきながら、足踏みを始めた。

「痛い!痛いです!もう勘弁してください!」

「え〜、踏んでって言ったのはそっちでしょう?だらしないなあ。裸足、鍛えているんじゃなかったの?いっくよー、そーれ!」

懇願する青年を尻目にドリアーヌさんはジャンプした。巨乳の重みがダイレクトにヒール(靴底の突起)が足裏に伝わった。正座している足の甲と足指にもアスファルトが食い込み、その痛みは骨の髄まで達するほどだ。しかし、青年はこれまでにない興奮の絶頂にあった。これまでもこれからも童貞で過ごすであろうと思っていた青年は、このドリアーヌという女性に指一本触れていないのに、すっかり童貞を奪われてしまったような気がした。何か温かいものが下腹部から足元にじわりじわりと広がるのを感じた。もう一度彼女の顔を脳裏に焼き付けておきたい。

「あ、あの!」

そう言って後ろを振り返った青年だったが、ドリアーヌさんはもういなかった。しかし、これから先、裸足で送る路上生活でどんな辛いことがあろうとも、今日の出来事は一生忘れない、一生の財産とでもいうべき記憶として、凍えそうな人恋しい夜にはいつでも思い出し、温かい夢を見せてくれるだろうと思った。

−終わり−

ドリアーヌ(@DORIANE_DOJIN)さんに捧ぐ

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