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横須賀美術館 「ヒコーキと美術」展をオススメ。

横須賀美術館で、「ヒコーキと美術」という展覧会が開催中です。

もともとは2021年2月6日(土)〜2021年4月11日(日)の会期だったのですが、緊急事態宣言により開始がおくれ、そしてもうまもなく終わってしまうのですが、とても良いと感じた展覧会だったので皆様にもおすすめしておきます。

あと自分の個展「秋水とM-02J」とも期せずして、すごくつながっています。誤解をおそれずにいうと「ヒコーキと美術」展がPart1で、「秋水とM-02J」展がPart2という感じ。合わせてご覧になることを強くおすすめしたいです。

とはいえ「横須賀って遠いでしょ?」と思う人もいるかもですが、実際電車では確かにやや遠いですが、車だと都内から高速使えば1時間と少しで到着できます(車中でのBGMはユーミンを強く推奨します)。そしてまずロケーションが素晴らしい。ここは東京湾を一望できる場所で、美術館からの眺めも最高なのです。

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美術館の前に広い芝生公園があります。空と海が一望できます。対岸は千葉県の房総半島。君津や富津です。

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美術館の展望台からみた風景。現在スエズ運河で大型船が座礁してますが、東京湾を行き交うコンテナ船やタンカーをみてると、その巨大さが実感できます。

ちなみにここに秋水おくとこんな感じ。(後述)

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横須賀美術館は観音崎公園内にあって、そこの公園もとても気持ちが良い場所です。時間を長めにとって、ここを散策することもオススメ。公園からみた美術館全景。

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そして美術館のレストランからの眺めも最高なので、レストランがいつも混んでいたりします。料理も美味しいです。

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(「柏飛行場と秋水」展でお世話になった、柏歴史クラブ上山会長、秋水研究家柴田さん、横須賀在住の秋水史料研 佐久間さんと)

さて、美術館のロケーションや眺望ばかり褒めましたが、実際に展覧会も良かったので、ここからは内容を。

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とはいえ、美術館内は撮影禁止で作品を撮ることはできなかったので、展覧会カタログから、どんな作品があるかをご紹介します。(カタログからそのままスキャンするのははばかられたので手持ちで撮ってます)

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恩地孝四郎 《詩画集 飛行官能》

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恩地孝四郎 左《空旅叙情》離陸 と 右《空旅叙情》飛行

北原白秋とともに朝日新聞社の飛行機に乗った際の体験を詩画集にして写真を加えて刊行したのが《飛行官能》なのですが、冊子とドローイングが最初に展示されてます。
1928年当時では、一般人にとって飛行は相当特別な体験だと思うのですが(今だと、宇宙に行って無重力体験するくらい?)そのときの体験をなんとかとどめておきたい、世の中に知らしめたい、という感情があるように思いました。そしてこれ、パイロットの視点でみたら「超わかるわー」という感じがあります。

その隣の部屋は、戦前のプロパガンダや、当時の書籍、雑誌に関しての展示。海外向けグラフ誌のNIPPON(日本工房。1933年創刊)の現物がありましたが、今見てもものすごくモダンなグラフィックです。

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右下のGirls and Gliderとか写真が超良い、と思ったら土門拳でした。

個人コレクターが集めたプロパガンダポスターもありました。

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貯蓄をしましょう、そして国債を買いましょう、というポスター。長野県阿智村の村長さんが保管していたもので状態も大変良かったです。

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個人的に一番好きだった作品、五味秀夫《黒い海》。

東京美術学校から学徒出陣で海軍航空隊で水上機の訓練を受けているときの体験から描かれた作品。黒いのは海にうつっている雲の影なのだと思うのですが、(僕自身は石川県でちょっと海上を飛んだだけだけど)海の上を飛行しているとき特有の、天地が溶けてその中をたゆたっているような不安だけど陶酔感もある感じがよくわかります。

メインビジュアルになっていた川端龍子《香炉峰》。

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実際に見るとかなり巨大な作品です。眼前の広大な景観と機体そのもの、マシーンの持つかっこよさを同時に表現したいと欲張りに考えた結果「機体を半透明で描けばいい!」という大胆な手法で描いてます。実作をみると、かなり詳細に機体の構造が描いてあり(例えばリブやステップの滑り止めまで詳細に表現してある)これは相当取材したんだろうな、という印象もあります。ドヤ顔のパイロットは作家の自画像という説もあるそう。飛行体験や飛行機自体、相当気に入ったんだろうな、という気はしました。

もう一点、やはりメインビジュアルになっている久保克彦 《図案対象》第三画面。(東京藝術大学蔵)

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今回、多くの作品は国立近代美術館(無期限貸与作品)となっています。これはつまり陸軍や海軍に嘱託された日本画家や洋画家が戦争記録画として描いた作品が、その後戦利品としてアメリカにおくられ、その後、返還運動を経て「無期限貸与(所有はそのままアメリカ)」として日本に返還されたわけですが、この絵はそれらとは違い藝大が保管しているものです。つまりこれ「卒制買い上げ作品」なんです。作者の久保克彦氏は東京美術学校工芸科図案部(現在のデザイン科)を1942年9月に半年繰り上げで卒業し、そのまま陸軍に入隊し1944年に亡くなっています。22歳前後で描かれたこの作品は実際には5編からなる大作で、非常に力の入った作品で(フレームもボルト+アクリルで作ってあり当時としてはかなり凝ったものです)、従軍前に大学生がこれを最後の作品制作として描いていたことを考えると胸が締め付けられます。(大学生と普段良く接しているので…)

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新井勝利《航空母艦上に於ける整備作業》三部作

日本画で描かれた戦闘機を見ると、なんというか花鳥画の延長として飛行機を描いているような印象を受けたりします。特にこの新井勝利作品は飛行機を生き物的に描いている気はしました。3部作で空母における戦闘機の整備、発艦準備、発艦を描いた作品なのですが、実は描かれている機体機種が全部別だったりします。

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そしてこの飛び立っている作品は、一番ワイドで作ってあったりとか。どのように見られるかをかなり工夫してあるな、という印象でした。

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左 中村節也《降下図(某国初期パラシューター)》

某国、というので、これは日本ではないのかな。取材して描いたというものではなく想像で描かれた作品な気がします。空挺戦術が生み出され、そこに自分がいたら、という想像で描かれた作品な気が。スカイダイビングとか当然まだないし、それらに類する映像もほとんどないなかで描かれた作品と考えるとすごいです。

右 向井潤吉《影(蘇州上空)》

この作品も、実際には航空機の影がここまで大きくなることは絶対ないので、そこはかなり誇張して描かれているのだと思います。また画面上方の街並みは非常に細かく、これも広角レンズ効果的な意図を感じます。実作を見ると、影の中の町並みの人々の暮らしも描かれていて(人がいたり洗濯物があったり)、戦意を高揚するためというよりは、航空戦力による脅威を描く、みたいな意図を感じました。あとこれ見た前日に「シン・エヴァンゲリヲン」観ていたので、「超エヴァっぽい画面…」と感じたのも告白しておきます。

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中村研一《北九州上空野辺軍曹機の体当たりB29二機を撃墜す》

これも有名な作品なのですが、1944年、北九州は空襲を受けていて、高空を飛ぶB29になすすべもなくやられていました。そんななか、野辺軍曹が体当たりで2機を撃墜したのは貴重な戦果として新聞記事になり、それを元に描かれた作品です。作品は墜落する2機のB29と川崎二式複座戦闘機が描かれていて、宗教画的崇高さを描こうとしてた作品と感じました。作者の中村氏は福岡出身だそうで、郷土愛とかも本作に影響している気はしました。

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岡本新治郎《銀ヤンマ(東京全図考)》

東京都現代美術館のコレクション展でも本作は観たのですが、この展覧会のなかでみると、印象がずいぶん違ってました。岡本新治郎氏は11歳のときに神田で空襲にあい、翌年1945年3月10日の東京大空襲を疎開先の春日部でみたそうで、そのときの体験がこの作品を作っています。ギンヤンマ=B29は、実機をみるとよくわかります。

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さきの岡本氏含め、このあたりは戦争を経験した画家による作品が展示してありました。上右は特攻隊員として終戦を迎えた、池田龍雄《僕らを傷つけたもの 1945年の記憶》。戦争を記憶しておく、作品化しておこう、という強い意志を感じます。

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左 中村宏《飛行機不時着す》右《B727》

中村宏作品も4点ほど本展に出てます。

展覧会を進んでいくと、それまでの美術展的な展示から、急に博物館的な展示(=模型や実物多め、キャプションにも文字多め)に変わります。

おや?と思うかもしれませんが、最終室は関連企画展「横須賀海軍航空隊と秋水」の展示です。ここでは横須賀にあった海軍航空隊とそこの歴史、および秋水に関する展示です。例えばゴールデンカムイの鯉登音之進の登場時に飛行船のシーンありましたが、あちらは陸軍の話ですが、同時期に海軍も飛行船を使っていて、横須賀での飛行船の絵葉書もあったり。

美術展だけ見に来た人にはちょっと違和感あるかもしれませんが、僕はこれは個人的に好きな展開です。というのは「戦争画の展示」だと全国どこの美術館でやっても似たものになりがちなんですけど、横須賀は現在でも米軍および海自の基地がありますし、また過去において海軍基地であったことはこの地にとってのルーツであると思うのですよね。また実際観客は地元の人が多いこともあるわけですし、地域に根ざした展示はやはり大事だと思う次第です。

以下は特別に許可をいただいて撮影したものです。

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秋水はB29の迎撃のみを目的として開発されたロケット戦闘機だったのですが、そのロケットエンジン、特呂二号原動機(局地戦闘機「秋水」搭載)の燃焼室です。(大和ミュージアム蔵)

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長野県松本市にある、松本商業学校(現在の松商学園)では秋水のロケットエンジンの実験が行われていました。文献には記載はありますが、当時の史料はほとんど焼却処分されて失われていました。これらは最近発見された、特呂二号エンジンの燃料噴射弁や実験施設の写真です。

あと、秋水ARを自分の展覧会用に準備していたのですが、こちらの展示にも、加えていただきました。

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ポスターも貼ってもらったり。

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ARって、目の前に出現するので、サイズ感がわかるのが効果として一番大きいとおもってるんですよね。模型や史料だけでみるのと違ってARで原寸で見ると、このサイズのロケット戦闘機(ドイツにしかそれはなかった)を空襲のさなかで作る、っていうのがどれだけチャレンジングだったか、どれだけ必死にそれをやろうとしたのか、というのに思いをはせたりすることができると思うのですよね。

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ハイエースよりはるかに大きい秋水。

観音崎公園に置いた秋水。

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第二次世界大戦自体が、相当無茶な戦争だったので、今に生きる私達は当時の人たちのことを「思慮が足りなかったんじゃないか」とか、あるいは「自分たちの身の丈を全然わかっていなかったのでは」とかつい思ったりしちゃうじゃないですか。でも、実際には個々人がそれぞれに考えて行動していたし、決して愚かな人々ではなかった、精一杯生きていた、というのは展示を見ると実感します。

同時に、現在コロナやオリンピックで我々がアワアワしている状況をみていると、その後の俯瞰した視点からみて理性的に行動するのがどれだけ難しいか、また国のような大きな集団が合理的に動くのがどれだけ大変か、とか今だからこそ感じられたりもして。

スエズ運河の話にもどると、強風がふいて巨大な船が操舵不能になって運河を塞いで…みたいなほんと偶然みたいなことで世界情勢が変わったりすることもあるわけで。

戦争は本当に悲惨ですし絶対に避けるべきとも思いますが、世界情勢の不安定さを日々感じる昨今、76年前の戦時中に生きた人々のことを考えるのはとても良い体験でしたし、それを実現する良い展示でした。

横須賀美術館の「ヒコーキと美術」展、4月11日までです。

とても良い展覧会だったので「秋水とM-02J」展と合わせてぜひ!というオススメ記事でした。

案外近いですよ!横須賀。


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