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人の形をしたタイムマシン-渡邉英徳さんと片渕須直さんにお願いした理由。

柏飛行場・秋水写真 カラー化プロジェクトについて。


展覧会「柏飛行場と秋水 - 柏の葉 1945-2020」関連映像です。航空機設計者、木村秀政さんが柏飛行場で撮影した写真のカラー化を渡邉英徳さんに依頼し、片渕須直さんに監修していただきました。以下のテキストは、上記映像の補足、みたいなものです。


2020年11月19日、杉並区の事務所で片渕須直監督にお会いした。

片渕監督の映画には、私達を過去に連れていき、その世界のなかに放り込む力がある。「この世界の片隅に」を劇場で見るとき、私達は最初は劇場の椅子に座っている。しかし、予告編がはじまり、幼少期のすずさんを見ているうちに私達は広島・本川のうえをゆったり進む船の上にいる。そして元柳町の雁木から陸に上がった時には、年末の広島の街のなかに放り込まれてしまう。私達がいる街は昭和8年年末の中島本通りそのものであり、驚くべきことにそこにある玩具店、呉服店、理容室、洋服生地屋は当時そこに存在し、その日の天気はそのままで、そこでなされている広島弁の会話も限りなく当時の会話に近く、驚くべきことにそこにはそのとき実在していた人まで描かれているのだ。(そして、多くの方はその後の原爆投下で亡くなっている…)

フィクションであるにも関わらず、タイムマシンにのったとしか思えない体験をさせる。

どうやったらこんなことができるのか?それはずっと謎だった。いや、正確に言えば、そこにものすごい量のリサーチがあることは書籍やインタビュー記事から「知って」はいた。でも、その魔術の本質は見えていなかったのだ。本当に。この人は、人の形をしたタイムマシンだ…

…ということを監督の事務所でお会いした時に強烈に実感して、以下はそのときに書いたメモをリライトしたものです。
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秋水関連写真のカラー化…もっと正確に言うと、木村秀政さんが柏飛行場で撮影された、秋水訓練機であるグライダー秋草やテストパイロット集団である特兵隊隊員の写真のカラー化は、この展覧会でぜひ実現したいことのひとつだった。「記憶の解凍」プロジェクトをやってらっしゃる渡邉英徳さんには、2019年に一緒の展覧会に参加したご縁があり、また今年上梓された「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 (光文社新書)」が本当に素晴らしいと感じていたので、

木村秀政さんの写真をみた瞬間に「これを渡邉英徳さんにおねがいしてカラー化したい」という構想は浮かんではいた。
しかし、過去のモノクロ写真のカラー化については、ネガティブな意見があることは知っていて。というか、自分たちもその危惧に関しては自覚的であるべきだと思っていた。

つまり、こういうことだ。
モノクロのときには「過去の出来事」だった写真も、カラー化されたとたん、情報量は増え、親近感がまし「わたしたちの世界の出来事」になっていく。カラー化にはそういう強い力がある。

しかし、そこでAIがつけた色は、学習データの中の多様な写真資料に基づくある一定のパターンにより付与されたものだ。そこに間違いやミスが入る可能性は常にあり、そしてやっかいなことに一度入ってしまった間違いはリアルな分、個別に取り出すのは難しい。そしてそのまま「事実として」定着されかねない危険がある。

素人ながらこのへんの疑問を持ちつつ渡邉さんの研究室を訪れたのだが、当然のことながら渡邉さんは私以上にこの点には慎重であり、AIの着色はあくまでも下色付けだけであり、その後ご自身で調べられるだけ調べて、補正をかけていた。

AIによる着色は、自然物には強力に働く。例えば木々、草花、人の顔、などはかなり自然に仕上がる。
一方で人工物には弱く、建築物の色、機体の色、服の色、柄、などはかなりの推測・憶測を含んだものになるが、やっかいなことに、それに気づくためには資料や知識が絶対に必要になる。
例えば秋草の場合は、AIによる着色だけではこういうパターンになった。

(動画中の、渡邉英徳さん着色の説明です。動画の7分55秒頃)
AIによる自動彩色のあと、渡邉さんはいろいろ調べながら色をつけていくのだが、では、ネットに上がっている情報、現存する機体の色、プラモデルのパッケージなどに載っている色はどれほど正確なのか?

例えば、秋水、秋草は試作機として作られたので、試作機の段階ではオレンジ色だったと言われている。実際に、ファインモールドのプラモデル(これは、追浜飛行場での試験飛行直前を描いたもの)では、オレンジ色の試作機カラーになっている。

画像1

また、私が米国、チノのプレーンズオブフェームで見た機体もオレンジだった。機体が収奪されたときにおそらくこの色だったからこそ、この系統の色になっているのだろうが、当然この機体は長い年月の間に、おそらく数回塗り直されているのだろう。

中PoF秋水のコピー

柏飛行場の秋草の色は、当時、本当はどんな色だったのか?

ここで思いついたのが、片渕須直監督に監修をおねがいすることだった。
片渕監督は、モデルグラフィックスで「色のいろいろ」という、兵器に塗られていた色を調べる連載を持たれていて、現在は零戦の実際の色を探るシリーズを記事にされている。また、軍事研究家として、かなり著名なことも(情報としては)知っていた。ただ、次回作のことなどで相当お忙しいとも聞いていたのでお願いできるかは未知数だったのだが、秋水(秋草)写真のカラー化というテーマが監督の興味と合致したのか、快く引き受けてくださった。片渕監督には感謝しかない。(そして、自分が大好きな映画の監督に、この機会を使ってお会いしたい、という非常にミーハーな気持ちもかなりあったことを、ここに告白しておきます)

秋水は陸海軍の共同のプロジェクトとして実施されているのだが、陸軍と海軍ではパイロット服の色も機体の標準的な色も違う(そして時期によっても変わったりする)。そして試験機や訓練機のカラーの色も違っているのだ。
陸軍の飛行場である柏飛行場にあった、海軍の工場で作られた秋水・秋草。秋草の色は、本当はどんな色だったのか?
また、写真をプリントした色も、モニタ上の色も、実はそのものの色ではない。
事実がわかったから、塗料の色そのものの色を写真に着色すれば良い、というものでもない。実際に塗られていた色をベースに写真に着色をすると、過去に撮られた写真の中ではとても不自然な色になってしまう。当時のカメラの能力と全くそぐわないものになってしまう。

色については本当に難しい。でも、やるからには、なるべく完璧なものに近づけたい。
実際にプロジェクトをやってみて感じたのは、昔の写真のカラー化で100%の正解はありえない(そもそも正確な答えがどうなのかは誰も知らない)、しかし、それに限りなく近づけることはとても大事で、実感としてはAIでできるのは40点まで、そこに渡邉さんの技術で75点くらいまでもっていき、さらに片渕監督の経験と知恵を上乗せして85点〜90点まで持っていくことがなんとかできた、しかしその10点の上乗せのためにいったいどれだけの知見が必要なのか…という驚きの体験でした。

できあがった写真に関してはプリントをT-SITEの展覧会会場で見てください

…という話なのですが、今回のカラー化プロセスも相当面白いので、この動画もご興味のある方はぜひ御覧ください。

柏飛行場・秋水写真 カラー化プロジェクト


展覧会「柏飛行場と秋水 - 柏の葉 1945-2020」関連映像です。航空機設計者、木村秀政さんが柏飛行場で撮影した写真のカラー化を渡邉英徳さん に依頼し、片渕須直さん に監修していただきました。その過程の映像です。

00:00 オープニング東京大学 渡邉英徳研究室
7:57 AIによるカラー化と、渡邉英徳さん(「記憶の解凍」プロジェクト)による補正写真の比較
9:33  片渕須直さん事務所での監修
10:20 秋水・秋草の色について 
22:20 機体の日の丸の赤と特兵隊 パイロットの服の色について
26:06 轟夕起子さんの服の色はどんな色の服だった?
30:40 柏飛行場の滑走路の迷彩塗装色は?
32:34 滑走路の地面の色や木々の色は?
41:22 曳航機の九九軍偵の色は?
44:23 片渕監督に監修していただいた後の写真がこちら。

ーーー動画内写真クレジットーーー
撮影:木村秀政 所蔵:田中昭重 提供:柴田一哉 
カラー化:渡邉英徳(「記憶の解凍」プロジェクト)
カラー化監修 片渕須直

[出演]
片渕須直(映画監督)
渡邉英徳(「記憶の解凍」プロジェクト)
柴田一哉(秋水研究家)
八谷和彦(東京藝術大学 先端芸術表現科)

[協力]
CUDAグラフィクス
株式会社クロブルエ
株式会社コントレール
東京大学
鈴木みそ

[企画]
八谷和彦

[撮影・編集]
髙橋生也

[音楽]
余湖雄一
エンディング曲 雨〜Largo〜 
作曲:鬼頭恭一 編曲:余湖雄一

関連情報をあつめたnoteマガジンはこちら。

https://note.com/hachiya/m/m0da130674dff



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