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44歳の誕生日を迎えて

1月19日に44歳の誕生日を迎えた。
この年齢まで生きて来れたことが奇跡だと思う。
5回ほど自殺をして未遂に終わっている。笑

自分の人生を振り返ってこれからの自分とどう向き合っていくかが
僕にとってのテーマだと感じている。

同情はしてほしくないということをはじめに書いておきます。
ただ自分の過去を振り返ることで未来に繋いでいきたい。

僕は幼少期に発達障害の異父兄弟の兄に
性的虐待を受けていた。
そのことは両親は知らない。言うつもりもない。
特に母親に対しては複雑な思いが今もある。

中学校時代は不登校。
集団行動が苦手であることと
LGBTQ当事者であることを当時の先生に相談した時に
否定されたことが大きな原因になった。

2年間の不登校で卒業式にも出ていない。
高校に進学したが、やはり集団の中で馴染めず
問題を起こしたことで停学になり、その延長で高1の最後に退学。

その後は大阪に行って
ファッションの専門学校に通い、なんとか卒業して
フリーターにな離、彫り師の見習いになったが続かず
フラフラとして日々ただ楽しければ良いそんな生活だった。

そんなどうしようもない僕の前に捨てられたであろう猫が現れる。
この話は南風で執筆しているので割愛します。

にゃん太に出会ったことがターニングポイントの一つ。
そして、30歳の時に沖縄へ来た。

30歳の頃もまだ精神的不安定な状態であった。
当時、社会問題になっていた脱法ドラッグに依存している状態で
いわゆる薬物依存症。
オーバードーズし、精神科に通院もしていた。
その時に寄り添ってくれたのがあやさんと数少ない友人と猫だった。

それからの僕は奇跡的に薬物依存から回復し
猫のボランティア活動を行うようになり
どんどん僕が変わっていった。
こんな僕でも社会の役に立てることを知り
やりがいも生まれ生きている実感もあった。
猫の活動を通して、いろんな人と繋がりができ
人の優しさにも触れた。
猫の活動で僕自身が救われていたんだなって。

だからこそ、
猫の活動をボランティアで頑張っている人たちが
難儀しない社会にしたい、猫を通して人間社会を豊かにしたいと
僕なりに考えるようになり選挙にも挑戦した。
結果落選はしたが立候補をして本当に良かったと思っていて
それなりの問題提議はできたと感じている。

色々な経験が糧となり今の僕がある。

こんなどうしようもない僕だけど
繋がってくれている人たちに本当に感謝しています。
だから、何かしら恩返しじゃないけど、役に立ちたい。

僕だからこそできることがある。
でも僕はとても弱い。弱いながらも抗っている。
威嚇する野良猫のように。
でも甘えたい。
僕も僕が幸せになる生き方について考えたい。
そんな44歳です。笑

えー、こんな人だったんだって引いちゃったら
それはそれで全然大丈夫です。笑



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