少女兵器大戦×のらきゃっとクロスオーバー

少女兵器大戦×のらきゃっとクロスオーバーSS

・兵姫
女性型兵器。「兵器と融合した」と称される通り、専用兵装と接続することで、従来の兵器とは比べ物にならない戦闘力を発揮する。基本的には既存の兵器の名を冠すことが多い。

・ばあちゃる
政府軍の元研究員。現在は兵姫の保護者枠。白衣をよく着ている。兵姫開発の根幹に関わっていたという噂もある。普段はおちゃらけているが、根は真面目で熱い男。

・シロ
ばあちゃるが戦場で保護した記憶喪失の少女。兵姫やばあちゃると接することで、少しずつ感情や常識を手に入れていっている。基本的にはぽわぽわしており、ぼーっとしていることが多い。

・のらきゃっと
異世界から現れた猫耳赤目銀髪の戦闘用アンドロイド。資源を食い潰すだけの戦争を終わらせるために造られ、それを使命としているが、本人にとっては何となくの行動指針くらいにしかなっていない。ひとりぼっちでこの世界に放り出されたので、隣に立ってくれる仲間を欲してやまない。

・クロ
敵兵姫。明確な所属は不明。たびたび政府軍の前に姿を現しては邪魔をしてきた存在。本来一種類しか対応兵装を持たない兵姫の中にあって唯一全兵装に適性を持ち、圧倒的な力を誇る。






束の間の休息。戦いに疲れた兵姫達を連れたばあちゃるは、復興しつつある奪還エリアを訪れていた。奪還戦の主力を飾った兵姫達は当然歓迎され、奪還エリアの者達は皆、戦争の疲れを見せながらも和気藹々とした空気に満ちていた。そんな中、人ごみから外れた場所に佇む小さな人影を見つけたばあちゃるは、人の輪から離れてその人影に近づく。見ると大きな帽子をまぶかに被った銀髪の小柄な少女だった。ばあちゃるが声をかけると、少女は真っ赤な双眸で彼をまっすぐと見据え、こう言った。「ここの人たちの生活が知りたい」と。兵姫達も現地民と楽しくやっているようだし、時間もありそうだと判断したばあちゃるは快諾し、彼女を連れて歩き出した。復興に勤しむ人々を興味津々に、しかしどこか無機質に眺める少女。ここが重要な資材の採掘場も兼ねていることを説明すると、彼女は小さく「……そうですか」と呟いた。一通り案内し終わり、「どうでしたか?」と訊ねると、少女は「参考になりました。ありがとうございます」と頭を下げ、最後に「また、会いましょう」と告げると雑踏の中へと消えていった。

この奪還エリアが襲撃されたのは、その日の晩のことだった。



予想だにせぬ襲撃。奪還エリアが混乱を極める中、まず採掘場が破壊された。次いで採掘された資材、復興のために運び込まれていた物資が被害を受けた。通信機から被害状況を伝える声が続々と入る。奇跡的に人的被害はゼロだった。現場に居合わせた兵姫数人は民間人の避難を自警団とばあちゃるに任せ、襲撃者の迎撃に向かっていた。被害の規模から相手の武装におおよその見当がつく。専用兵装の無い状態の兵姫と言えど、遅れを取る相手ではないと判断。自警団から譲り受けた最低限の武装を手に、兵姫達は各自索敵エリアを割り振り、散開した。



とある兵姫が、"それ"と出会う。宵闇の中、数十メートル先に、真っ赤に煌く瞳がふたつ、浮いていた。明らかに人間の眼ではない。咄嗟に通信機に手をやる。「見つけ——!」言い終わる前に、衝撃。通信機が宙を舞う。兵装のない状態と言えど、兵姫の知覚能力は人間の比ではない。夜目も利く。だが、そんな兵姫の目を持ってしても、赤い眼光の残像が見えただけだった。一瞬で懐に入り込んだ"それ"は続けざまに打撃を浴びせる。兵姫は驚いた。敵兵姫からの砲撃でさえ数発は耐える自身が、ただの殴打を"衝撃"として感じていることに。これは当然人間の力でもなければ、兵姫の力でもない。兵装に頼る兵姫の身体能力自体はたかが知れているのだ。こんな膂力は、兵姫ですら持ち合わせていない。しかし、兵姫でなければ何なのか。その答えを知ることもなく、頭蓋を直撃した五発目の打撃で兵姫は意識を消失。襲撃者は、夜の闇へと消えていった。



襲撃は一度ではなかった。次の晩も、さらにその次の晩も、と続いた。襲撃されるのは決まって採掘場や重要な資材の貯蔵庫などがあるエリアであり、襲撃者はこれの破壊を主目的としていることがほぼ確定していた。襲撃の動揺が収まらぬ中、ばあちゃるはとある奪還エリアを訪れていた。襲撃の可能性のある採掘場のあるエリアである。彼は上層部からの指示で連日こうして襲撃予想ポイントに足を運び、襲撃者対策の兵姫の配置を上層部に提示していた。そして、疲れの見える彼の前に、いつもの如く彼女が現れた。「こんにちは」大きな帽子に揺らめく銀髪、赤い双眸。「まーたのらのらっすかぁ。ダメって言ったじゃないすか、こんな危ないところに来ちゃ」ばあちゃるがのらのらと呼ぶ少女、のらきゃっとである。彼女は彼の行く先々に現れ、そのたびにエリアの案内をせがんでいた。名を尋ねると彼女は"のらきゃっと"と名乗り、本名ではないことが明らかであったが、ばあちゃるはそんな事を気にもとめず、彼女をのらのらと呼んでせがまれるままにエリアの案内を快諾していた。「今日は どこに連れて行って くれますか?」朗らかに笑む彼女を連れ、今日もばあちゃるは案内を始める。今日のはちょっと凄いんすよ、と前置きをして、ばあちゃるはとある場所に彼女を連れてゆく。そこは今まで奪還してきたエリアの中でも最大級の採掘場、そして兵姫を作るために必要な隕石のカケラ『メテオストーン』が少量ながら採取できる場所であった。



「兵姫」。隕石「エデン」の出現により開発された、意思を持つ女性型兵器。かつての軍艦、戦車、その他様々な兵器の名を冠しており、特殊な兵装と接続可能な存在で、過去の兵器とは一線を画する戦力を誇る。「……っていう感じでですねー、兵姫を使って戦争しちゃってるんですよー」のらきゃっとの"兵姫とは何か?"という問いに答えるばあちゃる。「まぁばあちゃるくんも前は研究とかやってたんですけど今はすっかり兵姫達のお守り役ですね……」と情けなく頭を掻いた。そんな彼をじっと見つめ、のらきゃっとはゆっくりと口を開いた。「ばあちゃるさんにとって 兵姫は 戦争の道具ですか?」ばあちゃるは慌てたように手を振り、「いやいやいや!そんなわけないじゃないすか!!!みーんないい子なんですよ!」ごんごんはどうで、イオリンはこうで、と楽しそうに語り出す。ひとしきり語った後に、彼はため息をついて、「本当はね、戦ってほしくなんかないんすけど、戦うあの子達を精一杯サポートするのがばあちゃるくんに出来る事なのかなって思うんです」ははは、とやはり情けなく笑いながら彼女に目をやると、何がそんなにお気に召したのか今までにない笑顔で彼を見上げており、「戦う女の子は 素敵 ですからね!」とどこか誇らしげに息巻いていた。



「ばあちゃる、最近ちょっと楽しそう……」政府軍の拠点の一角。ひと気のない寂れた休憩スペースで、白髪の少女——シロが呟いた。「何言ってんすかシロちゃん、楽しいわけないでしょ」何やら書類と格闘しながら、ばあちゃるが言う。「毎日襲撃襲撃でもう政府軍はてんてこ舞いなんすからね。敵は軍部だけで充分だってのに……」謎の襲撃者の登場により、政府軍は都市奪還の手を止めざるを得ないところまで来ていた。襲撃への対応に人手を割かれるほか、採掘場や重要資材の喪失が何よりも痛手だった。「しかもなんとなんとですよ……」悪い報せは続く。ばあちゃるが頭を抱えながら睨みつけている書類には、こう書かれていた。"完全装備の兵姫が襲撃者に敗れた"と。いつまでも受け身では埒があかないと、政府軍は重要資材の移送を計画、その噂を意図的に流布した。結果、狙い通りに襲撃者が移送の妨害に現れた……ところまでは良かった。これまでの市街戦とは違い、郊外での戦闘。護衛の兵姫はフル装備で迎撃にあたった。これまでの襲撃から、相手側に大きな武装がないことは分かっている。兵姫の本領である超遠距離からの一方的な砲撃、これで雌雄が決するはずであった。が、結果は惨敗。超遠距離砲撃は全て回避され、瞬く間に距離を詰められ、兵姫は拳1つで昏倒まで追い込まれた。敵機にここまでの回避性能があること、距離を詰めるだけの速力があること、これらを見逃したために起きた敗北であった。
「でもですねー、なんていうか、何かおかしいんすよねぇ……」ここまで圧倒的な力の差を見せつけておきながら、襲撃者は何者の命も奪いはしなかった。狙うのはことごとく資源・資材。政府軍の無力化が目的なら、こうはならない。「やっぱりばあちゃるくんには、この人が悪い人には思えないんすよねぇ……」先程までは睨みつけていた書類を、どこか優しい眼差しで見つめる。そんな彼の様子に、シロは「やっぱりばあちゃる、ちょっと楽しそう……。何か良いこと、あった?」「いやいやいや!そんなわけ……」ふと、とある後ろ姿が脳裏をよぎる。ここ最近、事あるごとに自分の前に姿を表す存在。頼ってくれる存在。屈託のない笑顔で接してくれる存在。赤目に銀髪の、大きな帽子を被った……「いや、ないすね」ははは、とはぐらかすばあちゃるに、シロはむぅっと頬を膨らませるのであった。



彼女はたったひとりでこの世界にやってきた。彼女の元いた世界は限りある資源を食い潰しながら発達させた高度な科学技術を持ち、それによる慢性的な紛争状態にあった。そんな紛争を終わらせるべく生み出されたアンドロイド部隊の一機が、彼女であった。そして運命の悪戯か、神の気まぐれか、時空を超えてこの『兵姫の存在する世界』にその身ひとつで放り出された。アンドロイド部隊の仲間もいない、使っていたはずの武装もない、自身を作り出した開発者もいない。持ち合わせていたのは、資源を食い潰すだけの戦争を終わらせるという漠然とした使命感のみ。幸いと言うべきか、『この世界』も元の世界と同様に資源を貪り食いながら戦争に明け暮れているようだった。彼女にとっては「やることもないし やりますか」程度のものだった。使命感と言っても、そういう指示を受けたような気がするだけ。異世界に迷い込んだ孤独の身に、感じるところは何もなかった。——彼らと出会うまでは。

人型兵器と、その関係者。潜入していた復興街で出会ったのは、その集団だった。復興街の者達に歓迎され、照れ臭そうに、あるいは自慢げに振る舞う兵器達。その傍らには兵器を率いてきたと見られる男性。こちらもやはり、歓迎される兵器達を見て鼻高々といった様子だった。……何ということはない光景。だが、彼女の中で何かが軋んだ。「今のわたしには ないものだ」そして、失ったものでもあった。アンドロイドの同胞達、戦果に一喜一憂してくれる人間。わたしが得るはずだったもの、本当だったらわたしもそこにいたはずの光景。『欲しい』と思った。何とかして手に入れたい、あの輪に加わりたい、わたしを肯定してくれる存在と共にありたい。でも、どうすればいいかは分からない。行き場の無い情動を抱える彼女に声をかけてきたのは、あの男だった。「どうしたんすか? こんなところで、ひとりで」人型兵器と共にいた男性。そうか、この人なら……この人なら、戦闘用アンドロイドであるわたしを、受け入れてくれるのではないか。あの人型兵器達と同じように、戦うしか能の無い私を、受け入れてくれるのではないか——? 咄嗟に、顔に笑顔を貼り付ける。自分の容姿が人に好かれるよう造られているのは知っている。大丈夫、きっと、上手くやれる。「ここの人たちの生活が知りたいんです」当面は、"資源を食い潰す戦争を終わらせる"名目で動こう。これがわたしの存在理由。そして、ゆくゆくは……。
ゆくゆくは あなたを 手に入れましょう。



深夜。重要資材——メテオストーンを運搬する一団の中に紛れ込む、一台の装甲兵員輸送車。その車内に、ばあちゃる含む兵姫数名が緊張した面持ちで待機していた。政府軍が下した命はこうだった。「これ以上の被害拡大は許されない。"多少の無理を通してでも"今回で決着をつけよ」確実に誘い出すために最重要資材のメテオストーンを囮に使った。また、とある事情……"多少の無理"を押し通すために、非戦闘員であるばあちゃるも同行することとなった。
数百メートル先を走る偵察部隊を兼ねた先頭車両から通信機に連絡が入る。"襲撃者が現れた"。即座に車両は停車、兵姫達がすぐさま飛び出し、ばあちゃるも後に続いた。月のない宵闇、くすんだ星空の下で目を凝らす。遥か彼方に光る赤い眼光。兵姫達の拡張神経は、その存在をしっかりと知覚していた。生体の反応ではない。そして兵姫の反応でもない。ぬくもりのない"兵器"がそこに立っていた。「退避確認!!!」通信機に耳を押し当てたばあちゃるが声を張り上げる。それを聞いた兵姫達は、一斉に兵装を展開する。「砲撃用意!!!」各人、狙いを定める。劈く轟音。政府軍の威信をかけた襲撃者迎撃作戦の火蓋が切って落とされた。



一発。二発。三発。風に揺れる花のように。ほんの僅かな動きで、彼女は砲撃を躱してみせた。巻き上がる土煙の中、強く地を踏み、駆け出す。猫耳型のエアインテークが風を切る。闇夜に溶ける黒のバトルドレスと鈍く光る金の装飾、尾を引く赤い眼光。砲撃を全て回避され、苦い顔をする兵姫達の表情も、彼女にはハッキリと見えていた。——そんな兵姫達に寄り添う、男の姿も。……感知能力はこちらが上。これまでの戦闘から、接近戦においてもこちらが上。頼みの綱の超遠距離砲も、わたしにとっては鈍重極まる。どう計算しても負ける道理はない。どうしようかな、このまま勝っても得るものがない。疾駆しながら、彼女は考える。そうだ、と戯れにも近い思考が回路をよぎった。せっかく彼が居るんだ。どうせなら、彼を貰おう。懐から鹵獲した銃を取り出し、駆けたまま狙いを定める。頭を撃つと死んでしまうから、脚、かな。発砲。兵姫に防がれる。案外良い反応速度だ、と感心。見たところ、何やら激昂している様子だった。風切り音がうるさいが、耳を澄ませて聴いてみる。……どうやら彼を狙ったことがお気に召さなかったらしい。怒りを形に変えるように、砲撃が激化する。そんなもの、いくら撃っても無駄だと言うのに。最低限の動きで砲弾を回避しながら、一気に距離を詰めていく。自分が狙われたというのに、彼は兵姫の1人に寄り添っていた。その様子に、彼女の中の何かが軋む。銃を握る手に力が篭り、続け様に発砲。兵姫が庇いに入るが、全ては防ぎきれなかった。一発の弾丸がばあちゃるを掠める。血を流しながら、しかし彼は不敵な声色でこう言った。「準備、OKっすよ」刹那、戦場を光の束が駆け抜け、次の瞬間には銃を握る襲撃者の手を光が貫いていた。



兵姫とその兵装には、大別して三種類あるとされる。砲撃系、ミサイル系、そして未だ実用化されぬ『粒子系』。政府軍はこの粒子系の開発に躍起になっていたが、兵装は実用化の目処が立ったものの肝心の対応する兵姫を造れないでいた。兵装は、相応しい兵姫がいて初めて機能する。そんな時に現れたのが『砲撃の通じない敵』であった。砲撃の速度で通じないのであれば、更に上……亜光速の粒子系兵装ではどうか? ばあちゃるにそう提案したのは軍の上層部であった。しかし粒子系の兵姫はまだいないはずでは……と困惑する彼に、上層部はこう伝えた。「何も"粒子系兵装を装備できるのは粒子系兵姫だけではない"」と……。
迎撃作戦、その戦場。「無茶だけは、絶対にしないでくださいね」専用兵装……粒子系兵装を調整しながら、ばあちゃるは言う。接続相手は、砲撃系兵姫であった。対応しない兵装の装備は負荷が著しい上に、性能を十全に発揮できない。その部分の調整を、上層部はばあちゃるに依頼していた。無茶な要望だったが、兵姫を大切に思う彼ならば、"多少の無理を通してでも"実用化ラインまで漕ぎ着けるだろうと踏んでの、上層部からの命であった。実際、彼はやり遂げた。「撃てて三発。間違ってもそれ以上は撃っちゃダメっすからね」兵姫に言い聞かせる。非対応兵装を接続された負荷から苦悶の表情を浮かべる兵姫だったが、強がるように笑って見せ、「大丈夫。いけます」兵装を展開する。敵は砲撃を避けながら、猛スピードでこちらに突っ込んできている。と、砲撃音に紛れて、発砲音。前列の兵姫が庇いに入る。敵からの銃撃。狙いはばあちゃるのようだった。「この……!」兵姫全員に緊張が走る。兵姫に銃弾は通じないが、生身のばあちゃるが被弾すればただでは済まない。弱い者を狙う卑怯とも思える戦法に、兵姫達は怒りを滲ませた。「気にしなくていいっす!!とにかく粒子砲の展開を——!」最終調整を行うばあちゃるに、弾丸の雨が襲い来る。当然前列の兵姫が割って入るが、全ては受け止めきれなかった。血を流す彼を見て、兵姫が彼の名を叫ぶ。しかしばあちゃるは、不敵な声でこう言った。「準備、OKっすよ」眩い光が戦場を照らし、粒子砲から放たれた光の束が、襲撃者の手を貫いてみせた。



損傷確認。握っていた銃ごと貫かれた手のひらからは、小指と薬指を含むおよそ半分が消失していた。突如戦場を横切ったあの光の束、あれは何だ。完全に想定外の武装に、彼女は敵陣への突貫を中止。車両の影に身を隠した。「隠れましたね」粒子砲を構える兵姫が、額に汗を滲ませながら言う。「車両ごと撃ち抜きますか?」「……いや」ばあちゃるは難色を示す。粒子砲は、撃てて三発。一発目にして、既に兵姫の疲労の色は濃い。無駄打ちはできない。ばあちゃるは戦況に思考を巡らす一方で、僅かに戸惑いを覚えていた。粒子砲の閃光に照らされ、一瞬だけ見えた衝撃者の姿。報告通りの黒いドレスに、金の装飾。ここはいい。しかし、あの、赤い瞳に銀の髪は……。そんなわけはない、という楽観視で疑念を塗り潰す。兵姫達に指示を飛ばし、戦闘再開に備える。頭の中では、次々とパズルが組み合わさるように、疑念と事実が最悪の事態を示し始めていた。襲撃者が現れる場所、彼女が現れた場所。襲撃者が現れる日と、彼女が現れた日。襲撃者の容姿と、彼女の容姿。頭を振って、そのパズルを砕く。それでも、彼の脳裏には、あの人懐こい笑顔がこびりついて離れなかった。



車両の影。襲撃者は、損傷した己の手のひらを見つめていた。砲撃一辺倒だった敵から放たれた想定外の光の束は、彼女の反応速度を持ってしても回避困難な代物であった。追い詰められたかに思えたが、戦闘用アンドロイドの思考は冷静だった。所詮、武装を扱っているのは人型兵器。狙いを定めて撃っているだけに過ぎない。相手の感知能力の程度は知れている。自分の速力があれば対応可能、と結論付けた。それよりも彼女の目に焼き付いて離れないのは、兵姫の1人に寄り添う男の姿。胸の奥が軋む。本当ならばあそこに居たのはわたしだったかもしれない。仲間と共に戦場に立ち、開発者に寄り添われ、自らの正義を肯定される。手に入れたい。猛烈な"渇き"が彼女を襲う。資源を食い潰す戦争を終わらせる、等という建前はもういらない。傍らに立つ仲間が、人間が、欲しかった。異世界の夜空の下、孤独なアンドロイドは胸の奥で、あるはずのない何かを燃やす。彼を手に入れれば、きっとわたしの隣に立ってくれる。傍目にはあり得ないと切って捨てられる、そんな未来予想図を描き、アンドロイドは力強く立ち上がった。



「出ました!」粒子砲を構えた兵姫が叫ぶ。先頭車両の影から飛び出した襲撃者は、先程までの直進的な突進とは打って変わり、方向転換と跳躍を繰り返し、縦横無尽に戦場を駆け巡る。「くっ……!」これでは如何に光速の粒子砲とはいえ、照準を定める機能が手動な以上、当てるのは至難の業だった。「ばあちゃるさん、下がって!」前列の砲撃系兵姫が庇いに入る。先の粒子砲で相手の右手もろとも銃を撃ち抜いたが、敵にはまだ武装があるようだった。凄まじいスピードで動きながら撃っているとは思えない精度で、的確にばあちゃるを撃ち抜きにかかっていた。完全に狙いがばあちゃるに絞られている、兵姫全員がそう確信した。敵の狙いは資材ではなかったのか?という疑念もあったが、信頼するばあちゃるが狙われている以上、そんな疑念に気を取られる兵姫は1人もいなかった。狙われているのなら、護る。護ってみせる。資材などとは比べ物にならないほど、その事実は兵姫達を焚き付けた。一際鋭い銃撃が、ばあちゃるを掠める。「この……!」焦るな、とばあちゃるが口を開く間もなく、猛る兵姫は引き金に力を込める。放たれる粒子砲の閃光。が、虚しく宙を切る。貴重な二発目を無駄撃ちに終わらせてしまった……。ばあちゃるにも焦りの色が出る。放った兵姫も、ただでは済まない。汗が止まらず、息切れを起こす。想像以上の負荷が兵姫を襲う。二発目でこんなにキツいなんて……!必死で照準を襲撃者に合わせ続けるが、震える腕ではとても追いきれない。砲撃系兵姫も加勢とばかりに砲弾を撃ち込むが、土煙を巻き上げるばかりで襲撃者に対しては何の威圧にもならなかった。やはり粒子砲でなければならない。だが、当てられたのは不意をついた初撃だけ。しかもその初撃を受けて、相手も対策をしてきた。動き回られてはとても当てられない。……隙が要る。兵姫達の中で、彼が最も冷静だった。彼にも疑念はある。絶え間ない戦争の中にあって、僅かな期間とはいえ日々の癒しになっていた彼女。その彼女と、襲撃者の共通点。ただ、それを確かめるためにも、やはり襲撃者の動きを何としても止める必要があった。彼の決心は早かった。ばあちゃるは自らを庇う兵姫を押し退け、自ら最前線に飛び出した。



戦場を駆けるアンドロイドは、ばあちゃるの想定外の動きに面喰らった。慌てて発砲の手を止めるが、既に放っていた弾丸がばあちゃるを貫く。急に動かれたこと、そもそも致命傷を与えるつもりで発砲していなかったこと。この2点から急所に当たりこそしなかったが、生身の人間には充分すぎるほどのダメージだった。倒れ込むばあちゃるを見て、襲撃者は思わず足を止める。……違う。そこでようやく彼女は気付く。こんな景色は、わたしの望んだものではない。わたしはただ、彼に隣に立ってほしくて……。その隙を、兵姫は逃さなかった。跪いたばあちゃるの影から、銃口をこちらに向けた兵姫の姿が現れる。粒子砲、最後の三発目が、アンドロイドの左手を穿つ。撃ち抜かれた左手を力なく落とし、襲撃者——のらきゃっとは、諦めたように虚空を見つめていた。「……やっぱり、のらのらだったんすね」撃たれた箇所を庇いながら、ばあちゃるが立ち上がろうとする。慌てて駆け寄る兵姫の手を借りようともせず、彼は続ける。「何でなんすか。何で、こんなこと……」彼の声が届いているのかいないのか、独り言のようにのらきゃっとが呟く。「両手を撃ち抜かれては もう戦えませんね」鹵獲した武器はまだあるが、手がなくては扱えない。肉弾戦をしようにも、やはり手は必要だ。彼女は自身を撃ち抜いてみせた兵姫に目をやった。今にも倒れそうな顔色で、それでも必死に銃口をこちらに向けていた。……どうやら相応のデメリットがある武装だったらしい、とのらきゃっとは分析。何が彼女達をそこまでさせるのか。ばあちゃるを介抱しようとする兵姫、こちらに砲口を向ける兵姫。皆一様に、怒りに満ちた表情でこちらを睨み付けていた。ああ、あなたは、とても大切にされていたのですね。ただ「隣に立つ人間が欲しい」と、付け焼き刃のように思い立ったわたしでは、最初から話にならなかったのだ。兵姫とばあちゃるの間には、これまで積み重ねてきた絆がある。それをまざまざと見せつけられる形になった。「何をしているんでしょうね わたしは」悟ったように、独りごちた。損傷した手を懐に突っ込み、鹵獲していた武器をバラバラと地面に落とす。「もう 戦う気はありません」兵姫とばあちゃるに向けて言う。「少し お話ししましょう」



のらきゃっとは、自らの境遇を話した。異世界からやってきたこと。自分が戦闘用アンドロイドであること。資源を食い潰す戦争を終わらせるために造られたこと。兵姫と同じように造った人がいたこと、たくさんの仲間がいたこと。……あなた達と同じように、過ごすはずだったこと。「わたしは あなた達のようになりたかった」達観したような笑顔を、兵姫達に向ける。応急処置を終えたばあちゃるが口を開く。「そうだったんすね……」信じられない話ではあったが、そもそも普段から隕石「エデン」や兵姫と触れ合っている彼である。非現実な出来事は日常茶飯事、すんなり事態を飲み込んだ。「のらのらは、これからどうしたいんすか?」……これから?のらきゃっとは言葉の意味を理解しかねた。自分は敗北者で、これからも何もない。手が破壊されようとも逃げることこそ可能だが、逃げたところでもう何も成せない。逃げる気もない。わたしは、何も手に入れられず、ここで終わるのだ。「敵対する気がないなら……ばあちゃるくんとこ来ないすか?」とんでもない彼の発言に兵姫達から声が上がる。「ちょっと、何言って……!」「だって、今更じゃないすか!敵兵姫だって今まで散々引き入れてきたっしょ?」そう、彼の悪い癖とも言える。誰にでも助けの手を差し伸べてしまう性分。本人の言うように、敵兵姫を何人も仲間に引き入れてきた実績が彼にはあった。……不思議と、仲間になりたいと思わせる力が、彼にはあったのだ。「ね、のらのら。仲間になりましょうよ。もしかしたらその手も、政府軍で直せるかもしれないし……。直ったら、力を貸してください。戦力的にはバッチリっすよ! のらのらが言う、仲間と共にある……"過ごしたかった未来"に、ちょっとでも近付けるかもしれないと、ばあちゃるくんは思ってます」その言葉に、のらきゃっとの胸の奥で何かが熱くなった。思考するより先に、言葉が口を突いて出てくる。「本当に いいんですか。あなた達に酷い事をしたわたしが あなた達の隣に立って」ばあちゃるは自らの胸を叩きながら、「拭えない汚名なんかないっす!誰かが何か言ってきたら、それが無くなるまで、ばあちゃるくんがのらのらを守りますよ!」ニコニコと。綺麗事ではなく、本当にそう思っているようだ。……ああ、何て人だろう。でも、この人なら、きっと本当に守ってくれるんだろう。そう思った。のらきゃっとは、ゆっくりと頷きながら、「ありがとう ございま……」瞬間、赤い閃光が彼女の胸と頭を貫いた。



……ああ、彼がわたしの名を叫んでいる。先ほどまで敵だった兵姫も、我が事のように慌てふためいていた。何が 起こった……? 四肢への指示が通らない。言葉が出ない。遅れてくる損傷の感覚。胸と頭を、貫かれている。「ピーピー喚かないで下さる?」戦場を突如横切った赤い閃光——『粒子砲』、それを放った張本人。……事あるごとに政府軍の前に姿を現し、壊滅的な被害を与えてきた敵兵姫『クロ』の姿が、そこにあった。ばあちゃるが、力無く地面に倒れ込むのらきゃっとに駆け寄る。必死に彼女の体を揺さぶり、名前を呼ぶ。暗闇の中輝いていた彼女の赤い目が、どんどん光を失ってゆく。「こんなにメテオストーンを集めて、狙ってくれって言っているようなものではなくて?」のらきゃっとを誘き寄せるために使った資材が、クロをも呼びつけてしまったようだった。兵姫達が砲撃を放つ。が、これまでもそうだったように、クロの持つ謎の障壁によってそれは阻まれてしまう。「無駄ってそろそろお勉強なさっては?」砲撃では通じない。そう、"砲撃では"通じないのだ。……ここで全滅するくらいなら。力無く跪いていた兵姫が、力を振り絞って構える。そう、粒子系兵装を装備した兵姫だった。「……あれは」クロが眉をひそめる。政府軍は未だに粒子系兵姫を開発できていないはず。しかし、あの兵装はどう見ても……。クロの態度に、ばあちゃるは何かを察して振り返る。「ダメだ!!!」のらきゃっとを抱えたままばあちゃるが叫ぶ。兵姫の思惑を悟ったのだ。『四発目』を撃とうとしている。兵姫は止まらない震えを必死に抑え込み、照準を覗く。身体は既に限界。だが確実に当てるには、クロが油断している今をおいて他にはない。ばあちゃるが再度叫ぶ。「撃っちゃダメだ!!!」「撃ちます!!!」引き金を引く。クロの粒子砲とは対照的な青い閃光が戦場を駆け抜け、見事クロの障壁を貫いた。「なっ……!?」障壁ごと肩を撃ち抜かれたクロは驚きと苦悶に表情を歪め、喚き始める。「この……粗悪品風情が!!!」だが障壁を破壊された今、砲撃でも充分通じてしまう。砲撃系兵姫の加勢も始まり、「クソ、クソ、クソ!!!駄作共が……!!!」優位性を保てなくなったクロは、砲撃の土煙に紛れて夜の闇の中へと消えていった。ばあちゃるはそれを見届けると、腕の中ののらきゃっとに再び声をかける。昏い瞳に、少しだけ光が戻った。「……なんですか」「のらのら……!」無事だった、と喜ぶばあちゃる。やはりアンドロイド、人間にとっては致命傷でも、これくらいの損傷——「いや ダメですね」チカチカと、弱々しく瞳の光を明滅させながら、のらきゃっとは言う。「もう 長くはないです」「そんな……」やがて、瞳の光は完全に消え、「ああ 見えなくなりました……。ばあちゃるさん そこにいますか?」いる、いるよ、とのらきゃっとの体を揺する。「最期なので 聞いてほしいことがあります」ゆっくりとした口調で、語り始める。「仲間に引き入れようとしてくれて ありがとうございました。ほんの一瞬だけ わずかな瞬間でしたが 世界がキラキラと輝いて見えました」にっこりと笑ってみせるのらきゃっと。その笑顔に、ばあちゃるは出会った日のことを思い出した。「ばあちゃるくんは最初っから、のらのらが悪い子じゃないって知ってましたよ」「なんですか それ」くすくすと、今際の際とは思えない様子で笑う彼女。「わたしは 悪い子ですよ。あなた達を たくさん傷つけた」ばあちゃるは首を横に振る。「でも、誰も殺さなかった」「……そうですね」光を失った瞳が、ゆっくりと閉じられていく。「ああ もう 終わり みたいです」口の動きも、徐々に鈍くなってゆく。壊れゆく彼女を、ばあちゃるはなすすべも無く見つめる。「敵同士でしたが……あなたと あなた達と過ごした数日間……とても とても楽しいものでしたよ」「……ばあちゃるくんも、楽しかったですよ。のらのら」その言葉が届いたのか届いていないのか、のらきゃっとは薄く微笑んだまま、動かなくなった。

ありがとうございました。蛇足が続きます。



「驚いた。アンドロイドも夢を見るんだ」気がつくと、満天の星空の下にいた。見ると、薄氷色の美しい長髪の女性が、空中に腰掛けている。事態を飲み込めずにいるのらきゃっとをよそに、女性はこう続けた。「まぁ私が見せているんだけど。試した甲斐があったな」見せている?夢を?ということは、これは夢?夢なんて見たことないけど。最初に言われた通り、自分はアンドロイドだ。人間と同じように夢を見るとは思えない。「というか あなたは 誰——」瞬きの間に、女性は鼻を突き合わせるほどの距離に近付いていた。そして、のらきゃっとの唇にそっと指を当て、「"初めて"なんだろう? だったらリードさせてほしいな」そう言うと顔を離し、コツコツとブーツを鳴らしながら彼女の周りを歩き始める。「私は……そうだね、名前を名乗ってもいいけど、ここはこう言っておこうかな」一呼吸置いて、女性は言った。「夢怪盗。夢怪盗だよ」夢怪盗。なんだそれは。思考回路が疑問符で埋め尽くされる。ぽかんとするのらきゃっとを気にすることなく、夢怪盗は続ける。「まずは君の今の状態を振り返っておこうか」指を鳴らすと、夜空のスクリーンに映像が現れた。研究所のような場所で横たわるのらきゃっとと、その傍らに白衣を着た1人の男性。ばあちゃるさんだ、と気付く。そして横たわる自分を見て、思い出す。そうだ、わたしは、胸と頭を貫かれて……。「そう、君は破壊された。敵兵姫『クロ』の粒子砲によって」ただね、と夢怪盗は続ける。「この男は諦めが悪いようで、君の肉体……ではないか。アンドロイドだもの」ふむ、と悩み込む夢怪盗にのらきゃっとの助け舟。「義体です」「義体! 義体を持ち帰って、なんと、直せないものかと四苦八苦しているんだ」ばあちゃるさんが、わたしを……直す? 一瞬胸が躍ったが、すぐに現実を直視する。できるはずがない。わたしは異世界のアンドロイド。技術の進度も、体系も、全く異なる世界からやってきた存在。損傷箇所から考えても、直せるはずがなかった。「できません」「へえ。まぁ、君がどう思おうと、ばあちゃる氏は直すつもりみたいだけどね」夢怪盗が再び指を鳴らすと、映像が切り替わる。机に向かい、山ほどの資料に囲まれて頭を悩ませるばあちゃるの姿があった。「……できません」夢怪盗に向けて言ったのか、映像の中の彼に向けて言ったのか。のらきゃっとは映像から目を切り離し、夢怪盗を睨み付ける。「何がしたいんですか」こんな無駄に希望を持たせるような映像を、夢を見せて。わたしはもう、最期を受け入れている。「何がしたい、か」夢怪盗は自らの顎を指で撫でながら、「私はね、夢を盗んで食べる存在なんだ。それも幸せな夢である方が、美味で素晴らしい」「夢を 食べる……?」「だから私は、君に幸せな夢を見させなくちゃいけない。そのためにここに居る」夢怪盗が指を鳴らすたび、映像が切り替わる。どの場面も、ばあちゃるが必死になってのらきゃっとを直そうとしているものだった。「やめてください」こんなもの、幸せでも何でもない。出来もしないことを無駄に続けているだけだ。「お気に召さなかったかな」夢怪盗は笑い、こう続けた。「じゃあ、少しだけ未来の話をしようか」「未来……?」「私はね、夢の世界の住人だから、現実における時間を少しだけ無視できるんだよ」君に見せていた映像もそうさ、と夜空を指差す。「今まで見せていた映像はまぁ、ほとんど"今"だ。昨日や今日、明日の話に過ぎない。だからもう少しだけ、足を伸ばして見てみようか」夢怪盗が指を鳴らす。次の映像は、映像、は……「これ は……?」廃墟。ひとつ目の感想はそれだった。見るも無惨に崩落した、廃墟。よくよく目を凝らすと、様々な機材や、本棚が見て取れた。……廃墟ではない。これは、さっきまで見ていた、ばあちゃるのいた研究所だった。「政府軍の拠点は、近い未来襲撃される」夢怪盗が語り出す。「主要な都市を奪還するため、前線にほとんどの兵姫を送り出した隙を突かれてね」映像の中で爆発が起こる。土煙が巻き上がり、その中から這い出してきたのは……「ばあちゃる さん……」彼の姿だった。何とか立ち上がり、破れた白衣を靡かせながら、彼は研究所の奥へと逃げて行く。その背中に追撃を浴びせるように、爆発。「敵の顔も見ておこうか」画面が切り替わり、映し出されたのは、愉悦に顔を歪ませて笑む『クロ』の姿だった。「こいつ……!」自らの仇に、のらきゃっと拳を握る。逃げ惑うばあちゃるを弄ぶように、クロは砲撃を続ける。這う這うの体で研究所の最奥に辿り着いたばあちゃる。そこには、「わたしが いる……」様々な機械やケーブル、チューブに接続され、眠るように目を閉じている己の姿があった。損傷した箇所は、見る限りでは完璧に修理されていた。ばあちゃるは縋るように、のらきゃっとに接続している機械を調整し始める。一際太いチューブの先、半透明の液体に浸された大きな鉱石……メテオストーンが輝きを増す。そこへ、クロによる砲撃。画面が砂埃で真っ白になる。しばしの静寂。一拍を置き、煙を切り裂いて現れたのは——兵姫のような武装を背負い、赤い双眸を爛々と輝かせる、のらきゃっとの姿だった。夢怪盗はヒュウ、と口笛を吹き、「リベンジマッチだ。胸が熱くなるだろう?」……ばあちゃるはかつて、兵姫開発の第一線で活躍していた人物であった。そんな彼に出来ること、彼だからこそ出来たこと……それは、メテオストーンによる『アンドロイドの兵姫化』だった。映像の中ののらきゃっとはばあちゃるを軽々と小脇に抱え、クロとの交戦を開始。砲撃、ミサイルなど兵姫化した彼女にとっては鈍重。先ほどまで眠っていたとは思えない速度で、生き生きと戦場を疾駆し、クロに攻撃を加える。そんな自分の姿に、夢の世界ののらきゃっとは打ち震えた。これは、本当に、起こること? ばあちゃるさんがわたしを直して、わたしは、彼を守って、戦うのだ。こんなことが、本当に……?「いい夢だったろう?」夢怪盗は満足そうに舌舐めずりした。映像に釘付けになっていたアンドロイドは、夢の始まりとは打って変わり希望に満ちた表情をしていた。「ここから先は、君自身の目で」夢怪盗が指を鳴らす。夜空の映像は闇に消え、満天の星空が帰ってくる。「ここ……夢の世界での出来事は、君の記憶には残らない」私が食べてしまうからね、と夢怪盗は背中を向ける。コートの裾を靡かせ、闇に向かって消えて行く。「君の胸の高鳴り、確かに戴いたよ」星空は徐々に輝きを失い、やがて完全な闇がのらきゃっとを包む。のらきゃっとはゆっくりと目を閉じ、意識の消失に身を委ねた。怖くはない。だって、ばあちゃるさんがわたしを、助けに来てくれるから。そして次は、わたしが彼を助けるのだ。満足した顔で、孤独"だった"アンドロイドは、しばしの眠りに身を投じた。



「のらのら、ばあちゃるくんのこと分かりますか? 覚えてますか?」
土煙の中、目覚めたアンドロイドに問いかける傷だらけの白衣の男。頭部の損傷が激しかった彼女を思っての発言だった。
「当たり前です」
アンドロイドは、力強く応える。

「だって わたしの いちばん大切な 思い出ですから!」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
こんなに長くなる予定ではありませんでした。何なら第一節がいちばん書きたいシーンでした。

描写がどんどん細かくなっていき、読みづらかったと思います。すみません。
兵姫も本当は個別に名前を出したかったのですが、セリフの再現が出来ないのでやめました。

のらきゃっと、パワフルにし過ぎました。
反省します。

最後に少しだけ補足をして、終わりたいと思います。


・兵姫化のらきゃっと
ばあちゃるの手により修理されたのらきゃっとの姿。兵姫を作る際に使われるメテオストーンを用いて修理されており、兵姫と同様に専用兵装(ばあちゃるお手製)を装備することが可能。砲撃系・ミサイル系・粒子系全ての兵装に適性を持ち、高い身体能力・感知能力も損傷前と変わらず健在である。
強力な代わりに活動時間が非常に限られており、専用兵装を装備した場合の戦闘可能時間は5分程度で、これはメテオストーンに適性を持たないが故の弊害である。
生活のほとんどを眠って過ごすことになるが、戦闘のない日であれば数時間は起きていられる。その僅かな時間を、ばあちゃるや他兵姫、シロとの交流に充てている。

頭部を撃ち抜かれたことによる部分的な記憶の欠落、知識の喪失があるが、大切なことは常に胸の内に確かにある。

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