呟怖〜笑いの壺〜

#笑いの壺
#呟怖
K氏は昔、全く売れないピン芸人だった。
やる芸全てスベリまくり観客席から笑いならぬ、
怒号が飛び交い本気で芸人を辞める事も考えた。
その日も全く受けず劇場から嫌味をいわれながら
雀の涙にも満たぬ出演料を貰うと憂さ晴らしにと
酒場へ直行…とは言っても懐は寂しく酔う迄には
至らずそのへんをブラブラ当てもなく歩いていた 何時の間にか見た事もない裏路地に出ていた。
あちこち迷いながら歩く内に奥の方へ右折する道
を見つけ良く見ると其処に小さな何かがあった。
近づいてみると其は『占い』と書かれていた。
丁度むしゃくしゃしていた彼はその占い師にいちゃもんつけて金品巻き上げてやろうと近づいた。
そして黙って左手を出しニヤニヤと占い師をみた
頃合いを見計らって難癖付けて今日の売上を奪って逃げるつもりだったのだが予想に反して占い師の占いは尽く当たり何一ついちゃもんを付ける所は見つからず此処でも滑るのかよと心で舌打ちをする彼であった。然しそんな彼の心を見透かした様に占い師は足元に転がっている金色の小さな壺を取り出した。占い師曰く其は『笑いの壺』と呼ばれる壺らしく笑わせたい相手の前で壺の蓋を取ると相手は笑い転げてしまうという物だという。
流石に眉唾物感ありありではあったのだが是迄の驚異的的中率を見ていると強ち眉唾物とも思えず
値段を聞いたら目玉飛び出る様な高値で迚じゃないが今の自分には買える物では無いと諦めその場を立ち去ろうとしたのだが何とお代は後払いで良いと言われた。この壺で笑いを取って其で得たお金を払ってくれれば良いと言うのだ。余りにも出来すぎた話ではあるが取り敢えず今お金を払う
必要は無いというなら貰って悪い物でもない。
とりあえずその日は壺を持って帰る事にした。
帰り際、占い師は思い出した様に一言加えた。
『この壺をくれぐれも悪事には使わぬ様に』と
其だけ付け加えこんな壺どうやって悪事に使うのかと半ば呆れながらも解ったと返事をしてその場を立った。其から数日後、久しぶりに仕事の電話が入り例の壺を持参する事にした。客席から見えない様に足元に置き足の指で蓋を開けられるようにした。観客は彼の顔を見るなり怒号を浴びせ、
帰れコールが起こったが彼は今日こそ見てろと何時もの様に全く受けないギャグを飛ばした直後、
今だ！と勢い良く蓋を開けた。すると怒号が止み
一瞬の静寂の後会場中は笑いの渦に包まれたのだ
之には流石の彼も驚いた、そして興行主や他の出演者達も余りの受けに小首を傾げていたらしい。
大盛況の内に彼の持ち時間は終了し大喝采を受け彼はステージからはけた。何とも気持ちの良い物でありこんな高揚感、満足感を得たのは初めてだった。この壺は本物だったんだと彼は実感した。
其から必ずステージに上がる際には壺を忘れずに
持参しここぞというタイミングで壺の蓋を開けて
会場中を笑いの渦に包み人気を獲得していった。
その後TVの出演依頼や今よりも大きな劇場での出演も決まり彼はどんどん人気者となっていった
全てはこの壺のお陰と心から坪とあの占い師に感謝した。壺を貰って丁度一年が過ぎた頃やっと壺の代金を払える程の蓄えを得たので占い師の元へ行き事の仔細を説明し深々とお辞儀をしてお金を払った。占い師の方もちゃんと彼が自分を覚えていてお金を払いに来てくれた事が迚嬉しかった。
何より“約束“を守ってくれてた事が嬉しかった。
帰り際、又も占い師は“あの約束だけは守って下さいね“と念押しされ解りましたと深々とお辞儀をしその場を去っていった。其からの彼は正に飛ぶ鳥を落とす勢いでお笑いの頂点に立つ迄そんなに時間は掛からなった。だが実際に頂点に立つと今度は下から追い上げられる立場となってくる。
実際この頃になると“笑いの壺“を使わずとも己の腕だけで人を笑わせられるようになっていた彼は無意識的に慢心していたのかもしれない。或る時飛ぶ鳥を落とす勢いで彼に迫ってくる若手お笑い芸人とお笑いバトルをする事になった。この試合はオッズ形式となりお笑い芸人が二組に分かれてどちらかを応援し買った方は番組出場権利を得られるという若手芸人にとっては夢のような企画で多くの若手芸人は当然ベテランのK氏に賭けた。
だが此処へ来て大舞台に対する緊張からなのか、
全くネタが浮かばなくなってしまったのである。
期日は迫るネタは浮かばない焦った彼は禁じ手を使う事を決意する。当日は満員御礼でテレビ中継され全国にバトルの様子は放送される様になっていた。両者控室で最終チェックを終えいざ舞台へ
試合は三ポイント先に先取した方が価値というルール、つまり三回笑った方が負けで逆に笑わせた方が勝ちという極めて解り易いルールだった。
両者己の持ちネタの中でも珠玉中の珠玉を次々と出し2:2のタイに持ち込まれお互い次のネタで雌雄を決する事となった。そして遂にK氏は禁じ手の“笑いの壺“を使用し見事相手に勝利した。だがその瞬間、例の占い師が突如暗闇から現れ『約束を破りましたね』と言い壺を彼に向けて開けた。
彼はそのまま笑い死にし勝負はドローとなった。