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呟怖〜誤爆

老刑事が昨今人気の或る怪談バーへやってきた。
お目当てはそのバーの創設者でもある怪談師、
勿論このバー切ってのNo.1怪談師でもある。

怪談というジャンルの幅を広げた功労者でもある
一席怪談が語り終えられて何時もの様に老刑事の
元へとその怪談師がやってきて挨拶をする。

"相変わらずの名調子だねぇ"と老刑事。

"旦那も随分怪談がお好きなようで"と怪談師。

"嫌、別段好きでもねぇんだがな"と老刑事。

"又々、御冗談を、毎日の様に来られる方が
怪談をお好きじゃない訳がないじゃないですか
旦那もお人の悪い"と怪談師。

"嫌、実はな此処によく犯罪者が出入りしてる
って情報を掴んでな、張り込んでいた訳さ"と
老刑事。

一瞬、怪談師の顔が曇りますが直ぐに元に戻る
そしていつもの笑顔に戻り老刑事にこう告げる。

"何と物騒な世の中じゃございませんか、
こんな場末の怪談バーに迄犯罪者が来てるとは"
とおどけて見せますが老刑事の方は真顔です。

"その犯罪者は今俺の目の前にいるんだよ"と
まっすぐその怪談師の方へ目を向けます。

一瞬眉間に皺を寄せる怪談師ではありましたが、
直ぐにおどけ返して老刑事にこう言います。

"あら?あっしの事ですかい?
こりゃ又随分酔狂な話じゃございませんか"と
あくまでおどけて見せますが目を背けている。

"へぇ、何時も真っ直ぐ人の顔を見て話すお前も
流石に自分の悪事となると目を背けるんだな"
と怪談師を品定めするような顔で眺める。

流石にプロの怪談師直ぐに真正面に居直り、
老刑事の顔を真正面から見つめ返します。

"珍しいな、何時もなら笑って済ませるお前が
こんな真顔で俺を睨み返すなんざなぁ"と今度は
老刑事の方が惚けた顔をします。

"あっしにも怪談師としての意地が御座います。
根も葉もない事で疑われたんじゃ名が廃ります"

"根も葉もねぇ話ねぇ所がコイツは根も葉もある
話でねぇ、被害者がちゃんといる話なんだな"

"被害者?これは益々聞き逃し出来ない話ですね
あっしがどんな被害を与えたと仰るんで?"
急に怪談師が熱り立った事に老刑事は驚いた。

"おめぇも怪談師なら聞いた事位あるだろう、
障り怪談の話はよ"と老刑事。

"当然でしょ、障り怪談とはその怪談を語る事で
障り、即ち問題が何か生じる怪談で禁忌です。
そんなの常識じゃありませんか"と怪談師。

"所がだ、その障り怪談をやっちまった奴がいる
而も其で人が一人亡くなってるから笑えねぇ"
老刑事がやれやれって顔で首筋の後ろを軽く叩く

"誰なんです?そんな怪談界の面汚しは!"
益々怪談師は激昂し今にも噛みつかん勢い。

"誰だって?おいおい、まさか自分のやった事を
忘れちまったってんじゃねえだろうな?"

"あっしが?御冗談でしょ、覚えが御座いません"
ピシャリと言い放ったまま怪談師はそっぽを向く

まるで子供が拗ねるような顔をしてである。

"珍しいじゃねえか、お前さん程の怪談師が
臍を曲げるなんざ滅多にねぇ事だよな"と
オーバーに驚いた顔をする。

"当然じゃないですか!やってもいない障り怪談
で犯人扱いされたんじゃ誰だって怒りますよ!"
口を真一文字に結びギっと老刑事を睨みつける。

“じゃあ、障り怪談“じゃねぇとしたらどうやって殺したんだい?○○さんをよ“と老刑事は卑下た薄ら笑いを浮かべた。

名前を出した瞬間、ほんの僅かだが顔色が曇ったが直ぐに元の顔に戻ってそんな人は知らないと言い放った。

一瞬の顔の変化を老刑事は見過ごさなかった。

“まぁ、いいさ。殺された魂は決して浮かばれる事はねえ、何れアンタの所に化けてでるさ“と
後ろ手にバイバイしながら老刑事は立ち去った


だが刑事は立ち去ってはいなかった。
直ぐ様階下でしゃがみ込み男が出てくるのを
待った。

程なくして怪談師は慌てた様子で店を出て
車を郊外の森へ向けて走らせて行った。

“かかった!“と老刑事は確信し後を追った。
案の定怪談師は陽光さえ通らぬ昼間でも暗く
湿った森の最深部へと向かっていった。

そして車のトランクを開けショベルを取り出すと周りを警戒しながら穴を掘り始めた。

老刑事はゴクリと唾を飲み近くの木陰に隠れ手に手錠を握りしめ“証拠“が現れるのを只管待った。

すると間もなく“カツン“と鈍い金属音が聞こえたかと思うとスチール製の大型ケースを怪談師は土中から取り出し恐る恐る蓋を開けた。

其処には間違いなく半分腐乱仕掛けた女性の遺体が入っていた、男はふうと一息つくとそのまま戻しその上に土を被せ完全に元通りの状態にした。

怪談師がその場にへたり込んで紫煙を燻らせて居た時ガサッと前の方から小枝を踏んで此方へ向かってくる足音を聞いた。

思わずビクッと体を固くしながらゆっくりと音のした方へと振り向いた途端怪談師の顔から一気に血の気が引き口からポトリと煙草が地面に落ちた

『どうして、どうしてアンタが此処に居る』
怪談師は先程使ったショベルを上段に構えると
奇声を上げながら老刑事目掛けて振り下ろした。

だが流石何十年のベテラン刑事の身のこなしは
他の若輩刑事と違い少ない動作で的確に相手の攻撃を避け反対に何発もパンチを腹へ叩き込んだ。

男はゲホッと咳き込むとそのまま前のめりとなり
重心を崩してそのまま前へ倒れ込んだ。

老刑事は今だと上から飛びかかり手錠を掛けようとしたが其処はやはり体力の差か怪談師は激しく抵抗し老刑事の腹に一発蹴りを加えて突き飛ばしその隙に脱兎の如く駆けだしていった。

腹を手で抑えながら逃してなるものかとフラフラになりながら執念で老刑事は怪談師を追いかける

所々木から派生した小枝に服を裂かれ肉を抉られ
血だらけになりながらも尚も怪談師は逃げ続ける

その後を老刑事は懸命に追いかけていく、
二人の追いかけっこは数十分に渡り続いた。

互いにヘトヘトになりながらも何とか逃げようとする怪談師と何とかお縄にしようとする老刑事は互いの意地と執念で未だ攻防を続けていた。

だが其もいよいよ終わりの時が近づいてきた、
遂に崖っぷち迄怪談師を追い詰めた老刑事は
“おい、いつもの江戸っ子気質は何処へ消えた
いい加減潔くお縄を頂戴しやがれ“と迫る。

其でも半歩又半歩と怪談師は後へ後ずさる、
たがいよいよ崖は端迄来て逃げ場は無かった。

流石に観念したのか怪談師はその場へへたりこみ
項垂れて両手を前へ突き出した。

“良し良しそれでこそ江戸っ子ってもんだ、手間掛けさせやがってこれでやっと“と怪談師に手錠を掛けようと腕をつかもうとした刹那怪談師の体が突然宙に浮いた。

其の場に居た老刑事もそして怪談師自身も
意味が解らずその場に立ちすくんだ。

怪談師は“助けてくれ、助けてくれ“と連呼するも
体は宙に浮いたまま崖から少しずつ離れていき、
遂には完全に宙に浮いた常態となった。

怪談師は完璧パニックとなりバタバタと空中で激しく抵抗するも尚も見えざる力によって怪談師は
どんどん上空高く舞い上がって行った。

その光景をただ見つめるしかなかった老刑事は次の瞬間、あ!と声を上げパクパクと口を閉じたり開けたりしながら怪談師の方へ指をさした。

怪談師の方もその老刑事の姿を遥か空中から眺め恐る恐る上を向いた瞬間、森中に響き渡るような
絶叫を上げた。

其処には怪談師の首根っこを掴み、
髪振り乱し顔半分が潰れた女が怪談師に向かって
ニタニタと不気味な笑い声を上げていた。

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