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ドイツで働くことの難しさ - 「なんか違う」という違和感


こんにちは。

前回「石の上にも1年⭐️やっと仕事が軌道に乗ってきた」と前向きな投稿をしてから早3ヶ月...
ただいま絶賛疲弊期間を迎えています笑。

前回記事にも出した、同じ製薬企業の違うプロジェクトに一念発起して久々にアサインされています。

一個前のプロジェクトで一緒に働いていた上司に「ドイツ・スイスのファーム全体でもかなり戦略的なプロジェクトになる、険しい道のりになるかもしれないが一緒に働きたい」と言われ、
そんな要望に応えるべく、
トラウマ並みに痛い目を見たドイツ最初のプロジェクトと同じクライアントに「やったるぞ!!」と確固たる覚悟で新年から挑みました。

結果、一山は超えたものの... 大疲弊しています笑

せっかくなので、そんな絶賛lowな期間も学びとして、後から振り返ると「あぁそんな期間もあったね」と笑えるように、記録しておこうと思います笑。

この記事では、ほんのちょっと後ろ向きな内容になってしまうかもしれませんが、
大してグローバル業務経験が豊富でなかった人が、現地の人が圧倒的多数な環境の中で互角に生きることがどれだけ大変なのか、書き留めようとしています。

海外で働くことが日本で働くよりも大変」と強く主張したいわけではありません。
結局「大変さ」って比較できないものだと思っています。

日本で類似するバックグラウンドを持つ人たちと共に働く上で、期待値やロールが上がったり、より細かい事項に気を遣う必要が多くなったりと、また違った毛色の大変さを感じることもあるかと思います。

そう結局人間って、きっとどんな環境にいても文句や弱音は出てくるもんなんだと。

それでも、伝えたいメッセージとしては...
海外、特に日本とはかなりかけ離れた文化を持つ環境で働くころで、学ぶこと、得られるものは多い。
けれども、想像を超えるような、たまには身が、そして心臓がよじれるような「体力をすり減らす」経験をするということ。

そうゆう泥臭い部分は、なかなか日本で抱かれがちな「海外で働く」というキラキラした部分とは存分にかけ離れています。
その道のりは本当に孤独で、辛いことが多いです。

そんな風に、かなりの精神的コストが伴うということだけは、現実的な側面としてきちんと伝えておこうと思います。

結局何が本当に大変なのか


大変大変… とギャーギャーヒーヒー言っているけれども笑、結局何が大変なのか?
改めて自分の内省も込めて記しておこうと思います。

勿論、年中を通して四六時中大変なわけではありません。もしそうだったら、どれだけタフな人でも脱落してしまうはずです。

私が「大変だ、もうやっていけないかも」と思うタイミングは、プロジェクトの山場等で、チーム全体でチャレンジングな状況が続き、ストレスが重層的に積みあがっていく時です。

普通に業務をしている時は、流石に1年以上経ったこともあり、特にストレスを感じる瞬間はないことが多いです。

緊迫した状態が続くと今まで普通だった日常がどんどん「歪んでいく」感覚になります。「歪みが生まれる」瞬間、たいていの場合「歪み」は私主導のものではなく、プロジェクト全体等が原因で生まれているのですが...
まるで堰を切ったように「なんだか全てがうまくいかない瞬間」が重なるのです。小さいこと含めて。(今回は、立て続けに出張先のベルリンと旅行先のオランダでAirpodsとAppleWatchを紛失しました、など笑)

概して、悪いこと、ってなぜか一年の間で分散されずに一気に連続してやってきますよね。異国に限ったことではないですが、海外の場合、その打開策がなかなか見つからず、まるで「波が激しい水の中に溺れている」ような感覚になります。

※「暗中模索」とほぼ同義なのですが、それよりももっと余裕がないような、波がどとっと激しく押し寄せてくるのに全くかわせない、全然うまいこと対応できない、そんなニュアンスです笑。

プロジェクトで感じてしまった「違和感」


もう少し具体的に話すと、
今回のプロジェクトは成功すればヨーロッパを成功拠点(lighthouse)としてグローバルに波及する可能性があるくらい、かなり重要なドイツとスイスの連携プロジェクト。
プロマネも2人のパートナーもやる気満々、フルコミット。

クライアントとの信頼関係の土壌はかなり固いのですが、会社全体に影響が大きい事項なので、クライアント側もより慎重に案件を進めており、ステークホルダーとのアライメントも、なかなか想定通りに進みません。

先週、ヨーロッパ中のオフィスのGMを集めて対面のワークショップをやるというのが最初のマイルストーンだったのですが、そこに向けての進捗状況がビハインド。
そのようなプレッシャー等で、これまでは強固だったクライアントとの信頼関係にちょっとした「緊張」が生まれ、プロマネのストレスはMaxでした。

少しここからドイツの文化の話をしますが、これはこのプロマネの特性であり、勿論全てのドイツ人に通用することではありません。

ドイツ人が誇る、「German Way」- 仕事のさばき方とコミュニケーション

でも私はここで自分が感じたことをあえて包み隠さず記せればと思います。
ドイツの戦略コンサルで長年生きのびてきた上司の、ストレスMaxな環境に対する「ドイツ流の打開方法」はなかなか私にとっては適応が難しいものでした。

ドイツの同僚は「German way」というドイツ流の超効率思考型、超明快・クリスプなコミュニケーションで、ガシガシPDCAを回していくことを誇りに思っています。それにより、ある程度難易度の高いグローバルのプロジェクトでも、「仕事を動かす」ケイパビリティがあるので、なかなかのリーダーシップを発揮できるのかなと思います。

でも、日本からやって来た私にとって、このやり方が必要以上に圧力のあるものとして捉えてしまう場面が多々ありました。


ドイツ流のコミュニケーションは100%ダイレクト、たまにちょっとしたコミュニケーションが、正直なところ「いや、もうちょっと柔らかく言えないのかな?」「え、ちょっと何その言い方?」と思うぐらい、グサグサ刺さってくることがあるのです。

この職場では仕事柄かミクロマネジメントを好む上司も多く、そこまでクリティカルではないですが「うわっ言い方結構きつ」と思う回数も少なくないです。

そう、日本でやわらか~い言い回しが多い文化のなかで生きてきた私は、直球ストレートすぎるコミュニケーションへの耐性が弱かったのです。

勿論私自身のデリバリーの質も改善すべき点が多いにあるのかと思うのですが、私に限らずもう一人のスイス側のイタリア人のチームメイトも、そのやり方にかなり動揺していました。

我ながら結構ストレートなコミュニケーションには慣れていると思っていたのですが、ドイツスタンダードと比べたら…. 甘かったです。豆腐のようでした笑。

本人にとってはただ"honest/crisp"なつもりですが、私にとっては"harsh"に感じてしまう場面があります。上司からの指示も、too commanding に聞こえてしまい、気持ちが必要以上に焦ってしまったり。

「ことば」に対するパーセプションの違いです。そして向こうも私もお互い英語が母語ではないので、そのパーセプションのずれはさらに複雑になります。

Representationと、違和感の言語化


そしてここからの話が味噌。
じゃあこのような感覚の違いを、「私はあなたちちと違うんです、私はあなたのこのような発言にこのような感じ方をしまうので、もうちょっと気を遣ってほしい」と。
それを直接強く言えるかというと、特に業務で忙しい場合はなかなか言えません。

いくらこのような違和感があって、これを言語化しても、よほど柔軟な人でない限りは、「あなたが選んでこっちにいるんでしょ」と、そんな言い分で返されるような気がします。

結局このような違和感を声高にいうことはできず、インターナショナルなスタッフも他に多くいないので頻繁に愚痴や弱音を吐けるわけでもなく...
どんどん溜め込んで、まさにもうアップアップ、そんな状態になることがここ1ヶ月でありました。

よくアメリカで「Representation matters」と言いますが、まさにその大切さを感じました。
やはりドイツ人が圧倒的多数な職場だと「このやり方は(部分的に)私にとって違和感がある」と声高には言えません。
つらい時は、スイスにいるイタリア人のチームメイトのように、頻繁にその悩みを共有するインターナショナルなスタッフがもっといればな….(たまに出張でいくのですが)スイスのチーム、羨ましいなあ… と隣の芝が青く見える時があります。

文化のunlearning


そう、その時に自分で思ったのです。
自分も含め、文化をunlearnすることってなんて難しいことなんだと
自分がおそらく仕事を始める前から、ある程度自我が芽生え集団行動を始めた小学生?の時から築いてきた「連携の仕方」と「コトの動かし方」。

ドイツでは「なんでも包み隠さずダイレクトに話すこと」がその正攻法であり、これを正すのは、国内にいる限りはほぼ不可能です。私が合わせなければいけない。

私も1年経ってドイツ流のコミュニケーションに慣れてきて、

「かなりドイツ流の仕事の仕方をマスターしたな、正直に言ってくれるから分かりやすくて有難い。逆に日本に帰ったら逆カルチャーショックになるわ絶対」

と思ってたのですが、このように業務全体のストレスレベルがぐんと上がった途端に、
「あーやっぱり対処法が違う。埋めなきゃいけないギャップは大きいな」と感じます。もはややればやるほど見えてくる、青天井です笑。

なんだかんだでストレス・プレッシャーMaxだったワークショップも、なんとか成功に終えて、想定していた目的を果たし、良い示唆を得ることが出来ました。

何よりも毎回このようなヨーロッパ全土から各地ビジネスを率いるリーダーが集うワークショップに参加するたびに思いますが、
とにかくみんな意見・熱量がすごい。

皆、自分たちのビジネスを誇りに思っており、だからこそ現状維持ではなく「どげんとせんといかん」と強く思っている。クライアントの熱量には毎回本当に感動します。

「違和感」を建設的に言語化しようとしてみた(未遂)

ワークショップ直後に、あまりに忙殺されていたため業務以外のフィードバック面の話が出来ていなかった上司と一対一でレビューをする機会がありました。

上司のフィードバックは、大抵の点は自分でも納得できるものではあったのですが…
根本的な部分である「コミュニケーション」の点で感じている違和感を話しておかなければいけないと思ったのです…

が、これは私の力不足で、少し話したものの、なかなか思う通りに言語化できませんでした。

勿論これってスーパーセンシティブなことなので、この「違和感の言語化」の言い回しにはかなり気をつけなければいけません。
自分たちが「当たり前」だと思っているやり方を真っ向から否定したら、そりゃ自分が逆の立場でもショックが大きいでしょう。

それと同時に、「どうして違和感を感じるのか」。
「なんとなく威圧的でちょっと怖い」ではなく、どうしてそう感じてしまうのが、そしたらどのように少しでもアジャストできるのか….と、解決策のヒントまで建設的にコミュニケーションしないといけないのです。

「なんか違う」ということの難しさ


パーセプションって、結局感情的な部分もあるので、それを論理立ててなるべく感情的にならないように説明するのは大変です。

ひとまず山場を越えて、やっと上司・チームも「平常」を取り戻しつつあるのですが、また来月にワークショップがありますし…
これを放っておくべきではないと思うので、
自分にとっても良いエクササイズだと思って、引き続き「違和感の建設的な言語化」をしておこうと思います。

「正直であること」が美徳のドイツ文化なので、マナーとリスペクトをもって話せば、私が正直であることにも寛容に受け入れてくれるはずです。

さて、戦略系のプロジェクトは比較的短期なので、残すこと1か月、ただいま折り返し地点です。

私がどのように変化しているのか、うまい方向に動かせているのがやられているのか….
またレポートしていこうと思います。


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